相棒との一夜

「……うん。もう待てない」


 フーリは我慢の限界だった。

 紫の髪もすべすべの肌も隠さなくなったレン。レベルアップと共に女らしくなる一方で、もう服を着ていても男にはまったく見えない。

 ダンジョンだと1~2メートル以内にいることが多いので彼女もとい彼のいい匂いも香ってくる。タクマたちと別れて良かったと心から思う。

 まあ、レンが可愛くなることについては問題ない。恋敵とかならともかく、フーリが仲良くなりたいのはむしろレンなわけで。

 問題はレベルアップのスピードだ。

 体型のデータはフーリが取っている。だからもろもろの数値は手に取るようにわかる。五階の攻略でまたレベルが上がったので、レンの「男を主張する部分」はもうギリギリだ。


「待てないからしょうがないよね、うん」


 今は夏。

 日本より涼しいとはいえエアコンもない世界なわけで。厚着なんてしていられない、と自分に言い訳しつつ、夜、キャミソールにショートパンツだけの格好でレンの部屋のドアをノックした。

 顔を出した相棒はフーリの格好に一瞬息を呑み、


「フーリ? どうした?」

「計測。また必要でしょ?」


 フーリは用意してきた「表向きの理由」を答えた。


「別に明日でも良かったんだけど」

「だーめ。こういうのは早い方がいいの」


 恥ずかしそうにしつつもレンは部屋に入れてくれる。

 いつ来てもあまり物がない部屋。

 趣味にあまりお金を使えないというのもあるけれど、フーリやアイリスは安い小物なんかをたまに買い求めては部屋に置いている。

 残念に思う一方で、いつも通りの様子に落ち着くのを感じながら「ほら、脱いで」と催促。


「しょうがないなあ」


 軽く文句を言いつつも大人しく服に手をかけるレン。小さく喉が鳴ってしまったものの、何食わぬ顔をして誤魔化した。


「羽もすっかり目立つようになったねー」

「ああ。ここまで育てば前からでも余裕で見えるな……」


 腕の横から顔を出したサキュバスの翼。尻尾の方も伸びてきて小悪魔を名乗るには十分なサイズになった。

 胸や尻のサイズも順調に育ってきている。この分だとフーリやアイリスはあっさり追い抜かされてしまいそうだ。


「むー。さすがに胸で負けるのはちょっと不満だなあ」

「女子から見ても胸って大きいほうがいいのか?」


 質問からして「男子の大部分は胸の大きい女子が好き」と言っているようなものである。

 ぶっちゃけると答えの何割かはそれが理由だ。


「モテないよりはモテた方がいいじゃない。男子が気にするなら私たちだって気にするよ」

「そっか。そりゃそうだな」


 話しながらも手は動かしている。一箇所を除いて測り終え「さて」と言ってレンのボトムスに手をかけると、


「待て、自分で脱ぐから!」


 渋々、裸になり始めるレン。美少女が恥ずかしがっているみたいでちょっとそそる。

 マリアベルと違って女の子全般が好きというわけではないつもりだが、女の子はたいてい可愛いものが好きである。だから可愛い子が手の届くところにあるのだって嬉しい。

 下から出てきた味もそっけもないボクサーパンツは正直似合わないことこの上なくて、気分がだいぶ冷めてしまったが。


「……うわ。また縮んでるな、これ」

「もう。人に胸の大きさがどうとか言っておいて」


 文句を言いつつ内心で「やっぱり」と思う。

 平常状態のそれはショーツに収めてもほぼ違和感のないサイズ。ベッドサイドに腰かけた彼の前にしゃがみこみ、指でふにふにと刺激してやっても可愛いサイズにしかならない。

 恥ずかしいのとプライドが傷つくのとでレンはほとんど喋ろうとしなかったが、


「なあ、フーリ。これもうちょっと縮んだらさ……トイレってどうなるんだと思う?」

「急に怖いこと言わないでよ……!?」


 男子と女子だと出てくる穴の位置が違うわけだが、果たして徐々に変わっていく場合はどうなるのか。先に穴ができてくれるなら良いが、その場合は両方から出るのか。先に今ある穴が塞がるのだとするとパンクしたりはしないのか。

 レベルアップして準備が整うまでパンクしてはヒールでなんとかする生活とか、ホラーとかそういうのさえ超越している。


「大丈夫でしょ、さすがに。たぶん。きっと」

「自信なさそうだな、おい」


 レンの方からこんなことを言い出すあたり、やっぱりそろそろ限界である。

 全ての計測を終えてメモに記録していると、レンはさっさと服を着直そうと動き始めた。


「ね、待って、レン」

「……なんだよ」


 最後の数字が少し走り書きになったものの、構わず彼の身体に腕を回す。筋肉質な感じはなく、むしろ柔らかい。フーリの方も腕が出ている服装なので素肌同士が触れ合って互いの体温が移動を始める。

