027 スプラッシュルーム -Splash Room-


 少し経って瑠花が部屋の扉を透過して戻ってきた。

 サイズはトウヤたちと同じ、手のひらに乗る大きさになっている。

 瑠花は反重力ボードに乗って、颯爽と机の上に参上した。


「おまたせ」


 ボードを脇に抱えて、瑠花はトウヤたちの元へ歩み寄る。

 トウヤたちはミニチュアの家を出て、瑠花を迎えた。


「早速だけどチーム分けは、俺、璃乃、ファムチームと、

 瑠花、シトリー、フランメリーチームでいいか?」


「……璃乃はゆにくんと入りたいみたいだし、チーム分けは妥当ね」


 瑠花はトウヤの提案を受け入れた。


「よし。ゲームを起動させる。

 メンバー登録と設定をするから、ちょっと待ってくれ」


 そう言ってトウヤはスプラッシュルームを起動させ、各種設定項目を入力していく。

 一通りの入力が終わると、顔を上げて全員を見渡す。


「ゲーム時間は10分。

 この部屋をチームカラーにより多く塗った方が勝利。

 俺チームのスタート位置はこの机の上。

 瑠花チームはベッドから始まる。

 ゲームが始まったら勝手にワープする。びっくりしないでくれ。

 それで良いよな?」


「ええ、それで良いわ」

「よし、ゲーム開始だ」


 そう言ってトウヤはゲームを開始させた。

 瑠花、シトリー、フランメリーは机の上から姿を消して、少し離れたベットに設置されている小物置き場に再び出現した。

 部屋の中央の空中には『ゲーム開始まで10』とデカデカと表示され、カウントダウンを始めていた。

 トウヤはカウントダウンを一瞥いちべつしたあと口を開く。


「璃乃とファムは自由に塗っていいぞ。

 俺はたぶん、瑠花の相手をすることになると思う」


「わかった。ファムちゃん、よろしくね」


 璃乃はファムを見上げる。

 ファムの大きさは標準的な猫の大きさだが、璃乃たちは小さくなっているので相対的にかなり大きい。フランメリーを一回り大きくしたサイズになっていた。


「了解ですユウトさま。リノさまをフォローしますニャン」


 簡単な作戦会議を終えると、カウントはゼロになった。

 部屋中にスタートのブザーが鳴り響く。

 同時に部屋のあちこちの床に四角いマークが表示された。マークには銃や靴などのピクトグラムが描かれている。

 このマークはアイテムエリアで、このエリアに入るとアイテムを入手することができる。

 入手したアイテムを使って、部屋をチームカラーに染めるのだ。


 トウヤはまずインクジェットブーツのエリアに入った。

 エリアに入ると、一瞬でインクジェットブーツが装備される。

 インクジェットブーツは、靴の裏からインクを勢いよく噴出し、高速移動ができるというものだ。連続噴射をすれば空を飛ぶことも可能。

 このブーツで適当に移動すれば、勝手にインクがばら撒かれる。

 トウヤたちのチームカラーはライムグリーン。

 蛍光黄緑のインクを噴射して、トウヤは移動を開始する。


 璃乃とファムも机の上に表示されたアイテムエリアを巡り、装備を充実させていた。

 ファムの左右のわき腹には、センサーマシンガンが装備されている。普段はインクをただばら撒くだけだが、敵が射程内に入れば勝手に標準を合わせて狙ってくれる。

 さらに二本のしっぽには、ウォーターブレードが装備されている。

 勢いよく噴出すインクで水の剣を作り出すことができる。可変ノズルを変形すればインクを拡散することができ、シールドとして使うこともできる。主に接近戦での攻守に優れた武器だ。


 璃乃の装備は二つ。

 手に持つロケットランチャーと、背負っているミサイルポッドだ。

 璃乃はよいしょっと、ファムの背中にまたがる。


「リノさま、よろしですかニャン?」

「うん、ファムちゃん。レッツゴー!」


 璃乃の言葉にファムは動き出す。

 全身に武装をしたファムは、さながら高機動多脚戦車のように見えた。




 すぐさま行動を開始したトウヤチームとは正反対に、瑠花チームのスタートはゆっくりだ。

 場所はベットの上部分にあるちょっとした小物置き場。

 トウヤから一通り説明を受けたシトリーだが、初めてさわる銃に戸惑っている。


「ここがトリガー。トリガーを指で引くとインクが出る」


 瑠花はシトリーが持つマシンガンの使い方を丁寧に教える。


「だいたいの武器はトリガーやボタンで発射できる。

 後は色々な武器を、実際に触ってみるしかないね。

 触れば、なんとくで使えると思う」


「なるほど、分かりました。やってみます。ありがとうございます瑠花さん」


「敵のインクを踏んだり、かけられたりすると体が重くなったり、一定時間動けなくなるから注意して。

 相手チームとは直接打ち合わないで、塗られてない場所や相手チームが塗った場所を塗りなおしてくれれば良いから」


「はい。とにかく塗れば良いんですよね」

「そういうこと。それじゃ私たちも塗りを開始しよう」


 瑠花たちはそれぞれ行動を開始する。

 シトリーはマシンガンを発射してピンクのインクを撒き散らすが、すぐにトリガーを引くのをやめてしまった。

 足元にはヘッドギアをかぶって眠る、悠斗と璃乃の本体がある。

 二人の顔をインク塗れにするのを躊躇してしまったのだ。


「シトリーさん! 遠慮はいらないよ。バンバン塗っちゃって!

