070 王都アルビオン
第2世界、王都アルビオン。
現実世界の東京都と重なる大都市。
たくさんの人々が舗装された道を行き交い、とても活気に溢れている。
NPCはもちろん、プレイヤーもたくさんいる。
その中にはカメラマーカーだけが、ふわふわと飛んでいる不思議な光景があった。
キャラクターではログインせず、視界だけを確保しているプレイヤー。通称ウォッチャー。
カメラマーカーには実体がないので、人や壁をすり抜けて、自由に街を見て回ることができる。
人ごみを嫌うプレイヤーは、まずカメラマーカーのみで見て周り、必要になったらキャラクターをログインさせるといった使い方をする。
たまに一人のプレイヤーに、たくさんのカメラマーカーが群がっていることがある。
自分では冒険せずに、誰かの冒険を見て楽しむだけのユーザー。いわゆる視聴者、ビューワーと呼ばれている。
有名プレイヤーともなれば、数百、数千のビューワーに囲まれながら冒険することになる。
カメラマーカーは水色の半透明をしているが、数が揃えばうっとうしくなる。
目の前をうろつかれたら、視界の邪魔でたまらない。
それを解消するために、カメラマーカー同士が一部分でも重なると、どちらか一方が完全に透明化する仕様になっていた。
たくさんのカメラマーカーに囲まれたとしても、重なってさえいれば表示されるのは一つのみ。
そして、表示されているカメラマーカーの上に、いくつ重なっているかが数字で表される。
数字があるカメラマーカー同士が重なると、数字の大きい方が優先して表示され、小さい方は吸収される形で非表示になる。
視聴者界隈では、唯一表示されるカメラマーカーを『
有名プレイヤーがそこに視線を向けたり、語りかけたりする頻度が他よりも高いため、一緒に冒険をしている感覚が強く味わえる特別なポジションなのだ。
数字の大きさを山に例えつつ、位置が
そんなわけで視聴者はカメラマーカーを重ね合わせるのがマナーになっていた。
しかし、一部の視聴者はマナーを無視して、自由に振舞う。
カメラマーカーには実体がないため、手で振り払うことができない。
悪意を持ってまとわりつかれたら、どうしようもない。
それを防ぐマーカープロテクションという魔法道具がある。
水色のガラス玉で、一定範囲内へのカメラマーカーの進入を禁止する効果がある。
身につければ接写されることを防ぎ。室内におけば盗撮を防止できる。
風呂やトイレなどには、ほぼマーカープロテクションが設置されている。
これによりNPCのプライベートは守られていた。
ちなみにプレイヤーは基本機能でマーカープロテクションと同等の設定機能を持っている。
マーカープロテクションが流通しているのは大きな都市だけで、小さな村では存在しなかったりする。
それを狙って、NPCたちの裸を盗撮するプレイヤーがいる。
異性の裸が見たいというよりは、盗撮という行為そのものに楽しみを覚えている人たちだ。
一方、そんな盗撮プレイヤーからNPCを守るために、マーカープロテクションを配って周る慈善プレイヤーも存在する。
盗撮プレイヤーと慈善プレイヤーのいたちごっこは、今日もどこかで繰り広げられている。
トウヤは街の喧騒を聞き流しながら、月光騎士団のギルド本部へ向かっていた。
マップマーカーを頭上に飛ばして、目の端に地図を開き、その位置を確認する。
上位ギルド――セブンスターズともなれば、本部は豪邸のように広い敷地を持つ。
敷地を囲む高い壁。それに沿って歩き、トウヤは入り口を目指した。
入り口には二人の女性の門番が左右に立っていた。2人ともNPCだ。
トウヤが門の前に立つと、門番は槍を交差させて行く手をさえぎる。
