ベテランたちの大暴れ

 四十六階から四十九階まではドワーフの鉱山街が舞台だ。

 人より小柄な代わりにがっしりとした身体つきをしたドワーフたちはその筋力から優れた鍛冶屋になる。鉱夫にも向いているため、鉄などが取れる山のふもとや中腹あたりに鉱夫と鍛冶の街を築くことが多い──多かったらしい。

 スタート地点は鉱山の入り口にほど近い山の傍。


「さてと。問題は敵の数だな。手分けして片付けるとしようぜ」


 階段から外に出るとすぐ、歴戦の戦士──ケントが言った。

 なんともあっさりした調子である。あまり人のことは言えないものの、レンは少しだけ「大丈夫かな?」と思ってしまう。

 四十六階への挑戦はメンバーが集まってから僅か三日後のことだった。

 他でもないケントが「連携の訓練とか悠長にやるくらいなら実戦した方が早いだろ。とりあえず四十六階に行って戦おうぜ」と言ったからだ。

 確かに戦力的には十分である。経験者かつ、ここまで生き残ってきた猛者が言っているのだからと乗っかることにした。ぶっちゃけ、ケントと賢者が役に立たなかったとしてもレンたちだけで戦えないこともない。


「そうだな。ここは敵部隊の数が多い。特に厄介なのは完全に別ルートで進行してくる魔法部隊だ」


 これには賢者も同意した。

 鉱山街は背後を山に守られているため、平地にある街に比べると守りやすい。

 敵は不利を補うように三方向から街を攻めると同時にさらにもう一部隊を向かわせてくるのだという。


「各種族のメイジ職、シャーマン職で構成されたこの部隊は炎の魔法で山を崩す事を目的としている。採掘によって強度が下がった状態だ。繰り返し爆発を起こされれば崩れて街が飲み込まれる」

「めちゃくちゃ回り込んでこっそり作業始めるから鬱陶しいんだよな。初めての時はまんまとしてやられた」

「え、それどうなったの?」

「当然、攻略は失敗だ。我々は帰るために土砂や岩をどかさねばならなかった」

「あの時はお前のファイアーボールが役に立ったよな」

「君の馬鹿力もな。人力であれだけ作業できるのだからその筋肉も無駄ではないということだ」


 まとめると、レンたちはパーティを四つに分けなくてはならない。


「じゃあ、魔法部隊はわたしとシオンでなんとかします」

「大丈夫か? 敵は遠距離攻撃の使い手だぞ」

「問題ありません。レンさまと二人だけならば身軽ですから」

「シオンは空を走れるから、機動力ならたぶん一番ですよ」


 おまけに火力もやばい。

 そういうことなら、と、ベテラン勢はあっさり頷いて、


「では、左翼は私とアイリス、ミーティアさん、フーリさんで。能力の近い者同士ですので連携しやすいと思います」

「おう。じゃ、真ん中は俺とこいつでやるか」

「右翼は残りの二人に任せよう。右翼が最も別動隊に近い。レンとシオンは終わり次第、メイたちを援護してやってくれ」

「わかりました」


 そうと決まれば早速行動開始。

 今回は「街の人にかけあって守りを固めてもらう」作戦は使わないことにした。

 なにしろ相手がドワーフである。エルフなうえにダークなミーティアは最悪なレベルで相性が悪い。

 加えて、ドワーフたちはわりと普通に襲撃を警戒しているため警告しなくても戦ってくれるのだとか。この辺り、既に世界が戦争状態になった後の話なのかもしれない。


「じゃ、行こうか、シオン」

「はい、レンさま」


 巨大化したシオンに跨り、一気に空を駆ける。

 賢者たちから教えられた方角へ向かうと確かに敵がいた。ゴブリン、リザードマン、ダークエルフを中心とする魔法部隊。

 少数精鋭、と言っても数は五十近い。その全てが魔法使いなのだから戦車の砲や重火器が服を着て歩いているようなものである。彼らは周囲を警戒していたのか、山のほうから飛来してきたレンたちにすぐさま気づいた。一斉に足を止め、魔法を準備し始める。

