【番外編・後日談】子供たちは元気いっぱい

「いってらっしゃーい!」


 今日もまた、すっかり頼もしくなった少女たちが光に包まれてダンジョンへと旅立っていく。

 レンたちの姿が消え、光の残滓もなくなったのを確認したマリアベルは「さあ!」と声を上げた。


「行きましょうか。みんな、今日もよろしくお願いね」

「はーい!」

「かしこまりました。どうかお任せください」


 元気よく返事をする子供たちと、微笑を浮かべる少女たち。後者を代表して答えたメイド服姿の銀髪少女──ゴーレム一家の次女であるマイだ。

 アイリスの妹であるアイナとアイシア、メイの妹であるマイに、異世界から来た聖女エル。

 四人の少女たちは週二回、レンたちの家にお手伝いに来ている。しばらくダンジョン攻略を休止していたレンたちが再び戦い始めたのを受け、不在の間、子供たちの世話を代行するためだ。


 こうしてレンたちを見送り、ポータルのある小屋の鍵を閉めるのももはや恒例。

 レンたちの再参戦から一年余りで攻略はぐんぐん進み、既に最前線は七十階に到達しつつある。


 以前からたびたび遊んであげていたのもあって、子供たちも慣れたもの。マリアベルやマイたちと一緒に素直に移動してくれる。

 微笑ましい光景に心を和ませながら、マリアベルはそのを見て、


「それにしても、さすがに産みすぎじゃないかしら……?」


 九人。

 これで、お休みしていた期間はたった三年半程度なのだから恐ろしい。

 九人の女の子たちに交じってマリアベルとアイシャの娘も一緒にいるが、こちらは一人だけである。二人目を作っていないのは忙しいことだけでなくこの子たちの相手で十分満足してしまっているから、というの正直かなりあると思う。

 アイシャと一緒に経営している寺子屋まではそこまで長い距離ではないので子供たちの運動にはちょうどいい。


「アイシャせんせー!」

「いらっしゃい、みんな。マイちゃんたちの言うことを聞いて、仲良く遊んでいてね?」

「はーい!」


 寺子屋はだいたい小学校中学年~中学生程度の年齢が対象。この子たちにはまだちょっと早いので、運動場や空いている教室を使って遊んでもらい、マイたちに保護者役をお願いしている。

 幸い寺子屋のほうも盛況で、今では十五人ほどの子供が学んでいる。時にはこの子たちも一緒になって遊ばせたりもして伸び伸び教える方針だ。

 マリアベルは体育の授業を行ったり、アイシャの授業を手伝ったり、マイたちと一緒に子供たちの面倒を見たり、その時々でいろいろできることをやっている。


「アイシャ、準備はどう?」

「少しばたばたしてる。掃除を手伝ってもらってもいい?」

「もちろん」


 マリアベルが掃除をしている間にアイシャが教材の用意を整え、寺子屋の生徒たちを迎える。

 今日はサポートの必要ない授業なので生徒たちに挨拶をしたら教室を出て、運動場にいる子供たちの元へ向かった。


「あ、お母さん!」


 母親の姿を発見した娘のクリスがとてとてと走ってくる。しゃがんで迎えてあげると嬉しそうに「えへへ」と笑った。とても愛らしい。ぎゅっと抱きしめたくなるが、それを始めるとキリがなくなるので頭を撫でるだけに留めた。

 クリスはどちらかというとマリアベル似だ。

 妊娠しても座学は教えられるけど体育は難しい、という理由で出産はアイシャが行った。女の子は父親に似ることが多いというのは本当らしい。まあ、マリアベルたちの場合、通常の医学知識やジンクスがどこまであてはまるかわからないのだが。


「お母さんも一緒に遊ぼう?」

「ええ」

「やったあ!」


 クリスはとても甘えん坊な子だ。

 女親が二人だと少し甘やかしすぎになるのだろうか。

 ……それにしては、レンたちの娘はなかなかに逞しい。


「マリアさんだ!」

「追いかけっこしよ!」

「はいはい。でも、運動場の中だけよ? 外に出るのは禁止」

「はーい!」


 母親以外の人間が家にいるのが当たり前の環境で育ったからだろうか。両親にべったり、というわけではなく、色んな人に屈託なく接することができる。マイやアイナ、アイシャは彼女たちの母親によく似ているのもあって相手役にはぴったりだ。

 九人の内訳は、レンの産んだフーリの娘が一人。アイリス、メイ、シオン、ミーティアとの間の子が二人ずつ。


 長女はメイの娘でゴーレムのメル。

 精神的成長の早いゴーレムの特性もあって姉妹の良いお姉さん役だ。母親であるメイに比べると真面目でしっかり者。ボディ自体も人間で言う十歳程度のサイズであり、既にちょっとした家事なら手伝うことができる。最近は調子に乗ったメイへお説教をすることもあるとか。


 次女はフーリの娘で風精シルフィードのフウカ。

 メルとは対照的に元気いっぱいなやんちゃな子で、気分によって実体化・非実体化を無意識に切り替えながら飛び回って遊ぶ。周りの大人の言うことはちゃんと聞いてくれるのが救いである。そうでなかったらハーフエルフ姉妹がどこまでも飛んで追いかける羽目になる。

 ただ、運動場の中、手が届く範囲に限ってもマリアベルが捕まえるには本気の八十パーセントくらい出さないといけなかったりする。

 もしかして少し身体が訛っているのだろうか。この際、子供たちに鍛え直してもらうのもいいかもしれない。


 三女と四女はミーティアの娘でミレイとレミィ。

 出生日には一か月ほどの差があり、産みの母親も違うものの二卵性の双子くらいにはよく似ている。

 性格はレミィのほうが大人しく、ミレイは自己主張が強め。男の子と一緒に遊ぶと半ば自覚的、半ば無自覚に惚れさせていろいろ助けてもらったり優しくしてもらうのがレミィで、男子相手に命令したり言い合いを始めるのがミレイ。

