一歩ずつの前進
「ドレインボルト」
手のひらから放たれたのはどこか青白い光を放つ光線。
四階ボス部屋前。最後の雑魚敵である
当然、そのまま前進してくる彼(?)だったが、鋭く飛来した矢が右手の甲を直撃。こちらには明らかな悲鳴が上がった。
「両手武器持ってる奴は飛び込まれると弱いんだよね」
味方が牽制している間に高速で接近した
駄目押しにもう一回ずつ魔法と矢をお見舞いすれば、痛みやら何やらで混乱してしまいろくに動けない。光の粒となって消えるのに時間はかからなかった。
光が完全に消えるのを確認してから、レンはふっと息を吐き出して。
「MP回復できるのはいいけど、やっぱ威力が低すぎるなこれ」
『ドレインボルト』は新しく取得した魔法スキルである。
マナボルト同様の単体攻撃魔法だが、威力が大幅に下がる代わりにエナジードレイン、つまり単純にダメージを与えるのではなく生命力を吸収する効果を持っている。
ちゃんと当てられればむしろMPが回復するわけだが、これだけで敵を倒そうとしたら十発以上は軽く命中させなければならない。
回復したMP量を確かめつつ手を握ったり開いたりしていると、手袋を外したアイリスが右手をそっと絡めてきた。
「相手が一体の時じゃないと安心して使えませんね」
「ああ。フーリが首や心臓さくさく狙ってくれるから一体ならわりと余裕あるんだよな」
「ちょっとレンー? あんまり褒められてるように聞こえないんだけどー?」
「褒めてるよ。面倒なところかなり引き受けてもらってるし、すごく感謝してる」
「ほんと? ……えへへ、やった」
途端に上機嫌になったフーリはドロップ品の回収作業をてきぱきと終わらせていく。
なんだかおだでたような形だが、感謝にも褒め言葉にも嘘はない。
こつこつと靴音と共に寄って来たフーリが「ほら」と左手を差し出してきて、
「私には右手ちょうだい」
「いつも悪いな、本当」
可愛い女子二人と手を繋いで休憩。
実を言うとこれが戦闘後、少なくとも二回に一回くらいは行われている。もちろん目的はエナジードレインによるMP回復である。
回復したMPで「ヒール」をかければフーリたちの疲労もある程度吹き飛ばせる。こまめに行うことでレンたちは高い継戦能力を維持している。
ただ、ドレインボルトのお陰で回復時間は多少短縮した気がする。
「経験値はどう?」
「あー……っと、『ステータス』」
ステータスやストレージの操作など(魔法の発動も含む)には必ずしも発声がいるわけではない。念じるだけでも発動するものの、声に出した方がわかりやすいぶん精度が上がるため基本的には発声をしている。
ただ、両手が塞がっている今のような状態だと、ウィンドウを出した後の操作はタップ操作をせず念じて行うしかない。
三人は肩を寄せ合うようにして経験値の欄を覗き込んで、
「やっぱり多いね」
「だな。ダメージ的には貢献してないのに経験値は増えるのか」
「普通の経験値が私とアイリスちゃんに偏るから私の経験値も増えてるんだよね。地味にお得」
レンたち転移者は種族やクラスに合った行動を取ることで多くの経験値を得られる。レンの場合はそこにエナジードレインが含まれる。
ドレインボルトによって生命力を吸い取ることでサキュバス的に成長するし、こうして手を繋いでのドレインでも一定時間ごとに経験値が増える。
「レンさん、生命力ってどんな感じなんですか?」
「んー……頑張って登った山の頂上で食べるソフトクリームみたいな感じかな」
「山……。私、登ったことないです」
「そっか、こっちって森はあるけど山はないんだよね」
住むのに向かない地形を作っている暇がなかったんだろう。
「っていうかレン。じゃあ生命力って美味しいの?」
「舌で感じるわけじゃないけど満足感はあるな。マッサージ受けた時みたいに疲れが取れる感じもある」
「へー。ちょっと羨ましい」
ダンジョン内で雑談。呑気な話だが、もちろん完全に警戒を解いてはいない。この階の情報は十分にあるので徘徊型のモンスターがいないのも把握済みだ。
