二十階ふたたび

「……さて、と」


 ダンジョンへの階段の終着点。

 二十階への入り口を前にレンは立ち止り、仲間たちを振り返った。


 首には新たに購入した魔法のチョーカー。あしらわれている宝石はブラックオニキス。効果は防御力の向上だ。

 この世界における防御の付与魔法は装備にバリア的な機能を付与するものらしい。鑑定スキルなどで確認すると「A+B」のようにステータスが表示され、B部分の防御力は身体のどこに当たっても効果を発揮する。

 チョーカーにかかっているのは弱めの付与なので大きな効果はないものの、そのちょっとが生死を分けることもある。

 また、右手の人差し指には銀製の指輪が嵌まっている。

 こちらもマジックアイテムで、効果は魔法威力の向上だ。どちらも決戦に備えて購入した新しい装備である。


 杖や短剣を持つことも考えたものの、エナジードレインで誰かに触れたりシオンを抱きかかえたりする都合上、両手は空いている方がいい。なので手を塞がずに能力アップできる品を選んだ。

 身に着けてみると地味にテンションアップの効果もある。

 女が宝石だのなんだのに目を輝かせるのが男時代は不思議で仕方なかったが、女になってファッションに興味を持ち始めてみると分かる気がしてきた。


「じゃあ、打ち合わせ通りにいこう」


 レンの声に、五人の仲間たちが頷いた。


 盗賊シーフのフーリは防御魔法のかかった腕輪と自動修復機能のあるナイフを購入。これでナイフの買い替えがいらなくなるかも、と戦力向上とはズレた点を喜んでいた。

 弓使いアーチャー精霊魔法使いエレメンタラーであるアイリスはエメラルドの嵌まった指輪を購入した。風の魔法が付与されており、矢の速度を向上させたり攻撃魔法の精度を上げる効果がある。

 ゴーレムのメイは魔法のメイス。耐久性能の強化と自動修復機能のついたなかなかの高級品だ。本人は「私のボディに比べれば大した性能ではありませんが」と言いつつ嬉しそうにそれを磨いていた。

 マリアベルは新しく購入した品はない。そもそも、前から使っている品が十分な性能のあるマジックアイテムらしく今回もそれを装備している。

 妖狐のシオンは装備できるアイテムが限られること、レベルが上がって身体が大きくなると装備できなくなる可能性があることから新装備はなし。


 ただし、この戦いで鍵となるのは間違いなくシオンだ。


「レンさま。どうぞよろしくお願いいたします」


 ぴょん、と跳ねて腕の中に収まってきた彼女にレンは「うん」と微笑みを返して、


「せっかくだから、二人で奴らを壊滅させるくらいの勢いで行こうか」


 出口から一歩足を踏み出すと、以前見たのと同じ広い戦場があった。

 当然、前回の戦いの痕は残っていない。綺麗なままの荒野の上空へ、シオンを抱いたままふわりと浮かび上がる。

 翼を大きく広げて。

 これまでの浮遊能力ではありえない速度でレンの身体が上昇していく。新たに取得した「飛行」スキル。これがあれば空を高速移動することが可能になる。


「気をつけてね、レン!」

「もちろん!」


 フーリの声に大きな声で返しつつ、レンはシオンと共に戦場の先へと向かった。

 今回は出口の上に陣取らない。

 弓を使うアイリスは自前の魔法で高台まで上がっているものの、主戦力であるレンとシオンはこちらから敵方へと近づいて積極的に殲滅を狙う。


「いたいた」

「お話を聞いていた通り、多いですね……」

「まだこのくらい、全然だよ」


 適当にマジックアローを降らせてやると向こうも気づいた。叫び声と共にゴブリン、オークの群れが顔を上に向け、射撃能力を持つ者が反撃してくる。しかし、十分な距離があるうえに下から上への攻撃だ。慌てる必要もなくひょいっとかわす。

 というか、足を止めた分だけ不利になっているのだが、奴らはそれを理解しているのだろうか。


「シオン、いけそう?」

「おそらく、当てられると思います」


 尻尾が五本に増加。

 同時に五つ生み出された狐火が五連射。合計二十五発もの炎が敵へと降り注ぐ。相手もさすがに回避しようとはしたものの、半分以上が命中。喰らったゴブリンは全て一撃で消滅していく。すかさずレンがブースト付きのマジックアローを降らせれば敵はほぼ壊滅した。

 今さら思い出したかのように、あるいはレンたちから逃げるように先へと進み始めるものの、見るからによろよろしている。あれはもう放っておいてもいいだろう。たぶんアイリスの矢で全滅だ。


