【番外編】娼館の従業員少年たちからの相談

「……で、どうして俺が呼ばれたのか聞いてもいいか?」


 レンは今、娼館の裏側──従業員用の部屋の一室にいた。

 理由は単純、呼び出しを受けたからだ。呼んだ張本人である二人の男はどこか神妙な顔つきで座卓を挟んだ向かいに座っている。

 シンプルな女性服を纏った少女もとい少年。

 タクマの元取り巻きたちである。本名しゅう怜雄れお。今は源氏名として「アキ」「レナ」と名乗って──もとい、呼ばれている。

 現在リアンと呼ばれている親分格のあいつに比べると二人はもともとスマートな体型だった。引き締まった筋肉は比較的スムーズに女性的な身体つきに近づいていったようで、髪を伸ばし薄く化粧をしている今となってはそこそこ似合っている。

 前にリアンと会った時からまた時間が経っているのもあるだろうが。


 そもそも、いったい彼らがなんの用なのか。


「はい。レン様には少々お願いがございまして」

「まずはお話だけでも聞いていただければと」

「なんだそのうさんくさい口調」


 用件を口にしかけた彼らについついツッコミを入れると、監視役として同席している娼婦のお姉さんがけらけらと遠慮のない笑い声を上げた。

 接客中であれば「くすくす」と上品な笑い方をするだろうに。

 客として来ていた頃はたっぷり夢を見させられていたであろうアキたちの心境はいかに。女の子扱いされていじられた挙句、素の表情を嫌というほど見せられたのでは百年の恋も冷めただろう。

 と、それはともかく。


「いえ、その。ちょうどいい口調、というものがいまいち掴めないもので」

「別に前みたいな話し方でもいいぞ。俺だって特に気にしてないし」

「お前の場合は声が完全に女だからな。……まあでも、いいって言うなら甘えさせてもらう」


 ちらりとお姉さんを窺うと、彼女は「プライベートだから許す」とばかりにウインクしてきた。

 寛容な判定に頭を下げると共に、彼女の手におみやげのポークジャーキーがあるのを見て苦笑してしまう。もちろん食べるのは構わないが、喉が渇かないだろうか。


「それで、話って?」

「ああ。お前にしか聞けないことだ」

「ふむ」


 なかなかに真面目な話らしい。

 そもそもこいつらとは直接的な交流がない。だいたいの会話はタクマの監視下で行われていたからだ。あまり性格が良くなかったのは間違いないだろうが、同時にあの傍若無人な俺様野郎よりはマシだっただろうとも思う。

 さて。

 彼らの相談とは、


「男の身体と女の身体ってどっちが気持ちいいんだ」

「よし、邪魔したな。帰る」

「待て! 待てって! めちゃくちゃ重要な話なんだよ!」


 わりと本気で席を立ったところ慌てて引き留められた。

 翼か尻尾を掴まれそうになったので仕方なく座り直し、アキたちをジト目で睨んでやる。

 ちなみにお姉さんは笑い転げながらポークジャーキーを齧っている。缶チューハイとかあったら確実に飲んでいるところだ。


「重要な話がそれかよ。……男の身体と女の身体の感じ方の違い、ってことでいいんだよな? 俺だって男に抱かれたこととかないぞ」

「もちろん、オナニーの体感で構わない」

「フーリとのセックスがどうだった、とか聞くほど俺達もアホじゃない」


 オナニーとかセックスとか平気で口に出してしまうあたり彼らの自己評価は怪しい気もしたが、まあ、男同士の気兼ねない雑談だと思えばそれほどおかしくもない。


「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「いや、なんていうか身の振り方に迷っているというか。……わかるだろ、お前なら」

