新しくなった家で

「やー、キッチンが広くなって料理がまた楽しくなったよー」

「はい! これならすごいご馳走だって作れちゃいそうです!」


 新居での夕食はいちだんと美味しく感じられた。

 気のせいではなく、フーリとアイリスが言ったような効果もあるのだろう。毎日の食事がより楽しみになってしまった。

 食糧庫も前より拡充。

 氷室にする部屋と普通の保管庫の二部屋を地下に用意したので食材の買い置きもしやすくなった。


「これからも美味しいご飯を期待してる」

「うん、任せて! いっぱい稼いで美味しいもの食べようねー」


 レンが(少し虫のいい内容で)声をかけるとフーリは明るい笑顔で返してくれた。

 調理助手であるアイリスも使いやすくなったキッチンに上機嫌、シオンも「美味しいです」と朗らかな声で感想を口にする。

 新しい家での初めての夕食を共にするメンバーはあと二人いて、


「結局、ご馳走になってしまってすみません」

「そんな、いいんですよー。二人とも仲間みたいなものじゃないですか」


 引っ越し作業の終わっていないマリアベルとアイシャも一緒に食卓へついていた。

 広くなったリビングには軽く十人は座れそうな大きいテーブルが置かれており、この程度の人数で手狭に感じることはない。

 不便の多い異世界において「土地の広さ」は数少ない優れた点だ。

 また、テレビやエアコン、音響機器がないのでスペースを広く使える。


「マリアさんたちはいつ頃引っ越しできそうですか?」

「二、三日中といったところですね。あまり荷物も多くありませんので」

「じゃあ、それまではうちでご飯食べてくださいね。私たちがほとんど荷物持って行っちゃったので不便だと思いますし」

「ありがとう、フーリさん。お礼になにか贈らせてね。お酒がいいかしら?」

「ありがとうございます。お酒ならいくらあっても全然OKですよー」


 家が別々になるので、マリアベルからの家賃支払いもなくなる。むしろ、これからはレンたちが娼館へ借金を返していかないといけない。

 幸い期限は決まっていないし金利もないので、返済は他の住民から徴収する家賃と冒険での収入次第だ。

 逃げ場がない世界というのは借金の踏み倒しようがないという意味で信用を得やすく、こういう時はちょっとしたメリット。


「そういえば、アイシャさんはどうやって収入を得ているのですか?」


 食事が進み、和やかなムードになってきたところでメイが質問。

 暇だからってなんという質問をするのか。地雷だったらどうするのかと思ったレンだったが、アイシャは特に困った様子もなく答えて、


「賢者様から多少援助してもらっているのと、後は家庭教師のようなことを少しね」

「援助って、いかがわしい話じゃないですよね?」

「もちろん。生徒たちの様子を見る代わりに手間賃のようなものをいただいているの」


 歴代の担任にも支払われてきたお金らしい。各家を周って相談に乗ったりしているとどうしても時間を取られてしまう。お金を稼ぐのもままならなくなるのでその分の補填、という形だ。

 家庭教師のほうは主に転移者の両親から依頼されてネイティブ世代の子供に勉強を教えるというもの。

 親が教えている家庭もあるものの、転移者たちは実質的に高校中退。ちゃんとした先生に頼めるならそうしたいと思うのは自然な流れだ。

 希望者はけっこういて人手が足りていないのでアイシャのところにも依頼が来たらしい


「あとはいくつかの本の記憶を売ってお金をもらったりとか。これは主に教科書だったわ」

「ああ、私立のいい学校ですもんね。教科書もいいの使ってそう。特に英語とか」


 教科書などの「アップデートされる書籍」は需要が大きい。人気マンガの続刊なども同様だが、こちらはアイシャに縁のない話だったらしい。


「でも、先生に教わりたい子がそんなにいるなら学校作ればいいのに」

「作ろうという話も昔あったけど、問題や反対意見が出て結局取りやめになったみたい」


 問題としてはまず子供の人数。特定の歳の子が多かったり、全体的に後の年代に産まれた子ほど数が多かったりする。学校を建てるにしても規模をどうするか判断が難しい。

 それから教師の確保。年に一度、一人ずつ増えるとは言っても担当科目はバラバラ。しかも、欲しいのは高校教師よりも小中学校レベルの勉強を教えられる人材である。

 学費設定も難しい。教師が食べていける程度には徴収しないといけないが、すると家庭によってはかなりの金銭的負担になる。

 その他、ダンジョンに潜ることを想定した「戦闘訓練」を授業内容に含めるかどうか、建てるとしたらどこへ建てるか、帰れるかどうかもわからないのに日本に準じた教育をする意味があるのか……などなど。


