家の完成
馬鹿みたいな数の魔法が降り注いで。
なんだよこれおかしいだろ、みたいな絶叫を上げながら十五階のボスモンスターが消滅していく。
もはやお馴染みとなったボス戦攻略方法──飽和攻撃による即時殲滅は(主にシオンの)レベルアップによって日々進化していく。
シオン、レン、アイリスと立て続けに魔法を放つことでシオンは大気中に飛散した余剰魔力を吸収、追加の狐火を放つことができる。
そうして時間を稼げばレンの二発目も余裕で間に合うというわけで、
「これなら十六階からも楽勝かな」
戦いが楽に済むのはいいことである。
レンは安堵の息と共に言葉を吐き出した。少なくとも十九階まではこの調子でいけるだろう。前のように後退しながら少しずつ削らなくてもすむ。
だんだん大きくなってきて、レンの肩にちょこん、と乗るのは辛くなってきたシオンが襟巻のように首に巻きつくようにしながら「ええと」と声を上げて、
「十六階からはゴブリンとオークの混成部隊なのですよね?」
「そうそう。相変わらずオークは出てくるからお肉が嬉しいよねー」
オークがたまにドロップする肉をジャーキーにするのもすっかりお馴染みになった。生のままストレージに入れておくとかさばるし、かといって氷室に入れておくだけだと使い切る前に悪くなってしまうこともある。水分を飛ばしてやれば嵩も減るのでちょうどいい。
この前、みんなで酒を飲んでからシオンもたまに飲酒するようになったのでおつまみはたくさんあって困ることはなかった。
「しかし、さすがに攻略ペースが落ちてきましたね」
「広くなりましたし、一度に攻略するのは難しいですもんね」
十三階からは「いくら楽でもさすがに無理だ」と、二回の探索で一階攻略のペースに切り替えた。おかげで暦はあっという間に八月を超えて九月に、季節的には夏から秋へと移り変わってきている。
まあ、といっても三か月程度で十五階到達はぶっちゃけ非常識なほど速い。
仲の良いパーティーのリーダーが「俺達がしょぼく見えるからもう少し加減してくれ」と冗談めかして言っていたほどだ。
「レンさん。ショウくんたちは今、七階を攻略しているんですよね?」
「うん。新しく入った二人は初心者だから教えながら進んでるってさ」
四人に増えたネイティブ世代の探索は週二回。
リーダーたちは四人いる転移者でローテーションしてショウたちの探索をサポートしている。それとは別に週一回、正規パーティで二十一階以降を攻略中。これなら実質、ダンジョンへ潜る回数は全員週二回で収まる。
新しく入った女の子たちはショウやケンのように戦う力を磨いていたわけではない。親から多少教えられていた程度だったので、一つずつ経験を積みながら先に進んでいるところだ。
それでも致命的な喧嘩をする様子がないあたり、ショウたちも上手く折り合いをつけてくれているのだろう。
「ショウたちには負けていられないし、わたしたちもこのまま進んで行こう」
「お気に入りの後輩たちをさらに突き放すおつもりですか、ご主人様」
「アイリスさまやメイさまのように、この世界で生まれた方にはスキルがない……自分の力だけで進もうとすればどうしても危険が付きまとう。『祝福』とはかくも効果の大きいものなのですね」
シオンがしみじみと「わたくしはとても恵まれています」と口にする。
「そう。だからこそ、わたしたちの役目はアイリスたちみたいな子を下まで連れて行くことかもしれない」
◇ ◇ ◇
森から少し離れた位置からまっすぐに伸びる道の先。
周囲を『闇』に囲まれながらもしっかりと太陽の光を浴びる新しい土地に、これまた新しい『家』が姿を現していた。
「すごい……!」
「これは食いでがありそうですね」
「いえ、メイさま。食べないでくださいませ」
「でも、本当にすごいです!」
基調色は白。
現代的な建築法を取り入れられる範囲で取り入れ、せっかくだからと予算をたっぷりに設定して建てられた家は現代日本の基準なら立派に「豪邸」と言っていい代物だった。
リビングやキッチン、倉庫等を含めない純粋な部屋数はなんと八。
これまで住んでいた家の倍以上の広さを誇り、しかもなんと二階建て。ベランダと庭まで完備した文句のつけようが思いつかない出来栄え。
「自信作だ」
