【番外編】メイとボディ改造

「ご主人様、私のことも抱いてください」


 夕食後。

 美味しい食事の余韻を味わっていたレンは、突然の懇願に変な声を出しそうになった。

 片付けの途中だったフーリやアイリスも目を丸くして硬直している。

 言い出した相手、銀髪のメイドゴーレムことメイは素の表情のままだが、


「どうしたんだ急に」

「他の皆様ばかりずるいではありませんか。仲間外れはよくありません」

「……あー」


 夜、レンはたいてい誰かと一緒にベッドへ入っている。フーリが一番多く次がアイリス、たまにマリアベル。このメンバーにメイは入っていない。

 ゴーレムであるメイは人間と同じ形での睡眠は取らないし、レンが求められているのは「子供を作る際の生命力の提供」であって性行為ではない。メイ本人も自信の恋愛より他人の色恋がドロドロする方が好きなようなのでそれで良いと思っていたのだが。

 少し考えてから、レンは立ち上がって少女の腕を軽く掴んだ。

 くいっと引き寄せると腕を回して抱きしめてやる。硬いが、陶器や鉄と比べるとなんとなく柔らかさのある不思議な質感。肌の表面はひんやりとしている。


「これでどうだ?」

「あまり嬉しそうではありませんね?」


 レンズ的な役割を果たしている瞳がじっと見つめてくる。


「出会った頃より胸は増量しました。背丈を考えれば十分巨乳と言えるはずですが、性癖に刺さりませんか?」

「性癖について真面目に追及されると困るんだが、こっちも真面目に答えるなら柔らかさと温かみが足りないな」

「むう」


 小さくうなって身を離す少女。

 なんだかんだ抱きしめられて嬉しそうにも見えるので、やっぱり仲間外れが嫌だっただけで「エロい意味で抱いて欲しい」わけではなかったようだ。


「やはりそこですか。機能面を考えると無駄なコストだと思うのですが」

「身体をあっためたり柔らかくするのって難しいの、メイちゃん?」

「前者はエネルギー的な問題ですね。魔力を体温に回せばその分、戦闘能力が低下します。素材で解決することもできなくはありませんが、その場合には調達の手間とメンテ費用の増加が見込まれます」


 まとめると「柔らかあったか素材は高い」ということだ。


「メイのお母さんは人間そっくりなんでしょう?」

「はい。ただ、母は何度尋ねてもボディの構成を答えてくれないのです。レシピさえわかれば費用を抑えられるのですが……ぐぬぬ」

「ぐぬぬって口に出して言うのか」


 苦笑しつつ、レンは何気なくメイの身体に触れてみる。

 振り返った少女がレンの指に視線を注ぐ。淡々とした表情は「楽しいですか?」とでも尋ねてきているように見えた。


「これはこれでいいと思うんだけどな、触ってて気持ちいいし」

「ですが、抱く気にはならないのでしょう?」

「そこにけっこうこだわるんだな?」

「一人だけ除け者は寂しいではありませんか」


 そう言われても、ベッドでメイを抱いたまま眠れる気がしない。

 ひんやり感のせいで温まるどころか身体が冷えてしまう。


「うん、夏なら歓迎だぞ。寝苦しい夜なんかむしろ一緒に寝て欲しい」

「あ、それいい! 絶対気持ちよさそう」

「逆に夏場の炎天下ではすごい温度になりそうです……」


 アイリスの言うことにも一理ある。車の外装のごとく熱を吸収しまくってすごい温度になりそうだ。夏ならメイのボディで料理ができるのではあるまいか。

 すると、メイはなにかを思いついたように「なるほど」と言って、


「太陽光。それならば効率よくボディを加熱することができるかもしれません。熱を体内に取り込み、逆にできる限り逃がさない構造を確立できれば……」

「太陽光発電でもする気か?」

「蓄熱素材くらいのあれじゃない?」


 翌日から、メイは思いついたことを試そうとボディの改造に踏み切り始めた。といっても主に内部の問題なので見た目はほぼ変わらなかったのだが。

 素材はこれまでに溜めてきたものを使用。

 破損さえしなければ維持に必要な素材量は多くないので、集めた素材はだんだん溜まっていく。それらはこうやって改造をするために使用されるわけだ。

 そして改造と並行して行われたのが、


「ひなたぼっこか。気持ちよさそうだな、メイ」

「充電中です。いえ、電気ではありませんね。充温中とでも言うべきでしょうか」


 日の高い時間に窓際に座ってじっとするという行為。

 読書などの動かなくてもできる作業は並行して行われたものの、できる限り日光を浴び続けた。

 すると当然、掃除などの家事は滞るわけだが、たまにはこういう日があってもいいだろうとレンがほうきやちりとりに手を伸ばすと──。


「ご主人様。それは私の仕事です」

「いや、メイはひなたぼっこしててくれ。いつも頑張っているメイドのお手伝いだ」

「駄目です。きちんと仕事と両立します」


 なぜかめちゃくちゃ怒られた。

 掃除用具をレンから奪ったメイはふと思いついたように身を寄せてきて、ほら触ってみろとばかりに胸を張ってくる。

 そこまで言うならとレンは手を触れて、


「お、あったかい」


 春の陽気を吸収したボディはしっかりと熱を帯びていた。

 ゴーレムであってロボではないので中の機械が熱でダメになる、などということもない。

 ノリとしてはあっためて使うカイロ──というか温石である。


「後はこの熱がどの程度持続するかですね」


 結論から言うと、熱は夜の間にすっかり消えてしまった。


「むう。熱の蓄積効率と保温効率を上げる必要がありますね。ひとまず肌の露出面積を増やしますか」

「待ってメイちゃん。さすがに裸とか下着はだめだからね? 家の中だけど窓のそばなんだよ?」

「非効率的ですが仕方ありませんね。では、ご主人様。背中の大きく開いたいやらしい衣装を貸していただけないでしょうか?」

「もちろん貸すけど、お前が俺の服をどう思ってるのか後でじっくり聞かせてくれ」


 肌に直接光を当てるようにしたこと+改造によって保温能力を高めたことでだいぶ持続するようになったものの、それでも一日は保たず、


「やはり、コアに新しい機能を与えるべきですね」

「それって難しいのか?」

「まったくの新機能であればかなりの難事ですが、今回はボディに魔力を行き渡らせる機能の応用──同じ要領で熱を循環させれば良いので、さほど手こずらないでしょう」


 この改造が終わるとメイの保温能力はぐっと上がり、一日一時間程度の日光浴で温かさが保たれるようになった。


「次なる問題は熱し過ぎると熱が籠もりすぎることですね」

「適度に放熱するしかないんじゃないか?」

「放熱してしまうと今度は雨や曇りの日が続いた際に困ります」

「そうか。なんかいろいろ難しいな」


 この試行錯誤はひとまず温石の原理に立ち返り、ボディから吸収した熱を蓄積する内部パーツを作成。そこから発生する熱を適度に循環させることである程度の解決に至った。

 完全に解決するためにはコア自体により高度な温度調節機能をつけなければならないらしい。


「これでご主人様の寝床を温められます」

「ありがとう、メイ。でも、これからは夏だから冷たいままでもいいぞ?」

「ご主人様はなかなかに我が儘ですね」


 でも、せっかくなので夏が来る前に一緒に寝た。

 人肌の温もりとはまた違う感じではあったが、ぽかぽかした感じがなかなか心地いい。翌朝フーリたちにそれを伝えると「楽しそう」だと好評で、それから一人寝をするメンバーがメイを抱いて寝るのがパーティ内で流行した。

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