071 王都散策


 トウヤとフェリスの二人は、王都の街を歩いていた。

 フェリスはドレスから冒険者風の装備に着替えている。堂々と顔を出して歩いていても、王女だということに周囲は気付いていない。


 街は人で溢れ、波のように人が流れていく。

 城にいて綺麗なドレスを着ていれば、一目で王女だと分かる。だが今この場では大河の一滴と変わらない。注目を集めない限り、フェリスの正体がバレることはほぼ無い。

 もし王女だとバレれば騒ぎになると心配していたトウヤが、ただの杞憂に終わった。


 いつも城の中にいて自由に外出できないためか、フェリスはトウヤの隣で楽しそうに街の様子を見ている。

 ドレスを着ていた時は大人びた印象だったが、今は年相応の少女のように見えた。


「――あっ」


 はしゃいでいたフェリスが段差につまづいて転びそうになる。

 トウヤはとっさにフェリスの腕を掴んで体を支えた。


「大丈夫? 足元には注意して」


「あわわ、ご、ごめんなさい。少し浮かれていたみたいです。

 気を引き締めないとダメですよね」


 フェリスは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「そのままでいいよ。むしろそのままでいて欲しいかな」

「えっ?」


 トウヤのお願いに、フェリスは小さく驚いた。


「ほら、気を引き締めて周りを警戒してたら、囮役にならないから」

「……ああ、そうですよね」


 フェリスは納得してポンッと手を打った。


「警戒はステラに任せて、俺たちはデートを楽しもう」

「……うぅ、なんだかステラに申し訳ないです。私たちだけなんて……」


 フェリスはイヤリングを触りながら視線をめぐらせて、ステラを探した。

 しかし、見える位置にはステラの姿はない。

 ステラは、二人から離れた場所で身を隠しながら警戒をしている。

 距離があるため二人の様子を常に視認するのは難しい。そのため通信の魔法道具を使用していた。

 フェリスの耳にあるイヤリングは送信機になっており、周りの音を拾ってステラの持つ受信機に送っている。

 つまり、二人の会話はステラにすべて筒抜けなのだ。


「ほら、笑って。申し訳ないと思ってつまらなそうにする方が、逆に失礼だよ。

 今はステラのことなんて忘れてデートを楽しむ。それが俺たちの役割、だろ?」


 トウヤはいかにも任務に殊勝なことを言う。

 しかし、実際は「よくもやっかいごとに巻き込んでくれたな」というステラに対するただの当て付けだ。

 そうとは気づかずにフェリスは納得してしまう。


「……そうですよね。分かりました」


 しおれていた花が元気を取り戻すように、フェリスは笑顔を浮かべた。

 二人は気ままに王都を散策する。

 広場に行くと、そこにはたくさんのプレイヤーたちがいた。

 地面に敷物を広げて、その上にアイテムを並べて売っている。いわゆる露店だ。


 プレイヤーは冒険をして様々なアイテムを入手する。しかし、それが自分にとって不必要な場合もある。そんな時は、NPCに買い取ってもらうか、露店をだしてプレイヤー同士で売買する。