と、大工のおじさんが胸を張るのも頷ける素晴らしさ。レンたちは頑張ってくれたおじさん以下、協力者の面々に「ありがとうございます」とお礼を言った。
「いいって。こっちこそ大量の仕事をくれて助かってるんだ」
おじさんはそう言って笑うと周りを見渡して「まだまだ仕事は残ってるしな」と笑った。
レンたちの家からある程度の距離を離しつつ建つ複数の家。
ほぼ出来上がっているものもあるし、基礎しかできあがっていないものやまだ「建設予定地」段階の家もある。さすがに全部並行して完成とはいかないからだ。
これでも、できるだけ家の完成を遅らせてもらった方である。レンたちの家だけ先に出来上がって他の家は完全にこれから、なんてことになってしまうと「ずるい」という声が上がりかねないからだ。
とはいえ、男が立ち入らないから、という理由でここに越してくる女子の家を先に完成させても意味がない。さすがに大工や荷物運びの人員をすべて女性にするのは無理だし「作業のためだとは言っても敷地に入るな」とか言うのは無茶だからだ。
というわけで、特にそういうのを気にしないレンたちの家を少しだけ先んじて完成させてもらった。マリアベルとアイシャが住む予定の家もすでにほぼ出来上がっている。
「既に出来上がってる家具は中に運び込んである。住もうと思えば一応、今からでも住めるようになってるぞ。引っ越し作業はどうするんだ?」
「とりあえず、自分たちでできる限りはやろうと思います。何日かかかっても問題ないですし」
レンたちが住んでいた家は転移者、それもダンジョン攻略をする者向けの物件。
空くのであれば来年以降の転移者用に回されることになる。住み始めた時も家具はほぼ用意されていたので、状態のいい家具はそのまま置いていくつもりだ。乱暴な使い方はしていないのでたいていの品はまだまだ綺麗だし長もちするはず。
(なお、さすがにベッドは使いまわせないので代わりの品をレンたち持ちで発注してある)
というわけで、大型の荷物はあまりない。衣類や食料品、食器や調理器具などの家具に収める品々ならストレージに入れて運べばなんとかなる。
しばらくは工事の音などで騒がしくなるだろうから暇を見つけて運ぶくらいでちょうどいい。
「泥棒が入る心配はないでしょうか……?」
「うーん、たぶん大丈夫だと思うよ。さすがにリスクが高すぎるし」
昼間は大工たちが作業をしているので変なことをすれば人目につく。
また、街からここまでの道は街から森への道と途中まで共通している。夜間に森のほうへ行こうとする者が目撃されれば明らかに怪しい。
加えて、盗品をどうするのかという問題もある。別の街まで行って売る、といった手段が使えないうえに作った人間や売った人間からも簡単に証言が得られるのだから盗品かどうかなんてすぐにバレてしまうのだ。
街でも窃盗騒ぎなんてほぼ聞かないので街の人間もそれが十分にわかっているはず。
「じゃあ、少しずつこっちに荷物を運んで、適当なところで引っ越そうか」
「賛成!」
それから、レンたちが住居を新しい家に移したのは一週間後のことだった。
その頃には他の家もいくつか完成。マリアベルとアイシャのほか、下見に来たグループもいて賑やかな雰囲気に。
「よし、せっかくだから地鎮祭やっとくか」
「あれ? なんでしたっけそれ」
「あれでしょ。なんか新しい家を建てる時にやるやつ」
「そうだ。本当は建て始める前にやるんだけどな」
この世界ではその辺はアバウトで、完成式を兼ねるような形で行われることが多いらしい。
まあ、ここに土地神的なものがいたとして、日本と同じ形式の地鎮祭で満足してくれるのか、という話もあるし、あくまで形だけだ。
そんな感じなので行い方もアバウトで、
「そうだ。シオンちゃんちょっと協力してくれよ。なんか縁起良さそうだし」
「わ、わたくしですか!?」
「良いのではないですか。本物のお稲荷様がいれば多少のご利益はあるでしょう」
と、シオンが五本に増えた尾を露わにした状態でみんなの前に出され、なんだかあがめられるような形になった。
「……で、なんでレンは隅っこに移動してるわけ?」
「いや、わたしは逆に悪影響ありそうだし」
隅っこも隅っこ、地鎮祭を遠巻きにする位置にぽつんといるとフーリが寄ってきた。
「あー。まあ見た目悪魔だもんね」
