069 命の価値


 トウヤたちは、ターウの家に到着する。

 扉を開けて家の中へ入ると、奥のベットにターウの母親が横になっていた。

 その呼吸は弱々しく、今にも息絶えそうだ。


「どうですか? かーちゃんの病気は治りますか?」


 ターウは不安げな顔でステラに訊ねた。


「軽い怪我や毒ならば回復アイテムで治せます。

 ですが、重い病気の場合は無理です。

 医者に診察してもらい、症状にあった治療法を行なう必要があります。

 そして私は医者ではありません。

 病気の特定や薬の調合はできません」


 ステラが諦めるような発言をすると、ターウは絶句した。


「おいおい、じゃあ、なんでここまで来たんだよ?

 治せねえなら、ここに来る必要はなかっただろ。

 変に希望を持たせるんじゃねえよ」


 シンキが代わって、後ろから不満をぶつける。

 すると、ステラは手のひらを前に出す。

 そこには一切れの果物らしきものが乗っていた。


「これは黄金の林檎の欠片です」


「「黄金の林檎!?」」


 ターウとシンキが驚きの声を上げ、身構える。

 黄金の林檎は、魔物の襲撃の元凶。といっても、その偽物がだが……。

 あまりにその印象が強いため、またよからぬ事態が起こるのではないかと、二人は警戒した。


「さすがは、セブンスターズの団長」


 一方、トウヤは素直に本物だと認め、感嘆していた。


「これを食べさせた後に、殺して蘇生させる。

 そうすれば、病気は完治します」


 ステラがそう言うと、ターウの顔はパッと輝いた。


「なんだ治せるんじゃねーかよ。もったいぶりやがって」


 シンキもすぐに手のひらを返す。

 だが、次のステラの言葉で、再び態度を変えることになる。


「黄金の林檎は、とても貴重なアイテムです。

 なんの見返りもなく、気軽には使えません」


「お、俺の持っているエストなら、すべて差し上げます。だ、だから!」


 そう言ってターウは、皮袋を取り出し中身を見せる。

 中には、赤、橙、黄のカラフルなコインが入っていた。



 エストとは、全世界共通の貨幣。

 クリスタルに熱を加えることで、円形のコインに変化する。

 火を扱えるほどの知性がある集団ならば簡単に生成することができ、おのずとエストを通貨として使用するように誘導している。

 もしエストがなかった場合、それぞれの世界で色々な通貨が使用されてしまう。

 たとえば金であったり、鉱石であったり、貝であったりと様々。

 通貨が世界ごとに異なると、プレイヤーは混乱する。

 プレイヤーの利便性を考えて、全世界共通の貨幣が普及する仕組みになっていた。


 同じ色のエストを10枚重ねて、さらに熱を加えると上位色のエスト1枚に変えることができる。

 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫・黒・白・虹の順に色は変化。


 ここは小さな村なので、流通しているエストの総量が少ない。

 総量が少ないほど、使われる色の数は少なくなる。

 わざわざ上位色を生成する必要性がないからだ。

 この村では黄色のエストがもっとも高い価値を持つ。

 しかし、他のコミュニティでの価値は違う。

 同じ色でもエストの総量で、価値の違いが生まれる。

 一般的に、総量が少ないほどエスト一枚の価値は高くなり、多いほど価値は低くなる。


 ターウが提示したエストは、この村では大金なのだろう。

 しかし、大きい街に行けば行くほど、大金ではなくなる。

 それこそ第2世界の王都では、子供のお小遣いと大差ない。



「それでは足りません」

「じゃあ、どうすれば……」


 ステラに一蹴され、しょんぼりするターウ。

 そんなターウを擁護するように、シンキが詰問する。


「お前は、なにがしてーんだよ?

