先達の協力
「奴なら今は山籠もりをしているはずだ。空から探せばすぐに見つかるのではないか?」
賢者の情報をもとに、レンはフーリとメイを連れて山へと向かった。
空を飛んで行けば移動時間もそれほどかからない。大部分を緑で覆われたその場所を上から見下ろすと、手製と思われる小さな小屋を発見した。
小屋の前にはキャンプをしたような跡もある。
あそこで確定だろう。
小屋の前に降り、フーリはメイとの融合を解除。レンが代表して戸を叩くと、中からはなんの反応もなかった。
「留守かな?」
「っぽいね」
「寝ているだけなのでは?」
がんがん戸を叩こうとしたメイを「やめなさい」と止めて、
「どうしようか。森の中にいるとするとちょっと探しづらいんだけど」
「適当にその辺で待たせてもらう?」
「それがいいかな?」
鍵がかかるような造りではないので勝手に入ってしまってもいいのだが、さすがにそれは初対面の相手に失礼だろう。
山籠もりなんていうマンガくらいでしか聞かないようなことをしている相手にそんな配慮が必要なのかはともかく。
「お? ……珍しいな、俺に客か?」
幸い、待ち人はさほど時間をかけずに帰ってきた。
片手には野草の山盛りになったカゴ。もう一方の手には息の根を止められた野兎の姿。どうやら食材の補充に行っていたらしい。森には自然が豊富なので自給自足生活は十分可能である。
相手は四十代後半と思しき男性。
身長は百七十センチオーバー。腕の太さはレンの倍ほどもあり、肌には治療しきれなかったのかいくつもの傷痕が残っている。
「初めまして、ケントさん。わたしは──」
「サキュバスのレン、だろ? さすがに知ってるよ。山ができるまでは街にいたし、お前さんを見たことだって何度もある。ちゃんと会うのは初めてだけどな」
彼──ケントは「あいつから場所を聞いたんだろ? 入れよ」とレンたちを促し、率先して小屋の中へと入っていった。
中は雑然と物が置かれた、半分倉庫のような状態だった。
賢者の家もなかなかに「男の家」感が凄かったが、ここはまた少し違い、ワイルド的な意味で散らかり方がすごい。どうせ一人しかいないのだし、仮の住まいだから整理しても仕方ないといったところか。
「こいつを捌くのは後にするか。さっさとやっちまった方がいいんだろうが、どうにも苦手でな。話しながら上手くやる自信がない」
「あ、じゃあ私がやりましょうか?」
「いいのか? じゃあ、頼む」
ひょいと渡された野兎をフーリが嬉々として捌き始める。
「上手いもんだな」
「こっちに来てからずっと料理やってますからねー。うちにはアイリスちゃん──ハーフエルフの子がいるのでいろいろ教えてくれますし」
「ああ、アンナちゃんのとこの子だろ。あの子もすっかり大きくなったよなあ。俺も歳を取るわけだ」
「あはは、またまた。そんな歳には見えませんよー」
「んなことないって。俺、ここじゃほとんど最年長だぞ?」
「ケントさんはあのおっさん──賢者様と同じ『一年目』の転移者ですもんね」
レンの言葉にケントは「ああ」と頷いて、
「あいつを『あのおっさん』扱いとはなかなか良いな。そうだ。あんな奴ただのおっさんだからな。リーダーなんてやって偉そうにしてるんだからたまには雑に扱ってやるくらいでいい」
「おっさんは『あいつがリーダーをやらなかったから私が任されたんだ』と愚痴ってましたが」
「はっはっは。いい気味だ」
豪快に笑った彼の本名は石澤健人。
ケント、とカタカナだとなんとなく眼鏡の細い白人をイメージしてしまうレンだが、当人は見ての通り豪快なおっさんである。
クラスは戦士。賢者とは性格的に合わないらしくレンは賢者からだいぶ愚痴を聞かされたが、話してみた感じ悪い人ではない。
前衛がリーダーを務める、なんていうルールがあるわけではないとはいえ、前に立ってみんなを引っ張る者が指示を出してくれるとなんとなく従いやすい、という面はある。そう考えると確かに彼がリーダーを務めるという選択肢もあったのだろう。
どうして引き受けなかったのかは、まあ、この様子を見ていればなんとなくわかる。
「そうだ。奥さんからいろいろ預かってきたんです」
「お、ありがたいな。あいつは何か言ってたか?」
「『ほどほどにね』だそうです」
一年目の生き残りは五人。
