046 屋上



 ロビンの一言に全員が息を呑んだ。

 悠斗たちが何十体とスケルトンを倒しても、何の情報も得られず半ば途方に暮れていた。

 そんな時に降って湧いた有益な情報、まさに渡りに船。

 自然と口角が上がり、全員の視線が悠斗に向く。

 悠斗の決断を全員が待っていた。


「屋上に行こう」


「よっしゃ!」「はい」「ピィ!」「うむ」


 悠斗の言葉に各々が返事をした。全員の士気は非常に高い。

 五人は早足で階段を上がり、目的地に向かう。

 そして重たい鉄扉を開けて、屋上に躍り出た。

 高いフェンスで囲まれた屋上。園芸部が管理をしている花壇、休憩スペースとしてのテーブルとベンチが一定間隔で置いてある。

 広い空間の奥には、人影が二つあった。


 一人は黒い服の仮想体の男。背が高く知的な印象があり、静かに本を読んでいる。

 銀髪に黒衣という見た目は、どことなくシトリーと雰囲気が似ている。

 そんな男の足元には二つ。見慣れないモノが置かれていた。

 一つは黒い燭台しょくだい。三本の黒いロウソクに黒い炎が怪しく灯っている。

 もう一つは人間の頭蓋骨ずがいこつ。目の奥が赤く光っていた。


 男の横には巨大な塊。大岩と見間違えるほどの大男がいる。

 それは黒い鎧を着たデスナイト。

 背中には大剣をたずさえている。


 男がデスナイトに襲われているのではなく。

 男がデスナイトを従えているように見える。


 一目見て怪しいと分かり、悠斗たちは鉄扉の前で足を止めた。


「……あれは聖者の頭蓋」


 男の足元の頭蓋骨を見て悠斗は呟いた。


「ふむ、あれがスケルトンを呼び出しているアイテムか。

 どうやらあの男が犯人で間違いないようだな」


 悠斗の肩でロビンが、そう結論付けた。


「では、もう一つの黒いロウソクがエリアルールを作り出しているアイテム――魔王の遺産ですね」


 シトリーの言葉には喜びの感情が含まれていた。

 まるで探しモノが見つかって嬉しがっているような、そんな雰囲気を感じる。


「……おそらくは」


 悠斗は少し戸惑いながら同意した。


「…………」


 男は悠斗たちに気付くと、読んでいた本をパタンと閉じた。

 閉じられた本は、一瞬で消え去る。

 デスナイトが男を守るように一歩前に出る。だが男がそれを制して、後ろに下がるよう命じた。


 男にはこちらと会話をする意思があるようだ。

 悠斗たちは警戒しながら、男に近づいた。

 一歩近づくたびに緊張感が高まる。

 話が出来るギリギリの距離まで来ると、滝川が攻撃的に口を開く。


「おい、てめぇが犯人なのか?」

「……犯人?」


 男は分からないと聞き返す。

 滝川は苛立ちながら、さらに質問を続ける。


「だから、お前がスケルトンを呼び出してるのかって聞いてんだよ!」


「ああ、そのことか。それなら私がやっている。

 この聖者の頭蓋を使ってね」


 男は平然と言い放ち、頭蓋骨をコツンと足先でつついた。

 すると、デスナイトがやめてくれと、少しだけ身じろぎをした。

 デスナイトにとって聖者の頭蓋は命と等しい。もし破壊されれば、自身の崩壊を意味する。

 その様子を見て、聖者の頭蓋が間違いなく本物だと悠斗は察した。


 ……ならば、その横の魔王の遺産も本物だろうか?

 魔王の遺産は、レジェンド級のアイテムだ。人目につくような場所に堂々と置くとは考えにくい。普通に考えれば偽物。

 本物の聖者の頭蓋の横に置くことで、本物だと見せかけている。

 ……なんのために?