「さて。回復したところでさくさくボスを倒しちゃおっか」
「おう」
「はい!」
四階のボスも特に大きな失敗もなく撃破し、レンたちは新たに世界の欠片を八個手に入れた。
◇ ◇ ◇
「次は五階ですね。皆さんなら大丈夫だと思いますが、念のためご注意を」
ボス部屋攻略の祝勝会は前にも訪れた洋食店で行う事になった。
めいめいの注文した料理+酒がテーブルに並べられた様だけを見るとまるで日本のレストランのよう。当然、値段もそこそこ張るものの、石碑の写しやレンのレベルアップ報告を含めてそこそこ収入があるためなんとかなる。
むしろ、ボスを倒すたびにここで打ち上げをやろうか、なんていう話まで出るくらいだった。
本当に週一ページで進むつもりなら若干来すぎな気もするが。
そんな風に食事を進めながらマリアベルが口にしたのが先の台詞だ。
「下一桁が五階、およびゼロの階は難易度が上がります」
言わば五階ごとが小ピリオド、十階ごとが中ピリオドといったところ。それぞれさらに階を進めるための関門であり、その次の階からの難易度も目に見えて高くなる。
レンも五階が今までよりハードだったのはよく覚えている。
五階のボスはゴブリンアーチャー。遂に敵が飛び道具を使ってくるのだ。今までのようにノーダメージでの撃破は難しい。
「多少の傷はヒールで治すつもりでいかないとな」
「うん。私も動いて攪乱するよ」
「先にアーチャーを潰せばいいんですよね。頑張ってみます」
幸い、今のパーティは連携に不安がない。
協力しあっていけば十分攻略できるだろう。それぞれの行動方針を語って笑顔を浮かべれば、マリアベルも「心配なさそうですね」と微笑んだ。
「よろしければ私も同行しようかと思ったのですが」
「え、いいんですか?」
「ええ。石碑や欠片の件は把握していますので、あくまでピンチになった時の手助け、ということになりますが」
娼婦たちも経験を経ていろいろ気が回るようになり、経理ができる子もいるので、娼館の方はそれほど困っていないらしい。
タクマたち三人が雑用をこなしてくれるようになって余計に手が空くようになった。
「週二回の探索ペースであれば十分に参加可能かと」
「もちろん大歓迎! ね、レン?」
「ああ。いてくれるだけでも安心感が違うもんな」
余裕をもった戦いを心がけているとはいえ、うっかりで全滅……という危険はどうしてもある。マリアベルの存在はそういう時のためのセーフティになる。
「私もマリアさんと一緒に冒険したいです!」
「ありがとうございます。では、参加させてください。戦闘には極力参加いたしませんが、荷物運びやMP補給にお役立てください」
「……MP」
「ずっと手を繋いでいても構いませんよ」
「恥ずかしすぎますよ」
戦闘中はともかく、フーリたちに負担をかけずエナジードレインできるのはありがたい。
ストレージ持ちが三人になれば矢を大量に持って行けるのでアイリスの戦闘力も上がる。
ここでマリアベルは話を変えて、
「実を言いますと、お手伝いする代わりに別の目的もあるのです」
「目的?」
「一部のアイテムを
浅い階層の戦利品は安い品が多い。それは間違いないのだが、逆に深いところでは手に入りづらい品もある。
初心者の持ち帰るアイテムにもそれなりの需要があるのだ。例えばゴブリンの使っている金属武器を溶かせば再利用できる。
ドロップや宝箱からたまに手に入るハーブは化粧品や香の材料になりうる。素材を持ち込んで職人に依頼すれば既製品を買うより安く手に入るし、品切れだから手に入らないという心配もない。
「もちろん売値は同等か多少色を付けるようにします。……いかがでしょうか?」
「全然問題ないです。でも、もしかして節約のためですか? タクマたちへの給料が大変だとか……」
「いいえ。ここ数年、化粧品や薬品の需要が高まっていまして、品薄の状態が解消できていないのです」
若い世代の買い求める量が多くなったせいだ。
男子からの需要も増えており、自然に集まる分だけでは足りなくなっている。
