一年目の終わり
「よくやってくれた。君達のおかげでまた一つ新たな情報が得られた。この一年は大きな飛躍の年になったと言っていいだろう」
新しい『祝福』に対する賢者の態度は今までに比べるとかなり落ち着いたものだった。
報告に対して一瞬、喜色を浮かべて見せたものの、すぐに表情を戻して告げてきたのだ。
ショウ、ケンに続くネイティブ世代の投入の件でいろいろあったらしい。
「一年って、西暦でも年度でも中途半端だぞ?」
「暦としてはともかく、世界の発展で見た場合は『転移』をひと区切りとするさ。君達とて、自分が転移してきてからの年月で時を考えているのではないか?」
「確かにな」
正月やクリスマスの時期がずれるわけでない。
進級的な意味での区切りとしても四月になるが、異世界の歴史が大きく動くのは新しい転移者が来た瞬間からだ。
賢者はふっと息を吐き、対面に座ったレンたちを見て、
「次なる召喚の時が近づいている」
十九階までの攻略、それからリーダーたちの手伝いをしているうちにけっこうな時間が経った。
一階進むごとに約半月。六月まではもう大した日数がない。
「ね。そういえばこっちだと召喚ってどんな感じなの? ある日突然どん、って人が来るの?」
「いいや。召喚の数日前から予兆が現れる。具体的には神殿が輝き始めるのだ。そうなったらしばらく探索の際は注意することになる」
別に探索できなくなるわけではないのだが、万が一転移者たちとばったり会うと気まずいし、説明を求められる可能性がある。
神殿が光り始めたら大人しくしておいて慣れている賢者に任せたほうが無難というわけだ。
自分たちもそうしよう、と仲間たちとそれとなく頷きあう。
「無論、新しい転移者たちの相手は私がする。だが、君たち五人──いや九人は『先駆者』として注目される立場となるだろう」
「マジか」
「歳の近いダンジョン経験者だからな。加えて言えば、一年でニ十階攻略、それも子供たちを加えての達成は十分に偉業と言っていい」
単純に目立つというのもあるが、と付け加えたのは賢者なりのジョークか。
紫髪に金髪に銀髪。黒髪の方が少ないレンたちのパーティは実際見た目がファンタジーしているので注目を集めやすい。
転移してきたばかりのレンがそんなパーティを見たとしたらどうなるか。……確実に「すごい」か「ヤバい」という感想になりそうだ。
「地道にコツコツ頑張ってきただけなんだけどな」
「それが重要なのだ。努力すれば達成できるという実例であり、同時に欲張ってはいけないという戒めでもある。ダンジョン攻略なんて簡単だ、と侮った者には死が待つだろう」
「……そうだな」
ダンジョンは「先が見えず簡単には帰れない」と言うほど恐ろしいところではない。
引き際さえ間違えなければちゃんと帰れるあたり親切設計とも言えるが、同時に「いつでも帰れる」からこそ引き際を誤りやすくもある。
ひとつのミス、ボタンの掛け違いで全てが水の泡になるかもしれない。
加えて、ニ十階への到達で「安全に帰れる」という保証さえも揺らぎ始めた。もし、階段前に陣取ることなく前進を選択していたら。敵の攻撃に仲間のひとりが身動き取れなくなったら。見捨てて逃げるという選択をすることが果たしてできるか。
「先駆者って言っても、私たちにできることなんてそんなにないよ? せいぜい聞かれたらアドバイスするくらい?」
転移してきた年が違うと交流もそんなに多くない。
たまに顔を合わせて話すくらいはあるものの、肩を並べて戦うことはないし攻略情報なら攻略本を見た方が詳しい。
召喚されたばかりの者達が「なんか先輩面したコスプレ集団」にあれこれ指図されて従うか、と言われると怪しいものもある。同じ年の転移者同士でパーティを組むのにはそういった理由もあった。
「別に多くを求めはしないさ。ただ行動で示してくれればいい。最前線を目指すパーティの在り方というものを、な」
「最前線か。……遠い話だな」
十階を攻略した時にはここまで攻略がきつくなるとは考えていなかった。
攻略本がいくら詳細でも生で体感しなければわからないことがある。ニ十階でこれなら、果たして三十階はどれほどきついのか。
レンの呟きに賢者が目を細め「それがわかっているのなら君達は大丈夫だろう」と言った。
「なんだよ、珍しい。まさか死ぬつもりじゃないだろうな?」