 本物から目を逸させるために。

 おそらく、近くに本物が隠されている。


 悠斗は男の些細な言動から、状況を予測した。

 その横で滝川が男への質問を続ける。


「目的はなんだ? なんで仮想体を殺す?」

「私の目的は、ただ一つ。魔王を殺すことだ」


 男が迷い無く言い放った。

 予想外の返答に、滝川を含めた全員が戸惑う。

 しかし、シトリーだけは心当たりがあるのかのように、驚いた表情を浮かべる。

 そんなシトリーの反応に、360度の視界がある悠斗だけが気付いていた。


「魔王を殺す? ってことは、お前が魔王殺しなのか?」


 滝川の声に期待がこもる。

 魔王殺しはプレイヤーでさえも、その正体を知らない。

 もし男が魔王殺しなら、すごい秘密を知ったことになる。


「いいや、私は魔王殺しではない。それにプレイヤーでもない。

 むしろその逆の立場にある、魔王の部下。

 私は魔神将が一人、バエル」


「はあ? 意味がわかんねぇ。

 なんで魔王の部下が魔王を殺そうとすんだよ?」


 バエルが魔王殺しでないと分かると、明らかに滝川のテンションが下がった。


「今の魔王は、魔王に相応しくない。

 だから、私が魔王を殺し。三代目魔王として世界を導く」


「なるほど。てめぇが魔王になりたいのは分かった。

 だが、やってることが見当ハズレなんだよ」


 滝川がばっさりとバエルを否定した。

 感情をあまり出さなかったバエルが、少しだけ苛立った表情を見せる。


「それは、どういう意味だ?」


「簡単なことだ。ここに魔王はいない。

 だから、いくら頑張ってもお前の目的は達成できない。

 さっさと他に行けってことだよ」


「…………。ふはははっ、ここに魔王がいないか」


 バエルはいきなり大笑いをする。

 滝川は男の様子をいぶかしむ。良く分からないがバカにされてるように感じて苛立つ。


「なに笑ってやがる。なにがおかしい?」


「プレイヤーとの共存共栄をうたっておきながら、自分の正体を隠している。

 それは相手を信頼していない証拠。自分の掲げた理想を自分で否定する行為。

 おかしいとは思いませんか、陛下」


 バエルは滝川を見ていない。その横のシトリーを見ていた。


「へ? へいか? え? シトリー?」


 滝川はシトリーへ振り返る。

 シトリーは厳しい表情でバエルを見つめ返し、一歩前に出た。

 そして、いつもの優しい声音ではなく、まるで別人のように冷たい言葉を発する。


「バエル。なぜお前がこの世界、第1世界にいる?

 この世界はプレイヤーでないと、入れないはずだ」


「陛下と同じですよ。

 私もプレイヤーと契約したんです」


「プレイヤー嫌いのお前がか?」


「はい、目的達成のために、好き嫌いは言っていられません」


「そんなに私を殺したいのか?」


 氷のように冷たい視線。

 シトリーが人の姿をしていようとも、自分の仕えている主君。

 バエルは威圧され、少しだけたじろぐ。


「初代魔王は、プレイヤーとの共存を望んでいました。

 二代目魔王のあなたと同じように、姿を偽りプレイヤーと行動を共にした。

 結果、どうなりました?

 陛下もご存知の通り。プレイヤーに殺されました。

 当時、プレイヤーの中に魔王を殺せる力を持った者はいなかった。なのに殺された。

 プレイヤーはなにか卑怯な手を使ったのでしょう。

 魔王はプレイヤーを信頼したのに、その信頼をプレイヤーが裏切った。

 私は、そんなプレイヤーを許さないと心に決めた。

 プレイヤーとの共存など不可能。

 ……陛下、申し訳ないが、あなたにはついていけない」


 主君しゅくん臣下しんかの会話が繰り広げられ、外野が口を挟む余地はない。

 悠斗、滝川、ロビン、フランメリーは、ただ二人の会話に耳を澄ましていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る