「レンさま、MPは大丈夫ですか?」

「まだまだ全然。それに、シオンから吸わせてもらってるし」


 日々最大値を拡張し続けているレンのMPは前回よりもかなり増えている。もちろんエナジードレインを用いたところで回復しきれはしないのだが、簡単に尽きるような容量でもない。


「とりあえずわたしがガンガン攻撃していくから、MPが回復してき次第撃ってくれるかな」

「かしこまりました。お任せください」


 シオンが撃てない時はブースト付きのマジックアローを二連射して掃討する。

 上空をうろうろしている時点で足止めになっているので属性変更による足場崩し狙いはなし。そこにMPをつぎ込むくらいなら全部攻撃につぎ込むつもりでどんどん攻撃した。

 敵からの攻撃は高度を上げたり下げたりしているだけでだいたい避けられる。

 なんというか、高さというのがいかに強力かがよくわかるというものだ。


「うん、これ楽しいかもしれない」

「なんだかもう、敵を撃つゲームみたいになっていますが、これがゲームなら製作者の方は泣くのではないでしょうか……?」


 とはいえ、射撃すべてを完全に避けきるというのはさすがに難しい。

 七つめのグループを攻撃している際、ついにレンへ攻撃が届きそうになった。慌ててかわしたものの、その拍子にシオンが腕からこぼれ落ちてしまう。


「シオン!」

「大丈夫です……!」


 落下したシオンはそう答えると、とん、と制止した。

 新スキルの効果だ。名前は「空歩」。見えない足場を生み出して乗るというか、足を置いた場所に見えない足場が生まれるらしい。もちろん、普通にジャンプしたり落下したい時は発動しないこともできる。

 エナジードレインの関係でできるだけ抱いていた方がいいものの、離れ離れになっても空で戦えるようにしておいたのである。やっぱり必要になったので取っておいて正解だ。


「お返しです!」


 二十五の狐火が過剰とも思えるダメージを敵陣に与え、多くを殲滅した。

 そして。


「十回目。ここまでは順調に来られたけど……」

「レンさま。なんですか、あの数は」

「うん。あらためて見ても非常識な数だなあ、あれ」


 もはや軍勢と言っていいレベルのモンスターの群れ。そこには上位のゴブリン、オークも含まれているのだからたまらない。

 数が多いということは射撃戦力も相応に多い。

 心してかからなければ撃ち落とされて蹂躙されてしまう恐れもある。


「シオン! これで最後だから出し惜しみなしで!」

「かしこまりました!」


 斜めに撃ち降ろすようにして狐火をマジックアローを放ち、敵の数を削りつつ牽制。

 反撃に対しては飛行能力をフルに使って回避を行い、合間を見て反撃を放つ。狙いはだいぶ雑になるものの、何割かが命中していればそれでいい。

 弓兵と魔術師が静止して群れから離れてくれるだけでも十分な効果。

 遅れ始めた敵は無視して本体を追い、抵抗する力のない敵へと一方的にダメージを与える。さすがに全滅はできないし、射撃部隊も追いついてくるが、


「よし。それじゃあ作戦二つめにいこう」

「ここで敵がどう出てくるかが肝心、ですね」

「うん。たぶん大丈夫だとは思うけど……」


 答えつつ、レンはシオンを抱いたまま動きを変更。

 回り込みつつ高度を下げて射撃部隊の後方へ。フーリたちのいる場所とは反対側、地面から一メートルもない位置について、


「マナボルト」

「狐火!」


 単体攻撃で数の少ない射撃モンスターを確実に落としていく。

 反撃は飛行能力と防御魔法でかわし、何度か攻撃を繰り返していると、


「三分の一程度が引き返してきます!」

「よかった。全部で来られたらさすがにきつかったけど、これなら……!」


 地面へと降りたレンはシオンを手放し、


「避けたら後ろから来る仲間に当たるぞ……!」


 残るMPを使い果たしてもいい、という勢いで魔法を解き放った。



   ◇    ◇    ◇



「もう、八割くらいレンとシオンちゃんで倒しちゃったんじゃない? 活躍しすぎ」


 合流したフーリたちにも怪我らしい怪我はなかった。

 レンたちが活躍しすぎたせいで理不尽すぎる文句を言われてしまったくらいだ。

 あの後、射撃部隊を壊滅。向かってきた本体の三分の一もあっさりと消滅させて残る本体を仲間たちと挟み撃ちにまでしてしまったので言われるのもまあ、無理はないといえば無理はないかもしれない。


