四十五階攻略

「アースバレット!」


 四十五階、昼下がりの街中にて。

 スタート地点から一気に兵士の詰め所まで移動したレンは土属性の範囲魔法を建物へと叩き込んだ。

 ブーストなし、二重魔法ダブルキャストも当然使っていないものの、百発の石弾。どががががが、と気持ちのいい音を立てて壁や天井、付近の石畳へとめりこんでいく。

 幸い、通行人はレンの姿を見て逃げ出していたため被害はなし。


「あれ、これでもけっこう威力高いな……ま、いっか」


 壁や天井の厚みの半分くらいまで削れているのを見て、今度は敢えて魔法を空に放つ。一度上空へと舞い上がった石弾は勢いを殺されながら落下し、詰所の天井をがんがんがん、と叩く。


「な、何事だ!?」

「あれは、まさか悪魔か!?」


 慌てて出てきた兵士たちが叫ぶ。内容は追いかけてきたミーティアがテレパシーで教えてくれた。

 そのミーティアはミーティアで兵士の一人──の頬すれすれを狙って射かけ、かっ! と壁に矢を突き立てて見せた。

 平和な街に突如現れた悪魔(サキュバス)とダークエルフ。

 兵士たちは一気にパニックに陥り、どうするべきかと視線を巡らせ始める。


「ほらほら、街の人を避難させたり飛び道具を持ってきたり、仲間を呼んだり、やることはいっぱいあるでしょ!?」

「我々はこれからこの街を襲撃する! 本隊はまもなく到着よ! 恐怖するがいいわ、愚かな人間どもよ!」


 ミーティアは異世界語だが、レンのほうは日本語である。この場合、わけのわからない言語を話す敵、というのは逆に怖いはず。

 警告した後は二人でその場を離れながら何度か同じようなことを叫んで回っただけだが、効果は抜群。街の外に出る前に警報代わりの鐘が鳴らされ、兵士たちがばたばたと走り回り始めた。


『うまくいったよ。みんなも適当に追いかけてきて』

『おっけー』


 レンたちが飛び去ったのは当然、敵が来ると予想される方向。

 複数部隊があるのでこっちばかり警戒されても困るのだが、まあそこは仕方ない。

 少ししたところでスタート地点で待機していた他のメンバーが後を追いかけてくる。ちなみにメイはフーリに憑依してもらって飛行中だ。

 レンたちとしては単に仲間と合流するつもりなのだが、傍目からは冒険者(?)の一団がいち早く敵を追いかけているように見えるはず。

 意外と兵士たちも頑張っているのか二、三度矢を飛ばされたものの、その程度でどうにかなるはずもなく、一気に街の外壁を飛び越えた。


『うわ、けっこう近くまで来てる』

『もともとの猶予が十分ですものね。少しでも守りを固める時間を稼がなくては』


 敵の構成は大きくは変わっていない。一般兵扱いのゴブリンにエリート相当のリザードマン、タフなオークに弓も魔法も使えるダークエルフ、攻城兵器代わりのオーガに飛行するハーピィ。それからデーモンが数体。ハーピィやオーガの数と割合が増えているのが厄介な点か。

 今回は敵も街攻めということで準備をより万端に整えている。

 レンたちの接近を受けて兵糧など物資を運ぶ後方部隊が足を止め、それを守るように部隊が展開し始める。サキュバスやダークエルフが交じったパーティ相手に判断が早い。まあ、知らない顔が街の方から飛んできたら警戒するのも当然か。


