番外編・後日談
【番外編】永遠のパートナー
「レーンっ」
夜。
部屋で二人きりになるとフーリが妙に上機嫌だった。
ベッドで隣に座って横から抱きついてくる。片手ですりすりと撫でてくるのはレンのお腹だ。
今は下着しかつけていないので浮かび上がった紋様が露出している。紋様が象徴しているのは風。どう考えてもフーリのことである。……というか、レンにはそれが誰を表しているのか感覚でわかる。
まだ一か月目なので体調に違和感とかはまったくと言っていいほどないのだが。
「えへへー。なんか嬉しいよね。好きな人が私の子供を育ててくれてるって思うと」
「フーリ、おっさんみたいだよ?」
「え、それはひどくない。……でも、今だと男の人の気持ちもよくわかるよ」
それはまあ、レン相手にえっちなことをした結果──男役を果たした成果なわけで。むしろ「ぜんぜん実感湧かない」とか言われても困る。
「妊娠ってすごく大変なことじゃない? なのにしてくれるってことは、私にぜんぶ許してくれたってことなんだよね。なんていうか、すっごい征服感?」
「なんかすごくえっちなこと言ってない?」
「言ってるかも」
その理屈で行くとレンはフーリにぜんぶを征服されてしまったわけだ。
好きな人にならそれも悪くないかな、と思ってしまうあたり、やはり感覚がすっかり女子に染まっている。
「レンはどうなの? これからお母さんになるの」
「まだぜんぜんわかんないよ。お腹も痛くないし」
お腹を痛めた子、という表現があるが、あれはぶっちゃけガチだ。世の母親は痛い思いをしながら自分の中に命があることを感じて親になるという実感を育てていく。出産なんてそれはもう大変らしいので、そうやって産まれてきた子供を溺愛したとしても不思議はない。
男親との間に感覚の相違が生まれやすいのは性差以外にそういった部分もあるのだろう。
「でも、わたしたちの子どもってお腹蹴ったりしてくれるのかな?」
「え、なんで? ……って、私に似たらどうなるかわかんないか」
「そうそう。フーリに似たら『風』が生まれてくる可能性とかありそうじゃない」
精霊の「本来の姿」はどちらかというと非実体化状態だと思われる。そうすると精霊の子は当初、実体化できない可能性が高い。蹴る足がないかもしれない。それとも代わりにどっかんどっかん体当たりしてくれたりするのだろうか。
「風かあ。……っていうか、そもそも精霊って子供作るのかな?」
「あー。単に自然現象が意思を持っただけ、って可能性もあるよね」
「だとすると『だいたいどんな相手とでも子供を作れる』のもサキュバスの能力ってことになるのかな?」
「そうかも。さすがに無機物とはできないだろうけど」
「メイちゃんならいけるんじゃない? 試したことあったっけ?」
「そういえばなかったかも。……今度試してみようかな」
だとするとそれはばんばん子供を作らされるフラグな気もする。そうなるとかつて賢者の言っていた要望通りなのではないか。
まあ、好きな人との子供ならそんなに悪くは、
「いやいや。まだまだこれからなんだから今決めるのは早い」
「そうだねー。私だって赤ん坊の世話とかちゃんとしたことないし。親戚の子を抱かせてもらったくらいはあるけど」
「私はしなかったなあ。なんとなく怖かったし『落としそうだからだめ』とか言われて貸してくれなかった」
「あはは、レンらしいね」
一か月の今のうちにイメトレくらいはしておくべきかもしれない。
泣く子をあやしてミルクを与えておむつを替えて……夜泣きへの対応はえっちの時に使っているマジックアイテムを応用できそうだ。レンは睡眠時間が減ってもエナジードレインさえできていればわりと平気なので、一緒の部屋に子供を寝かせて逐一対応すればいい。
……サキュバスの身体というのはつくづく便利である。