 こんな感じで」


 横から瑠花がインクボードに乗って登場した。

 インクボードは板の下からインクを噴出させ、その反動で移動する乗り物だ。

 瑠花は悠斗の顔に『バカ』と描いてから、それを塗りつぶすように旋回する。

 あっという間に悠斗の顔はピンク色に染め上げられた。


「わ、わかりました!」


 意を決してシトリーはトリガーを絞る。

 まだインクが塗られていない璃乃の頭にピンクの弾丸をばら撒く。

 その様子を見て、瑠花は満足そうに笑う。


「そうそう、良い感じ。エリアは部屋全体だから、移動もしてね」

「はい!」


 シトリーの元気な返事を聞いて、瑠花は飛び去っていった。


「フランメリー。私を乗せて飛んでくれますか?

 上からの方がたくさん塗れると思うんです」


「ピィ!」


 フランメリーは背中にシトリーを乗せると、その大きな翼をはためかせた。

 上空からピンクの弾丸をパラパラと雨のように降らして、地上を塗らす。

 部屋の床にピンクの水玉を作りながら遊覧飛行を楽しむシトリーとフランメリー。

 それも束の間、目の前に黄緑の球体が現れたと思ったら突然、大爆発を起こした。

 辺りにライムグリーンのインクが飛び散る。


「な、なんですか?」

「ピィッ!?」


 直撃はしなかったものの、爆風でバランスを崩すふたり。

 下を見ると、ファムにまたがった璃乃がロケットランチャーを構えていた。


「おっしー。もう少しで当たったのに。今度はミサイルだよ」


 璃乃は背中からミサイルを発射した。

 計四発のミサイルが上空のフランメリーを追尾する。

 フランメリーは加速をして、ミサイルを振り切る。

 二発のミサイルが途中で爆発。

 急下降して、地面すれすれを滑るように飛行する。

 一発のミサイルが地面に激突。

 残るミサイルはあと一発。


 シトリーはフランメリーの背中にしがみつき、振り落とされないように姿勢を低くする。


「フランメリー。このまま璃乃さんに向かって。

 ぶつかるギリギリで避けてください」


「ピィ!」


 シトリーとフランメリーは、璃乃たちに向かって突撃する。

 その様子を見て、璃乃は混乱する。


「うわー。こっちくるよ。ファムちゃんどうしよう?」

「リノさま。落ち着いてください。このまま冷静に迎え撃てばいいだけですニャン」

「そっか。そうだよね」


 ファムに諭され冷静を取り戻す璃乃。

 ロケットランチャーをシトリーたちに向けて、インクの砲弾を発射する。

 ファムのわき腹のオートマシンガンも敵に狙いを定めていた。


 高速で飛翔するフランメリーは止まらない。

 後ろからミサイルに追われ、前からはロケットとマシンガンが嵐のごとく吹き荒れる。

 最小限に体を振って、射線を避けながら突撃する。

 このまま進めば、フランメリーとファムは激突してしまう。


「リノさま。捕まってください。シールドを展開しますニャン」


 ファムは体を横に向けた。

 二本のしっぽが前へと突き出される。

 そのしっぽの先にはウォーターソードが装備されている。

 ノズルを拡散に変更し、インクのシールドが形成された。


「今よ、フランメリー!」


 シトリーの合図にフランメリーは急上昇をする。

 ファムのシールドをすんでの所で、避けて上空へ。

 フランメリーを追尾していた黄緑のミサイルが、ファムのシールドにぶつかり爆発する。


「あー、びっくりした。ぶつかるかと思った」


 璃乃は上空を飛ぶフランメリーの背を見ながら、ほっと息を吐いた。

 そして、ロケットランチャーで無防備な背中に狙いを定める。


「よーし。ロケット発射――」

「――リノさま。シトリーさまが」


 ファムがある事に気付き注意を促すが、時すでに遅し。

 璃乃が引き金を引く間際、瞬く間に体中をピンクの弾丸で蜂の巣にされてしまった。

 体の表面積の二割を敵インクに塗られると、デス状態になり、三十秒間の硬直ペナルティを受ける。

 璃乃は体を硬直させ、引き金を引くことができなかった。

 その間に、フランメリーは悠々と背中を向けて逃げていった。

 ファムも璃乃と同様に体を硬直させている。


 璃乃とファムの二人にインクを掛けたのは、もちろんシトリーだ。

 シトリーはフランメリーに急上昇の合図をすると同時に、地面に降りた。

 ファムたちはシールドを展開しており、シトリーとフランメリーが分かれたことに気付けなかった。

 そして、飛び去るフランメリーに璃乃たちが注意を払っている隙に、マシンガンを撃った。


「リノさん、ファムさん。ごめんなさい」


 シトリーはぺこりと頭を下げて謝ると、パタパタと走り去っていく。

 そこにフランメリーがやってきて、再びシトリーを背に乗せ飛び立った。


「ねえファムちゃん。どうしてシトちゃんは謝ったの? 

 私たちをキルしたのに? どうして嬉しそうじゃないの?」


 30秒間のデス状態が解除され、璃乃は白猫に訊ねた。


「シトリーさまは争いごとが嫌いなんだと思いますニャン。

 それが例えゲームだとしても」


「……そっか。私は打ち合うの楽しいけど、シトちゃんは嫌なんだ。

 シトちゃんたちを狙うのやめよっと」


「リノさまは優しいですニャン」


「えへへ、ゆにちゃんも私のこと優しくて良い子だって、いつも褒めてくれるよ。

 だから、シトちゃんが嫌がることはしない」


「さすがですニャン」


 ファムに褒められて、璃乃は照れ笑いをする。

 再びファムの背にまたがりインクを撒き散らし始めた。




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