「ここは月光騎士団のギルド本部。入門には許可証が必要です」
「これで良いかな?」
トウヤはステラから貰った銀のブローチを門番に見せた。
門番も同じブローチを取り出すと、トウヤのブローチに近づける。
すると、二つのブローチから月光騎士団のギルドマークが空中に浮かび上がった。
「……本物ですね。どうぞ、お通りください」
門番は槍を納めると、トウヤに一礼をした。
トウヤは門を抜け、正面の建物に向かう。
庭の植木や花は、どれもきちんと手入れがされている。
通り道には、ゴミや落ち葉などは一切ない。
NPCを雇って管理させているのだろう。
プレイヤーだけで固まらずに、NPCたちとうまく共生。
建物に入ると、そこはホテルのエントランスのようになっていた。
受付にいるNPCに、ステラに会いに来たことを伝えると「しばらくお待ちください」と言われる。
ソファで待っていると、NPCがやってきて「どうぞこちらです」と案内を始めた。
広い屋敷の中をトウヤはNPCの後をついていった。
立派な扉の前でNPCは止まると、ノックをして中に呼びかける。
「トウヤさまをお連れしました」
中から「どうぞ入ってください」という声が聞こえたのを確認すると、NPCが扉を開けてトウヤを部屋の中へといざなった。
NPCは部屋には入らず、お辞儀をして立ち去った。
「ありがとうございます、トウヤさん。
こんなに早く来てくださるとは、思っていませんでした」
ステラは自然な笑顔で出迎えた。以前とは違いARプレイではないようだ。
肩越しにカメラマーカーは存在しない。
「借りを作ったままだと落ち着かないからね。それで……」
トウヤは答えつつ、視線をある場所に向けた。
部屋の真ん中、そこにはテーブルと複数の椅子がある。
その椅子のひとつに、見知らぬ女性がちょこんと座って微笑んでいた。
長い金髪に緑色の瞳、そして綺麗なドレスを着ている。
「ああ、彼女は私の友人。フェリスです」
ステラに紹介されると、フェリスはぺこりと頭を下げた。
トウヤも会釈を返す。
「もしかして来るタイミングが悪かったかな?」
二人の邪魔をしてしまったのかと思い、トウヤは申し訳なく感じた。
だがそれをステラが否定する。
「いえ、そんなことはないので大丈夫です。
トウヤさんが来たと聞いて、急いでフェリスを連れて来ただけですから」
「それは、どういう……?」
トウヤは不穏な気配を感じた。
「詳しい話は座ってしましょう。どうぞ」
ステラは笑顔で、トウヤに椅子を勧めた。
トウヤはフェリスの向かいに、フェリスの横にはステラが座った。
ステラに目配せされると、フェリスは自己紹介を始める。
「改めましてトウヤさま。
私は、フェリス・フィール・アリステン・エル・アルビオンと申します」
「…………」
トウヤはフルネームを聞いて言葉を失った。
「お察しの通り。彼女、フェリスはアルビオン王国の王女様です」
もしや同姓同名の別人かと淡い期待抱いていたトウヤの思いをステラが完全に打ち消した。
王女をわざわざ一般プレイヤーであるトウヤに合わせるとなると、否応なしに身構えてしまう。
しかし、セブンスターズともなれば王族と知り合いでもなんら不思議ではない。ただの考えすぎだ。
トウヤは自分を落ち着かせつつ、質問を投げる。
「……フェリスが王女なのは分かった。
でも、なんで俺と彼女を引き合わせた?
いったい、俺に何をさせたいんだ?」
「フェリスとデートをしてください」
「……デート? 俺と王女が?」
トウヤはわけが分からず訊き返した。
「はい、デートです。
今日一日、王都内をデートして欲しいんです」
「デートなら俺でなくても、他に適任者がいるはず。
俺である必要性はあるのか?
