066 罠、発動


 リーダー猿人マイムーはため息を吐く。


「答えられないということは、本当なんだな。

 ……分かった。黄金の林檎はお前たちに返す。だから、すぐにこの村から出て行ってくれ。

 そして、この村の存在と場所を誰にも口外しないと約束してほしい」


「返してくれるなら、すぐに出て行く。秘密も守る。約束する」


 二人に目配せで確認をしてから、トウヤは提案を受け入れる返答をした。

 無事に交渉成立になったかと思われた次の瞬間、ターウがそれに待ったをかける。


「イヤだ! これはオレのもんだ。誰にも渡さなねえ。

 これでかーちゃんを助けるんだ!」


「……ターウ」


「かーちゃんを助けるって。どうことだ?」


 黙って聞いていたシンキが口を開いた。


「ターウの母親は……」


 リーダー猿人マイムーの言葉をターウが打ち消すように引き継ぐ。


「オレのかーちゃんは病気で死にそうなんだ。

 ひとかけ、ひとかけでいいから、分けてくれ。残りは全部返すから。

 それなら良いだろ?」


 ターウの鬼気迫る提案に、三人は顔を見合わせる。


「俺は良いと思うぜ。切羽詰せっぱつまった事情があるみたいだし。

 それに、見つけたのは俺たちのが早かったけど。

 最初に手に取ったのはあいつだ。四人で均等に分けるのはアリじゃないか?」


「私も賛成」


 シンキの言葉に、すぐさま頷くハルナ。

 そして、二人はトウヤの意見を待った。


「切り分けると価値は下がる。

 丸々一つと切り分けられたものでは、まったく売値が違う。

 二人がそれでも良いなら、俺は構わない」



 黄金の林檎の効果は、食べてから99時間の間、死んでも蘇生するというもの。

 切り分けたとしても、有効時間が減少するだけで、効果自体は変化しない。

 半分なら約49時間。その半分なら約24時間。と分量に比例して有効時間が減少する。


 しかし、価値の場合は違う。

 丸々一つはプレミアムがつくが、切り分けられたものではプレミアムがつかない。

 よって丸々一つと切り分けたものでは、何倍もの価値の違いがある。



「全然、いいぜ」

「うん、私も良いよ」


 迷いもなくシンキとハルナは頷いた。


「決まりだ。

 果実の四分の三を渡してくれるのなら、こちらに文句はない」


 トウヤがそう呼びかけると、パッとターウの表情は輝いた。


「分かった。今、切り分けるから、少し待ってくれ」


 ターウはナイフを取り出し、黄金の果実に刃を入れた。

 普通の果実ならば、サクッと切れるはずなのだが、黄金の果実は違った。

 粘土のようにグニャリと歪み、ナイフの刃が不自然に沈み込んでいく。


「……あれ?」


 ターウは異変を感じて、声を漏らした。

 周囲で見ていた者たちも同様に、異変を感じ固唾を呑んで様子を伺っている。


「――偽物だ」


 黄金の果実は、本物ではなかったのだ。

 トウヤが危惧きぐしていたことが、現実となった。


「偽物? ってつまり? あれか?」


 シンキが訊ねた。


「おそらくフルーツリザードの罠」

「そう、それだ! でも罠なら爆発とか、するんじゃねえのか?」


「そういう攻撃的な罠もあるけど。

 あれは間接的な罠。もっとタチが悪い」


 黄金の果実だったものは、ドロリと溶けてターウの足元に落ちた。

 それはもう、果実とは到底呼べるものではなくなっていた。

 黄色い光は失われ、赤黒いなにかに変貌している。

 さらに、赤く発光する粒子を放出し始める。

 赤い粒子は強烈なアルコール臭を発していた。


「赤い光が出てるけど? なんだなんだ? なんかクセーし」


 シンキがうっとうしそうに、漂ってきた赤い粒子を手で払う。

 周囲の猿人マイムーたちも何が起きているのか分からず、言葉を失っている。

 赤い粒子は空中に道を作るように、村の入り口に向かって飛んでいく。

 風に乗っているわけではない不自然な挙動。


 トウヤは罠の効果を分析する。


「赤い粒子は、罠が通ってきた軌跡、道筋。

 果実に擬態しているときから、無色透明、無味無臭の粒子を放出していた。

 果実が破壊されると、その粒子を赤く光らせて、臭気を出す仕掛けになっていたんだろう」


「それになんの意味があるんだ?」


 シンキが素朴な疑問をする。


「俺たちが猿人マイムーを追いかけたトラッカーと役割は同じ。

 つまり追跡用の罠」


「追跡……。じゃあ、この後……」


「ああ、大量の魔物がこの村に押し寄せてくる」


「…………」


 トウヤの結論に、シンキは言葉を失った。

 それとは反対に、ハルナが声を張り上げる。


「みんな聞いて! それは偽物だよ! フルーツリザードの罠!

 光と臭いに導かれて、これから大量の魔物がやってくる。

 戦う準備をして! このままだと大変なことになる」


「…………」

「…………」


 ハルナの叫びに、呆然とする猿人マイムーたち。

 よそ者の言葉を、安易に信じることはできないといった様子だ。


「全員に命令する!

 戦えないものを安全な場所、村の中心に集めろ!

 そして、戦えるものには武器を渡せ! 戦闘準備だ!」


 リーダー猿人マイムーが命令を出すと、取り囲んでいた猿人マイムーたちがバラバラに散っていった。

 この場に残されたのはトウヤたち三人と、ターウのみ。

 ターウは赤黒い果実だったものをみつめたまま固まっている。

 そんなターウにハルナは近づくと、トラッカーの発信機を回収した。


「いっちまった。……んで、俺たちはどうする?」


 シンキが二人に訊ねた。


「もちろん戦う。放ってはおけないよ」


 ハルナが有無を言わせずに宣言する。

 トウヤは何も言わずに頷いた。


「んじゃ、戦うで決まりだ」

「入り口の方に移動しよう」


 トウヤの提案に二人は頷き、村の入り口に三人は向かった。

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