高レベルプレイヤーが敢えて仕入れに向かうこともあるものの、移動や戦闘にはどうしても時間がかかる。ゲームのようにお手軽に大量入手とはいかない。
「ですので少しでも入手手段を広げられればと」
「大変なんだ……。うん、そういうことなら協力させて! マリアさんが手伝ってくれれば一日に戦える回数も増えるし!」
こうしてマリアベルがダンジョン探索のメンバーに加わった。
「マリアさんには一番後ろをお願いしていいですか?」
「はい。後方を警戒しつつ、レンさんとなるべく手を繋ぐようにしますね」
「む。……私、今からでも後衛目指そうかな」
「フーリが後衛になったら前衛がいなくなるだろ。アイリスに接近戦させる気か?」
「え、あの。私はナイフも使えますし、矢の節約にもなりますけど……矢に比べるとあまり自信があります」
「わ、わかってるってば。レンにくっつくのは帰ってからにする」
戦闘中以外、常に人肌に触れるようにしたところMP効率はかなり良くなった。要所でドレインボルトを活用すればさらに楽だ。
ただ、手を繋いでいると少し歩きづらい。もう一方の手をアイリスが取ろうとするので猶更である。
ローブを着なくなったことだし尻尾を掴んでもらおうかとも思ったが、優しく掴まれただけでもかなり気になるので仕方なく断念した。
「ねえマリアさん。レベル上がるとどのくらい強くなるのか試しに見せてもらったりできない?」
「構いませんよ。では、次の戦闘でゴブリンを一体お任せください」
そうしてターゲットになった相手──前の階のボスでもあるスピアゴブリンは脚線美を誇るマリアベルの足を叩き込まれ、骨のへし折れる嫌な音と共に一撃で消滅した。
相手が人間でも結果は大して変わらないだろう。そう思うと頼もしさを感じると共に少々ぞっとした。
「この階層の敵ならさすがに造作もありませんね。皆さんも経験を積めばこの程度は軽くできるようになるかと」
「あらためてとんでもないな、『祝福』って」
幸い、それ以降マリアベルの出番はなかったものの、MP補給の効率化とストレージ容量の増加によって探索はより効率的になった。
一度の探索で五階のボス前までたどり着くことができ、次回のボス攻略を楽にすることができたのだ。もちろん、復活する分の雑魚や罠はもう一度対処しないといけないのだが、その分、戦利品も余計に手に入る。お陰で収入もアップである。
次の探索もさくさく進み、ゴブリンアーチャーを含むゴブリンパーティに快勝した。
集団戦かつ、MP残量を気にしなくていい戦いではレンのマジックアローが役立つ。やはり手数の差は重要だ。
「欠片は十個、っと。またレベルも上がったし調子いいかも」
「俺も今回の探索で上がったな。次もやっぱりMP効率関係かな」
ドレインボルトの取得によって新たなスキルが取得可能になった。
『ドレインマジック』。
マナボルトやマジックアローなどの通常攻撃魔法に「微妙のドレイン効果」を付与する常時発動スキルだ。レンは嬉々としてこれを取得。
次の探索で試し撃ちをしてみたところ、回復するMPは本当に微量で「ないよりはマシ」程度ではあったものの、ゆくゆくはこれが効いてくる……かもしれない。
「私はどうしようかなー。もうちょっと急所狙いを極めたい気もするけど、そろそろ罠関係も上げないとだよね」
「罠もだんだん凶悪になってくるからな」
「そうそう。いっそのこと罠を探す魔法とかあればいいのに」
「今のところそういうのは見当たらないな」
「私にも無理です。鉄には精霊が宿りませんし、死んだ木にも生命力がありませんから……」
賢者のような本職の魔法使いならもしかしたら使えるのかもしれない。
「あったらあったで今度は『罠を解除する魔法』が欲しくなりそうだぞ」
「それはあるかも」
五階の打ち上げにはまた洋食店を使った。何を食べても美味しいのでいくら通っても飽きそうにない。
日本にいた頃にはありふれていた、こちらでは上等な料理に大満足して家に帰り──寝る前、レンはフーリに夜這いをかけられた。
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