「馬鹿を言うな。少し長い目で見ることにしただけだ。後進をもう少し頼りにしても良いだろう?」
「じゃあ、ニ十階目指して子供を大量投入、とかはしないんだな?」
「しないさ。ニ十階はあまりに遠い。私でもそのくらいはわかっている」
だから、賢者にとっても十五階がひとつのラインになったのだろう。
ニ十階でストレージ獲得なら思い切った戦略は取れなかった。多くの者に獲得の可能性があるからこその人海戦術。
「ショウたちがニ十階を攻略できるか否か。それがひとつの判断基準となる。幼い頃から自分なりに鍛錬を積んできた彼らが先達の指導を受けた上で何か月、何年かかるか、を含めてだ」
「年単位で見てくれるのか?」
「生憎、子供が育つには時間がかかるからな」
ゴーレムであるメイのようにボディを作り変えてパワーアップ、とはいかない。
加えて、人の寿命は長くない。実戦経験を積む時間も考えれば潜り始める年齢は早い方がいい。何歳から潜り始めて何年で何階まで到達させるか。人死にを極力避けつつ欠片を集めるには考えるべきことが山ほどある。
「あの、賢者さま。三組目の人たちは決まったんですか?」
「ああ、大方な。少女二人をショウたちと同じパーティに入れようかと思っている」
「女の子二人……」
しかも、わざわざショウたちと同じパーティ。
該当しそうな二人の顔がレンの脳裏にはっきりと浮かんだ。
「それだと八人パーティだろ? ……多くないか?」
「新しい子が加わるとなると一階からの挑戦になる。既存パーティ全員を揃える必要はなかろう。指導役を二人に子供たち四人を加えた六人パーティで挑めばいい」
これならリーダーたちはローテーションを組める。
余った二人は休息を取ってもいいし、他のパーティに同行させてもらってもいい。二人だけで低い階に潜って小遣い稼ぎをするという手もある。
わざわざ面倒くさいことを……という気もするものの、この方法なら自然にショウたちの攻略を遅らせられる。
少女たちにとってもショウたちといられる時間が増えるわけで、上手く行けばなかなかいい方法かもしれない。
「将来的にはパーティを二つに分離してもいいだろう」
「それ前に失敗した奴なんじゃないのか?」
「未経験の者だけで組ませるのと、ある程度経験を積んだうえで手を離すのは全く違う。なんなら新しい転移者から二人程度を加えてもいい」
十階までを経験したネイティブ世代と『祝福』持ちの初心者転移者ならわりとつり合いは取れる。
なるほど、それならとレンは頷いた。
「いろいろ考えてるんだな」
「意見を出してくれる者が何人もいるのでな。……そうだ。君達も話し合いに参加するか?」
「いいよ。どうせ酒飲んで終わりなんだろ?」
「初日の出にこだわる遊びの集まりと一緒にするな」
「そうなのか。意外だ」
ちゃんと話し合いをしているのなら悪くないかとも思ったが、やはりノーと答えておいた。堅苦しいのは好みじゃないし、年長者ばかりの集まりというのはえてして若手の意見を軽視するものだ。
「そうか、残念だな。……だが、きっとそのうち本格的な誘いが行くぞ」
「その時はまた考えるよ」
新しい情報を伝え、報酬をもらったら用は終わりだ。
立ち上がって帰り支度を始めたところで、賢者が「ああ、そうだ」と思い出したように言った。
「後一人ならパーティに加えられるか?」
「んー……まあ、女子で気が合いそうならな。まさかまだ誰か紹介する気か?」
「いや、違う。転移者の輪からあぶれる者が出るかもしれないだろう? 念のため、心の準備をしておいても損はない」
こちらの話には「もしそんなことになったら相談してくれ」と答えておいた。六人までならまあ、悪くはない。二十一階からはマリアベルも本格的に手伝ってくれるらしいので特に困ってもいないのだが。
◇ ◇ ◇
「……いよいよ、こっちに来て一年か」
帰り道。
すっかり暖かくなった外の空気を感じながらぽつりと呟く。
隣を歩くフーリが「早かったね」と微笑んで、
「いろいろ準備もしておかないとね。必要な物はできるだけ今のうちに買っておかないと」
「向こうでも親がそんなことやってたな。あれやそれが値上がりするから買いだめする、って」
食料品だと日持ちの問題もあるのでそんなに大量には買えないのだが。調理を担当する二人が「重要だよ!」「そうです!」と口を揃えて言った。
