伝説の一ページ

 四十七階から四十九階の戦いは取り立てて語ることもなく無事に終了した。

 次は五十階。

 レンたちにとっては大きな節目である。

 気づけばすでにカレンダーは五月。推定百階まで同じペースで行ってもあと四年かかる計算であり、これが終わったらさすがに一度休んだ方がいいのでは、という気持ちが大きくなってきている。

 ともあれ、全ては勝ってからだ。


「さてと。それじゃあ作戦会議ってやつを始めるとしますか」


 男性がいるのでレンたちの家は使えない。

 事前会議のために集まったのは賢者の家である。物がごちゃごちゃしているこの家に十人はぶっちゃけ狭いのだが、この際仕方ない。

 家主の賢者が仏頂面になっているのも見なかったことにする。

 自然と話の進行役となったケントが宣言の後、さっそく口を開いて、


「相手はドラゴンだ。こいつとの戦いにはいくつか問題がある」


 この場における五十階経験者は賢者とケントの二人だけ。アイリスの母やメイの母も初めてらしく、圧倒的に身経験者が多い。

 一同、息を呑むような形で続く言葉を待つと、


「最初の問題は待ち時間だな。スタートしてからドラゴンが来るまで一時間くらいかかる」

「は? そんなのどうでもいいじゃない」


 そこかよ! とツッコミを入れたくなるような話が出てきて拍子抜けした。


「というか、好都合じゃないですか? それだけ時間があれば避難してもらう時間とも取れるんじゃ」

「我々の時はそうもいかなかったのだ。何しろ場所が都だからな。城が鎮座している上に兵の練度も高い。最高責任者に会おうと思ったら城に入りこまねばならないが、我々は言葉が通じなかったからな。散々な目に遭った」


 街中で騒げば怪しまれ、ドラゴンの前に兵士と一戦交えることにさえなったらしい。その回は結局帰って仕切り直すことになり、次回は再び一時間待ちからスタート。

 そう考えると確かに「敵が来るまで一時間」はかなり厳しい。

 まして初回は何が敵か、いつ頃来るのかさえわからないわけで。初めて攻略した者たちは「こうしている間に敵がこっそり侵入しているのでは」という疑心暗鬼にさえ囚われたのではないだろうか。


「今回はミーティアがいるから最低限の交渉はできそうだね」

「もちろん構わないけれど、あなたたちもいい加減、最低限の受け答えくらいはしなさいよ?」

「うん。まあ、単語レベルの会話ならなんとか……?」


 白髪赤目のダークエルフのお姫様はふん、と鼻を鳴らすと「都の特徴を教えなさい」と賢者たちから詳しい話を聞き出し始めた。

 いくつか特徴を聞くと見当がついたらしく「ああ、あそこね」と頷く。


「……あの国の王都にドラゴンなんて。本気で世界の終わりのようじゃない」


 せっかく会話ができるのだから説得・交渉を試みる、というのには全員が同意した。

 説得できなかったらできなかったでレンたちだけで戦うとして、話はドラゴンとの戦いへと移る。


「賢者さん、勝利条件ってなんなの?」

「確定できるほどのデータがないが、おそらくはドラゴンの討伐だな」

「それだけ?」

「それだけだ。最悪、都が滅んでいてもドラゴンさえ殺せば達成になると思われる」

「俺らの時も六割がた壊滅してたもんな」

「六割って、それだけ壊れたら復興にどれだけかかるかわからないじゃないですか……!」


 アイリスが悲痛な声を上げるのも無理はない。

 ただ、これに賢者は「焼野原から数十年で世界有数にまで上り詰めた都市もある」と淡々と答えた。

 無慈悲すぎると言うべきか、「どうせ作り物なのだから」と言わなかっただけマシと言うべきか。


「戦術はどうするのですか? 遠距離攻撃で片を付けるに越したことはないと思いますが」

「近づかれる前に私がメテオを撃てるだけ撃ち込む。だが、それで倒すのは不可能だろう。そうなったら私は君達へかけられるだけのバフをかけてお役御免だな」

「フーリだっけか。お前が飛ばしてくれりゃ俺もドラゴンと接近戦ができるぜ」

「えー。男に憑依するのなんか気分的にやなんですけど」

「んなこと言ってる場合かよ。こいつに飛ばしてもらってもいいけど、それだと一撃入れて終わっちまいかねないんだって」


 賢者の魔法で他者を飛ばそうとすると文字通り「飛んでけー!」という感じで制御とか一切ないらしい。ケントならまあ、落ちても生き残れはするのだろうが、なんというか普通に自殺行為である。

