リザードマンとアラーム

 賢者の設置してくれたポータルは彼のスキルによるものらしい。

 合計設置数に制限があり、さらに触媒となる宝石に大量のMPを注ぎ込まなければならない。そんな不便さを補って余りあるほど効果は高い。


「神殿まで歩いて行かなくていいのはほんと楽だなあ」

「階段も上らなくていいもんね」


 設置から二日後、実際に使ってみたところ、光る魔法陣のようなものに入った途端、見ている景色が一瞬にして切り替わり気付いたら神殿に立っていた。

 転送先をある程度ずらす機能がついているらしく、出た拍子に人とぶつかってしまう心配もない。


『ちなみに、バリケードとかで思いっきり埋まってた場合は?』

『転送自体が行われない。かべのなかにいる、とはならないから安心するといい』


 気力体力が充実した状態のまま、レンは仲間たちと共に階段を下り、ダンジョンへと降り立った。

 着いたのは二十一階の入り口。

 肌を撫でるのはどこか湿り気を帯びた空気だ。これまでの石の通路とは違い、上下左右を囲んでいるのは土である。地面は水たまりこそできていないものの少々柔らかそうな感触がある。

 ここの素材は硬度強化に使いづらいとメイには不評である。


「二十一階……。ここからはリザードマンが相手なのですよね?」

「うん。前に少し戦ったけど、なかなか厄介だった」


 簡単に言うと二足歩行をする爬虫類である。

 二十一階の敵となる基本のリザードマンは皮鎧と湾曲した刀で武装しており、白兵戦が専門。体格はオーク以下、ゴブリン以上。俊敏さでは人を上回っており、筋力も人に劣っていない。

 動きのリズムが爬虫類的でつかみどころがないこともあって向こうのペースに乗せられると苦戦は必至。


「わたしたちの場合はメイに攻撃を食い止めてもらって魔法で仕留めるのがいいかな」

「メイスの攻撃を簡単にかわしてくるので、そうしていただけると助かります」

「ま、でも、落ち着いて行けば大丈夫だよ。この階はまだ一回に出てくる数も多くないしね」


 しばらく進むと小部屋があり、最初の敵グループが待っている。

 リザードマン戦のチュートリアルとでも言えばいいだろうか。湾曲刀を手に襲い掛かってくる敵をメイがブロック。攻撃を当てることよりも味方を狙わせないことに注力してくれている間に、レンとアイリス、シオンで単体魔法を当てていく。

 ここは範囲拡大や連射をする必要はない。

 ゴーレムであるメイは皮膚が硬いために大きな傷を負いにくいし、合間を見てヒールをすれば治療は十分間に合う。むしろ魔法をかわされないように注意する方が重要だ。


 ちなみにもう一人の前衛であるマリアベルはというと、


「そこっ!」

「ギッ!?」


 リザードマンな特殊な動きにもうまく対応して蹴りを叩き込んでいく。見ていて惚れ惚れするくらいの手際であり、こちらもあまり心配はいらなかった。

 結果、戦い自体は五分もかからず終了。

 ただ、やっぱり気をつけることが多い。終わった後はついため息が漏れた。


「もうちょっと数が多ければ範囲魔法で片付けるんだけど」

「敵も数が少ないと散開しやすいですもんね」


 いっそのこともっと群れで出てきてほしい。数が多ければドロップ品も増えるので一石二鳥である。

 と、フーリが「あ」と思い出したように声を上げて、


「数と言えば、新しい罠にも注意してね。今回は本当に危ないよ」


 二十一階からの新しい罠は警報アラームだ。

 名前の通り、けたたましい音が鳴り響いてエリア内のモンスターを呼び寄せる。攻略本には「ボス以外の敵はほぼ反応するので、必ず見つけて解除すること」と書かれている。万が一、引っかかってしまった場合は一刻も早く止めないといけない。


