068 聖王神器



 白を基調にした鎧、そして長い金髪の女騎士。

 その肩越しには半透明の水色の四角い箱――カメラマーカーがあった。


「ありゃ、誰だ?」


 シンキがポツリと疑問を漏らす。だが、それに答える者はいない。

 トウヤもハルナもただ黙って、その女騎士を見詰めていた。

 女騎士がプレイヤーであることは間違いない。

 しかし、味方とも限らない。

 モンスターの襲撃に便乗して、略奪行為を働くプレイヤーは珍しくない。

 女騎士の身なりが良いからと、油断はできない。


 女騎士はトウヤたちを一瞥いちべつすると、村の壁を形成している木々を登って上に移動する。

 そして、村全体が見渡せる高所に陣取ると、道具箱アイテムボックスから一本の弓を取り出した。

 それは、黄金の弓。

 式典や儀式で使うような豪奢ごうしゃな飾りが施されている。

 ただの弓ではなく何かしらの武器技ウェポンスキルがあるのは間違いない。


 女騎士が弓に手をかけると、光の弦が張られる。

 その弦を引くと、光の矢が形成された。

 さらに弓の前面に、大きな魔法陣が展開される。

 魔法陣の中心には、七芒星しちぼうせいが描かれていた。


「……あれは、聖王神器せいおうじんぎか」


 魔法陣を見て、トウヤは弓の正体を見破った。



 聖王神器とは、第2世界の王の固有能力により生成された特別な武具の総称。

 その数は全部で七つ。

 盾、鎧、杖、弓、槍、斧、剣。

 武具の種類の前に、数字と星を足した名前をそれぞれが持つ。


 一星盾いちせいじゅん

 二星鎧にせいがい

 三星杖さんせいじょう

 四星弓しせいきゅう

 五星槍ごせいそう

 六星斧ろくせいふ

 七星剣しちせいけん


 聖王神器は、王に選ばれた七つのギルドに貸し出されている。

 この七つのギルドは、セブンスターズと呼ばれて一目を置かれる上位ギルドだ。



 女騎士が弓を構えると、魔法陣の所々に赤い点がポツポツと浮かび上がる。

 その様子は、まるでレーダーで敵をロックオンしているかのように見えた。

 一瞬にして数十個の赤い点が浮かぶ。そして赤い点の出現が止まった。

 次の瞬間、


 ――シュン。


 高速で光の矢が打ち出される。

 矢が魔法陣に触れた瞬間、一本の矢は無数の矢に分裂した。

 光の矢は、まるで流星群のように村全体へと降り注ぐ。

 そして、矢の落ちた先には、魔物たちがいる。

 魔物たちは光の矢に体を貫かれ、絶命。

 村のあちこちで暴れていた魔物たちが、たった一回の攻撃ですべてクリスタルへと姿を変えた。


「……すげぇ、あいつ何者だよ」


 シンキが呆気に取られながら呟いた。

 猿人マイムーたちも、言葉を失って女騎士を見上げていた。

 それも束の間、現状を理解した猿人マイムーたちが次々に表れ、喜びの声を上げ始める。

 女騎士を救済者だとあがめる声が村全体に響く。

 女騎士が下へ降りると、その周りを猿人マイムーたちが一斉に囲んだ。

 人垣ができて、トウヤたちからは女騎士の姿が見えなくなる。


「俺らも戦ったってのに、おいしいところを持っていかれたな」


 シンキはつまらなそうにつぶやいた。

 トウヤたちも魔物退治を手伝ったのにも関わらず、猿人マイムーたちにはまるで空気のように扱われている。


「でも俺たちだけじゃ、倒しきれなかったしわけだし」

「ま、そうだな」


 トウヤの言葉に納得するシンキ。

 自分たちが褒め称えられることよりも、魔物を倒せたという事実の方が重要だと気付いた。


 女騎士はおもむろに、道具箱アイテムボックスから木箱を取り出す。

 その木箱の中には、ぎっしりとポーションが入っていた。


「これを使って怪我人の手当てをしてあげてください」


 女騎士が抑揚よくようのない声で言った。

 その瞬間、猿人マイムーたちは、歓喜に沸いた。

 魔物から村を救ってくれたばかりか、回復アイテムまでもプレゼントされれば、喜ばずにはいられないといった感じだ。


 女騎士は周りで喜んでいる猿人マイムーたちをよそに、トウヤたちの方に向かって歩き出した。

 猿人マイムーたちの人垣が割れて、自然と道が出来上がる。

 そして、女騎士はトウヤたちの目の前で歩みを止めた。

 猿人マイムーたちが、興味津々に周りで眺めている。