 同時にエナジードレインも始まっている。

 肌の接触によるじわじわとした吸収は、意外と吸われる側にとっても気持ちいい。人をダメにする枕とかああいうのはこんな感じなんじゃないか、と思えるような、じわじわと染みこんでくる快感がある。


「フーリ。俺、いまあんまり余裕ないんだけど」

「知ってる。っていうか私がやったんだし」

「じゃあエナジードレインのテストは後にしてくれ」

「だーめ」


 レンには一定量のドレインが必要、という話になってからスキンシップは増えたものの、まだ「同じベッドで寝る」ところまでは行っていない。

 レンが少しずつ吸収量を増やしていくと言って聞かなかったからだ。

 これまではそれに甘んじていたが、今日は退かない。


「ね、一緒に寝よ?」


 抱きついたまま背中側に回り込みつつ、耳元で囁く。

 我ながら大胆な行動を同性めいた気安さが助けてくれた。


「それとも、もうそういうの興味ない?」

「……なかったらこんなに動揺してないっての」


 腕を取られて押し倒される。

 部屋の鍵かけたっけ。

 今さらそんなことを気にしながら、フーリはレンからの口づけに身を任せた。



   ◆    ◆    ◆



「レン。ねえ、レン。起きて」

「ん……」


 ダンジョンの五階を攻略した翌日、目覚めると気分が妙にすっきりしていた。

 快眠できた翌日でもここまで気持ちのいい朝はなかなかないのだが。

 なんだか呼ばれたような気がする、と思いながらレンはもぞもぞと身を起こして、


「寝起きで悪いんだけど、お湯作ってくれない? このまま出てってアイリスちゃんに会ったらすごく恥ずかしいから」

「フーリ」


 何も身に着けていない少女と目が合ってしまった。

 髪の乱れた状態でもやっぱり可愛い……と、ぼんやり思ってから、昨夜の出来事に思考が追いついてびくっとした。

 見下ろせば、ベッドもなかなかに大変なことになっていた。

 後悔はない。というか、思い出しただけでむず痒い喜びが湧き上がってくるのだが、


「……あー。一応、声は抑えたよな?」

「そのつもりだけど、私だって初めてだったし、ちゃんとできてたか自信ないよ。っていうかレンが思ったより積極的に来るからついつい声出ちゃって──」

「わかった、俺が悪かった。めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたから止めてくれ」


 あんなことの後だというのにあまりロマンチックな雰囲気にならない。

 こんなことなら先に目覚めておくんだった。そうすれば余韻に浸りながらフーリの寝顔を眺められたに違いない。

 レンは後悔しつつ「ウォーター」と「ファイア」でボウル一杯のお湯を作った。フーリはそれをタオルに染みこませて身体を拭いていく。


「レンにもやってあげよっか?」

「いや、俺はいいよ」

「いいから。いまさら遠慮する仲でもないでしょ?」


 半ば強引に身体を拭われる間もフーリの裸を見放題だった。

 ついついじっと視線を注いでしまうとにやりと笑って、


「えっち」

「お前に言われたくはない」


 昨夜迫ってきたのは彼女の方からである。

 するとフーリは意外にも「真っ赤になって」顔をそらした。


「可愛い」

「なっ……!? レンが攻めてくるのは反則でしょ!?」

「いいだろ、たまには」

「むー」


 睨んでくる顔も可愛いと思ってしまうのだからもういろいろと駄目である。


「なあ、フーリ。俺と付き合ってくれないか?」


 お互いに応急処置を済ませ服を着直しながら尋ねると、意外な返答。


「……んー。そういうのはもっと後にとっておかない?」

「あんなことしたのにか?」

「だって、今じゃないと間に合わなくなりそうだったし」


 意味合いはわかる。むしろ切羽詰まっていたのはレンの方だったわけで。


「お前もやっぱり、俺が女になるのは嫌か?」

「別に。それはぜんぜん」

「どっちだよ」

「レンが男の子でも女の子でもどっちでもいいけど、男の子のレンはもうちょっとで終わりでしょ? だから急いだの」


 両方体験できた方がお得、ということらしい。逞しいというかなんというか。とにかくフーリらしいのは間違いない。


「じゃあ今から付き合ってもいいだろ」

「でも、これからどうなるかわからないじゃない。レンが男相手じゃないと駄目ってなるかもしれないし」

「それはないと思うんだが……」

「そう? 完全にサキュバスになったら嫌でもそうなるかも」


 身体の衝動に抗えなくなる未来。女になるのを受け入れたとはいえ、さすがにそれは看過したくない。この家に男を連れ込むわけにもいかないし、女性向けの娼館というのは果たしてあるのか。男に困ってタクマたちを買う、とか想像したくもない。


