061 答え合わせ



「…………」


 鳴海の話を、悠斗は黙って聞いていた。


「ライトプレイヤーといえども、私たちは村人たちよりレベルが高く。

 魔物退治のときは、かなり頼りにされていました。

 他のプレイヤーからすれば、私たちは初心者に毛が生えた程度。

 でも、その村ではまるで英雄のような扱いでした。

 幸運にも周辺に強い魔物がいなかったので、私たちだけで十分に村を守ることができました。

 ……ですがある日突然、魔王軍が村を襲撃してきたのです。

 普通なら、山奥の辺鄙へんぴな村に魔王軍が来ることもない。

 理由は分かりませんが、おそらく山を迂回して、背後をとる作戦でも立てたのでしょう。

 その途中で偶然村を見つけた。たぶんそんな感じだと思います」


「…………」


「私と春奈は、もちろん村を守るために戦いました。

 しかし、まったく歯が立ちませんでした。

 村は壊滅。生き残った村人がいるのかも分かりません。

 ほとんどは食べられてしまいました。骨すら残らずに……」



 魔王軍の種族は多種多様。

 魔人、ゴブリン、オーク、オーガ、リザードマン、アラクネ、サハギン、ハーピー、グール、ラミア、スライムなど。

 その多くが人間を食料にするし、魔王軍同士でも場合によっては食べあったりする。


 人間側も魔王軍の死体を食料にしたり、薬にしたりする。

 なので相手側を食べるという行為を、一方的に批難することはできない。


 現実世界の戦争は人対人なので、相手を食べることは基本的に無い。

 多くの国で、人が人を食べるカニバリズムは禁忌とされている。

 人と同等の知性がある異種族がいる仮想世界ならではの現象。

 文字通りの弱肉強食の世界。



「私はしばらくファンタジアから離れました。

 でも春奈はその間もプレイしていたようです。

 春奈が変わったのは、それから……。

 村を守れなかったのが、よほどショックだったんでしょう。

 プレイスタイルががらりと変わって、レベルが物凄く上がってました。

 以前は戦いを避けていましたが、戦いを積極的にやるように変わりました。

 ……たしか、あなたは春奈の裸を見ましたよね?」


「プロテクト有りでね」


 すぐさま悠斗は付け足した。

 くすりと笑って鳴海は話を続ける。


「以前の春奈はあんな体つきではなかったんですよ。

 なんていうか……。もう少し、ふくよかな体型でした。

 どうして、あんな体つきになったのか。

 それはファンタジアで戦いをたくさん経験したからです」



 VRでの運動は、現実の肉体の筋肉を刺激しない。

 だが、脳は運動していると錯覚する。

 個人差はあるが、VRだけで筋肉をつけることは可能。


 例えば、病院では寝たきりの人の筋力低下を防ぐために、VRで運動するリハビリテーションが行なわれている。

 より高い効果を得るには、アバターが実際の肉体に近ければ近いほど良い。

 犬や猫、鳥など実際の肉体と遠い姿では、効果が薄くなってしまう。


 悠斗もVR格ゲーをやっていたので、それなりに筋肉はある方だ。



「春奈は村を守れなかったショックで、強さを、力を求めるようになりました。

 私だって、次があったら今度こそ村を守りたいって思ってました。

 でもよくよく考えると、所詮ゲーム。現実の人間じゃない。

 現実を犠牲にしてまで、仮想世界の人間を守るのは本末転倒です。

 だから、私はゲームから距離を取ることにしました。

 春奈が適度にゲームを楽しんでいるなら、私だって無理矢理やめさせようとはしません。

 適度なら……」


「……つまり、適度ではないと?」


「そうです。このままだと春奈はゲームに人生を台無しにされてしまう。

 春奈は上位ギルドの団長をしています。

 そして、春奈があなたに近づいた理由は、あなたを見極めるため。

 春奈の御眼鏡に適えば、きっとギルド入団の誘いが来るはずです。

 ……春奈は自分の強さを高めるだけではなく、ギルドの力も高めようとしている。

 あきらかに適度の域を超えています。

 春奈の心は、今もあの世界に囚われているんです。

 だから私は春奈を解放してあげたい。それだけなんです」


「…………」


「……あなたたちにPK、ナルメアを送り込んだのは私です。

 あなたたちが無様にやられれば、春奈が諦めてくれると思ったから。

 でも、変なアイテムを使って退けてしまった。

 たしかアストレアの天秤、でしたよね?