「いや、でもさすがにきつかったよ。MPもほとんどないし」

「わたくしも、回復してはMPを空にする作業の繰り返しでした……」


 大活躍だったシオンはさすがにぐったりしてメイの腕に収まっている。

 基本的に疲労という概念のないゴーレムの少女は仕事が少なかったこともあってぴんぴんしており、真顔のままシオンの毛並みをなでなでしていた。

 向かってきた敵を弓と魔法で撃ち落としまくったらしいアイリスは疲れよりも達成感が勝っているらしく明るい笑顔で、


「強くなったんですね、私たち。こんなにうまくいくなんて……!」

「レンさんとシオンさんのコンビネーションのおかげですね」


 今回の勝因はマリアベルが評した通りだ。

 シオンがレンの、レンがシオンの疑似MPタンクと化すことによって無理やり継線能力を底上げ。本来のMP量を大きく上回る魔法行使を可能にした。

 前回、別パーティの魔法使いと協力した時と同じかそれ以上の成果を自分たちのパーティだけで挙げられたのだから快挙である。


「ドロップもいっぱいだよ! しかも今回はこれをひとりじめ!」


 二パーティで半分ずつ分けても大収穫だったものがまるまる入ってくる。

 先行投資で良い装備を買った分を差し引いても十分な収入だ。


「これで当面の生活費は大丈夫かな」

「うん! これからもどんどん稼ごうね?」


 洋食店はこの前利用したばかりなので、今回は家で普通に夕食をとることにした。

 と言っても、メニューはいつもよりもかなり豪華だ。所要時間としてはいつもより少なく、早く帰って来られたのもあってフーリとアイリスが腕によりをかけてくれた。

 当然のように酒も出され、アイシャも加えた七人で賑やかに食卓を囲んだ。


「うーん、それにしても最近酒量が増えてるなあ」


 悩ましいのはそんな事実である。

 前は蒸留酒一瓶を一週間で空けるようにしていたというのに、最近は下手すると毎日のように飲んでいる。まあ、食事の際に供される酒は自分用に買う酒とは別カウントでいいとは思うのだが、それにしてもこのままだと歯止めがきかなくなりそうな気がする。


「このへんで少し我慢を覚えた方がいいかも──と、シオン?」


 呟いたレンはくいくい、と狐の少女に袖を引かれて、


「わたくしにお酒の味を教えておいてそれは薄情だと思います」

「う」


 それを言われると弱い。レベルアップのため、それから親睦を深めるためとはいえ、潔癖な少女を堕落の道に誘ったのは事実。

 シオンが飲みたいと言った時にはいつでも付き合う、くらいの気概はあってしかるべきである。

 フーリたちに助けを求めると、盗賊の少女と半妖精の少女は目配せをしあって、


「私たちは健康のためにも適量を心がけようね」

「そうですね」


 あっさり逃げられた。

 まあ、このパーティの中で暴飲を繰り返しても大丈夫そうなのはレンとシオンだけなので適役ではあるのだが。


「わかった。じゃあ、シオンとは飲み仲間ってことで」

「はい! ……では、お小遣いでお酒を買ってもいいかもしれませんね。油揚げも狐火の火力を調整すればひとりで炙れるでしょうし」

「おお。シオンちゃんのお小遣いがお酒と油揚げに消えそうだね」

「いっぱい買えそうですね」

「他に買うものも思いつきませんし……。嗜好品としては可愛い部類かと」


 確かに、賭け事とかマンガとかに使うよりはよっぽど妖狐っぽい。


「わたしもお酒は魅力的だけど、服とか下着とかも欲しいしなあ。体型がすぐ変わるから買い替えないといけないし」

「それはそれで羨ましいです……」

「着られなくなった服は古着屋さんとかに売ればけっこうお金戻ってくるよねー」

「うん。あんまり着られないうちに売ることが多いし」


 ネットオークションを利用して服をとっかえひっかえするやり手女子みたいな感じになってきた。



   ◇    ◇    ◇



 翌日。


「レンさん。なんか賢者様が来てますけど、どうしましょうか?」


 律儀に住宅街の入り口で「誰か気づいてくれないかなー」とやっていたらしい賢者に会いに行くと、彼は「二十階再攻略の祝いを持ってきた」と言った。


「お祝い?」

「ああ。本当は引っ越し祝いにしようと思っていたのだが、準備も必要だったのでな」


 彼がくれたお祝いは住宅街の一角にされた。

 神殿に直通の転移陣ポータル。一方通行なので帰りは使えないものの、一瞬にして移動できる優れものである。買い物をする時にも往復する必要がなくなって若干便利。

 この転移陣はありがたく使わせてもらうことにし、周りに鍵付きの小屋を建てて管理することにした。

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