 また、勉強を教えるよりも戦う力を与えたり手に職をつけさせる方が有益だから自分のたちの子は学校には通わせない、と宣言する人などもいたのだそうだ。


「私は小学校の教員免許も持ってるから、そういう場所があるなら是非協力したいんだけどね」


 アイシャは「クラス:教師」になるくらいの人だ。

 人にものを教えるのは好きなのだろうし、レンから見ても向いている。

 と、メイがじーっとレンに視線を送ってきて、


「メイ?」

「いえ。この流れはご主人様が『じゃあ学校を作ろう』と言い出すところなのかと」

「いや、これはさすがにわたしたちだけじゃどうにもならないって」


 家の件がようやく形になってきたばかり。このうえ学校までなんて明らかに負担が大きすぎるし、そもそもなにをどうしていいのかもわからない。


「アイシャさんやうちの先生が『学校を作ろう!』って言うなら協力するけど、いまは借金があるくらいの状況だしなあ」


 すると、アイシャは「ありがとう」と言って苦笑した。


「私も無理に学校を作ろうとは思わないわ。家庭教師をするのも楽しいしね」

「アイシャには、落ち着いたら学校まで行かずとも、寺子屋のような場所を作ってはどうかと話していたんですよ」


 マリアベルがそう教えてくれた。

 個人経営の学校、あるいは塾のようなところだろうか。それなら個人の裁量でもできそうだしいいかもしれない。もし、その話が本格化したらなにか手伝えるように心構えだけはしておこうと思った。


「それはそうと、レンさん。近いうちに二十階階攻略でしょう? 日取りが決まったら教えてくださいね」

「ありがとうございます。でも、そんなにすぐにはなりませんよ。まだ十六階をクリアしたところですから」


 と、その時は答えたものの、わずか三週間後、レンたちは十九階をクリアして二十階攻略にリーチをかけることになった。



   ◇    ◇    ◇



「……なんか、あっという間に戻ってきたなぁ」


 三週間の間に女性専用住宅街はひとまずの完成を見せ、居住希望者もぞくぞくと移ってきた。

 女しかいない空間というのは思った以上に快適で、レンとしては気兼ねなく散歩をしたりその辺をふよふよ移動したりできるのがとても嬉しい。

 多少ラフな格好をしていようとエロい目で見てくる男がいないし、女性から恋愛関係で敵視されることもない。

 とても快適なので、ボス攻略時恒例のお祝いは洋食店から料理をテイクアウトさせてもらって家で行うことが多くなった。知っている相手に短い伝言を送る「メッセージ」という魔法スキルを取ったので、これを用い、ダンジョンを出たところで連絡して帰りがけにできたてを受け取るという寸法だ。

 十九階攻略のお祝いはマリアベルとアイシャも一緒。

 みんなで乾杯して美味しい料理に至福の息を吐いた後、レンはしみじみとここまでの感想を呟いた。


「なんか、もうちょっとゆっくりでもよかったんじゃ?」

「レンってば、ノリノリで敵倒しまくってたくせになに言ってるの」

「いや、ほら、つい」


 あっという間とは言ってももう十月も終わりに近い。

 秋が過ぎて今度は「冬の準備をしないとなあ」という頃合いであり、それなりに時間も流れてはいるのだが。ほぼ一年かけて踏破した道のりに約四か月で追いつこうとしているのだから明らかにハイペースである。


