望まない再会
「俺、そんなに変なこと言ったか? 風呂に入るよりは普通だと思うんだけど」
「あはは。まあ、ちょっとタイミングが悪かったかなー」
夕食や入浴を済ませた後、部屋でフーリと二人きりになる。
若干一名から勘違いを受けたものの、もちろん変な意味ではない。
賢者から依頼されたレポートのために今のレベルでの翼と尻尾の長さを記録しておくためだ。
アイリスは自室にいる。
外へ追い払ったりとかは間違ってもしていない。
服も上だけ脱げば十分である。
人の部屋にノックもなく入ってくる奴なので、フーリはそれくらい見慣れている。立ったまま上を脱いで後ろを向くとすぐにメジャーで計測を始めた。
「……ん、羽は十センチ。最初の二倍くらいになったんじゃない?」
「マジか」
「もう少ししたら前からでもちらっと見えそう」
今後はよりローブが手放せなくなりそうだ。
「レベルから伸び率計算できるのかな? 毎回測ってたらわかりそうだね。……じゃ、尻尾触るよ?」
「おう、優しくな」
「おっけ」
応えたフーリは確かに優しい手つきで尻尾に触れてきた。ただし、計測するのではなく撫でるように。「ひぅっ?」と変な声を出してしまいくすくすと笑われた。
さすがに二回目は普通にやってくれて、結果は八センチだった。
「ありがとう、助かった」
サキュバス化の進行を数字として目にするのは良い気分ではないものの、これもお金のためだ。忘れないようにしっかりとメモしておく。
それからいそいそと服を着こんでベッドに座り、
「ねえ、レン。測るのってこれだけでいいの?」
「ん? 他に測った方がいいところあるか?」
「うん」
だいたい二箇所に視線が注がれる。
男子から女子になるにつれて変化する場所、と考えても自ずと答えは出た。
「タイムリミットまでどのくらいか分かった方が便利じゃない」
「待て。必要だとしてもそこはさすがに自分でやる」
「本当? たぶん物凄くやりづらいと思うよ? 私だって自分じゃスリーサイズ上手く測れないし」
「お前、俺の身体に触りたいだけだったりしないよな?」
「だけ、ではないかな。半分くらい?」
物凄く不安になる返答ではあったものの、せっかくなのでお願いすることにした。
着たばかりの服を脱いでバスト、ウエスト、ヒップを計測。
今度は必然的に下着一枚。黒のボクサーパンツが最後の砦だが、
「さて。これも脱いじゃおっか」
「やっぱり面白がってるなお前!?」
「じゃあここだけアイリスに頼む?」
純粋な妹分にそんなことを頼めるわけがない。
結局、レンは裸をあますところなく観察されながらしっかりと測られてしまった。
「……嫁に来てくれる子がいなくなったら責任取れよ」
今度こそ服を着こみながら冗談めかして言う。
どうせ「レンはお嫁に行く方でしょ」とでもからかわれるかと思いきや、
「うん、いいよ。私で良ければ」
悪戯好きな性格に反して澄んだ綺麗な瞳に見つめ返された。
意外すぎる反応に硬直していると、家のどこかからキュルキュルと精霊語が聞こえてきた。アイリスが魔法の練習をしているらしい。
それを合図にフーリが「さ、手洗って寝よっと」と歩き始めた。
呼び留めようと思えば呼び留められたと思う。ただ、少女の耳がいつもより赤くなっているように見えて、開きかけた口が止まってしまう。
アイリスの耳と違って人間の耳はそこまで目立たないし、ただの見間違いだとは思うのだが。
「……眠れなくなるだろ、こんなの」
幸い、翌日はダンジョン探索の予定がない。
◇ ◇ ◇
「なあ、二人とも。こんな魔法があると便利、とかないか? レベルアップで何取ろうか迷ってるんだ」
朝食に顔を出すとフーリは全くのいつも通りだった。
昨夜の一件は秘密、という合図だと認識してレンもなるべく普通に振る舞う。
幸いアイリスは特に気づかなった様子で「おはようございます」と挨拶をしてくれた。
食事をしながら切り出したのは計測の件と関係あるようなないような事柄。
「レベルアップのボーナスですよね。どんな魔法があるんですか?」
パンとミルクを笑顔で味わっていたアイリスが口の中のものをごくんと飲み込んでから尋ねてくる。
「基本的な魔法は一通りあるよ。たぶん、精霊魔法とは内容が違うんだろうけど」
ウィンドウは他人にも見せられるので二人に見えやすいように公開してやる。
