奇襲

「……悪い。無駄にあいつを怒らせた」


 家に帰るまで、三人はほとんど何も話さなかった。

 街の人から「大丈夫だったか?」と穏やかに声をかけられたりもしたものの、それだけでレンの気は晴れない。

 あの場を収められたのは結果論。

 タクマが後先考えず暴れる可能性はあったし、そうなったらフーリたちまで危険にさらしていた。

 それに、これからそうならない保証もない。

 中に入ったところで二人に深く頭を下げると、


「もう。なに言ってるの」


 フーリの腕が身体を包み込むようにして背中に回された。


「ありがと、レン。私たちの代わりに怒ってくれて」

「でも」

「いいじゃない。あんなやつ、一言言ってやらなきゃ気が済まない。レンが言わなかったら私が文句言ってたよ」


 実際、途中まで言いかけていたわけだが。


「ああいう時は男が頑張るものだろ」 

「……本当、レンって都合の良い時に男の子ぶるよね。違うか。都合の悪い時?」


 褒めてるのか貶しているのか。

 どちらにしても、かすかに潤んだフーリの瞳が間近にあって物凄く気恥ずかしい。

 感傷的な気分になっているためレンまで泣き出してしまいそうだ。


「というか、いろいろ当たってる」

「今はそういうこと気にしなくていいの」

「そうです!」

「うわっ……!?」


 離れてもらおうとしたらむしろアイリスまで身を寄せてきた。フーリとは逆に後ろから抱きしめられ、少女たちの体温が両側から身体に染みこむ。

 慰められている場面でさえついエロい方向に考えそうになるのは男としての悪い癖だが──今はそれだけではなく、どこか安心するような気持ちもあった。


「レンさんのせいじゃありません。……私も、言ってくれて嬉しかったです」

「アイリス」


 こういうのも良いな、と、思った。

 普通の高校生のままだったらこんな場面、一生出会えなかったかもしれない。


「ありがとう、すごく嬉しいよ」


 レンは笑って、それから真顔になった。


「それはそれとして離れてくれ」

「そんなに恥ずかしがらなくても。別に興奮しても大したサイズにはならないでしょ」

「お前、間違っても他の奴にそんなこと言うなよ?」


 アイリスがものすごく慌てた様子で身を離した。





「……でさ。レンならあいつタクマの気持ち、少しはわかる?」


 おがくずの袋を邪魔にならないところへ置き、お茶を淹れてひと息。

 全員それなりに落ち着いたところで話をすることにした。


「ちなみに私はぜんぜんわかんない」

「私もです」

「まあ、俺も自信持って『わかる』とは言えないけど」


 きっぱり言い切る女性陣に苦笑してから、


「あいつ元ハンドボール部だろ。でかくて運動やってる奴ってそれだけでわりと威張れるんだよな」

「魔法使いよりも戦士の方が偉い、みたいなことですか? それはおかしいんじゃ……」

「ああ。でも、喧嘩が強いほうがわかりやすいだろ。ぶん殴られたら魔法使いはどうしようもない。だからプライドがあるんだ」


 成績が良い奴と運動ができる奴。顔やコミュニケーション能力に差がないとしたらモテるのは後者だ。

 タクマも自分に自信を持っていた。

 さっさとクラスメートから仲間を二人も見つけ、サキュバスになった可哀想な奴(レンのことだ)も仲間に入れてやった。

 そうしたらフーリまでついてきたのだ。

 勝ち組だと思っただろう。上手くレンたちをその気にさせれば相手にも困らない。タクマたちと組んだ後「レンを誘っておけば良かった」と言ってくる男子も複数いた。

 なのに、レンもフーリもタクマたちに見向きもしなかった。


「モテるかモテないかってめちゃくちゃ大事なんだよ。クラスの中には元からいた彼女とパーティ組んだ奴もいるし、組んでから付き合いだした奴もいる。このままだと勝ち組だったはずのタクマが負け組になる。今まで上手く行ってたから余計に許せない」