「次はいよいよ二十階ですね」

「再び大群が敵ですか。腕が鳴ります」


 既に覚悟を決めているのか、アイリスとメイからは頼もしい言葉。

 なお、ゴーレム娘のボディは十分な硬度と耐久性があるため「実際に腕を鳴らしました」なんていうボケは発生しなかった。

 それはともかく。

 レンも二人に頷いて、


「うん。わたしたちだってあの時からかなりレベルアップしてる。前みたいに苦戦せずに勝ちたい」


 これにフーリとシオンも応じてくれる。


「戦いに関しては私はもうおまけって感じだけど、レンとシオンちゃんがいればかなり楽に戦えそうだよね」

「わたくしも、悪名高い二十階を攻略するために経験を積んできたつもりです」


 十九階のボスは予定通りというか予想通りというか、雨のように降らせた魔法攻撃で身も蓋もなく殲滅した。

 ここまでの攻略で経験値も溜まり、スキルポイントもいくらか余っている。これを使ってさらに強化し再度の二十階攻略に臨むつもりだ。

 いったんパーティから離れていたマリアベルもここからは再び参加してくれる。

 六人、フルパーティでの初めての戦いだ。


「みなさん。そのことで相談なのですが、今回は私たちだけで攻略しませんか?」


 そのマリアベルが重要な話を切り出してくる。


「二十一階からの戦いも階を重ねるごとに厳しいものとなります。以降の戦いを乗り越えていける、と自分たちに照明するためにも一パーティのみで乗り越えるべきかと」


 前回の攻略時、過剰とも思えるほどに警告してきたのも他ならぬマリアベルなのだが。


「ね、マリアさん。それって私たちを信用してくれてるってこと?」

「その通りです」


 恥ずかしげも冗談めかした様子もなく、マリアベルは頷いて、


「今のみなさんなら勝てます。……そうでなければこんな提案はしません。私はこんなところで死ぬつもりはありませんからね」


 視線を送られたアイシャが微笑む。


「私は戦いには参加ないけれど、みんなの勝利を祈っているわ」

「アイシャさんも、ありがとうございます」


 つい先日、マリアベルは娼館の責任者を任命し、運営から手を離した。

 ここまで稼いできたお金がほぼまるまる残っているので十年くらいはなにもせずアイシャと二人で暮らせるくらいだが「稼がせてくださいね?」と攻略に乗り気だ。

 アイシャに会えた今、帰る理由もほぼなくなった彼女がそうして積極的に参加してくれるのはとてもありがたい。

 高レベルの蹴術師であるマリアベルがいてくれれば百人力である。


「私たちだけで挑戦するなら、やっぱり主力はレンとシオンちゃんだね」

「はい。お二人が敵を減らしてくださらなければさすがに多勢に無勢です」

「前衛が実質、メイさんとマリアさんだけですもんね……」


 倒しきれなかった分は二人に処理してもらうにしても基本はレンとシオンで近づかれる前に倒すのが目標になる。


「では、それを前提にスキルを取得するべきですね」

「うん。……と言っても、シオンの場合は攻撃力と手数を増やすだけでも十分かもだけど」


 MPが切れたらレンがばんばん魔法を使って余剰魔力を回収してもらえばまた戦えるようになる。


「でもそうすると、前とはちょっと違う戦い方をしてもいいかな」

「? と言いますと……?」

「ええと、たとえば……」


 軽くプランを説明すると、仲間からは「危険じゃないか」という声も上がったものの、同時にその有用性にも同意してもらえた。

 話し合ったうえでレンたちはそのプランを採用することに決定。


「でしたら、いいスキルがあるのでそちらを取得しようかと」

「それって……なるほど。それはいいかもしれない」


 打ち上げが終わった後、寝るまでの時間も使って相談は続き、だいたいの方向性が決まったところでマリアベルがもう一つの提案をしてきた。


「レンさん。念のためにもうひとつ。そろそろ本格的に武器の調達をしてもいい頃ではないでしょうか」

「そうですね。二十階をクリアすればまたけっこうなお金が入りますし、ここでいいのを買っておきましょうか」


 翌日、レンたちは武器屋へ赴いてそれぞれに新しい装備を物色した。

 今まではあまり武器にこだわってこなかった。フーリはナイフを使っていたし、メイもメイスを購入してはいたものの、これらもごくごく普通の品。痛んでくるたびに予備を買ったり修理したり買い替えたりして使ってきた感じだ。

 得物に関係なく戦えるメンバーが多いからこその方針だったが、これからの戦いに備えてここでひとつ良いものを買っておきたい。


 結果、いくつかの装備が新調され──二十階、再戦の日を迎えた。

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