 ケントにはシオンに跨ってもらう、という手もあるが、守りの薄いシオンに重量物を搭載して接近戦をさせるのはさすがに怖い。


「しょうがないなあ。じゃあ、今回はケントさんで我慢してあげる」

「私たちは弓による遠距離狙撃と風の魔法によるブレス対策に専念しましょう」


 アイリスの母の提案にアイリス、ミーティアが頷く。風の精霊魔法でブーストをかければかなりの遠距離からでも矢が届く。ケントが接近戦を始めたら街への被害を減らすため、風でブレスを防ぐ方向にシフトだ。


「わたしやシオンの魔法だとけっこう近づかないとだめだよね」

「人間大の生物にとっては遠距離攻撃だが、ドラゴン相手ではブレスはおろか、下手をすると尻尾ですら射程内だな」

「おまけにあいつ、ちょっとした傷なら再生するからな。ちまちまやっても効果薄いぜ」

「うわ。じゃあ尻尾で切ってもあんまり意味ないかあ」


 再生能力でできるのは傷の治療だけのはず。体力の消耗までは抑えられないので無駄ではない。ゲーム風に言うと最大HPはちょっとずつ削れていくはずだが、ちょっと気が遠くなりそうだ。


「メイさまたちはどうなさいますか?」

「私たちも基本は狙撃かなー。ドラゴンに殴られたら即死しかねないし。とっておきの兵器を持って行くことにするよ」

「当然、ポーション類は各自、可能な限り携帯していくように。ドロップ品の分を空けておく、などとは考えるな。ストレージに詰め込めるだけ詰め込んでおけ。容量が足りなければ捨てて帰ればいい」


 なんとも贅沢な話だが、安全のためには当然の措置。

 その他、装備もできるだけ強化しておく。例によって魔力強化・防御用のマジックアイテムが中心だ。

 同じ効果のマジックアイテムをいくつもつけると二つ目以降の効果が弱まるという欠点があるらしいのだが、装備しないよりはマシ。ファッション的にやりすぎなのもこの際我慢してじゃらじゃらつけておく。

 例えば魔法防御力UPと物理防御力UP、耐火はそれぞれ別の効果として扱われるのでこの辺りも上手く活用する。マジックアイテムをぽんぽん買えるようになったのもここまで来たおかげ。ここで死んで台無しにならないよう、やりすぎなくらい投資しておく。


「各自、十分に注意するように。決行は明後日だ。体調も整えておけよ」

「みんなで生きて帰って打ち上げをしよう……!」


 おう、という元気な声が唱和して、その日は解散。

 決戦の時がいよいよやってきた。



   ◆    ◆    ◆



 大陸有数の都市である聖王国の首都。

 都が誇る大神殿で巫女見習いをしている少女──エルは先輩から命じられたお使いの帰り道、見慣れない集団へと目を留めた。


 眉目秀麗な五人の若い女性。


 金髪のハーフエルフに、人間とは思えないほど顔立ちの整った銀髪の女性。緑の髪をした神秘的な美女。紫紺の髪と瞳を持った美女には何故か目が惹きつけられる。彼女の頭には見たことのない小さな獣がちょこんと乗っており、集団の注目度を上げている。

 そして、なんと言っても最後の一人。フード付きのコートで姿を隠し、手袋まで嵌めて徹底的に肌を隠した女性。怪しい。他の四人がその美貌を晒しているだけに余計に怪しい。どこかの国の王族がお忍びでやってきたのか、あるいは神の化身か。

 そうでなければ魔物が化けているのでは。

 お使いが遅くなると叱られる。わかってはいるのについつい目で追ってしまったエルは、不意に吹いた強い風に手にしたカゴを慌てて押さえて、


「───っ」


 顔を上げたところで、あの怪しい女性のフードがほんの少し乱れているのを見た。

 フードの端から覗くのは褐色のとがり耳。

 何度もまばたきをした後、周りをきょろきょろ見渡して「夢じゃないよね……?」と訝しむ。フードはすぐに直されてしまったため見えたのは一瞬。気づいたのはどうやらエル一人だけのようだ。

 女性たちは視線を交わしあい、言葉を発することもなく分かり合ったように城の方へと向かっていく。やっぱり、怪しい。


「あの人、ダークエルフだったよね……?」


 人の側に属するエルフと違い、ダークエルフは魔の側に属する種族だ。森を好むため人里に現れることは多くないものの、人間を下等な存在と考え支配することを好んでいるという。ダークエルフに攫われた人間は一生深い森の中で奴隷として扱われる、というのは有名な伝承だ。

 平和なこの街に、ダークエルフが。

 巫女見習いとして日々「善行を積め」と教えられているエルは「もしかして一大事なんじゃ?」と考えた。彼女たちがなにか悪いことを企んでいて城を狙っているとしたら、今のうちになんとかしないとまずいかもしれない。


 でも、見間違いだったら?

 でも、見間違いじゃなかったら?