「そうそう。また文句付けられても面倒だし」
とか言っていたらアイリスとメイまで近づいてきて、
「みんなこっちに来たら意味ないんじゃ?」
「でも、私たちはパーティですし」
「形だけの式ならば人の輪の中にいる必要もないでしょう」
儀式が終わった後、解放されたシオンから「わたくしだけ除け者にしないでください!」と抗議された。
「ところでシオン。これで経験値入ったりとかは?」
「さすがにないと思いますが……いえ、入っていますね。どういうわけか」
「神事に参加するのも効果があるのですね」
妖狐は妖怪としても神としても扱われる。そのあたりが関係しているのだろう。
「いっそシオンさんを祀る神社でも建ててみてはいかがでしょう」
「わたくしを祀るなどと、それでは罰が当たるのでは?」
「でも、シオンちゃんってこの世界の妖狐の始祖みたいなものでしょ? 神様で間違ってないんじゃない?」
「何の話だ?」
「あ、おっさん」
「おっさんと呼ぶな。レンよ、口調が戻っているぞ」
ちょうど賢者がやってきたので話をしてみると、彼は「よいのではないか?」とあっさり頷いた。
「この世界が一度滅んだのであれば、神も死んでいるだろう。それに異世界の流儀を取り入れたり、新たな神が生まれるのが嫌なのならこんな適当な『祝福』を与えたりはすまい」
「確かに、それはその通りですね」
「シオンに抵抗があるのであれば、建前上は稲荷を祀る神社としておけばよい。シオンとは関係があると言えばあるし、関係がないと言えばない。それなら良かろう?」
「はい。直接祀られるよりは幾分か気が楽ですね」
大工のおじさんにも話をしたところ「面白そうだな!」と乗ってくれた。サービスで大幅割引してくれるというので新住宅街の奥に建設してもらうことに。
「うむ。せっかくだから立派なものを建ててもらえ。そうすれば初詣の際、神殿ではなくこちらが使われるようになるかもしれん」
「神社に参拝する人が増えたらシオンちゃんのレベルが上がったりするかな?」
「可能性はある。そうでなくとも供え物がもらえることはあるだろう。勿体ないのでそれはシオンが食べれば良い」
これには再び「良いのでしょうか……」と言うシオンだったが、レンが「酒も備えられるかも」と囁くとぴたりと止まった。
「お酒、ですか。いえ、お酒に釣られるつもりはないのですが」
「なんだ、シオンもいける口なのか。レンのところは酒豪が揃っているな」
「別に弱いわけじゃないアイリスが一番弱いくらいですね」
順番としてはアイリス、フーリ、シオン、レンといったところだ。マリアベルはアイリスの次くらい。アイシャを入れると彼女が一番弱いことになる。
なお、メイは別格。本当の意味でのザルというかプールというか、酔うという概念がないので容量いっぱいまで摂取できる。
ともあれ。
儀式も話も終わったので、レンたちは家の中に入ることにした。
「これでゆっくりできるねー」
「うん。遅くなったけど、メイもシオンもこれからは好きなだけ自分の部屋で寛げるから」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた後「夜這いをかけてくださっても構いませんよ」と真顔で言うメイの額にデコピンをしてから、
「あの! せっかくお部屋をいただいたのに失礼かもしれませんが……これからも、みなさまと一緒に寝てはいけないでしょうか」
懇願するような様子のシオンにちょんちょんと足を叩かれた。
シオンの部屋はレンたちと同じ大きさ。キャットドア的なものがついているので出入りは簡単だが、彼女のサイズだと広すぎると感じるかもしれない。
レンたちとしてもシオンとの触れ合いは癒しになっているので「もちろん」と一も二もなく頷いた。
「じゃあ、私かアイリスちゃんかシオンちゃんと一緒に寝ようね」
「レンさんは一緒にお昼寝してあげてください」
「うん。そうしようか」
レンだけ夜じゃないのは誰かしら他に、一緒に寝る人がいるから……。つまりそういう話である。
さすがにもういろいろバレているのでシオンもそこにはツッコミを入れてこなかった。
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