「ああ。このままだと客取ることになるもんな、お前ら」

「そういうこと。ぶっちゃけお前のせいでな」


 軽い恨み言には肩を竦めて応えておく。

 元はと言えばこいつらのせいだし、めちゃくちゃ困っているならともかく「女側も気持ちいいんじゃないか」とか言い出している時点でわりと順応しているのではないか。

 ため息をついて呆れを追い出し「んー……」と考えて、


「まあ、ぶっちゃけ女の方が気持ちいいな」

「やっぱりそうなのか……!? どのくらい気持ちいいんだ?」

「体感だと数倍かな。下手すると十倍」

「そんなに違うのかよ!?」


 驚く二人だが、男と女ではそもそも性感や性欲の種類が違うから仕方ない。

 男のそれは男性器を中心として発生する焦燥感がメインだ。対して女性のそれは全身に蓄積される幸福感。同じ「すっきりしたい」でも天と地ほどの差がある。

 ……という話をなにげなく語ってから、レンは「俺はなんの話をしてるんだ?」と我に返った。


「今のはあくまでも俺の体感だからあんまり気にしなくても──」

「やっぱり女の方が気持ちいいんだな……」

「だよなあ。俺もうすうすそうだと思ってた」

「あれ?」


 なんか変な扉を開けさせてしまったというか、最後の一押しをしてしまったかもしれない。


「お前ら大丈夫か? 自棄になるなよ? 悩みがあるなら相談しろよ?」

「……レン。お前優しいんだな」

「あの時はひどいことしてごめんな? 本当に悪かった」


 本格的にやばそうだ。

 お姉さんを振り返って「なにかあったんですか?」と尋ねると、


「大したことじゃないよ。ただ、お客を取るための『訓練』について詳しく説明したくらい」

「十分大ごとじゃないですか」


 この娼館は基本的に男性向けなので、客を取るとしたらもちろん男だろう。

 アキたちはレンと違って女になったわけではないので……。

 レンは遠い目になった。


「大丈夫大丈夫。男の子でも女の子みたいに可愛がってあげればちゃんと気持ち良くなれるから」

「そういうものなんですか?」

「うん。レンちゃんも覚えておいて損はないかもよ? むしろ私たちよりそういうのは得意かも」

「なるほど……」


 男を相手にする予定は全くないものの、なにかの参考にはなるかもしれない。

 男を相手にする想定で思いついたテクが逆にフーリたちへ使えたりとか。


「なるほどな。……わかるよ。全く新しいことに踏み出すってのは勇気がいるよな。特にこういうのは自分がまるっきり変わってしまうようなものだし」

「わかってくれるか、レン」

「じゃあ、どうすればいいのかもわかるか?」


 縋るように見つめられたが、レンに言えることなんて多くはない。


「俺の場合は嫌って言っても女になるしかなかったからな。思い切って踏み越えてしまえば一気に世界が開ける……ってことくらいかな」


 タクマにも似たようなことを言った。その時は思いっきり嫌そうな反応をされたのだが。


「……そうか、ありがとな、レン」


 涙ぐんで感謝をされた。本気でこいつら大丈夫だろうか?


「いや、な。まだ全然借金返せる見込みが立たないんだよ。このまま『娼婦』のままだったらまずいと思うけど、一気に金を稼ぐには表に出るしかないだろ? そんな時に姉さんから詳しい話を聞いてさ」

「ああ。あの石高いもんな」


 転職石は希少価値があるためにかなり値が張る。

 今となってはレンたちの手元にも一つあるし、買おうと思えば買える程度の額ではあるが……。


「ここに来て間もない頃、ストレス解消に高い酒飲んだりしたのが良くなかったよな……」

「ああ。指導が気に入らなくて暴れて店の備品壊したりもしたもんな」

「結構いろいろやってんな、お前ら」


 足りない分くらいは貸してやろうか? せめてフーリたちにそういう相談くらいはしてみようかと思ったレンだったが、アキたちの話を聞いていたらその気が失せた。

 やっぱりこのまま解放するとやらかしそうなのでもう少し女子の気持ちを知ってから自由になって欲しい。


「まあ、頑張れよ。健闘を祈る」


 お姉さんから「ナイス、レンちゃん」と笑顔を向けられた。

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