 腹立ち任せにレンを追い出したところ、フーリまで出て行ってしまった。

 かといって他の女子を仲間に入れるのも簡単じゃない。元クラスメートは既にパーティを組んでしまっているし、レンたちと喧嘩別れしたと知られれば警戒される。

 しょうがないからレンたちを「許してやって」今度こそ良い目を見させてもらおうとしたのだろう。


「なにそれ、くだらない」


 ため息をつきながらフーリ。

 そこまではっきり言われてしまうと男であるレンの立場もない。


「女子だって彼氏いるかいないかは重要だろ」

「私たちは自分よりスペック高い男子を脅して彼氏にするとかしないしできないよ」

「確かに」


 少しくらい擁護してやるつもりが納得させられてしまった。

 要は「力づく」というのが最高に格好悪いのだ。


「っていうか、お前の中だとタクマより俺の方がスペック上なのか?」

「うん。別にタクマってイケメンじゃないし」

「……いや、うん。そこは賛成だけど、もうちょっと手心加えてやれよ」


 あまりにも正直過ぎてドン引きである。同性しかいない場での女子というのはこんな感じなのだろうか。

 せめてタクマと「男同士として」比べられていたらもう少し素直に喜べるのだが。


「あの。あの人が殴りこんでくる……とか、あるんでしょうか?」

「あるかも」


 答えたのはフーリ。

 質問したアイリスは青い瞳にじわりと涙を浮かべ、小さく震えた。


「私、人間と戦ったことはないんです」

「え、そこなの?」

「はい。だって、必要な分だけ獣を狩るのとは全然違うでしょう? 人間は何をしてくるかわかりませんし……」


 暴力を振るうこと自体はアイリスにとって普通。

 価値観の違いをあらためて感じつつも、レンは「そうだな」と頷いた。

 彼らだって似たようなものだ。

 一か月と少し、この異世界で暮らすうちに「生き物を殺すこと」には慣れた。殺さなければ殺されるからだ。ただ、それは「相手がモンスターだから」できたこと。

 人間相手に同じことができる自信はない。

 しかし、タクマたちはおそらく違う。あいつらはたぶん、日本にいた頃から喧嘩ができた。だから躊躇なくレンの肩を掴もうとした。

 そういう奴は簡単にバランスを見誤る。


「二人とも気をつけてくれ。なるべく一人では行動しないように。それから危なくなったら逃げるなり大きな声を出すなりしてくれ。殺さないにしても痛めつけて追い払うくらいはしてもいい」

「うん」

「……わかりました」


 神妙に頷く二人。

 それからフーリはレンを見つめて、


「レンもだよ? っていうかたぶんレンが一番危ないんだから」


 俺は男だ、と言いたいところだがそうもいかない。

 タクマたちから狙われているのが事実である以上、男か女かはこの際関係ない。


「ああ。……これからはもうちょっと本腰入れてレベルアップしないとな」


 自分の身を守るためにも力が必要だ。

 一緒に冒険を始めたのだから、タクマたちとの実力差はほぼない。だからこそ奴らに置いていかれるわけにはいかない。

 翼と尻尾のことは気になるものの、ひとまずそれは無視して。


「付き合ってくれるか?」

「もちろん。……じゃ、次からはちょっとハードに行こっか。私も余らせてたポイント、戦闘系のスキルに振ろうっと」

「私も、お二人の足手まといにならないように精一杯頑張ります!」


 レンたちは心機一転頑張ることにした。



   ◇    ◇    ◇



「マジックアロー!」


 輝く魔法の矢が多数、空中へと生み出される。

 数は、三十。

 この魔法はステータスに応じて基本の本数が増える。さらに、籠めたMPの量によって数を十倍まで増やすことができる。

 一本一本の威力はマナボルトに劣るものの、代わりに広い範囲をカバーすることができる。

 矢は二階のボス部屋へと降り注ぎ、散開しようとしていたゴブリンたちを繋ぎとめた。


 二階のボスはゴブリンシーフ。

 武器はナイフと小ぶりなものの、ソルジャーに比べて動きが速い。ちょこまか動き回られると厄介だが、止まっている間はただの的だ。

 壁として立ちはだかるソルジャー×3の合間を縫うようにして飛んだ矢がシーフの左目に突き刺さり、さらに精霊魔法「ファイアボルト」が着弾。ダメージの蓄積によってシーフは動きを大きく鈍らせる。

 衝撃から立ち直ったソルジャーが剣を構えて動き出すも、レンは抜け目なく再度「マジックアロー」を発動させた。


 恐るべきは数の暴力。

 再び前進を阻まれるゴブリンたち。満身創痍となったシーフが号令めいた鳴き声を上げるも、アイリスが射た二の矢によってそのHPはあえなく尽きた。

 護衛対象を先に倒されたソルジャーが動揺する中、フーリが素早く忍び寄って、


「ゴブリンの急所は人間と同じ──首か心臓、っと」


 頸動脈への攻撃に新スキル「急所攻撃」が発動。刃のキレが増し、派手に血が噴き出した。動きを止めずその場を離れたフーリは返り血を上手く回避しながら別のゴブリンへと近づき、