 あの子は見たことのないレアアイテムだって驚いてしました。

 もしかしてそのアイテム。魔王の遺産じゃないですか?」


「……ああ、その通り。

 アストレアの天秤は魔王の遺産だよ」


 悠斗が素直に肯定すると、鳴海は驚いた表情を見せた。


「誤魔化さないんですか?」

「こっちも秘密を明かせば、鳴海が安心すると思ったから」

「別に、あなたに気を使われても、なんとも思いません」

「それで構わないよ。俺が勝手にしたことだからね」


 鳴海は一つ咳払いをして話を戻す。


「バエルとはフォリアの街で、知り合いました。

 バエルは、あなたたちとナルメアの戦いを影から見ていたようで、向こうから声を掛けてきました。

 バエルは第1世界にいる魔王を殺したいから、自分を第1世界に連れて行って欲しいと言ってきました。

 あとはあなたの想像通り。

 魔王を殺すという目的が一致したから、バエルと契約した」


「契約したとき、バエルが魔人だと知ってたのか?」


「ええ、バエルが自分で正体を話してくれました。

 話してくれて、魔人だと分かったから契約をした。それがなんですか?」


「大切な村を魔王軍が滅ぼした。

 そんな魔王軍の一員と手を組むことに、迷いはなかったのかなと」


「迷いはありません。春奈を助け出すことが最優先ですから」


 鳴海は言い切る。言葉通りに迷いはない。

 仮想世界の事情など、現実世界の前には取るに足らない事だと言わんばかりだ。

 しかし、それが本心だとは思えない、無理やり自分に言い聞かせている気がした。


「そう、分かったよ。ありがとう、話してくれて」


「お礼を言われる筋合いはありません。

 あなたが脅迫したから話したまでです。

 もし春奈に話したら……。分かってますよね?」


 鳴海の冷たい視線が悠斗を射抜く。

 教室内に妙な緊張が走ると、フランメリーの積み木がガシャンと崩れた。

 フランメリーはめげずに、再びブロックを積み重ねていく。


「ああ、分かってる。そんなに心配しないでよ。

 そのために俺の秘密を一つ教えただろ?」


「……そうですね。あなたを少しだけ信じます。

 あ、一つ気になったことがあるのですが、いいですか?」


「なに?」


「あなたは私とバエルの関係を見抜いていた。PKの件も。

 なぜ私の口から真実を聞き出したのですか?

 わざわざそんなことをする必要はなかったように思います。

 その理由がよく分かりません。

 自分の推理があっているのか、答えあわせをして。

 探偵ごっこでも、したかったんですか?」


「お、そこに気付いたか。

 答えあわせがしたかったのも理由の一つ。

 でも、それは本当の理由じゃない。

 理由は、鳴海への牽制けんせいだよ」


「牽制?」


 鳴海は不思議そうに首を傾げた。


「そう。真実を知っている者がいると、鳴海に認識してもらいたかった。

 それが本当の理由」


「それに何の意味があるんです?」


「もし俺が鳴海の立場だったら、バエルにある約束をさせると思う。

 それは『契約者の名前を誰にも話してはならない』だ。

 魔王殺しが実行されれば、成功か失敗。どちらにしてもある程度の騒ぎになることは間違いない。

 その時に、自分の名前が挙がれば、騒ぎに巻き込まれる。

 もしプレイヤー間で話が広がれば、やがて月島の耳にも入るだろう。

 そうなれば、理由を聞かれる。

 たとえ、月島を想っての行動だとしても、月島にとっては大きなお世話。

 サービス停止は仮想世界の消滅。それは月島が守りたい人たちの消滅と同義。

 月島との関係が悪化する可能性が高い。それは鳴海も望んでいないはず」


「…………」


「では騒ぎに巻き込まれないためには、どうすれば良いか? 

 ――バエルを消して口封じすれば良い。

 第1世界ならば、それが可能だ。

 逆を言えば、第1世界以外に行ってしまっては、不可能になる。

 そして今、バエルはこの第1世界にはいない。

 元の第99世界に帰ってしまった。

 さっきまでの鳴海は、こう考えていたはずだ。

 ――バエルがこの世界に戻ってきたら、秘密を守っていることを確認して消そう。

 違うかな?」


「……その通りよ、名探偵さん。

 よく私の考えが分かりましたね。驚きました」


 鳴海は氷のような微笑をたたえた。


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