王女が俺に一目ぼれしたっていうのなら分かるが、俺とはこれが初対面。
一方的にだが、俺は王女の顔を見たことはある。だけど、その逆があるとは考えにくい」
トウヤはフェリスの顔を見る。
フェリスの微笑みからは、強い好意を感じた。
しかし、王女という立場ならば好意を感じさせる笑顔はできて当たり前。
それが仕事だといっても良い。可愛らしい笑顔の下には何かが隠れている。
これは、ただのデートではなく何か裏があるのは間違いない。
「…………」
どうする? とステラはフェリスに視線で訊ねる。
すると、フェリスが代わって口を開いた。
「私から説明いたします。
実は最近、王都内で不審な動きがありまして」
「不審な動き?」
「どうやらプレイヤーの存在を良く思っていない貴族が、何かを画策しているようなのです」
「これを見てください」
ステラがテーブルに見覚えのある黒い燭台を置いた。
「……魔王の遺産、虚無の燭台の劣化コピーか」
トウヤがアイテムの正体を口にすると、フェリスは少し驚いてステラの顔を見た。
それにステラは少し自慢げに頷きを返す。
フェリスは視線をトウヤに戻し、再び話し始める。
「その通りです。さすがはステラが見込んだお方。すでにご存知のようですね。
本来プレイヤーは不死。ですがこのアイテムを使用することでプレイヤーに死をもたらすことができます。
すでに数名のプレイヤーが殺されています。
幸いなことにまだ大事にはなっていませんが……」
「なるほど、そのプレイヤー殺しの犯人を捕まえるために、デートという名の
でも、それが俺とデートすることに、どう繋がるんだ?
フェリスはプレイヤーじゃないし、囮役には適さないんじゃないか?」
王都内をデートして犯人をおびき寄せる作戦なのは分かる。
だが、NPCであるフェリスが囮役に適任とは思えなかった。
「王国には、王派閥と貴族派閥があります。
プレイヤーとの交流を積極的に進める王派閥。
たいして、プレイヤーとの交流をやめるべきだと主張する貴族派閥。
プレイヤー殺しは貴族派閥の人間、おそらくプレイヤーの存在を良く思っていない者の仕業です。
私は王派閥の中核であり、王国とプレイヤーの絆の象徴であるセブンスターズのとりまとめ役。
もし私がいなくなれば、プレイヤーと王国のつながりが弱くなります。
私を狙ってくる可能性は高いと思います」
「実際にフェリスは何度か命を狙われています」
ステラが補足した。
「その時の犯人は?」
王女ともなれば、警備は厳重なはず。
そうそう逃げおおせることは難しい。
トウヤの疑問に対して、フェリスが神妙な顔で説明する。
「犯人は捕らえました。城内で使用人をしていた者たちです。
しかし全員が捕まった瞬間に自害しています。
ですので、まだ誰が首謀者なのか、はっきりとしていません」
「城内の使用人に暗殺の命令を出せるとなれば、かなり上の階級の人物だな」
城内の使用人は貴族階級が行儀見習として奉公している場合が多い。
そんな貴族を捨て駒に使えるとなると、よほどの階級の人物となる。
「……はい、そうなります」
フェリスが重々しげ頷いた。
彼女の中ではある程度、首謀者の目星はついているのかもしれない。
しかし確証がない。その確証を得るための囮作戦なのだろう。
「フェリスが囮役として適任なのは理解した。
そして、俺はセブンスターズとは関係ないまったくの部外者。
相手さんがチャンスとみて、動く可能性があるというわけか」
「その通りです。
トウヤさん、事情を知ったからには、手伝ってもらえますよね?」
ステラが笑顔を向ける。その優しい笑顔には有無を言わせぬ圧を感じた。
「……ああ、分かったよ」
トウヤはため息を吐いて、しぶしぶと頷いた。
最初からトウヤには選択肢などなかった。
この部屋に足を踏み入れた瞬間に運命は決まっていたのだ。
何も知らぬまま王女とデートをするか。事情を知った上でデートをするか。
どちらかといえば事情を知って、危険があると分かっていた方がまだマシだと、トウヤは自分を無理やりに納得させた。
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