「少しくらいは私も活躍しないとね……!」


 二階のボス戦もレンたちの快勝に終わった。


「……わ、欠片が四個も! もしかしてこれ二倍になってる感じ?」


 全ての敵が光の粒となって消えた後、フーリが恒例のドロップ品回収を行う。その間にアイリスはまだ使えそうな矢を拾い、血のりを拭って矢筒に戻す。レンは早くなった呼吸を整え、失ったMPを少しでも補えるように休憩に努める。

 マジックアローは小技から大技まで幅広く使える代わりにMP消費が大きめになっている。

 ここまでの道のりで消耗した分も加えて二回も最大化したせいでかなり負担が大きかった。


「レン、お疲れ様ー。碑文の写しとかはやっとくから少し座ってていいよー?」

「悪い、じゃあそうさせてもらう」


 壁際に座ってひと息。

 頑張ると宣言した通り、今回は少しハードだった。何しろ二階を最初から最後まで一気に攻略したのだ。

 一度攻略すると復活しないモンスターや罠が残っているので何度も緊張を強いられた。ただ、その甲斐はあったと言っていいだろう。

 ステータスウィンドウを表示し、さらに一つ上がったレベルを見て頷く。


「次は何を取るかな」


 前回は利便性の向上を目指したが、身を守る術を欲している今は戦う力が欲しいところだ。

 マジックアローのMP消費を減らすか、マナボルトの威力を上げるか、魔法攻撃力自体を底上げするスキルで汎用的な攻撃能力を上げるか。

 炎や氷、風などの属性攻撃魔法は火傷やしもやけ、裂傷など発生するため、対人戦においてはカタログスペック以上に有効に働く。いざという時のために覚えておくのもアリかもしれない。

 スキルポイントがそこそこ貴重なためとても悩ましい。


「……うーん」

「スキル考えてるんだ? 男相手ならレンにはいいのがあるのに」

「フーリ。作業は終わったのか?」

「うん。ドロップは回収したし、訳文は先に写してもらったから」


 アイリスが異世界文字の方を写し終えたら今日は終わりだ。


「で、いいスキルって?」

「男子に無理やり言うこと聞かせられるスキル」

「ああ、うん。言いたいことはわかった」


 ローブに隠された自分の身体にちらりと目を見てから首を振る。

 魅了スキル。

 効果があるのは「男のレン>女のフーリ」と判定されていることからも明らかだが、


「これ脱がなきゃいけないだろ」

「どうせもうちょっとレベルアップしたら邪魔でしょそれ」

「これにも穴開けて着れば」

「羽には魅了効果ないんだっけ?」


 ありそうな気もする。


「……いやいや。ないない」


 しばらく考えてからやっぱり駄目だと首を振って、


「終わりました!」

「お疲れ様、アイリスちゃん。じゃ、帰ろっか」

「そうだな」


 頷きあったところで、迷宮内に異音が鳴り響いた。

 からんからん、という鐘のような音。

 今のところ特にそれ以上の異変はない。音からしても敵襲の類とは感じられないが──。


「ねえ、レン、これもしかして」

「ああ。たぶん、援軍が来る時に鳴るやつだ」


 全滅したパーティの元へ行くことはできない。

 ただ、一人でも生存者がいる間なら救援に赴くことはできる。現在の攻略パーティ数が表示されているあの刻印に触れ「何番目に入ったパーティと合流するか」を思い浮かべればいい。

 方法自体は攻略本にも書かれている。

 問題は、頼んでもいない援軍が何故来るのか、だ。


「……誰かが待ち合わせに失敗した可能性、あると思う?」

「ないはないけど、低いと思う。たぶん、俺たちだとわかって入ってきてる」


 現在攻略中のパーティがどんな構成か知る方法は通常ない。ただ、見張りをつけてレンたちが入ったのを確認していれば、は知ることができる。

 友好的な相手ならこっそり見張りなんてせずに声をかけてくるなり、もっと早く応援に来ているはず。

 ならば相手の目的は逆。

 ダンジョン内なら何があっても事故だと思っているに違いない。


「そこまでするか……!?」

「ねえレン、これどうするの!? 早くここから出ないと!」

「待て。下手に動くとむしろ鉢合わせる」


 考える。

 応援に来る場合、移動可能な階層はメインパーティの攻略範囲に限られる。そして相手はレンたちが二層を攻略した後にやってきた。

 この場合、向こうが移動できるのは一階から三階まで。

 神殿からダンジョンに入る際、既に攻略済みの階層はショートカットが可能。

 レンたちに追いつきたい場合、三階に出てから二階まで上る方が速い。


「走るぞ。そっちの階段じゃなくて二階の入り口から出る!」

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