072 再会
「ふんっ、貴様に心配されるいわれはない。
なにやら勝手に
陛下への感謝ですべてを使い果たし、あいにくと貴様の分はなくなってしまったからな」
鼻をならして、バエルはにやりと笑った。
「その口ぶりだと、
「ああ、どうやらマスターは私を封印するつもりだったらしいな。
私も薄々はそうだろうと気付いてはいた。
そして、封印されることを覚悟の上で、契約破棄を申し出にいった。
……そこで聞かされた。
貴様が私を封印しないでくれと頼み込んだと。……どういうつもりだ?」
バエルの視線が鋭くなった。なにか裏があるのではと疑っているようだ。
「シトリーが
それが無駄になるのがイヤだったんだ。
勘違いさせて悪いが、バエルのためじゃなくてシトリーのためにしたことだよ」
トウヤがそう言うと、鋭かったバエルの表情がだんだんと緩んでいく。
「……ほう、ほうほう。陛下のためにか。……そうかそうか」
ひとりで納得すると、バエルは姿勢を正してトウヤに向き直った。
「さきほど、礼は言わないといったことを撤回させていただく。
陛下のためとあらば、無下にはできない。
この命を救ってくれたこと、心から感謝する」
バエルは態度を一変させた。
「ああ、これからもシトリーを助けてやってくれ」
トウヤは笑顔でバエルの感謝の言葉を受け止めた。
「無論だ。……しかし、もう私が直接、陛下をお助けすることはない」
「どうして?」
「私は陛下の恩赦で、極刑は免れた。
しかし、まったく罰がないわけではない。
役職は追われ、そして国外追放を言い渡された。
そういうわけで、今こうしてこの場にいる」
事実上の縁切り。
それも心を入れ替えて、魔王に忠誠を誓った直後に……。
バエルにしてみれば、やるせない気持ちだろう。
「……そうか」
トウヤはバエルの心中を察して寂しげに頷いた。
「そんな辛気臭い顔をするな。
別に、国外追放が永久というわけではない。
魔王の遺産を
まあ、役職復帰はないが……」
「……なるほど。じゃあ今は魔王の遺産を探している最中。
狙いは虚無の燭台のオリジナルか?」
「そうだ」
どうやらトウヤたちとバエルの目的は同じらしい。
つまり、こうして出合ったのは偶然ではなく必然。
「……あの、トウヤさん?」
静かに二人の会話を聞いていたフェリスが、トウヤの袖を軽く引いた。
「ああ、ごめんフェリス。ほったらかしにして。
この人は俺のちょっとした知り合いで。ええと……」
トウヤはバエルが魔人であることを、言うべきか言わざるべきかを迷った。
「別に悪さをするために姿を偽っているわけではない。
それに、どうせ今の会話で私の正体は薄々察しているだろう。
私は元魔神将のバエル。今ははぐれ者のただの魔人だ」
バエルが正体を明かすと、フェリスは小さく息を呑んだ。
「……魔人。やはり、そうでしたか。
私は、……フェリスと申します」
フェリスは少しだけ驚くが、気を取り直して名乗った。王女だとは明かさずに。
しかし、バエルはフェリスの名前にピクリと反応を示す。
「……その名前、やはり、この国の王女か。
王女
これはまた、どこかの王とそっくりだな」
どこか嬉しそうにバエルは小さく笑った。
「フェリスを知っているのか?」
魔人であるバエルが、この国の王女を知っていることにトウヤは驚いていた。
「色々と情報を集めていれば、それくらい知っている。
最近は、自らを囮にしてプレイヤー殺しを捕まえようとしているらしいな。
まさかとは思うが、今がその最中か?」
「まあ、そんなところ」
トウヤは素直に認めた。隠しても意味はない。
それにしてもバエルは独自でかなりの情報を集めているようだ。
「……ふむ。だとしたら、先ほどの行動は愚行だな。
囮作戦を台無しにしているとしか思えない。
わざとか? それともただのマヌケか?」
「それは、燭台を買ったことを言っている?」
冷静に確認するトウヤと、隣で少しだけ不満顔を浮かべるフェリス。
「ああ、そうだ。燭台を買うところを目標が見ていたらどう思う?