「エナジードレインは女相手でも大丈夫なんだから大丈夫だって」

「じゃあ、これからは遠慮なく吸ってもらわないとねー」


 女相手でも大丈夫だと証明できない限りは付き合ったりとかできないらしい。女の子との関係を進めるために女の子にならないといけないとは。


「私ばっかり構ってるとアイリスちゃんが寂しがるから、ちゃんと相手してあげてね?」

「ああ。……いや、アイリスとはこういうことしないぞ?」

「そう? 別に大丈夫そうだけど……あ、でも、ご両親に悪いか。いちゃいちゃするなら女の子になってからの方がいいかもね」


 女子になればいいのか。


「レンは自分の彼女が前に女の子と付き合ってました、ってなったら嫌?」

「……別に女子なら嫌ってほどじゃないな」


 なんかそういうことになった。

 もちろん、本人の意見を聞いていないので今のは勝手に言っているだけなのだが、


「さ、早くご飯の支度しないと」

「おう。せっかく起きたし今日は手伝うぞ」

「本当? ありがとー」


 意気揚々と二人で部屋を出て行ったら、


「あ」

「あ」

「……あの、おはようございます、お二人とも」


 微妙に気まずそうな表情のアイリスが朝食の支度を一人で始めていた。

 朝起きてもフーリの姿がないため部屋に行ったところで「あ……っ」と気づいたらしい。さもありなん。

 とりあえず二人は朝食の後で朝風呂に入った。



   ◇    ◇    ◇



「あの、世界の欠片の使い道なんですけど……湖を作るのはどうでしょうか?」


 夕食の席でアイリスがおずおずと切り出してくる。

 マリアベルは娼館に出向いており不在。朝の一件で少々気まずいレンとフーリだが、アイリスが気にしない雰囲気を出してくれているので努めて普通に対応する。


「どうして湖なの?」

「はい。昨日あの店に行った時、店主さんが話していたじゃないですか」


 現状、この世界には魚介類があまり出回っていない。

 肉は陸地で飼える動物から取れるが、魚や貝は水辺がないと用意できないからだ。そのため、洋食店でも海老の天ぷらや魚のカルパッチョ等のメニューは提供されていない。

 水自体はあちこちに作られた井戸や池、川や森の中にある小さな湖などから補給できるし、魔法系のクラスが生み出すこともできるので間に合っているのだが、


「もっと大きな湖を森の奥に作れないかなって」

「なるほどな」


 食文化が豊かになるのは重要だ。水の供給も簡単になるし、動物の成長にも役立つかもしれない。


「けっこう欠片も貯まったもんな。何個だっけ?」

「6個に8個に10個で24個。40~50mくらいだから学校のプールくらいはいけるね」


 しかも正方形だから面積としてはたぶん50mプールより広い。


「魚にはちょっと狭いかもだけど、泳ぐのにはちょうど良さそうだな」

「そっか、泳げるんだ! まだ暑いしちょうどいいかも!」


 この異世界ではレジャーが限られる。泳げるようになれば夏の遊びが増えそうだ。既に八月に入って秋が近づいてきているのが少し勿体ない。


「どうせなら海水浴にしたいところだけど、さすがに難しいよな」

「はい。海は以前にも作ろうとした方がいたみたいなんですが、あまり近くに作ってしまうと弊害も大きいそうで……」

「あー、それはそうだよね。んー、でもどうせなら海の魚も取れるようになればいいのに」


 湖で海の魚が取れでもしない限りは難しそうである。


「ん? なんかあったな、そんなの。海の水が入り込んでくる湖みたいなの」


 翌日、マリアベルに尋ねてみたところ「汽水湖ですね」と教えてくれた。


「川によって海と繋がっている例もあったはずですから不可能ではないと思いますが、海ほどではないにせよ根気と計画性が必要な作業かと」


 そう言われてしまうとレンたちだけで勝手に作るわけにもいかない。

 どうせ森の中に作るとしたらアイリスの両親の許可も必要だし……と、先に賢者の見解も聞いてみることに。

 すると、結果的にこのプランは難航することになる。

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