「では、私の新しいスキルも役立ちそうですね」

「うん。期待してるよー、シオンちゃん」


 妖狐のスキル「危険察知」だ。

 危ないものが近づくとなんとなくわかるというもので、小部屋から少し進んだところでさっそく反応があった。

 シオンの耳がセンサーのごとくぴこぴこ動いたのだ。


「可愛いですね!」

「しかも便利。いいなあこれ」


 罠を見落とす可能性がぐっと低くなる。

 思わずシオンの頭を撫でると、ふさふさの尻尾がふりふりと動いた。

 レンは笑みを浮かべつつ、ふと二十階と、それからその前の階を思い出して、


「いっそのこと、わざと発動させるのもありかな」

「え。もしかしてレン、アレやる気?」

「ん。シオンがいてくれるならやってもいいかな、って」

「? どういうことですか?」

「アラームを利用して敵を集め、一度に倒してしまおうということです」


 作戦としてはおおむねメイが答えた通りだ。

 その階の敵を一度に倒しきる自信と実力さえあれば、アラームは「手頃な経験値・資金稼ぎ手段」に変わる。

 古き良きRPGでも用いられていた伝統的手法だと攻略本には書かれていた。二十一階から二十五階までのエリアは全てこの方法で時短可能。

 その気になればアラームで全ての敵を呼び寄せて倒す→ダンジョンに入り直して繰り返すという手法も用いることが可能だ。


「通路が狭いから一度に襲われる心配もないし」

「なるほど、そっか。後ろにいっぱいいるなら避けられてもどれかには当たるし」


 これにはフーリも頷いて、


「そういうことなら、やってみよっか」


 無理そうだったら階段まで逃げ切ればいい。

 軽い打ち合わせを行い、HPとMPを補充したうえでフーリが罠をわざと発動。

 初戦を行った小部屋の出口で敵が来るのを待ち構える。隊列はいつもと違ってレンとアイリスが前衛。後ろにはシオンを頭に乗せたメイが控えた。

 しばらくすると敵の鳴き声、足音が聞こえてくる。

 反響して大きくなった音は警報のやかましさと合わせてなかなかに鬱陶しいものの、たまったイライラはすべて的にぶつけてやればいい。


「エアブラスト」

「風刃!」

「ウインドバレット!」


 三人は敵の姿が見えるのを待たずに魔法を発動。

 選んだ属性は風。風刃は妖狐の属性攻撃魔法の一つで、エアブラストはマジックアローの風属性版だ。

 同時に解き放たれた風の力は合流し、より大きな流れとなって通路を進む。敵にぶつかれば衝撃を与え、動きを止めさせる。相手が耐えきれなければそのまま吹き飛ばして壁や他の敵にぶつけられる。

 ファイアーボールでも使えれば話は別だが、手持ちの中では最も閉所での戦いに向いているだろう。


 結果。

 この階に限ってはというか、前階に引き続きというか──ジャンルがダンジョン探索ではなく拠点防衛タワーディフェンスになった。

 敵を倒し終わったら罠にだけ注意しつつマップを埋め、アイテムを回収し、ごくごく少ない残りの敵を掃討。

 なお、アラーム発動中は敵が一戦闘とみなされるらしく、無数のドロップ品は戦闘終了後にまとめて回収できたことを付け加えておく。



   ◇    ◇    ◇



 というわけで、二十一階の探索はなんと一回で終わった。

 HPとMPは回復できるし、時短のおかげでさくさく進めたのでついでにボスを倒してきたのだ。戦い方はいつもの通り最大火力を叩き込んだ後、残った敵を前衛に叩いてもらう方法。出し惜しみが必要ないのでぶっちゃけ雑魚戦より楽だった。

 意気揚々と帰った後は夕食。

 ダンジョン探索の日はいろいろ相談もあるので、マリアベルにアイシャも含めてみんなで食べることにした。待っている間にアイシャが作ってくれた料理に帰りがけに買ったできあいの品を加えた豪華な夕食である。