「ミルクかあ。母乳のほうがいいよね。こっちの世界だと粉ミルクとかないし。……ないよね?」
「たしかあったと思うよ。向こうの世界と同じものかはわからないけど、お母さんになった人たちの希望でなんとか作ったって」
例によって高級品だが売ってはいるらしい。
「そういえば、レンの胸、また大きくなったりするのかな?」
「しないんじゃないかなあ。わたしの場合、たぶん今すぐでも母乳出せるし」
「え、なにそれ初耳」
体型を調整するスキルの応用である。母乳が出るようになる程度であれば胸のサイズを変更するついでのように変えられる、と思われる。
試しにやってみたらあっさりできた。胸から液体が出てくる感覚はなんともむず痒く、慣れないと変な感じだが。
「うわ、すご。じゃあ、レンは母乳が切れたりもしないんだ」
「かな? ヒールがあるし、フーリたちからドレインさせてもらってるから栄養補給も切れないよね」
「うわー、すっごく便利。ずるい」
「もう、ずるいとか言いながら胸揉まないでよ」
女同士だし、そういう関係なわけだし、別に揉まれるくらいいいと言えばいいのだが、なんとなく気恥ずかしい。そういうのはそういう雰囲気の時にやって欲しい。
「ねえ、レン。ちょっと飲んでみていい?」
「いいけど。……んんっ、フーリ、早い!」
許可を出したら即座に吸いつかれた。出すだけじゃなくて吸われるとなると余計に変な感じである。慣れたらちょっと気持ちいいかもしれない。
「あ、なんか甘い。母乳ってこんなに美味しいんだ? レンも飲んでみる?」
「自分のを自分で飲むのはなんか変態っぽくないかなあ……」
ちなみにレンならやろうと思えば自分の胸から直接吸うこともできる。サイズ的な意味で。
「うーん。サキュバスだから甘いのかな。誰に聞いたらわかるだろ」
「赤ん坊だった時の母乳の味を覚えてる人はいないんじゃないかなあ……」
直接飲み比べをするのは「っぽい」どころか絶対変態なので却下である。
「なんにしても、ちゃんと育てないとね」
「それはもちろん。……責任重大だなあ」
子供を育てるとなるとお金もその分さらにかかる。
五十階を攻略してからの一か月、攻略済みの階を積極的に回ってお金を集めた。前に話していた通り、今でもパーティメンバーでペアやトリオを作って安全な階で資金調達は続けている。五十階で得た報酬がなかなかとんでもない価値だったのもあって、現状でも生活するだけなら数年は大丈夫なくらいの蓄えはある。
レンはみんなから「ダンジョンへは行くな」と言われてしまっているのでここ最近は戦えていないが、代わりに街の人の頼みを聞いてちょっとした謝礼をもらったりしている。
大きかったのは娼婦のお姉さん方にえっちなテクニックを教える依頼だろうか。メイの母に協力のお礼として教えたところ、どういうルートを辿ってかお姉さん方にも情報が行った。で、「私たちにも教えて欲しい」と言われた形だ。
歴戦の女性に教えられるようなことは……と思ったのだが、意外とみんな喜んでくれた。サキュバスの本能は格も強力だということか。
「ダンジョンに復帰できるまでにどれくらいかかるかなあ」
下腹部に当てられたフーリの手に自分の手を重ねながら呟くと、フーリは「どうだろうね」と首を傾げた。
「人間の子供なら三歳とか? マリアさんたちに預けるにしてもすぐには無理かなあ」
「三年……お腹にいる時間も含めたら四年かあ。それだけあったらレベルも上がりそうだなあ」
「子供育てながらばんばん強くなる気なんだ、レン」
「それはまあ。少なくとも普通に生活してるだけでエナジードレインのレベルは上がってくし」
深化吸精はエナジードレインのレベルも参照して威力が変わるので、そのうちオーガくらい触れただけで殺せるようになるかもしれない。
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