【番外編】半妖精の少女
「
胴体に軽く触れてスキルを発動すると、対象──狼は一瞬にして「きゅう」と息絶え、ぐったりと身を横たえてしまう。
身体になんの傷もないというのは逆に罪悪感がすごい。
レンは狼の身体を抱きかかえたまま同行者──金髪碧眼のハーフエルフを振りかえった。
「終わったよ、アイリス」
「ありがとうございます、レンさん」
念のために弓を構えていたアイリスは武器と共に両手を下ろすと微笑んだ。
「でも、やっぱりそのスキルは怖すぎますね。命をいただく責任を忘れてしまいそうです」
「だよね」
仲間も同じ意見だったことにほっとするレン。自然と笑みを浮かべると、二人で笑いあった。
この狼は皮を剥いで肉を取って、可能な限り有効活用させてもらおう。レンには捌けないのでその辺りはアイリス一家にお任せだ。
「わたしも獣の捌き方覚えたいなあ」
「え、でもけっこう難しいですよ?」
「暇なんだよ。ダンジョンに行かなくなったら時間が空いちゃって」
料理も「私たちがやるからレンは駄目」と主張するフーリに無理を言って少しずつ覚えている。心配しなくてもフーリたちのことは今までもこれからも頼りにするし、一緒に料理をするのも楽しいはずだ。
裁縫は前からちょくちょく練習しているし、なんだかんだけっこう家庭的になってきた気がする。
「少しはゆっくりしてくれてもいいと思いますけど……獣の捌き方なら私が教えられそうですね?」
「うん、頼りにしてるよ、アイリス」
「っ」
飛び跳ねそうなほど笑顔になったアイリスはレンのすぐ傍まで寄ってくると耳元で囁くように、
「約束ですよ? 妹たちやミーティアさんには内緒にしてくださいね」
「わかった、内緒にする」
こういうのも悪くない。レンはちょっと悪い笑顔を浮かべて二人だけの約束をした。
◇ ◇ ◇
狼の他にも何匹かの獲物を狩って帰るとアイリス一家からとても褒められた。
種族の固定化を行ったことで風の刃の魔法「ウインドスラッシュ」を習得できたので、それを使えば木材の伐採にも貢献できる。
「レンさんならすぐにでも私たちを手伝えますね」
アイリスの母が微笑んで言うと、アイリスの父は認めたくないという顔で、
「アイリスを連れてきてくれる事には感謝してるけどな」
「私たちは大歓迎だよ!」
「レンさん、もっと遊びに来てください!」
「うん。しばらくはもう少し遊びに来れるかも」
アイリスの妹たちは相変わらず可愛い。
これに対して姉はあまり面白くなかったのか、若干頬を膨らませて、
「二人とも。そんなことより、そろそろ恋人くらい作ったほうがいいんじゃない?」
「何を言い出すんだアイリス!」
お父さんが悲鳴を上げた。
妹二人(言動は幼さが残るが見た目も実年齢も年頃だ)はこれに対して顔を見合わせて、
「じゃあレンさんに恋人になってもらおうかなー」
「別の人を探すより一緒の方が安心ですよね?」
「なんでも二人とも私の好きな人を取ろうとするの……!?」
きゃあきゃあと仲良く(?)騒ぎ出した娘たちを見た母親は首を傾げて、
「まだそんなに焦らなくてもいいと思うんだけど……」
と、のんびりと呟いた。
◇ ◇ ◇
「なんていうか、アイリスって嫉妬深いよね? 嬉しいけど、ちょっと意外」
「それは……だって、レンさんのせいじゃないですか」
帰り道。
飛ぶとすぐに着いてしまうので敢えてゆっくり歩きながら言葉を交わした。
拗ねたように答えたアイリスは隣に立つレンに若干恨みがましそうな視線を投げかけてくる。身に覚えがたくさんあるので、これには「ごめんなさい」と言うしかない。
「フーリさん、私、メイさん、シオンさん、ミーティアさん。……もう五人なんですよ? あと三人で一週間に一回も私の番が来なくなっちゃいます」