 しかし、止まってくれるならレンたちにとっても好都合。


「狐火!」

「マジックアロー!」


 ここは火力最優先。

 文字通り空を駆けながら九×五=四十五発の狐火と百×三=三百本の光の矢を降らせると辺りに光が満ちて目がちかちかした。

 敵の中に混ざっていた聖職者系が咄嗟にシールドを張って味方を守るも、魔法の全てを防ぎ切ることは不可能。敵の二割以上が直撃を受けて消滅していく。

 ばんばん飛んでくる反撃は高さを変えながら走り抜けることで回避。次の魔法を準備し終える前に方向転換してこちらの二発目。


「数が減ったから狙いやすくなったかな……!」


 最初の半分にまで敵が減ったところで、レンはシオンの上から飛び降りた。

 シオンはそのまま敵の上空を駆け抜け、二人とも別々に反撃を回避。敵集団の前後を取って挟み撃ちにすると、敵の混乱が収まらないうちにこちらから距離を詰めていった。

 肉薄した相手を尻尾でぶった斬り、足で蹴飛ばしながら単発のマナボルト、狐火を叩き込む。魔法使いしかいない以上、近づいてきた敵には弱く、あっという間に数を減らして壊滅した。

 出現したドロップ品はとりあえず全部拾って端からストレージに収納し、


「意外と早く終わったなあ」

「油断は禁物です、レンさま。こちらが楽だったということは、他の部隊は強敵に違いありません」

「そうだね。メイたちを援護しに行かないと」


 再びシオンに乗って敵の右翼を叩きに向かう。

 すると、近づくにつれて爆発音が聞こえてきた。既に戦闘が始まっている。

 この音からしてこの部隊にもなかなかの数の魔法使いが配備されているのか、と一瞬思ったものの、蓋を開けてみるとそれは爆発音だった。

 ほぼ瓜二つの銀髪美少女二人が砲門となった片腕から例の爆弾──火の魔力をあらかじめ封じこめた使い捨てのファイアーボール発生装置──を発射しては迫りくる敵を吹き飛ばしているのだ。

 以前、メイがやっていた「腕から石弾を撃ちだす」戦法と爆弾のコラボレーション。弾の装填はストレージを使って自動かつ高速で行えるため、爆発が間断なく巻き起こる状態。おそらくメイの母の発案なのだろうが、なんというか、


「これ、わたしたち必要ある……?」

「下手に割って入ると逆に危険そうですね……」


 さすが、初代ゴーレムは格が違った。

 念のため、二人の邪魔にならないよう横合いの遠間から敵にドレインアローを降らせて援護。シオンにはMPを温存してもらいながら様子を窺っていると、三十体程度まで数を減らした敵がメイたちに肉薄し始めた。

 そろそろ本格的に加勢すべきかと思えば、


「名付けて炎熱拳ヒートナックルです」

光の剣ライトブレード。それとも光の剣レーザーセイバーかな?」


 加熱された拳で片っ端から敵をぶん殴るメイに、腕から生やした光の刃で敵をぶった斬っていくメイの母。

 危なげない、どころか、ちょっと敵が可哀想になってきた。

 レンたちが接近する頃には敵なんてほとんど残っておらず、申し訳程度にマナボルト、狐火で一体ずつを片付けたら終わってしまった。


「加勢に感謝いたします、ご主人様」

「久しぶりにたくさん敵を狩れて楽しかったなあ。私もまだまだ捨てたものじゃないでしょう?」

「お母様はむしろもう少し自重してください」

「えー。まだまだ本気出してないのに」


 異種族には、というか、四十階以降もノリノリで攻略するような輩には頭のおかしいやつしかいないのかもしれない。


「いや、うん。とりあえず、おっさんたちのヘルプに行こう」

「そうですね。さすがに二人だけでは厳しいかもしれません」

「そう? さっき隕石メテオが降ってたからたぶん大丈夫だと思うよ」

「メテオって」


 ドン引きしつつ四人で向かうと、中央部隊は壊滅寸前だった。

 地面には二、三個のクレーターができており、残存兵力は僅か。賢者は後ろの方で「やれやれ」という顔をして待機中。

 一方のケインは、


「はっ、これで終わりか!? おい、ちょっと敵の数削り過ぎだぞ! 歯ごたえがない!」


 手にした大斧を振り回しては敵を光の粒に変えていた。


「うるさい奴だ。たまには活躍しろと言ったのは君だろう。……と、レンたちも終わったようだな。無事で何よりだ。後はフーリたちか。早めに向かってやらねばならんな」

「いえ、賢者様。このパターンですとおそらく拍子抜けして終わりかと」


 メイの言う通りだった。

 そもそも、四部隊に分けたうちの一部隊、しかも本隊でないのならフーリとアイリス、ミーティアだけで十分勝てる。そこにアイリスの母が加わっているのだから勝てないはずがない。