 こんなガキんちょをイジて楽しいのか? ああ?」


「別に、私はお金が欲しい訳ではありません。

 私が欲しいのは言葉です。

 トウヤさんが私に『この子の母親を助けてやってくれ』と。

 そう言っていただけるだけで良いんです」


「はあ? なんだそりゃ? それだけで良いのか?」


 ステラの思惑が分からず、シンキは間の抜けた言葉を漏らした。

 だが、トウヤはその思惑を察する。


「俺に貸しを作りたい、というわけか」


「端的に言えば、そうです。

 それを理由に、入団を無理強むりじいするつもりはありませんので、安心してください。

 もし入ってくれるなら、貸しはチャラにしますが……。

 入らない場合は、別の形で返していただくことになります」


「なるほど。俺たち三人に付いてくるよう言ったのは、これが理由か」


 ステラがなぜ三人の同行を望んだか。その理由をトウヤはようやく理解した。


「無理強いはしません。

 断っていただいても結構です。

 冒険をしていれば、NPCを見捨てることは、珍しくありませんから」


「とんだ食わせ者だな」


 シンキがぼそりと嫌味を吐いた。


「私を悪者のように思っているかもしれませんが、それは間違いです。

 私は、村を襲っていた魔物をすべて倒し、回復アイテムを分け与えました。

 十二分に、この村に貢献しています。

 さらに貴重なアイテムを使用するのに、貸しひとつで良いと。

 これは、ありえないほどの譲歩です。

 感謝されこそすれ、悪者扱いは心外です。

 なんの見返りもなく、他人が善意だけで動くと思ったら大間違いです」


「…………」


 予想外の反論にシンキは黙り込んだ。


「それではトウヤさん。答えを聞かせてください」

「…………」


 ステラの無機質な瞳と、ターウの懇願する瞳がトウヤを見つめた。


 相手はNPC。

 所詮は、ゲーム世界のAIだと切り捨てても良い。

 効率を考えれば、二度と訪れないような隠れ里の住人を助けてもメリットはない。

 それにステラの思惑通りに進んでいるようで、良い気はしない。

 だが、ここで断るということは、ターウの母親に死を宣告するようなもの。

 助けられる命ならば、助けるのが道理。

 人間だとか、NPCだとかを区別したくはない。


 トウヤは、まったく会話に参加していないハルナを一瞥いちべつした後、結論を口にする。


「分かった。ターウの母親を助けてやってくれ」

「はい」


 ステラが答える。

 その声に感情はないが、内心喜んでいることは明らかに思えた。


 ステラは持っていた黄金の林檎を母親に食べさせる。

 しっかりと飲み込んだのを確認すると、手にナイフを持つ。


「今からナイフで刺し殺して蘇生させます。いいですか?」

「……はい、お願いします」


 ターウは息を呑んで頷いた。

 ステラは持っていたナイフを母親の胸に突き刺す。

 その痛々しい光景に、ターウは目をそらす。

 しかし、自分には見届ける義務があると思い直したのか、すぐに視線を戻した。


 胸から血があふれて、ベットを赤く濡らす。

 幸いなことに母親が痛がる様子はない。体が衰弱しきっており、痛覚が鈍っているようだ。

 そして、母親の呼吸が止まる。

 ステラはゆっくりと胸からナイフを引き抜いた。


「…………」


 全員が固唾を呑んで、ベットを見下ろす。

 やがて、光が母親の体を包む。

 光が収まると胸の傷は消え、弱々しかった呼吸も普通に戻っていた。


「かーちゃん、かーちゃん?」

「ん、んん、……どうしたの? そんなに大きい声をだして」


 母親が目を開けて、ターウの顔を見つめた。

 ターウの目には涙が浮かぶ。

 母親はくすりと笑って、優しく指で涙をぬぐった。


「体の調子はどう?」


 ターウは照れくさそうに笑って、母に訊ねた。

 母親は体を起こして、自分の体を確認する。


「あれ、すごく調子が良いみたい。

 血で汚れてるけど、どこも怪我をしていない。びっくりだわ。

 ……それで、この人たちは?」


 母親がトウヤたちに気付き視線を向けた。


「この人たちがかーちゃんの病気を治してくれたんだ! 命の恩人だよ!」


 ターウが自慢げにトウヤたちを紹介した。


「そうですか。それはありがとうございます。

 お礼はエストでよろしいですか?

 うちには、ほんの少ししかありませんが……」


「いいえ、お礼はいりません。

 すでに別の形で頂きましたから。

 では、私はこれで失礼します。

 みなさんお元気で」


 そう言うとステラはトウヤを一瞥してから家を出て行った。


「……俺たちも帰るか?」


 シンキの言葉に、トウヤとハルナが頷く。

 帰ろうとする三人へ、ターウが声を掛ける。


「あの、お兄ちゃんたち、かーちゃんを助けてくれてありがとう。

 それと、黄金の林檎を横取りしてごめんなさい」


「ああ、そんなこともあったな。

 それが原因で村がめくちゃになったわけだが……。

 ともかく、迷惑をかけた分、村に貢献しろよ。

 かーちゃんのためにも」


「うん、もちろん! 俺は村で一番の戦士になるよ」


 シンキの励ましに、ターウは力強く頷いた。

 三人は家を出て、そのままログアウトした。



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