賢者を除いた後の四人は結婚しており、彼の奥さんも同じ一年目の転移者だ。夫の無茶は慣れっこなのか軽く苦笑を浮かべながらレンたちに届け物を頼んできた。
「ですが、どうしてこんなところで生活をしているのですか?」
「ああ、修行だよ修行。鍛えてないと身体が鈍っちまうからな」
修行のために山籠もりとかまるでマンガである。
「今でも定期的にダンジョンに潜っていらっしゃると聞きました」
「潜ってるよ。最前線のパーティに入れてもらったり、昔の仲間に声をかけたりとかだな。俺が声をかければ結構みんな協力してくれるんだぜ」
「そりゃそうでしょ。なにしろ最強の戦士だもん」
さっきまで敬語だったフーリが素の口調に戻った。この人相手なら大丈夫だと判断したらしい。こういう人好きのするところは本当に羨ましい。
と、レンは胸に注がれる視線を感じて、
「ふむ。しかし、本当に良い身体してるな。男から言い寄られて仕方ないだろ」
「いや、まあ、何度か告白されたことはありますけど。ここの人たちってだいたい結婚してるじゃないですか」
「ちなみに奥様から追加の伝言です。『可愛い子相手だからって鼻の下伸ばさないこと』と」
「はっはっは。今更あいつ以外の女に現を抜かしたりしないって。せっかくだから目の保養にはさせてもらうけどな」
本当に豪快な人である。
こっそりと視られるよりはこうして無遠慮な方がまだマシだ。レンは持ち上げかけていた腕を下ろし、視たいなら好きなだけ見てもらうことにする。
ケントはレンたちが持ってきた物資の中から干し肉を取り出すとナイフで削って齧り始める。ファイアの魔法であぶってやると「おお、便利だな」と喜んでくれた。
「で? ここに来たのは何の用だ?」
「はい。四十六階から五十階までの攻略を手伝っていただきたくて、お願いに来ました」
「……ああ、あそこか」
すっ、と、最強の戦士の目が細くなる。
「あそこは確かにきつかったな。……っていうか、四十五階までをもう踏破したのか。俺達が何年かけて攻略したと思ってんだ。泣くぞ」
「みなさんが必死に情報を集めてくださったおかげです。初見だったらこんなに早くは攻略できませんでした」
「そう言われると悪い気はしないな」
最初から泣くつもりなんてなかっただろうに、彼はそう言ってにっと笑う。
「別にいいぜ。助っ人は慣れてるし、もう一回あそこで戦うのも良い修行になるだろ」
「本当ですか?」
「ああ。……ただし、一つ条件がある」
来た。
さすがになんの支障もなくOKしてもらえるとは思っていない。なにかしら無茶振りをされるくらいは織り込み済みだ。
多少の面倒を受け入れてでもケントには力を貸して欲しい。
果たして一体どんな条件を出されるのか、緊張しながら待って、
「どうせならあいつも連れて行く。どうせ体力落ちまくってるだろうから少しは運動させないとな」
◇ ◇ ◇
「……で、私まで同行しろと? 君は本当に自由だな」
「そう言うなっての。健康的な生活してないと早死にするぞ、リーダー様」
「私が死んだらそこのレンに引き継ぐので問題ない」
「いやおっさん、問題大ありだから」
しれっと言い放った賢者にレンはジト目でツッコミを入れた。
あの後、レンたちはケントの撤収作業を手伝ったうえで街まで戻ってきた。レンとメイの二人がかりなら体重の重いケントでもなんとか飛んで運べる。歩いて山を下りなくて済んだケント「飛べるってのは本当に便利だな!」と上機嫌だった。
そして、賢者の家へ。
ケントの言った「あいつ」というのは当然のごとく賢者のことだった。街のリーダーを「クラスの隅っこにいるモヤシ野郎」みたいな扱いで連れ出そうとするあたりがクラスメートという感じである。誘われた賢者の嫌そうな顔もまたどこか少年のようでなんだか新鮮である。
「今から死ぬ準備してないで野菜を食べよう。あと運動もしよう」
「君が面倒な役目を引き継いでくれればストレスが減って長生きできると思うのだが」
「わたしが早死にするよ、そんなの」
「サキュバスが何を言っているのだ」
にらみ合っていると、ケントがまた豪快に笑って、
「心配するな。いざとなったら無理やりにでも引っ張って行ってやる」
「あのね。魔法を使って抵抗してやろうか?」
「お、いいぞ。俺達二人が本気でやりあったらこの辺りが壊滅するだろうけど、やるか?」
「いやいや、二人とも本気でケンカしたら駄目でしょ」