所持スキルおよび獲得可能スキル一覧。端の残りスキルポイントの欄には「2」の表示。
「前のも余らせてたんだ?」
「ああ。とりあえず困らなかったし、前に上がった時は相談できる空気じゃなかったから」
当時のパーティは男三人を含む喧嘩別れ前の奴らだ。
フーリはともかく他の奴らとは日を追うごとに仲が悪くなっていた。理由が「やらせてくれないから」だったあたり馬鹿じゃないのかと今でも──いや、それはともかく。
レベルアップするとステータスが上昇するほかにスキルポイントが1得られる。
このポイント1点につき新しいスキル一個を覚えるか、既存のスキルを強化することができる。
レンが今持っているのは初期スキルである「魅了」「エナジードレイン」の他、任意で取った便利魔法と攻撃魔法だ。
「ファイア」「ウォーター」「ウインド」はある程度MP調節が可能で、小さく使えば火を付けるなどの用途に、大きければ湯を沸かしたり浴槽に水を溜めたりできる。
「マナボルト」は使い勝手のいい単体攻撃魔法だし「ヒール」にも数えきれないほど世話になっている。アイリスが来てからはまだ出番がないが複数攻撃が可能な「マジックアロー」という魔法も覚えている。
修得可能な魔法としては属性付きの攻撃魔法やまだ取っていない便利魔法などがある。
「
「そうだね。レンがいると家事が捗るし」
「咄嗟の対応ができるのでとても助かっています」
フーリとアイリスの発言の差には敢えて言及しないことにして、
「うーん……そうだなあ。あ、そうだ! ねえレン、冷蔵庫が欲しい」
「『フリーズ』を取れってことか? これ、水を凍らせるだけでエンチャントする魔法じゃないんだが……」
「この際だから製氷機でもいいよ。氷があればお酒も冷やせるでしょ?」
「なるほど、重要だな」
ということで一つは便利魔法「フリーズ」に決定した。
冷気を放射することもできるので夏場、暑くてどうしようもない時にも使えるかもしれない。
こっちの世界はヨーロッパ準拠だからかそれとも地球温暖化の影響を受けていないせいなのか、七月相当のはずの今でさえ日本ほどの暑さはないのだが。
「食材長もちさせるのにも使えるといいんだけど……」
「多少の氷じゃすぐ解けるだろ。……ん? じゃあ大量の氷ならアリなのか?」
「あ! なんだっけ、氷室ってやつ? あれどうやって作るんだろ?」
「窓のない部屋に氷びっしり置くんじゃないか? あとなんか木くず? を敷き詰めてたような……?」
ちょうど家には食品保管用の地下室があるので試してみることにした。
適当な容器に「ウォーター」で水を張っては「フリーズ」で凍らせて地下室に並べる。
「作ってる間にけっこう溶けるぞこれ」
「部屋の温度が下がれば溶けにくくなる、はず?」
「できた氷を保つのは私が精霊にお願いしてみます……!」
地下室のスペース半分を氷が埋め尽くすためにレンのMPがほとんどなくなったものの、その甲斐あって部屋の温度はぐっと下がった。部屋が冷えたことで氷が溶けにくくなって好循環である。
これには調理担当のフーリと、それを手伝うことのあるアイリスが歓声を上げた。
「やった! 後は木くずがあると変わるのか試してみたいなあ」
「木くずならうちに行けばもらえると思います!」
「待った。さすがに少し休ませてくれ」
そうと決まればさっそく、という勢いの二人を制止。
MPがなくなると気分的に疲れる。
かといって自分だけ家で休んでいるのもなんとなく落ち着かない。
ぐったりしているレンを見たアイリスは冷静になったのか少ししゅんとして、
「もう一つのポイントはレンさんが楽になるようなものに使ってください」
レンの左手が柔らかな両手に包み込まれる。
触れ合った箇所から生命力が流れ込んでMPに変換される。アイリスを疲れさせてしまうというのが難点だが、これには確かな癒し効果があった。
「ありがとう。じゃあ『エナジードレイン』の効率を上げるかな」
吸えるHP量を上げることもできるが、今回はMPへの変換率の方を上げる。
操作を終えたのを見たフーリが右手を抱きしめるように握ってきて、
「目指すは無限ループだねっ」
ヒール→エナジードレイン→ヒール(以下略)というコンボだ。
ヒールの回復量と合わせて効率をアップしていけば安定した補給が見込めるようになる。とてもゲーム的な戦法ではあるものの、将来的には是非とも実現させたいところである。
