036 レプリカ -Replica-



 放課後。

 悠斗が帰宅のために荷物整理をしていると、一羽の青い小鳥が机に降り立った。

 背中は青く、腹は白いコマドリ。仮想体ではなく実体。

 教室の窓は閉まっているため、廊下側の出入り口から入ってきたようだ。

 その足首には白いリングが巻かれており、描かれた三角形が緑色に光っていた。


「トウヤさん、青い鳥さんが、いらっしゃいました」


 シトリーが、視線を外して気付かない悠斗にコマドリの来訪を知らせた。

 フランメリーは、無警戒のシトリーに変わってコマドリを警戒している。

 一方のコマドリは仮想体のふたりにはまったくの無関心。それどころか見えていないようだ。


「え? 青い鳥? ああ先輩か」


 悠斗は机の上のコマドリに視線を落とした。


「ああ先輩か、じゃないぞ八神。

 お前が部室に来ないからマスターが寂しがっている。

 早く部室に行って、頭を撫でながら、千夜ちや先輩大好きですって100回言え!」


 コマドリは翼をバタつかせて、興奮気味に言葉を発した。

 悠斗はコマドリの足のリングが緑に光っていることを確認する。

 本物そっくりの生物型ハードアバターに装着する専用のアクセサリー、アバタータグ。

 それが緑色だということは意識のコピーが操作していることになる。


 マインドラーニング精神学習

 自分の思想や知識をAIに学習させ、ほぼ同一の意識を作り上げる。

 この意識を「レプリカ」と呼ぶ。

 厳密にいえばAIなのだが、人間の常識が通じることもあり特別に緑色に分けられている。

 ちなみに通常のAIは黄色。


 マインドラーニング精神学習の上位版が存在する。

 マインドトランスファー精神転送

 AIへの学習ではなく、本物の意識をそのままコピーする技術。

 コピーされた意識は「レプリカントRepliCant」。

 コピー元の意識を「マスターマインド」と呼ぶ。

 マインドトランスファー精神転送に使う設備やそれに伴う維持費は膨大で、一般人が使うことはまずない。

 アバタータグの色分けは青と緑のハーフ。


 レプリカは、主に情報共有が重要な場面で使用されることが多い。

 普通のAIロボに部屋の掃除を手伝わせる時、何を捨てて何を捨てないかを、いちいち教える必要がある。

 しかし、レプリカならば教えなくとも、最初から知っているのでスムーズに作業をしてくれる。


 他には介護の場でも使用されることがある。

 寝たきりの自分を、他の誰かやAIロボなどの第三者に介護されるのが心苦しい。

 そんな時、もう一人の自分、レプリカをハードアバターに入れて、自分を介護させる。

 介護をするのも、させるのも自分なので遠慮は一切いらない。

 むしろ細やかな介護が可能になるので、そちらの方が都合が良い。



 何かと便利なレプリカだが、事故は意外と多い。

 意識のコピーということは、欲望や負の感情なども引き継がれることになる。

 それを抑えるために、マスターの不利益になることをやってはならない、マスターの命令を遵守するなどの安全性確保の意識付けは行なわれる。

 しかし、その意識付けは時間経過とともに弱まっていく。

 そうすると欲望や負の感情からくる行動、いわゆる犯罪を起こしてしまう。

 レプリカの安全使用が保障されているのは24時間の連続稼動までとなっており、1日1回、意識の同期が推奨されている。



 机の上で騒がしく鳴く青いコマドリ。

 その中身は九重千夜ここのえちやのレプリカだ。

 千夜は悠斗の所属するロボット製作部の部長。


「……千夜先輩って名前で呼ぶと、いつも怒るじゃないですか」


 悠斗は肩をすくめて、コマドリに答えた。


「マスターは恥ずかしがり屋だからな。怒ってはいるが内心とても喜んでいる。

 レプリカである私が言うんだから間違いない」


 青いコマドリは偉そうに胸を張った。