 二人とも母親、特にレンに懐いており、ミレイに関しては最近「大きくなったらお母様と結婚する!」と言い出したらしい。


 五女はレンの産んだメイの娘、レム。

 ハーフゴーレムというかなんというか。生体に近い質感と金属に近い強度を持つボディを備え、ところどころに継ぎ目が入ってはいるものの見た目はほぼ人間同様。

 肉体を自在に改造する機能が備わっていない代わりに飲食が可能で、エネルギーさえ足りていればある程度の傷は自然に治る。

 ゴーレム一族とは思えないほど表情筋も豊かで、姉妹の中では最も泣き虫でもある。


 六女、七女はアイリスの娘でレイリとレリス。

 二人ともアイリス譲りの耳を持ち、精霊と意思疎通を行うことができる。

 風の精霊に愛着を持ち、フウカを追いかけて走り回るのが好きなレイリに対し、レリスは生命の精霊に興味があるらしく、虫や小動物の様子をじっと観察したり触れて感触を確かめたりするのを好んでいる。

 もしかすると、レンのサキュバスの性質は父親役になった時のほうが強く出るのかもしれない。

 実際、賢者も時折子供たちの様子を見に来てはそんな分析を(特に尋ねなくても)マリアベルやアイシャに語ってくれる。


『逆に言えば、種の保存をしたい種族──例えばエルフなどはレンに子供を産ませれば良いわけだな』

『賢者様。その話をアイナさんにするのは絶対に止めてくださいね』


 言葉に少し殺気を乗せたお陰か、これにはさすがの賢者も「う、うむ」と快く答えてくれた。


 最後に八女、九女がシオンの娘でランとアヤメ。

 子供の姿がデフォルトで狐にも変身できるランと、狐の姿で生まれてきて人間形態にもなれるアヤメ。人間状態の髪・瞳の色は若干紫の入った黒(ラン)と黒がかった紫(アヤメ)。

 小さな火であれば息をするように操れるランと、姉妹最年少にして最大の魔力量を誇るアヤメ。シオンの性格が遺伝したのかそれとも教育の成果か、二人とも性格は礼儀正しいいい子。子供らしくときどきはしゃぎすぎてしまうのが逆に可愛らしさを増してくれている。


 外で遊ぶ時はだいたいフウカが率先して動き回りレイリが追従、妖狐姉妹がさらにそれを追いかけ、ミレイが文句を言いながらもついていく。マイペースなレミィとレリスは土にお絵描きをしたり蝶を追いかけたり。レムは時々によってどちらのグループに参加するかが異なり、最年長のメルはエルたちと一緒に姉妹が怪我をしたり喧嘩をしないか見守る──というのがパターンだ。

 まだ小さいとはいえ才能あふれるレンたちの娘。

 遊びに付き合っているとだんだん息が切れてくる。そういう時はハーフエルフ姉妹にバトンタッチしてひと休みしたりする。


「お疲れ様です、マリアベルさん」

「エルちゃん、ありがとう」


 エルが差し出してくれた冷たい水を笑顔で受け取り、身体に染みわたらせるようにして飲み干す。

 この世界に来て四年以上が経ち、エルはすっかり成長した。身長も伸びたし身体つきも年頃らしくなった。神聖魔法の実力はそれ以上にぐんぐん伸びて、今では活動休止前のレンたちに匹敵するのではないかというレベルの実力者だ。

 聖女の資質を見出されただけのことはある。

 本来ならもっと長い時間をかけて積むはずの経験をダンジョンという特殊な環境が短期間で積み重ねさせた。いずれ来る魔王との戦いでは彼女の力も欠かせない戦力になることだろう。


 もう、自分の助けはいらないだろうか。


 レンたちがどんどん遠くへ行ってしまうのが頼もしくもあり、歯がゆくもある。もっと力があれば彼女たちの助けになれたかもしれないのに。


「……人には向き、不向きがあります。こうして平和な場所を守るのだって立派なお役目ですよ」

「エルちゃん……」


 これも聖女の力なのだろうか。

 エルはときどきすごく鋭いことを口にする。マリアベルの悩みを和らげるような優しい微笑みに、つられて笑みを浮かべてしまう。


「ありがとう」


 彼女の言う通りだ。

 こうしてレンたちが不在の間、子供たちの面倒を見るのも立派な仕事。レンたちがこうして預けてくれるのもマリアベルたちを信頼してのことなのだ。

 それでも。

 もし、レンたちの戦いに今後、助けが必要になるようなことがあれば。

 もう一度、戦いの場に立ってみたい。さすがにもう年齢的に身体が言うことを効かなくなってきているけれど、それを解消する方法が幸いにもある。


(アイシャと一緒に過ごせなかった時間を取り戻すためにも、考えてみてもいいかもね)


 子供の姿になってしまうと「先生」としては威厳がなさすぎるのが難点だが、


「この分ならみんなにも『先生』を任せられるかも」


 子供たちは育っていく。大人が思ってもいないような凄いスピードで。

 だから、マリアベルたちももっともっと頑張って成長していかなくては。

 ライバルという意味で最たる例である若き聖女は、マリアベルの発言に妙に慌てたような表情をして、


「わ、私には先生なんて大役務まりません!」


 さっきとはうって変わった反応に、マリアベルはつい、くすりと笑みをこぼしたのだった。

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