018 漆黒の刀
「黙ったってことは、正解なんだろう?」
「……おしゃべりはおしまい。さっさと始めようよ」
ナルメアが
鞘から刀を抜く。その刀身は漆黒。軽く振ると、空間に桜の花びらが舞った。
桜の花びらは、実体があるわけでなく、ただの光エフェクトのようだ。
普通の刀ではなく、何かしらの特殊能力があることは間違いない。
武器の中には、魔力が込められている特殊な物が存在する。
そういう武器には、その武器でのみ使用可能な特殊技がある。
特殊技は
使用者がわざわざ自分の手の内を教えたりしないので、
戦いのなかで、
上級者同士の戦いでは、純粋な戦闘力よりも、この
「一つだけ頼みがある。そこの彼女、シトリーだけは見逃して欲しい。
彼女はNPCなんだ。プレイヤーじゃない」
トウヤがナルメアに呼びかける。
「……いいよ。見逃してあげる。殺すのはプレイヤーだけにする」
「ありがとうナルメア」
「……今から殺されるのに、御礼を言うなんて、君面白いね」
「レベル11だから、別に殺されても、たいしたことはない」
「もう諦めてるんだ」
「ああ、どうあがいても無理だからな」
トウヤは戦う気がまったくない。武器を構える様子も見せない。
シトリーさえ見逃してくれるなら、トウヤは喜んで死を選ぶ。
一方、隣のシンキは剣を構える。
「悪いが俺は諦めてねーぜ」
「うふふ、諦めの悪い子は、嫌いじゃないよ私」
「上から目線で、むかつヤローだな!」
「あー、その目、良いよ。憎しみに燃える感じ。
本気の殺し合いって気がして、ゾクゾクする。
この瞬間が病みつきになるんだよね」
「知るかそんなもん。勝手に感じてろよ」
「そっか君には、まだ分からないか」
「分かりたくもねーよ。PKの気持ちなんて、一生わかりたくねー」
シンキは、口では強がりを言っている。だが剣を持つ手は微かに震えていた。
ゲームとはいえ、逃れられない死を前に恐怖するのは、自然なことだ。
「……残念。どうせゲームなんだから、現実では出来ないことを、もっと楽しもうよ」
「勝手にほざいてろ。俺はてめぇとは違うんだよ」
「……これ以上、おしゃべりしても意味ないね」
「同感だぜ。話にならねぇ」
「それじゃあ始めよう。君から来ていいよ。
ああ、もしかして恐怖で足が動かないのかな? なら私から行くよ?」
ナルメアはシンキをあざ笑う。
「は? 俺がビビってるだと? テキトー言ってんじゃねぇぞ」
「さっきから、ずっと震えてるよ君」
「これは武者震いだ!」
「ムシャブルイ? なにそれ? 私、難しい言葉ワカンナイ」
「これからてめぇをぶっ倒せると思うと、嬉しくて震えるんだよ」
「そういえば君のレベル聞いてなかったね。もしかして結構レベル高かったりする?」
「ああ、お前をぶっ倒せるぐらいは余裕であるぜ」
「へえ、そうなんだ。もしかして
ゴミ装備してるのもワザとなのかな? なら、ちょっとは遊べそうだね」
シンキは、自分のレベルを高いと思わせればナルメアが引いてくれるかもと、微かに期待していたようだ。
しかし反対にナルメアのやる気を上げることになってしまった。
「っち、戦闘狂が。覚悟はいいか?」
「いつでも良いよ」
「シャッ! いくぜ!」
震える足を無理やりに押さえつけ、シンキはナルメアに向かって駆けた。
シンキは、全力の攻撃を仕掛ける。
上段からの振り下ろし、中段への横薙ぎ、下段からの逆
「くっ」
シンキの三連撃は、ナルメアに簡単に防がれてしまった。
「やっぱり君
……もういいや。さっさと終わらせよっと」
上級者ならば、剣を数回合わせただけで、相手の実力を測ることができる。
シンキが初心者だとわかると、ナルメアは目に見えて、やる気を失った。
ナルメアは空間を刀で切る。切った空間に桜エフェクトが舞った。
桜エフェクトの奥から、ナルメアは飛び出して走りながら横に切り払う。
「目くらましのつもりか! そんなの効かねーんだよ!」
シンキは剣を縦にして斬撃を受ける。
ナルメアはそのまま走り抜けて、後ろに回りこんだ。
そして上段からの大振りの一撃を放つ。
シンキは体制を立て直しており、余裕で斬撃を受ける。
――はずだった。
しかし、目の前にいたナルメアの姿が、消えた。
「え? ……ぐはっ!?」
シンキの腹から黒い刀身が突き出ていた。
ナルメアがシンキの背中から、刀を突き刺したのだ。
刀を引き抜くと、ナルメアはシンキの体を蹴り飛ばした。
シンキは地面を紙くずのように転がった。
そして、二度と起き上がることはなかった。
シンキの体に入っていた滝川の意識は抜け出して、そこには人の形をしたオブジェクトが転がっている。
プレイヤーの死体は、99時間その場所に残り続ける。
死体に装備された衣服や防具が、第三者に剥ぎ取られなければ、自動的に
「やる気が無いと油断させて、隙ができたら攻撃してくるかと思ったけど。
……君、本当にやる気ないんだね。
仲間の
一見まともなことを言っているように聞こえるが、PKが言うセリフではない。
ナルメアは棒立ちしているトウヤに向き直った。
刀を振るとシンキの血が地面に飛び散った。
「攻撃しても、ほとんどダメージは入らないだろう?」
「じゃあ、本当にレベル11なの?」
「ああ、そうだ」
「へえ、それにしてはすごく落ち着いてるね。
レベル11の初心者なら仲間が殺されたら取り乱すと思うんだけど。普通は?」
「プレイヤーは死んでも、復活できる」
「ふーん。合理主義なんだね君は」
「……かもな」
トウヤは
ナルメアはトウヤに歩み寄ると、刀を上段に構える。
トウヤは、ナルメアの行動をただ見つめるだけで微動だにしない。
自分の死を受け入れている。
――シュン!!
振り下ろされた刀は、トウヤの目の前で制止していた。
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