 売買の方法は、エストでの購入、物々交換、情報提供、オークション方式など様々。


「……あっ」


 フェリスが小さく声を上げた。

 トウヤはフェリスの視線を追う。その先には黒い燭台が売られていた。


「燭台があるな」

「……そう、みたいですね」


 フェリスの顔が曇り、燭台からそっと視線を外した。

 一方、トウヤは燭台をじっと見つめた後、まっすぐに歩き出した。


「トウヤさん?」


 一歩遅れたフェリスが、トウヤの背中に声を掛ける。


「良い機会だし、少し話を聞いてみよう」

「……分かりました」


 意を決したようにフェリスが頷いた。

 二人は揃って虚無の燭台を売りに出している露店の前に立った。


「あの、すみません。その黒い燭台って、どんなアイテムですか?」


 トウヤが普通の客を装って店主に訊ねた。


「ああ、これは広範囲を高速に経年劣化させて、最終的には範囲内のすべてを風化させるアイテムだよ。

 簡単に言うと、遅効性ちこうせいの爆弾って感じかな。

 普通の爆弾よりも時間はかかるけど、その分、きっちりと破壊できる。

 建物なんかを壊すには便利だと思うよ。

 使い方は、ロウソクに火をつけると作動。消せば停止。

 三本付ければ広範囲、一本なら小範囲」


「なにか隠し効果があったりしますか?」


「え、隠し効果? うーん、それは分からないな。

 俺も一回試しに使ってみた程度だから」


「そうですか。じゃあ、それください」


 そう言って、トウヤは燭台を購入した。

 燭台を道具箱アイテムボックスに入れて、二人は露店を後にする。


「トウヤさん。あの……、どうして購入したんですか?」


 フェリスが不安げに訊ねた。


「安心して。別に悪さをしようと思って買ったわけじゃないから。

 王派閥としては、このまま虚無の燭台を放ってはおけない。

 事態を収拾させるためには、拡散した虚無の燭台を回収する必要がある。

 その時に、高く買い取ってもらえるかなと思ってさ。

 ちょっとした先物買いってやつだよ」


 トウヤが購入の意図を説明すると、フェリスはほっと笑顔を見せる。


「ああ、そういうことですか。

 ……そうですね。首謀者を捕まえた後は、急いで回収する必要がありますね」


 納得したしたフェリスは、うんうんと頷いた。


「別に、回収はゆっくりでも良いかもしれない」

「どうしてですか? 危険なアイテムですから、一刻も早く回収すべきだと思います」


「たしかに虚無の燭台はプレイヤーを殺せるという危険なアイテムだ。

 でも、それはその効果を知っていて、初めて使用できる。

 逆説的に言えば、知らなければ使えない」


「あの……、どういうことですか?」


 フェリスはきょとんとした顔で説明を求めた。


「さっき露店で話した時に、店主はプレイヤーを殺せるとは一言も言わなかった。

 俺が隠し効果があるのかと訊ねても。

 つまり虚無の燭台にプレイヤー殺しの効果があること自体を知らない」


「そういえば……」


 フェリスはさきほどのやりとりを思い出すように、あごに手を添えた。


「燭台を持っていても効果を知らなければ、悪さの仕様がない。

 店主が言っていた遅効性の爆弾としか使われない」


「だから、ゆっくりで良いと?」


 フェリスが確認するように訊ねた。


「そういうことだね。

 今はまだプレイヤー殺しの情報は広まっていない。

 アイテムと情報がセットになって始めて脅威になる。

 だから、それほど慌てなくても平気かな。今は……」


「露店でちょっと話しただけで、そこまで推察するとは……。

 トウヤさんはすごいですね! さすがはステラが見込んだお方です」


 フェリスは目を輝かせながらトウヤを見つめた。


「……プレイヤー殺しは、俺にとっても人ごとじゃないからね」


 半ば無理矢理に巻き込まれたとは言え、魔王の遺産の情報を集めることはシトリーの役に立つ。

 それにプレイヤー殺しというイレギュラーを放置するのは、危険だ。

 プレイヤーの一人や二人がデータを消失しても大した問題ではない。本人には大事だが……。


 問題は数。

 データを消失させたプレイヤーが冒険をやめ、プレイヤーの人口が減るとサービス停止という世界の終わりがくる可能性がある。

 前作ファンタジアは魔王の命を守ることが世界を守ることに繋がっていた。

 しかし、今作『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』ではプレイヤーの総人口を守ることが世界を守ることに繋がっている。


 この世界を維持するには、いかにプレイヤーたちに気持ちよく冒険をしてもらえるかが重要。

 死んだらデータが消えるようなゲームは、一部のハードコアユーザー以外にはウケない。

「プレイヤー殺し」というプレイヤー全体のストレスになりうる要因は、一プレイヤーにすぎないトウヤにとっても人ごとではなかった。



「……プレイヤーのみなさんにとっては、不死だからこそ、その恐怖は私たちの比ではないのでしょう。

 どれほどの恐怖なのか、私には到底、推しはかることはできません」


 フェリスは、トウヤがNPCである自分よりも死を恐怖していると思ったようだ。

 しかし、それはフェリスの勘違いなのでトウヤは訂正する。


「ああ、そういう意味で言ったんじゃないよ。

 別に、俺はこの体が死ぬことはそれほど怖いとは思ってない。レベルもかなり低いし。

 まあアイテムがなくなるのは痛いけど……」


「あら、そうなのですか?」


 意外と言わんばかりに驚くフェリス。


「プレイヤー殺しとは言いつつも、実際はプレイヤーが操作しているキャラクターが死ぬだけで、プレイヤー本人が死ぬわけじゃない。

 プレイヤーが別のキャラクターを再び作れば、また復活できる。

 アイテムとレベルは初期化されるけど、記憶は引き継がれている。

 例えるなら、大切なものをなくしたぐらいの感覚かな。

 その大切なものが、どれほど大切かは人それぞれだけどね。

 フェリスが思ってるほど、恐怖は感じてないよ」


「……つまり、死んでも転生できると?」


「魂はそのままで体だけが生まれ変わるから、転生でも間違ってはないけど……。

 プレイヤーは、かりそめの体でこの世界に干渉してるんだよ。

 人形を遠隔操作してる方が、より正確かな。その人形を作り直している感じ」


「人形ですか……」


 フェリスは、興味深げに頷く。

 直後、その視線がトウヤの後ろに立つ人物に向いた。


「――貴様は、NPCに世界の真理を解くのが趣味なのか?

 また酔狂すいきょうな口説き方をする」


 皮肉交じりの声に振り返ると、そこには人の姿をしたバエルが立っていた。


「バエル!? 生きてたのか? 良かった……」


 トウヤは、旧友にでも会ったかのような笑顔を浮かべた。



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