新しいステージ
『なんか喋らなくなっちゃったね、兵士さんたち』
四十一階に挑戦した日の夜。
後片付けが終わりがらんとし始めた砦の食堂で、フーリがぽつりと呟いた。
少し前までここでは宴が行われていた。
砦の防衛に協力したレンたちは「素性はともかく大きな戦果を挙げた」ということで大いに感謝され、せめてものお礼にと宴に誘われたのだ。
せっかくなのでご馳走になり、タダ飯(保存食的なものが多く、調味料も限られている感はあったものの普通に食べられた)とタダ酒をたっぷりと味わった。兵士たちも歌ったり踊ったりと騒がしく、なかなかに楽しいひとときだったのだが。
宴がお開きになるあたりで雲行きが怪しくなり始めたというか、みんなが急によそよそしくなり始めた。
レンたちは声をかけられることがなくなり、話しかけても「ああ」とか「おう」とかの生返事しかしてくれない。
『なんだか私たちのことが見えていないみたいですね』
『と言いますか、決められた受け答え以外は出来なくなったのでは?』
アイリスの声にメイが意見を口にする。
『やっぱりここの人たちもNPCなんだね』
『ふん。……私もこんな風だったのかしらね』
『ミーティアさまは特別だと思われます。……この階の方々についても誘拐、いえ、街に連れ帰る試みは行われていたようですので』
ある程度まではレンたちの行動に対応できるよう指針が組み込まれているが、いつまでも多数の人の行動をシミュレーションし続けてくれるほどダンジョンは優しくないらしい。
勝ったんだからお前ら早く帰れ、ということか。
可能であれば都へ行って偉い人に会って欲しい、なんていう話も砦の責任者から出ていたので少し残念──というか、そういう事態になると困るから行動を打ち切られたのか。
『今日はここに泊まっていってもいいかなー、って思ったんだけど、この分なら帰ったほうが良さそうだね』
『夕食代は浮いたしね。さすがに帰らないと心配する人もいるかもしれないし』
この辺りの階になると泊まり込みで攻略することも珍しくないようで、ベテランの中には翌日とか二日後に帰ってくる人もよくいるらしい。ただ、レンたちの周囲には若いメンバーが多いし、そこまで遅くなるとは言って来なかった。
レンたちは決まった反応しかしなくなった兵士たちに一応挨拶をしてから帰る支度を始めた。
せっかく砦がまるまる残っているので、砦の見取り図や周辺の地形図をざっと描いていく。これは後で賢者にとても喜ばれた。
『攻略本をアップデートできそうだ。こういった情報はどんどん寄越して欲しい』
帰りに話したのは今回の戦いについてである。
『ですが、通常の階としてはかなりの強敵でしたね』
『そうね。挑むたびに事情を説明して責任者に会って、とやるのも面倒だわ』
だいぶ階が進んだだけあってドロップ品は豪華なのだが、ここで資金稼ぎをするのはなかなかハードだ。いくら「当たらなければどうということはない」とはいえ、集中力を切らせばそこで終わり。運が悪ければまぐれ当たりもあるのだ。
『そうそう。それとメイちゃん。本体の中に見覚えのないやつがいなかった?』
『いましたね。ご主人様と似た翼と尻尾を生やしていました。他の部分はご主人様とは似ても似つかない姿でしたが』
さっさと殲滅してしまったのできちんと観察している暇はなかったが、その敵の姿はレンも見た。ダークパープルの肌を持った人型の敵。
『悪魔──デーモンね。高い魔力を持った厄介な奴らよ。それと性格が最悪』
『ダークエルフよりも性格が悪いんですか?』
『失礼ね。私たちは魔族の中では温厚な方よ。今日だって人間との交渉に協力してあげたでしょう?』
ついに悪魔まで現れてしまった。
ここまでに戦ってきた相手の混成軍というだけで十分手強いというのに、本当にこのダンジョンは鬼畜難易度である。
当然、次の四十二階はもっと手強いのだろう。
『ほんと、準備してから来てよかったよ』
基礎を固める重要性をレンはしみじみと実感したのだった。
◇ ◇ ◇
四十二階では別の砦が舞台となった。
やることは大きく変わらないものの敵の数は増え、一体だったデーモンが三体に増えた。どうやら彼らが指揮官を務めているらしく、本隊以外の敵も指揮によって一層手強さを増した。
それから、レンとしては自分に似た姿の敵に若干イラっとする。思わず魔法を叩きつける勢いも強くなり、雑魚へのダメージが過剰気味になった。
終わった後は感謝され宴が開かれ、終わった頃に素っ気なくなるのも同じ。
「本格的に魔の軍勢との戦いになってきた……って感じかあ」
「やはり、今後はずっとこのレベルの戦いが続くのでしょうか」
「もしかしなくてもそうでしょうね。砦を落とすにしては過剰戦力だけど、人間は放っておくと増えすぎるものね。私たちダークエルフもこの程度の争いなら文句は言わず、むしろ率先して参加していたでしょう」
正史では次々に砦が潰されていたということだ。
もちろん、どれくらいの間隔で襲撃が起こっていたのかはわからないし、どの砦も壊滅していたとは限らない──潰された砦ばかり選んでダンジョンに再現されている可能性もあるのだが。
「あちこちで壊滅的被害が出てたってことだから……人間、ダメダメだったんじゃ?」
「まあ、人間だしなあ。他の種族はみんななにかしら長所があってズルいよね」
人間がドヤ顔できそうなのはゴブリンあたりが限界か。ただ、彼らは彼らで繁殖力では人間を上回っている。一概に格下扱いもできない。
四十三階はさらに難関になった。