「ファイアアロー!」

「狐火!」

「ファイアボルト!」

「今回は私も射撃に参加させていただきます」


 防御のため手を休めているフーリ以外の面々が魔法と矢、砲撃によって先制攻撃。風を使うと味方の攻撃まで散らしてしまう恐れがあるので今回は火属性で統一した。

 レンの二百本の火の矢に加えてシオンの九×五発の炎、そこにアイリスたちの攻撃まで加わるともはや雨である。魔物たちは手痛い攻撃に一瞬手を止め、悲鳴を上げる。

 遅れて反撃も飛んでくるものの、レンたちはバラバラに空を移動してこれを回避。

 飛んでくるハーピィたちには、


「マナボルト」

「ウインドスラッシュ!」


 鋭い爪と牙を持つ凶悪な魔物も翼がなければ攻撃を届かせることができない。消滅させるには足りなくとも地面に落としてしまえば落下の衝撃で勝手に消えていってくれる。

 なお、メイとシオンはそれぞれハーピィをぶん殴ったり蹴っ飛ばしたりして対処していた。

 鈍器扱いの腕でぶん殴られたり、巨大な狐に蹴飛ばされたハーピィも少々哀れである。

 と、それはともかく。


『これ、けっこうきつい……!』

『そうね。できれば本隊をさっさと始末して他に回りたかったのだけれど』


 レンたち全員が釘付けにされてしまっている。

 敵も街まで到達できていないのでどっちもどっちだが、別動隊の攻撃を街の人間だけで乗り切れるかどうか。


『メイ、あれを使おう!』

『ボムですね。かしこまりました』


 テレパシーで答えたメイはストレージから小さな結晶のようなものを取り出す。振りかぶって下に投げられたそれは敵陣に吸い込まれ、

 炎と爆風を撒き散らす様はさながらファイアーボールの魔法。

 通常の炎の弾よりも高いコストをかけて作成した、その名の通りの爆弾である。実は範囲攻撃手段が限られているレンたちにとってはこれがとてもありがたい。


 指揮官と思われるデーモンはこれに対して新たな号令。敵部隊が小さな塊ごとに別の方向に散り始めた。ファイアーボールを警戒して被害を分散させるつもりらしい。


『ですが、組織だった行動ができなくなるのはそちらにとっても痛手のはず』


 レンたちは小集団をひとつずつ潰せばいいだけだ。手始めにレンはそのひとつにマジックアローを降らせようとして、


「!?」


 不発。

 当然、MPが足りないのではない。発動しかけた魔法が急に消えてしまったような感覚。見れば、指揮官のデーモンがこちらを睨みながら不敵に笑っていた。いや、悪魔の表情はわかりづらいのでそう見えただけかもしれないが。


魔法解除ディスペル。この距離からレンの魔法を打ち消すとはやるじゃない』

『むう。これはちょっと嫌な感覚かも。あんまり食らいたくないなあ』


 TCGでカードの効果が打ち消されるならまだしも、実戦でやられると「なにをされたんだ!?」と混乱してしまう。おそらくばんばん使える魔法ではないのだろうが、そういう心理的効果も合わせるとなかなかに嫌らしい。


『まあ、打ち消されようが使える時に使うだけなんだけど……!』


 仲間たちと視線で合図しあい、それぞれに分かれて別の敵を狙う。

 レンは敢えて急降下、接近しつつボスのデーモンへ。


「とっておき、これも打ち消せる!?」


 三重魔法トリプルスペル

 過剰増幅オーバーブースト

 魔操師マナコンダクターの切り札中の切り札。レンが使ってもなおMP消費がきついこれらのスキルを乗せて放たれたマナボルトは一発目が打ち消されたものの、残る二発がデーモンの身体へと吸い込まれた。

 どん、と。

 疑似的な衝撃と共に空いた風穴をデーモンは見下ろし、なにかを小さく呟いてから消滅していく。


「指揮官、撃破」


 敵陣に広がり始める動揺。

 無視してさらに降下したレンはオーガの後方に回り込むとを一閃、


「ドレインスラッシュ……!」


 魔法攻撃力を上乗せした物理攻撃を浴びせつつMPも吸収する、射程距離とそもそもの消費MPが高めな点に難のあるサキュバスのスキルは、使いどころさえ選べばかなり強力。オーガにも頸動脈はあるらしく一気に血が吹き出し、絶叫を上げ始めた。


「後は、ドレインアローでっ!」


 マジックアローの属性変化──ではなく、吸収魔法であるドレインボルトの範囲版だ。威力が低い代わりにMP吸収効果が高く、MPを気にせず使えるのが利点。

 ここまで来るとレンに構って足を止めた時点で敵の負けである。

 ほどなく、他の仲間たちによって残ったデーモンが撃破されると本隊は壊滅が決定した。


 まず、後方支援部隊が一目散に逃げ出していく。戦う力の弱い者たちで構成されていたのだろう。まあ、人間相手なら十分戦えるのだろうが、人間の群れ──街を襲うには力不足。その街を守るように実力者が配置されているなら猶更だ。


『レン、ミーちゃん、先に行っていいよ。ここにいるとややこしいでしょ?』

『ありがとう。じゃ、別の部隊を潰してくる』

『さっさと合流しなさいよ。あなたたちだって人間と話は通じないんだから』


 戦闘要員だった魔物もいくらかは逃走。残った敵程度ならメイ&フーリだけで十分だ。アイリスとシオンには街を突っ切る形で移動してもらい、街に入り込んだ魔物がいそうなら退治してもらうことにした。