 敵を蹴散らし終わったケインが「暴れ足りないからこの後もう一戦しに行こうぜ」と言い出すのを宥めている間に三人の精霊使いと一人の精霊は揃って帰ってきた。


「お帰り。何やら竜巻が発生したようだが、君達の仕業か?」

「ええ。フーリさんのおかげで風の魔力に満ち溢れておりましたので、三人で」

「いやー。あれは反則としか言いようがなかったねー」

「……隕石に竜巻ですか。さすがに自然現象にはモンスターもそうそう太刀打ちできませんものね」


 ひょっとして四十六階って難易度低かったんじゃ? と思ってしまうほどの快勝である。


「なあ、おっさん? みんなこれだけ強いならもっと先に進めるんじゃ?」

「こいつを基準に考えるな。妻子がいる癖に自分を鍛えるのを止めず、最前線に潜り続けている男だぞ」

「はっはっは。って、お前が言うなよ。お前のクラスは研究で経験値が入るんだろうが。俺と同じくらいレベル上がってるんじゃないのか」

「さすがに君の修行馬鹿には及ばないだろう」


 ナチュラルに喧嘩し始めた二人は放っておくとして、つまり彼らは上澄みも上澄みなのでさすがにみんながみんなこんなに強いわけではないらしい。


「私とレイも衰えを気にする必要のない身ですからね。生活に追われて鍛錬の機会が減っている方や戦いの勘を忘れている方も多いでしょう」


 アイリスの母がまとめてくれたところでみんなで帰ることになった。

 帰りは徒歩、ではなく賢者の魔法でテレポートである。まさかの一瞬での到着に呆然となってしまう。レンたちもたいがいチートだと思っていたが、他の職業も極めると馬鹿みたいなことができるらしい。


「ところで、報酬の件なんですけど。わたしたちと皆さんで二等分で大丈夫ですか? 全部持っていっていただいてもいいくらいなんですけど」

「人数割りで良かろう。別に我々は金に困っていない」

「ああ。全部お前らが持って行ってもいいくらいだぜ。いや、レイに消耗品代くらいは渡してやった方がいいか」

「報酬は別でもらう予定だから気にしなくてもいいよ。でも、せっかくだから『実地で』報酬をもらうくらいの色は付けてもらおうかなー」

「え」

「あ、もちろんレンちゃんが自分の身体にやるんだよ? 私はそれを見せてもらうから」

「お母様、暴走しすぎです」

「うーん。メイちゃんがいい性格してる理由がなんとなくわかっちゃったかも」


 実地はともかくとして、四人には消耗品代+手間賃として最低限の額を支払い、それ以外はレンたちがもらうことになった。

 神殿まで戻ってきたところで、部外者がいるせいであまり会話ができなかったミーティアが息を吐いて、


「この調子なら五十階まで簡単そうね?」

「そうでもないぞ」


 賢者がこれを否定。


「前にも少し話しただろう。五十階はこれまでよりも遥かに手強い。かつて我々はあそこを終着点だと思っていたのだ、と」

「そういえば、そんなことも言ってたっけ」


 これまでダンジョンは五階区切り、十階区切りで難易度が上がってきた。

 なら、五十階区切りでは?

 少なくとも賢者たちが勘違いするくらいには手強い、ラスボスのような敵がいたはずだ。


「いったい、五十階にはどんな敵が出現するのですか?」

「敵は一体だ。飛行船の如き巨体を鋼よりも硬い鱗で覆い、丸太のように太い尻尾をうねらせて触れる者をなぎ倒す。その牙は大岩をあっさりとかみ砕き、体内の炎袋からは高熱の炎を吐き出す。地球の生態系では説明できない異形。ファンタジー世界においてなお畏怖を受ける最強の生物」


 ドラゴン。


「人間の都を襲ってくる竜を撃退する。言ってしまえばただそれだけのミッションだ。……一度味わえば『この世の終わりか』と目を疑うような地獄だが、な」


 ダンジョンを攻略し始めた頃は遥か遠い話だった「その場所」がすぐそこにまで迫っていた。

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