今の段階でも家で休んでいる分には十分黒字になる。
「ひと休みしたらアイリスの家にお願いしに行くか」
ただ、ずっと地下室にいるのはちょっと寒すぎるので先にリビングへ戻った。
◇ ◇ ◇
アイリスの実家──森野一家は快くレンたちのお願いを聞いてくれた。
正確には「おがくず」だと訂正してくれた上で使い方までレクチャーしてくれたくらいだ。氷室を使っている家があるらしく、備蓄されていた分から持ち帰れるだけの量を分けてくれた。
もちろん本来は有料である。
さすがにタダでは申し訳ないと交渉して、アイリスが手に入れた二個の「世界の欠片」と交換ということになった。
大した量ではないものの、これを使えば森を広げられる。新しい転移者が来て木材の必要量も増えてきたのでちょうどいいのだという。
手伝おうとしたレンがアイリスの妹たちに囲まれ、話し相手をさせられている間に、クラス「木こり」であるアイリスの父がおがくずを袋に詰めてくれた。
流れで昼食まで振る舞われそうになったのを丁重に辞退し「娘をよろしく」とあらためてお願いされて森の傍の小屋を後にして、
「本当、良い人たちだよな」
「はい。自慢の家族です」
アイリスが笑顔で答えるのも頷けるというものだ。
彼らからの好意を思えば袋の重さなんて安いものである。盗賊であるフーリも筋力は高くない。一番重い袋を持つのは男であるレンの役目だ。
小柄になって失った分の筋力はレベルアップでお釣りがくるほど取り戻しているものの、それでもなかなかに重い。
あいつならこれくらい軽く運べるのだろうか、と、前のパーティでリーダーだった男を思い浮かべて、
「レン」
不用意な思考が招いてしまったのか。
思い浮かべたのと同じ顔が眼前に立ちはだかっていた。
身長百七十五センチ。日本にいた頃はハンドボール部に所属していた。「斧使い」のクラスを得てからは筋肉量が増してよりがっしりした体格になり、身長以上に迫力がある。
背が縮んでいるのもあってレンからは見上げるような格好になる。
「……タクマ」
随分久しぶりに会った気がするが、実際にはせいぜい一週間といったところだ。
できれば一生会いたくなかったと思いつつ、
「元気そうで良かったよ。新しいメンバーは見つかったのか?」
言って横を通り過ぎようとする。
「待て」
大きな身体が一歩踏み出すだけであっさりと道を阻まれた。じろり、と舐めるような視線がレンを、フーリを、そしてアイリスに向けられる。
大切な後輩がびくりと身を震わせフーリの背中に隠れるのを見てレンは苛立ちを覚えた。
二人を庇うように立ってまっすぐに見返す。
「なんだよ」
「お前とフーリが抜けたお陰で攻略が進まなくなった。飯もまずいし雑用が増えて困っている」
「だから?」
どうか戻ってきてくれ、と頼み込んでくるなら少しくらいは考えなくもない。……そんな風に思いながら尋ねると、返ってきたのは、
「許してやるから戻って来い。もちろんそっちの娘も一緒にだ。……男三人に女三人でちょうどいいだろ?」
「っ、あんたね……!?」
「止めろ、フーリ」
言い返そうとした仲間を低い声で止める。
驚いたような視線が向けられるのを感じながらタクマを睨みつけた。
自分でも不思議に思うほど苛立っている。
「何回言えばわかるんだ。……俺は男だ、この脳筋が」
「お前……!?」
喧嘩をふっかけてきた側のくせに沸点が低い。
激昂した男はレンの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。太い指に思いっきり掴まれたら痣が残りそうだが、
「いいのか? 街中だぞ?」
「……っ」
舌打ちと共に手が引っ込む。
街には人がいる。そしてその人の多くは転移者。つまり無力な一般人ではなく戦う力を持っている。
女に乱暴しようとする男、という絵面である以上、周りがどちらに味方するかはわかりきっていた。
「女同士で仲良しごっこか。楽しそうでいいな」
苦し紛れに投げかけられたのは捨て台詞。
去っていく大きな背中にレンは負けじと言い返した。
「羨ましければサキュバスになってみろよ。お前みたいなのと付き合うよりずっと楽しいぞ」
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