「それが本当だとしても、先輩に怒られるのは嫌なので遠慮します」


「ふん、甲斐性かいしょうの無い男だ。

 好きな女一人を喜ばせられないとは、情けない」


「いつから先輩が、俺の好きな女になったんですか?」

「細かいことを気にする男はモテないぞ、八神」

「はいはい、分かりましたよ」


 悠斗は投げやりに返事をした。

 会話が一段落ついた所で、シトリーとフランメリーが言葉を挟む。


「あのトウヤさん。こちらの鳥さんは?」

「ピィ?」


「ああ、ごめん、紹介が遅れたね。

 この青いコマドリは九重千夜のレプリカ。

 レプリカっていうのは、複製された意識。コピー人格のこと」


「レプリカ? 複製された意識? コピー人格?」


 シトリーは意味がよく理解できずに、首を傾げていた。


「……八神、何いきなり独り言を言っている?

 まだ若いのにもうボケてしまったのか?」


 MR世界を見ていないコマドリが悠斗の言葉を不思議がっていた。


「VAMのミラーに知り合いがいるんですよ」


「なんだと! 私と八神のラブラブトークを聞かれていたとは! ……恥ずかしい」


 コマドリは翼で自分の顔を覆う仕草をした。


「ラブラブトークなんてしてません。

 それよりミラーに入って自己紹介をしてあげてください。

 ふたりともNPCです」


「分かった分かった。……ふむ、銀髪少女とグリフォンか」


 コマドリはMR世界の視界を得ると、シトリーとフランメリーを興味深そうに見つめた。


「こんにちは、ええーと。レプリカさん。

 私はシトリー。隣にいるのがフランメリーです」


「ピィ!」


「レプリカさんとな? 別に間違ってはいないが……。

 まあいい、とりあえず自己紹介をしよう。

 私は九重千夜の複製意識。

 一般的にレプリカと呼ばれる存在だ。

 決してレプリカという名前ではない。そこは間違えないでもらいたい。

 私自身には特に名前はないが、このハードアバターには個体名がある。

 それはロビン。

 まあ、私のことはロビンと呼んでくれ」


「分かりましたロビンさん」


「うむ、NPCにしては物分りが良いな。

 さすがはVAMのAIといったところか……」


 ロビンは満足げに頷いた。


「それでロビンは、何しにきたんだ?」


「八神、私を呼び捨てにするな。

 マスターがいない場所では、私がお前の先輩だぞ。

 ちゃんと先輩をつけろ」


「……ロビン先輩が来た理由はなんですか?」


「ふん、察しの悪い男だなお前は。

 まあいい、出来の悪い後輩を導くのも先輩の勤め。

 私は、お前が勝手に帰らないように呼びにきた」


「つまり部室に顔を出せってことですね?」

「そうだ。旦那の帰りを可愛い新妻が待っているぞ」

「いつから部室が新婚家庭の新居になったんですか?」

「そんなの決まっている。これからなるんだよ」


「はいはい、分かりました。それじゃあ部室に行きましょう。

 シトリー、フランメリー」


 悠斗は鞄を背負うと、手のひらにふたりを乗せて歩き出した。

 ロビンは慌てて追いかけると、悠斗の肩に乗った。


「こら、先輩を置いていくな」


 ロビンは肩から、悠斗の首筋をくちばしで突っつく。


「先輩、痛いから突っつき攻撃をやめてもらえますか?」


「これは攻撃ではない。親愛のキスだ。

 どうだ嬉しいだろう八神?」


「……はい、嬉しいです先輩」


 悠斗はまったく嬉しい表情をせずに答える。

 ここで口答えすれば、攻撃がさらに激しくなると思ったのだ。


「うむ、そうだろう」


 ロビンは満足げに頷くと、くちばし攻撃をやめた。

 予想通りに攻撃が中止されて、悠斗は安堵の表情を見せた。

 そんな様子をシトリーは、苦笑いを浮かべて見ていた。


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