「追いかけてみよう……!」


 しばらく考えた後、エルは女性たちの後をつけることにした。

 見習いとはいえ巫女の制服を着ているエルは王城の近くまで行っても咎められない。神殿自体が城の隣(といっても城の大きさ的に結構距離は離れているのだが)にあるからだ。

 だから、謎の集団をつけることができた。

 まさか本当に城へ行くなんて思わなかったけれど。


「どうしよう」


 ダークエルフは魔法を使える。城に攻撃されたら取り返しがつかない。

 エルは見習いで、使えるのはすり傷を癒す程度の回復魔法だけ。年齢的にも成人している女性たちよりはだいぶ若い。できることなんてほとんどない。

 それでも、知っていたのに見過ごすなんてできない。


「あ、あの!」


 思った時には駆け出して、怪しい女性のコートを掴んでいた。


「離しなさい」


 流暢だが訛りを感じる発音。強引に振りほどかれそうになるのに抗いながら「あなた、ダークエルフでしょう!?」と叫んだ。

 人通りは決して多くないものの、それは周囲の警戒が強いからだ。すぐに衛兵が寄ってきて「何の騒ぎだ!?」と尋ねてくる。


「この人、ダークエルフです! きっと悪い人です!」


 子供の戯言、と片付けられても仕方のない話。

 実はこの人はダークエルフでもなんでもなくて、衛兵と女性たちから二重に怒られた挙句、神殿に帰っても怒られるという最悪の事態を想像したエルは、フードの女性がちっ、と小さく舌打ちするのを聞いた。

 信じられないと目を見開いたところで、


「まあ、いいわ。いずれにしても名乗るつもりだったわけだしね」


 フードごと脱ぎ捨てられたマントの下からダークエルフの美少女が現れた。


「私の名前はミーティア。黒き林檎の紋章を掲げるビーカネイリンの森の部族、その第二王女! 見ての通り敵意はないわ。緊急の用件よ。今すぐ王に合わせなさい」

「なっ……!?」

「ダークエルフの王族……!?」


 なんだか、とんでもないことになってしまった。

 ぽかん、と口を開けて立ち尽くしているうちにエル、というか女性たちは衛兵に取り囲まれ、エルはあっという間に外へと押し出されてしまう。

 気を利かせた衛兵の一人が「帰りなさい」と言ってくれたのでとぼとぼ帰り、当然のように先輩から叱られた。城の前であったことを話すと「嘘は止めなさい」と全く信じてもらえなかったものの、程なく城から騎士がやってきて、


「ダークエルフが都に!? エルが言っていたことは本当だったのね」

「だから、そう言ったじゃないですか!」


 頬を膨らませて怒ってみたものの、反応してくれたのは同期の見習いたちだけだった。その間にも話は進んでいて、ひそひそ声だったのでエルに聞き取れたのはごく僅か。


「都に危険が?」

「可能性はあります。ですから至急、聖女様に面会を──」


 ダークエルフの姫だというミーティアはその発言を端から信じてもらえたわけではないらしい。ただ、ダークエルフが現れて王族を名乗り、意味深な発言をしているというだけでも事件だ。念のために強めようとするのはおかしいことではない。

 もし、悪いことが起こった場合、神殿は人々の助けになるのが務め。

 怪我をした人がいれば癒しを与えなければいけないし、天災でもあれば緊急の避難場所にもなる。エルたち見習いが有事のために集合して待機していると、先輩巫女がやってきて、


「都に魔物が襲撃してくる可能性があります」


 驚くべき事実を告げてきた。

 ざわつく神殿内。そんなことを言ってどうせ大したことはないのだろう。多くの同期がそんなことを呟いたし、エルでさえ何事も終わることを予想した。

 けれど、事態は悪い方向へとどんどん進んでいった。

 都中に警報が鳴らされ、神殿は最大の警戒態勢に移行。エルたち見習いまで総動員して窓や出入り口の閉鎖と補強、避難してきた住民の受け入れ、食事の支度などを行うことになった。

 こんなことになった原因はダークエルフの暴走、ではなく、


「ドラゴンです。間もなくこの都を悪しき竜が襲いに来ます」


 伝説的存在の襲来。

 竜の力なのか、少し前まで穏やかだった風は嘘のように激しくなり、空にも雲が目立ち始めている。

 まさか、そんなことが。

 誰もがそう思う中、ドラゴンは本当にやってきた。大空に響き渡るような咆哮。そして聞いたこともないような大きな爆発音が閉め切った神殿内にまで響き渡ったからだ。

 戦いには大神殿の長である聖女様までもが駆り出された。

 激しい戦いが行われているのか、残った聖職者によって防壁を張られた神殿にさえ大きな衝撃が何度も襲った。壺や花瓶が割れ、窓に嵌めた木板が砕け散る。


 居ても立ってもいられなくなったエルは制止の声も無視して窓に駆け寄り、空を見上げて、そして見た。


 空を舞い竜と戦う英雄たちの姿を。

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