フーリと二人で慌てて止めた。おそらく本気ではなかったと思うが、五パーセントくらいは本当に始まる可能性もあった気がする。
「ケンカをするのでしたら私が避難してからでお願いします」
「メイ、ステイ」
「わんわん」
相手が戦士ということで「腕っぷしで俺に勝ったら協力してやる!」みたいなノリを想定してメイを連れてきたのだが、結果的には特に連れて行かなくてもよかったかもしれない。
「まあ、おっさんもたまには活躍してくれないかな。わたしたちにばっかり戦わせてたら説得力がないよ」
「私だってダンジョンへ潜っていないわけではないぞ。五十四階まではクリアしているしな」
「俺よりずっと頻度低いだろうが。忙しいとか言ってどうせ本ばっかり読んでるんだろ」
「失礼な事を言うな。私の仕事は主に交渉と相談だぞ」
「ほー。それは確かに可愛い女の子に任せた方が捗るかもな」
「だろう?」
「そこで意気投合しないでください」
なんとか後継者の話題からは離れてもらって、
「とにかく、協力してくださってありがとうございます。わたしたちはもう少し、一緒に行ってくれる人を探してみたいと思います」
「おう。で、アテはあるのか?」
「声をかけられそうな人なら何人か」
川と山を作る過程で知り合った人たちとか、コスプレショップの店長さんとか、マリアベルとか。
四十五階までクリアしてない人がいるのなら手伝ってもいいし、あと二、三人くらいは集められるのではないだろうか。
するとケントが「だったら」と、
「どうせなら美人で揃えようぜ」
また変なことを言い出したよこの人、と、微妙な顔をしたら賢者も似たような表情を浮かべていてお互いさらに微妙な顔になった。
◇ ◇ ◇
とはいえ、話を聞いてみるとそんなに突飛な提案でもなく。
「構いませんよ。アイリスと一緒に戦うのもいい経験になるかもしれません」
ケントが誘おうと提案してきたのはパーティメンバーの親世代だった。つまり、アイリスの母とメイの母である。
彼女たちはエルフとゴーレム。
年齢的な衰えは存在しないし、レンの魅了で変なことになる心配もない。知り合いなので息も合わせやすいといいことづくめだ。
試しにお願いしに行ってみると、アイリスの母──アンナは微笑と共に了承してくれた。
「えー。お母さん、私たちとの冒険はー?」
むしろ難色を示したのは妹たちのほうで、レンは彼女たちを宥めるために一緒に遊ぶことになった。
「メイの妹も一緒なんだよね? だったらしばらく別の人と一緒に……あ、ショウたちならちょうどいいんじゃないかな」
「レンさん、私たち、男の子は子供っぽいのであまり好きではないんですが」
「アイナたちだってそんなに歳変わらないでしょ」
ショウたちも「一時的になら」と変則パーティを了承してくれ、ネイティブ世代の有望株が期せずして協力しあうことになった。
「後はメイのお母さんかあ。なにげにちゃんと挨拶しそびれてるんだよねえ」
「別にうちの母には挨拶など必要ありません」
「いや、メイちゃん。今回はそういうわけにもいかないでしょ」
「あの女は『彼との時間が減るから』とか言って難色を示すかもしれません。ここは先んじて対価を示すのが良いでしょう」
「具体的には?」
「ご主人様のエロ技術を伝授するのが良いかと」
「……わたくし、対価と言われたのでお金や物を想像していたのですけれど」
真面目なシオンはドン引きだったが、結果的にメイの母は同行をOKしてくれた。
条件はレンとのエロ談義の他にもう一つ、ダンジョンに潜っている間はアイリスの家に旦那を預かってもらうことだった。理由は悪い虫が付かないように。歳を取らない美人が甲斐甲斐しく世話をしてくれているのにそうそう浮気なんてしないと思うのだが……心配なものは心配、ということらしい。
ともあれ、これで協力者が四人。
前衛一人、後衛一人、アイリスの母とメイの母は状況に応じて動きを変えられるオールラウンダー。強いて言うなら回復役が足りないが、
「アイリス。生命の精霊の扱いはまだ苦手なの? この機会に覚えておきなさい」
「う、はぁい」
戦闘中に使うのは難しいタイプであるものの、精霊魔法の中にも治癒魔法はあるということで、五十階攻略に向けた強化パーティがここに結成された。
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