「これなら意外と早く下に降りられるかもしれませんね!」


 屋台で売っていた牛肉の串焼きを片手にしっかり握りしめつつアイリスが笑顔を浮かべる。

 急がば回れ、の理念は理解してくれている彼女だが、同時に「父が年老いる前に」というタイムリミットを抱えてもいる。それを良く知っているレンは笑って「うん」と頷いた。

 二十五階までは今日と同じ戦法が使えるらしい。

 難易度と広さの上がり方から言って三~四回の探索を覚悟していたので、それを思えばかなりのスピードアップだ。

 年内には二十五階まで到達できるかもしれない。そうなったら年末年始はさぞ酒が美味しいことだろう。


「ですが、あまり過信し過ぎない方がいいかと」


 根菜多めの野菜サラダを取り分けつつ、マリアベルが控えめに釘を刺してくれる。


「楽ができたのはシオンさんの協力があってこそ。二十階までの道のりをもう一度踏破した結果と考えるべきです。それに、二十六階以降はあの方法も使いづらくなります」

「確かに、ここまで数か月をかけたわけですからね」


 メイが頷いてこれに同意。

 粘土質の土壁は使いどころと保存が難しいということで、彼女は二十階までで採取した石を吸収したべている。


「まーまー。ここで楽ができたのは事実なんだしいいじゃない。ね、シオンちゃん?」

「はい。鍛錬にかけた時間の分、みなさまをお助けできるように頑張ります」

「でも、頑張り過ぎないようにね? シオンさんは気負いすぎるところがあるから」


 先生らしいアイシャの忠告に、シオンは「大丈夫です」と明るい声で答えた。


「ダンジョンの空気にも慣れてきましたし、休息は十分に取らせていただいていますから」

「ああ、このところベランダで気持ちよさそうに眠っているものね」

「先生。その通りですが、恥ずかしいのであまり仰らないでください……!」

「シオンちゃんはとっても役に立ってくれてるんですよ。お買い物にも付き合ってもらってますし」


 ある日、シオンを連れて買い物に行ったところ「その子は今年の子だろう? 割り引くよ」と言ってもらえたことがきっかけだ。

 さすがにレンたちの私物までは初心者割を適用してくれないものの、食料品などの生活用品ならみんな快く割り引いてくれる。ストレージを使えば荷物持ちもできるので、買い物に行くときはシオンを連れて行くのがデフォルトになった。

 もこもこ可愛いので商店街の人々からも大人気であり、早くも街のマスコットになりつつある。ファングッズとか作ったら売れるんじゃないかと思ってしまうレベルだ。

 行くたびに「撫でさせてくれ」と言われるのを思い出したのか、シオンが少し恥ずかしそうな声で「そ、そういえば」と話題を変えて、


「疑問に思っていたのですが、わたくしたちはダンジョンから貨幣を得ていますよね? お金が増える一方なのに、どうして急激なインフレが起きないのでしょう?」

「ああ。それは『神器』のおかげなんだってさ」


 神器とはキリのいい階のボスを(他のパーティも含めて)初めて倒した際に与えられる特殊なアイテムの総称である。

 効果としては定められた額のお金を投入することでアイテムと交換したり、逆にいらない品物を投入することでお金に変換することができる。


「ランダムでマジックアイテムを作り出す神器なんかもあって、いらないのが出たらお金に替えて何度もチャレンジする場合もあるとかないとか」

「それは、噂に聞くガチャというものでは?」

「まあ、ガチャかな」


 もちろんお金に変換する際に価値が目減りするのでえんえん回すことはできない。その代わり、すごいアイテムが出てくれば大成功である。

 なお、断っておくが全部が全部ガチャではない。

 品物をお金に変換する神器は価値から換算しているらしいし、ポーションなどの消耗品を定額で買える自販機のようなものもある。


「賢者から聞いた話だけど、ある程度、急激にインフレしないだけのお金を残してこれにつぎ込んで、街を発展させたりダンジョン攻略を進めるための役に立ててるんだってさ」


 かなりの高額ではあるものの、転職石やリセットストーンなども神器から手に入れることができる。

 賢者がいくつもストックしていたのにはそういう裏があったらしい。


「まあ、一部の人以外には使えないように管理されてるから、わたしも見たことはないんだけど」

「それは、やっぱり悪用されないようにですか?」

「そういうこと。ちょっとやそっとじゃ壊れないらしいけど絶対壊れない保証はないし、どこかに隠されたりしたら大変だからね」


 地面に埋められたりしたら見つけるのが大変である。


「そういうのがあるからドロップ品をどんどん買い取ってもらえるんだよねー。まあ、神器から出てくるお金より買い取り額はちょっと安くなってるらしいけど」


 手数料と思えば仕方ない。


「ん。わたしたちはお金に困ってないし、そういうのがあるから街から支援してもらえるってことで」

「今日もたくさん稼ぎましたものね。この調子なら、借金を返せる日も近いでしょうか?」

「焦らなくても大丈夫ですよ。娼館の運営が困るほどの出資はしていませんので、いつでも好きな時に返していただければ」

「そうは言っても、借金という言葉がどうにも……」


 お嬢様のシオンとしてはやはり気になるらしい。

 いざとなったらアラーム戦法を使って資金調達してもいいかもしれない。

 攻略祝いのご馳走に舌鼓を打ちつつ、レンはそんなことを思った。

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