 レンとミーティアは街に入るとややこしいので大きく迂回する形で別動隊へと向かう。


『あら、意外と頑張っているじゃない?』

『こっちに兵士が来なかったし、手薄な方を優先してくれたのかな』


 敵の別動隊とは兵士、それから冒険者や傭兵が戦っていた。勢いを食い止めきれてはいないものの、完全に劣勢というわけではない。街という守るべき対象がなければそこそこ善戦できるかもしれない。


『でもまあ、人数がいてもその程度。本隊がいたらあっという間にやられていたでしょうし、オーガの相手は複数人でかかってもなお大仕事って感じね』

『ダークエルフでも結構人数が必要なんじゃなかったっけ?』

『安全に殺すためには、ね。こいつらは命をかけてそれ。所詮は人間よね』


 ミーティアの発言をどこまで信用していいかはともかく、レンたちも加勢。最初は人間側から攻撃されそうになったものの、レンたちが魔物ばかり狙っていることに気づくとひとまず後回しにしてくれた。

 唯一、言葉の通じるミーティアは戦いながらなにやら言い合っていたものの、要するに「お前達は結局何者なんだ!?」「ああでも言わないとお前達は動かなかったでしょう? 嘘も方便よ」といった会話だったので詳細は省く。

 すぐにアイリスたちも合流してきて、大勢は決した。

 完全に戦線が瓦解するまでにはさすがにもう少し時間がかかったが。


『さて、これなら後はもう大丈夫そうかな。ミーティア。誤解はちゃんと解けた?』

『どうかしら? 戦いが終わるまでこの場にいるとややこしいことになるかもね。……というか、これって私たちは帰れるの?』

『……あ』


 攻略本によると下り階段も街の中だ。

 ひょっとして未知の階だと次の階への入り口も一生懸命探さないといけないのだろうか。街とかになるとそれだけで半日くらいかかりそうなのだが……それはともかく。上りを使うにせよ下りを使うにせよ街中に行かないといけないとなると、


『襲われるね?』

『襲われるねー。レンとミーちゃんがいなければなんとかなるだろうけど』

『……あー。夜になってからこっそり忍びこもっか』


 頑張って誤解を解く、という手もあるにはあるものの、破壊活動を行っていた言葉の通じないサキュバスはどう考えても怪しい。というわけで、レンたちはいったんこれ見よがしに街から離れ、適当なところに潜伏した後、夜、人々が寝静まるのを待ってから空き家内の下り階段から神殿へ帰った。


「はー。……これだけ遅くなったのって初めてだよね? もうちょっとで朝帰りだったんじゃない、私達」

「ね。泊まり込みも珍しくないらしいけど、これは大変かも」


 具体的には花摘みとか食事とかである。まあ、実はフーリも非実体化状態や憑依状態だとそのへん大丈夫なので、レンたちのパーティはわりと戦い続けられる者が多い。そういう意味ではだいぶ楽だ。というか、そういう意味でも異種族はチートかもしれない。


「でも、これで四十五階も制覇ですね!」

「これならドヤ顔は確定でしょうね」


 ちなみに四十五階のクリア報酬はアイリスとメイのストレージ完全開放だった。

 これでアイリスたちもレンたちとまったく変わらない戦闘力を手に入れたことになる(ミーティアは『祝福』の形式が違うのでひたすら地力が強化されている)。

 というか、アイリスたちは特訓によってスキルレベルを直接上げられるため、スキルポイントに頼っているレンたちより強いと言っていい。

 今はまだレベル差の関係でレンたちに分があるものの、そう遠くないうちに追い抜かされるだろう。


 ダンジョン内で夜になったということはこっちの世界でも夜。

 近所迷惑にならないよう、なるべく静かに夜空を飛びながらテレパシーで、


『さて。四十六階からはどうしましょうか? またしばらく準備期間かしら?』

『敵の強化具合を考えるとその方が良いかもしれません。少数精鋭で複数の部隊を相手取るにはさすがに練度が足りていないでしょう』

『ん……。それなんだけど、さすがにそろそろ他の人の手を借りた方がいいかなって』


 レンは仲間たちの声に答えながら苦笑した。

 他の人とは組みづらい事情もあるわけで、できるだけ仲間内だけで済ませたいのは山々ながら、ここは方針を転換すべきところだと思った。

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