飛行する敵──ハーピィが加わったのだ。数は少なめだったものの、これはさすがにきつい。地上と空で分散されると魔法一発で全体を押さえることができなくなるからだ。
そもそも敵の数自体も増えてきて魔法一発で食い止めきれなくなってきた。一応ここでも快勝を収めたものの、レンたちは次の階から戦法の変更を余儀なくされた。
「こっちからうって出ると危ないから、防衛戦にしよう」
砦の物見塔や壁の中に用意された射撃用の空間などを借りて攻撃を仕掛けていく。
ここではフーリとひとつになって戦うのはレンではなくアイリスにした。風の加護を十分に受けたハーフエルフの矢は通常の射程距離をはるかに超えて見事に連続命中し、迫りくる魔物たちを着実に撃墜。ハーピィへのカウンターとしても役に立った。
もちろん、レンやシオンの魔法もばんばん敵を蹴散らした。
砦に詰めていた魔法使いが「なんだよこの魔法……」とでも言いたげにぽかん、とこちらを見てきたのがとても印象に残っている。余裕のある時ならウインクのひとつでも返してやってもよかったのだが、あいにくその魔法使いに贈られたのは「前!」というたどたどしい異世界語と鋭い視線だった。
と、ここまで攻略するのにおよそ二か月。
挑戦してしまえばわりとハイペースで攻略できている、と考えるべきか、あれだけ準備したのに半月に一階進むのがやっとだと考えるべきか。
準備して作り上げたアドバンテージがじわじわ削られていくのも心臓に悪い。それでも順調。
ここまで攻略する間にマリアベルとアイシャの結婚式も無事に行われた。
マリアベルが白無垢、アイシャがウェディングドレスという和洋折衷、一般的な結婚式のイメージからすると「?」となるような絵面だったものの、それはそれで華やかで絵になっていた。二人ともとても幸せそうで「この二人が別れることはきっとないだろうな」と思えた。
式を取り仕切ることになったシオンは作法の勉強などでなかなか大変そうだったものの、無事に大きな失敗をすることなく役目をやり遂げた。
参加者から「良い式だった」と声をかけられると嬉しそうに「ありがとうございます」と返答。
さらには、
「俺達の時もお願いしようかな」
なんて言い出す者までいた。これにもシオンは「頑張ります」と答えており、どうやらこの役割にやりがいを感じたようだ。
もしかすると本当に神社での結婚式が増えるかもしれない。そうしたらそのうち本当にシオンが崇められたりもしそうだ。
ただ、この異世界での結婚式事情はなかなかにカオス。
昔は神殿を利用してうろ覚えのなんちゃって結婚式が主流だったのだが、最近は西洋式の式をわりときっちりなぞるのも人気。そこに神社で行うという選択肢が増えたことで不思議な対立図(?)が生まれつつあった。
「わたしたちがやるとしたらどうなるんだろうなあ」
と思わず呟いたところ、フーリとミーティアから、
「私たちの場合はそもそも人数がねー」
「そうよ。シオンに仕切ってもらうわけにもいかないわけだし、なるようにしかならないでしょう?」
やるとしたらみんないっぺんに、が基本らしい。確かにそのほうが招待客も楽だし、レンたちの気持ちとしてもすっきりする。
レンが何人もの女の子を娶る、というよりはみんなで一つの共同体になる感じ。そう考えると結婚するのも悪くないな、とあらためて思った。
「……さて。いよいよ四十五階なんだけど」
三月の頭。
家のリビングでみんなと作戦会議。次の階はまた一段と激しい戦いが予想された。
「砦じゃなくて街を守る戦い、ね」
「戦える人の数が少ないうえにパニックが起きやすいんだよね」
襲われるのは内陸にある人間の小さな街。そこに突如としてモンスターの大群が襲ってくるらしい。軍事拠点ではないので敵の発見も遅れるうえ、防衛戦力も心許ない。おまけに守らなければならない範囲が広いために気が抜けない。
「勝利条件は詳しくはわからないんですよね?」
「街を守らなきゃいけないのは確かだけど、どこまでならOKなのかはわからないみたい」
具体的に守るべきが「人」なのか「街」なのか。何パーセント程度までの被害率なら許されるのか。過去の事例ではだいたい半壊程度の状況で失敗と判断されたことがあるようなので、大まかに「大きな被害が出たらアウト」と考えておけばいいだろうか。
出現場所は街中にあるとある空き家。
敵の襲撃までの猶予時間は十分といったところ。街にも防衛兵はいるものの、彼らに会って事情を説明、責任者に繋いでもらって、とやるには心許ない。
「……警告できないまま襲われることになった場合、パニックから逃げ出そうとして別動隊に殺される人も多数出てしまったそうです」
せめて街の人たちには自分の家に引きこもっていてもらいたい。
「少しでも早く警告ができれば兵も心の準備ができるでしょうね。街には冒険者や傭兵の類もいるはずだから、そいつらをうまく焚きつけられれば少しは楽になるはず」
兵士たちの詰め所の場所はわかっている。スタートと同時にそこへ急行して直談判する、という手もあるにはあるが──。
「わたしたちの異世界語はまだまだ危ないんだよねえ」
「危ないなんてものじゃないわ。カタコトよ。必要になったので最低限だけ覚えました、っていうのが丸わかり。
というわけで、今回は別の作戦を取ることになった。
「敵が来ないと信用してもらえないなら、いっそわたしたちが暴れよう」
「都合よくレンとミーちゃんが悪役っぽいもんね。それなら手っ取り早いかも」
今回は敵っぽい容姿が役に立ちそうである。
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