もちろんレンとしても異を唱えるつもりはない。むしろ「悪くならないうちに食べなきゃ」と食卓が豪華になるのならそれはそれで嬉しい。
「新しい転移者ですか。どんな方たちが来るのでしょうか」
「そうだねー。あはは。なんか普通に入学式に立ち会う気分かも」
「入学式……学校ではたくさんの人が一気に入ってくるんですよね? きっと賑やかなんでしょうね」
「ああ。転移者の何倍もの人数だからな」
中学の時の入学式を思い返してみると、たった一年の違いでも下級生がぐっと子供に見えたのを思い出した。真新しい制服に身を包み、緊張や新生活への期待を抱いた彼らの初々しさを微笑ましく思うと同時に「俺も一年前はこんな感じだったのか?」と微妙な気持ちになった。
きっと新しい転移者たちも似たようなものだろう。
「変なやつもいるし、面白いやつだっているよ。人間だからな」
「では、ご主人様は『変で面白いやつ』ですね」
「メイもな」
召喚されてくる者たちが新入生と大きく違うのは、望んでここにやってくるわけではない、ということ。
彼らの不安は入学の比ではないだろう。
ちゃんとこの世界でやっていけるようになるか。タクマたちのように暴走する輩が出ないかどうか。少し心配になってくる。
「レンも身の振り方を考えた方がいいかもね。新しく来る人たちはレンが元男だって知らないわけじゃない? 魅了にも耐性ないし」
「……あー、そういやそうか」
とはいえ変装が無理っぽいのはこの前結論付けたばかりだ。
新人に悪女呼ばわりされたり、ショウたちのように告白してくる輩を出さないためには他の方向から対策しなければならない。
「しばらくあんまり外に出ないようにしてみるか……?」
「それがいいかもねー。しばらくしたらレンの話も広まるだろうし、ダンジョンに行くだけなら変な噂にもならないでしょ」
「悪いな。そのぶん家事を手伝うから」
「ありがと。まあ、そんなに手伝ってもらう家事もないんだけどね」
料理はフーリとアイリスがしてくれるし、掃除と洗濯はメイが率先して頑張っている。
レンの仕事は主に魔法で火をつけたり魔法で風呂の準備をしたり、魔法で氷を作ったりである。あらためて考えるまでもなく魔法でしか役に立っていない。
やはりダンジョンでもっと役に立つしかないらしい。
「俺、もっとMP増やしてガンガン魔法を使うよ」
「うん。MP回復には協力するからねー」
実はサキュバスって仲間がいないとなにもできないのではないだろうか。
全ての基本がエナジードレインなので当然といえば当然なのだが、あらためてフーリたちがいてくれる有難さを噛みしめる。
レンはふっと息を吐いて笑った。
「これからもいろいろあるだろうけどさ。フーリたちがいてくれればなんだってできる気がするよ」
「ばーか。なに改まってるんだか」
「はい。私もレンさんたちと一緒ならもっと頑張れます」
片手をフーリに握られ、もう片方の腕にアイリスが抱き着いてくる。
出遅れたメイが「不本意です」とこぼすのもなんだか見慣れてきた気がする。
安心と嬉しさからつい、翼と尻尾が動いてしまう。
仲間の役に立てるのなら、仲間と一緒にいられるのならサキュバスの身体も悪くない。不便なこともあるけれど、それを含めて楽しんでいこう。
「さて。帰ったら軽く昼飯食べて夜に備えるか」
「うん。今夜は宴会だもんねー」
昨日、ダンジョンから帰った後は結局、打ち上げをやるには疲れすぎていたため、翌日である今日に延期になったのだ。
会場となる洋食店の店主に頭を下げると彼女は快く用意していた料理をお弁当にしてくれた。それらは温かい状態のままストレージに収納されて出番を待っている。こういう時のストレージは冷蔵庫以上の能力を発揮してくれるから助かる。
代わりに会場となるのはリーダーたちの家。ショウたちも交えて結構な大騒ぎになる予定だ。
手土産は前もって買っておいた酒と、昨日から仕込みを始めているポークジャーキー。酒と食事はきついダンジョン探索の合間の楽しみである。すっかり味を知ってしまった今となっては二十歳まで日本に帰りたくないような気もしないでもない。
と、夜のことを想像したら居ても立っても居られなくなってきた。
全員を連れて飛んで帰れたらいいのに、と思いながら、レンはマリアベルの待つ家へと仲間たちと共にのんびり歩いた。
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