 女騎士の顔には感情がない。そのため何を思っているのか推し量ることは難しい。

 もしかしたら「プレイヤーのくせに村を守れないとは情けない」と責められるのかもしれない。


「な、なんだよ? やんのか?」


 シンキが身構えて拳を構えた。

 だが、女騎士は特に反応をせず、トウヤだけに視線を向けている。


「私は月光騎士団げっこうきしだん団長のステラです。

 あなたの戦いを見ました。

 よろしければ、私のギルドに入りませんか?」


「……ありがたいもうし出だけど、遠慮するよ」


 いきなりの勧誘に少しだけ戸惑いつつも、トウヤは即座に辞退した。


「理由を聞いても?」


「そもそもギルドに興味がない。

 それに、どんなギルドかも分からないし。

 入りたいと思う要素が少ないかな」


「…………」


「ま、当たり前だよな。

 いきなり現れた怪しい奴のギルドに入るわけねえよ。

 俺だってそうだ」


 シンキも便乗して、自分の意見を漏らす。しかし、シンキは勧誘をされていない。


「ちょっと待ってよ。

 月光騎士団って、セブンスターズだよ。あの七星ギルドだよ。

 すっごく有名なギルド。全然、怪しくないよ」


 否定的な二人に対して、ハルナが反対の意見をあげた。


「セブンスターズ? 七星? 星座の話か?」


 シンキはVAMのギルド事情に詳しくないようだ。


「セブンスターズは、第2世界の王に認められた七大ギルドのこと。

 七星って呼ばれたりもする。簡単に言えば、上位ギルド。

 そんな有名なギルドに、誘われるなんてすごいことだよ。

 こんなことは二度とないと思う。

 せっかくだし入った方がいいよ、絶対!」


 ハルナが興奮気味にトウヤへ入団を進めた。


「……うーん」


「へえー、そんなに有名なギルドなのか。

 それなら俺が入ってやってもいいぞ? 高待遇をしてくれるならな!」


 考え込むトウヤに代わり、シンキが答えた。


「…………」


 ステラはシンキの言葉に答えようとはしない。トウヤ以外には興味がないようだ。

 シンキは「無視かよ」と小さく愚痴る。


「悪いけど、今回は遠慮するよ」


 トウヤは改めて、辞退を言い渡す。

 しかし、言葉尻を捕らえて、ステラはなおも食い下がる。


今回は・・・ということは、次回は心変わりする可能性があるということですね?

 分かりました。

 では一度、ギルド本部に遊びに来て、どういうギルドなのかを自分の目で確かめてください。

 結論はそれからでも、遅くないと思います。

 もしかしたら気が変わるかもしれません。

 それでも気が変わらないのであれば、その時は諦めます」


「……分かった。そこまで言うのなら、今度遊びに行かせてもらうよ」


 しぶしぶとトウヤは頷いた。


「では、これを」


 ステラは月をモチーフにした銀のブローチをトウヤに手渡した。


「そのブローチを入り口で見せれば、通してもらえるはずです」

「入場許可証か。分かった」

「では、私はこれで失礼します」


 そう言ってステラは、きびすを返す。

 そこに猿人マイムーの集団からターウが飛び出して、ステラの足にすがりついた。


「騎士さま、助けてください。

 どうか、俺のかーちゃんを助けてください。

 死にそうなんです」


「おい、ターウ。やめろ!

 失礼しました。騎士さま。どうかお許しを」


 大人の猿人マイムーが足にすがりつくターウを引き剥がす。

 そして、無理やりに地面に組み伏した。

 しかし、ターウはなおも助けてくれと必至に懇願を続ける。

 ステラはしばらくターウを見つめると、おもむろに口を開く。


「お母さんのところに、案内してください」

「はい!」


 ステラの言葉に、ターウが笑顔を輝かせて返事をした。

 ターウは覆いかぶさる大人の猿人マイムーを跳ね除けて、立ち上がった。

 そして、飛び跳ねるようにしながら自宅への案内を始める。


「こっちです。ついてきてください」

「……一緒に行きましょう」


 ステラはトウヤたち三人にも同行を要請した。

 断る理由がないので、トウヤたちもターウの家について行くことになった。



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