「さすがにあと三人は増えないと思うけど」
「エルさんを入れたらあと二人じゃないですか」
さすがに十二歳の女の子を誑かす趣味はない。いや、メイは出会った当時十三歳だったが、彼女は精神的にも肉体的にも歳相応ではないので除外だ。
するとアイリスは「三年後ならいいんですか?」と追撃をかけてきた。
「それは……うん。ちょっと色目使いたくなっちゃうかも」
「私たちだけじゃ不満なんですか?」
「もう。アイリス? ……そんなに欲求不満?」
長い耳に唇を近づけて、半ばキスするように囁いてやると少女は途端に真っ赤になった。
「ち、ちちち、違います! 別にそういうわけじゃ……!」
「別にいいのに。……そういえば最近は、生やすのにも慣れてきたもんね? わたしの名前呼びながらいっぱい求めてくれて嬉しい──」
「風の精霊よ。彼女の周りの音を遮断し無を作り出──」
「沈黙の魔法!? しかもわざわざ長い詠唱付き!?」
多くの魔法は詠唱を入れると精度や威力が向上する。唱えている暇があったらさっさと撃って二発目に入った方が強いので使った覚えがないが。
デバフ系の魔法は精度が特に重要なのでアリかもしれない。あとは儀式っぽい魔法? 種族を固定化したことによるボーナスで魔法の開発が可能になったのでそっちの方向性も探ってみたいところだ。
「レンさん?」
「あ、ごめん。つい魔法のこと考えてた」
「……嘘じゃなさそうですね。それならいいですけど」
他の女のことだったらもっと怒るつもりだった、ということだろうか。
レンは嬉しさからくすりと笑って、アイリスの細い身体を抱きしめる。
「きゃっ、あ、歩きにくいです!」
「いいじゃない、少しくらい止まっても。……今日はアイリスの番だから、いっぱいしようね?」
「……い、いっぱいって」
「あれ? わたし『えっちなこと』とは言ってないけど?」
ちょっとからかいすぎてしまったのか、真っ赤になったアイリスは「レンさんは本当にサキュバスなんですから!」と大きな声を出した。
森と平地の境目に響き渡る声。下手をすると近くの家にも聞こえてしまったかもしれない。
しまった、という顔をしたアイリスはしゅんと肩を落として、
「……レンさんのせいです」
「気にしなくていいよ。こっそり付き合ってるわけじゃないんだし、わたしはアイリスのことが好きだから」
なにも間違っていないし知られても困らない。
こういうところでサキュバスの気性はありがたい。えっちなことが大好きなだけではなく、というかそういう性格だからこそ、細かいこともあまり気にならない。
再び歩きだしながら、しばらく頬の色が戻らなかったアイリスだったが、やがてふう、と息を吐いて、
「フーリさんとレンさんの子供、どんな子になるんでしょうね?」
「気になる?」
「はい。だって、それによっては私たちの子供も想像できるでしょう?」
レンが妊娠したことは賢者にも報告してある。
その関係で、この前会った時、彼はこんなことを言っていた。
『サキュバスに他種族との子を儲ける特性があるとすれば、君の産む子の性質は相手の種族のものにかなり偏るかもしれんな』
だとすると、フーリの子供は風の精霊に、アイリスとの子はハーフエルフになる。
クォーターではなくハーフが生まれてくるとしたらエルフ系の子を増やすのに一役買いそうだ。
「わたしとしてはアイリスがちゃんと子供のこと考えてくれてるのが嬉しいけど」
「もう、レンさんはまたそうやって茶化すんですから!」
二人っきりだとついつい距離が近くなって意地悪してしまう。
二度目の大きな声にアイリスが「しまった」と口を押さえた。
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