間違いなく目標は警戒するし、囮作戦の可能性も考えるだろう。
そうなればもう作戦は台無しだ。貴様は何を考えている?」
「…………」
バエルに指摘されて押し黙るトウヤ。
「……トウヤさん?」
フェリスは不安げにトウヤを見つめた。何か言い返して欲しそうな顔をしている。
「ごめんフェリス。
今まで黙っていたけど、俺はこの囮作戦にあまり乗り気じゃないんだ。
ステラへの借りを返すために、しかたなく付き合ってるに過ぎない。
俺としては、襲撃されずに無事やり過ごすことできれば、それが一番良い」
「……だから、燭台を買ったのですか?」
「ああ」
トウヤはフェリスの問いに短く答えた。
「なるほど、無理矢理につき合っているのであれば、納得だ。
役目を果たしつつ、自分の身を守る最適な行動。実に分かりやすい」
謎が解けたバエルは大きく頷いた。
一方、フェリスは気を落としたように押し黙ってしまった。
それを見たトウヤが静かに力強く弁明する。
「勘違いしないで欲しいんだけど。
俺は別に、囮作戦を台無しにしてやろうと悪意を持っていたわけじゃない。
むしろ、なにかしらの成果を出したいと思っていた。
勝手な憶測だけど、この囮作戦はすでに何回もやっていて、その全部が失敗しているんじゃないかな?」
「……はい、その通りです」
小さな声でフェリスが肯定する。それを受けてトウヤは続ける。
「だったら今回も成功する可能性は、かなり低い。部外者の俺が参加していたとしても。
燭台を買わずに歩き回っていても、おそらく何も成果はあげられなかった。
それならいっそ囮作戦は諦めて、情報収集しようと思った。
勝手なことをしたのは謝る。だけど、結果としては上々。
同じ目的の心強い同志にめぐり合えたんだから。……そうだろバエル?」
そう言ってトウヤはバエルを見つめた。
バエルは軽く肩をすくめる。
「貴様の術中にはまったようで気に食わないが……。
貴様が燭台を買わなければ、私が話しかけることはなかっただろう。
そもそも貴様の顔も存在も、直前まで忘れていたからな……。
ともあれ、私たちの目的は重なる部分がある。
お前たちの目的はプレイヤー殺しを止めること。
そのためにはオリジナルの魔王の遺産を探し出し、これ以上コピーが出回らないようにする。
私の目的は魔王の遺産の回収。
最終的に魔王の遺産を渡してくれるのなら、私はお前たちに協力しよう」
バエルはトウヤたちに選択をゆだねた。
「こう言ってるけど、どうする?」
バエルが話に乗ってきて、トウヤは内心でほっとしていた。
もしバエルが話に乗ってこなければ、ただフェリスたちを裏切っただけになってしまっていた。それでは借りを返したとはとても言えない。
だが、こうしてことが進展したことにより、十分借りを返したといってもいいだろう。
「……トウヤさんはどう思います。意見を聞かせてください」
フェリスは見極めるようにトウヤを見つめた。
「回収した魔王の遺産を王国で保管したいなら、協力関係は結べない。
でも魔王の遺産を元の持ち主――現魔王に返すのならバエルとは協力しあえると思う。
バエルの目的は魔王の遺産を献上して、国外追放を解除してもらうことだからね。
バエルに渡せば、ただで魔王の元に届けてくれるみたいだし、手間がはぶけて良いんじゃないかな?」
「貴様! 私を使い走りみたいに言うな」
バエルは眉を吊り上げて、口をはさむ。
「別に俺たちから魔王に渡しても良いんだよ?
でも、それだと国外追放が解除されない可能性もでてくる。一応バエルの協力を得たことは伝えるけど、向こうは納得しずらいんじゃないかな。
解除を確実にするためにも、自分の手で渡した方が良いじゃない?」
にやりとトウヤはバエルを見つめた。
「むぐぐ、……良いから、さっさと結論を出せ。
協力関係を結ぶのか、結ばないのか。どっちだ」
悔しそうにしながら、バエルはフェリスに答えを急かした。
「……分かりました。王国で保管するよりも持ち主に返すのが一番だと思います。
もし魔王の遺産を手に入れることができたら、バエルさんにお渡しします」
「うむ、決まりだな」
バエルは満足げに頷いた。
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