英雄の戦い
『まったくもう、あの子供に引き留められた時はどうしようかと思ったわ』
『まあでも、おかげで話が早く済んだよね』
スタート地点は都の中、あまりグレードの高くない住宅街の一角にある空き家だった。
城へ説得・交渉に向かうにあたってレンたちは大人組といったん別行動を取ることにした。レンたちだけなら気兼ねなくテレパシーが使える。メインになるのが日本語勉強中のミーティアなのでこの方が動きやすい。
あらかじめ変装道具は用意していたためさっそく外に出て城を目指したのだが──いよいよ城へと近づいたところで見習いの巫女らしき少女が「この人はダークエルフだ」と騒ぎ出した。結果的にはこれによって注目が集まり、ミーティアの名乗りにインパクトが生まれた。
周囲を衛兵に取り囲まれた状態で城内へと連行されたレンたちは対応に出てきた騎士へドラゴンの出現を訴え、特例として国王への謁見を許された。
(ちなみにレンは容姿を変えるスキルで翼と尻尾を一時的に消滅させ人目を逃れた)
ミーティアの所持品にダークエルフ王家の紋章があったのも大きかっただろう。
「もうすぐドラゴンが都を襲撃する、だと?」
「ええ。もはや一刻の猶予もないわ。被害を減らしたいのなら今すぐに行動するべきよ」
例によって異世界語の会話は「だいたいこんな感じ」と単語と雰囲気から読み取ったものである。
四十代の国王は「にわかには信じがたい」と唸りながらも騎士や宮廷魔術師に指示を出し、五分も経たず遠視などの魔法によってドラゴンの接近が確認された。
一気に緊迫感を増した国王以下、異世界人たちは最大レベルの警戒態勢で動きだした。騎士や兵士を総動員して門の閉鎖や住民への勧告、神殿への協力要請などを行うと共にドラゴン迎撃の準備を開始。
「警告に感謝する。其方らの報がなければさしたる対応もできないままに最悪の局面を迎えていた事だろう」
「礼には及ばないわ。私たちはただ少しでも楽がしたかっただけだもの」
おそらく、ミーティアの警告がなくてもドラゴン自体は発見されたはずだ。
城壁には二十四時間警備の兵が配置されている。なにしろ巨大な生き物なので、ある程度接近してくれば否応なくわかる。
慌てて城まで連絡が行ったとして──警告があった場合となかった場合の時間差は十五分からニ十分といったところか。この差は小さいようで大きい。
「楽、だと? ……まさか、竜と戦うつもりか?」
「そうよ。一番の目標は最初からそっち。警告はあくまでもついでに過ぎないわ」
「……馬鹿な」
「虚言でも冗談でもない。たとえあなたたちが何もしなかったとしても、ドラゴンは私たちが必ず倒す」
ちらり、ミーティアの視線を受け取ったレンはサキュバスとしての真の姿を現す。
ついでにフーリが非実体化し、シオンが身体を大きくすると大きなざわめきが発生。
「静まりなさい。私たちに害意があるならこんな悠長な話し合いはしていないわ。邪魔をするなら殺す。それだけよ」
「……むう。ミーティア王女。其方らの目的はなんだ?」
「ドラゴンを殺すこと。あなたたちに要求するのは私たちと、街で待機している仲間の邪魔をしないこと」
「よかろう」
どのみち言い争っている時間はない。王は「毒を食らわば皿までだ」と口にすると「この者達の邪魔をしないよう全ての騎士・兵士・魔術師に伝達せよ」と部下に命じた。
「なら、私たちは行くわ。できる限りのことはするから、そちらはそちらで被害を減らす努力をしなさい」
「わかった。其方らの助力に感謝する。……その言葉に偽りがないことも、な」
「疑り深いのね。まあ、無理はないけれど。安心しなさい。目的を果たしたらさっさと消えるから」
廊下へと出たレンたち。
時間が惜しいので適当な窓から空へ。賢者へはレンが魔法で伝言を送り、空き家の屋根の上で合流。
「ご苦労だったな。ドラゴンの到着まではあと十分だ」
以前に転移してきた教師──既に老衰で亡くなった男性の遺品だというねじ式腕時計を確認しながら賢者が宣言。必要なくなった腕時計は万が一にも壊れないようストレージに収納され、
「始めるとするか」
「うん。行こう、みんな」
ドラゴンとの戦いがいよいよ幕を開けた。
◇ ◇ ◇
一行はまず城壁まで移動した。
ケントにはシオンに乗ってもらい、壁の上に作られた見張り台および連絡通路へと陣取る。既に連絡が済んでいるのか、兵士たちはレンたちに敬礼をして場所を開けてくれた。
「お、来てやがるな」
空の彼方から飛来する竜の姿が遠目に見える。
体色は赤褐色。身体のサイズはレンたちの高校の校舎よりは明らかに大きい。学校サイズというのは子供の数が多かった平成初期の感覚か。その大きさの身体に極太の手足が付いており、その手足には鋭利な鉤爪、さらに後方には凶悪な尻尾まで備えているのだから意味が分からない。
もはやモンスターというより怪獣と言った方が正しいサイズ感と威圧感。
こうしている間にも少しずつ大きくなっていくその姿を睨みつけながら、
「おっさん、頼んだ」
「ああ」
MPポーションを2ダースか3ダースか実体化させた賢者は軽く足を広げて立つと、ストレージから長い杖を取り出し両手で握った。
ポーションはレンとフーリが抱えてすぐに差し出せるようにする。
たん、と、杖が床に突き立てられると同時に魔法陣が展開され、中年魔法使いの魔法をさらに強化していく。
「──
一瞬、空でなにかが輝いた。
直後、高速で落下してくるのは赤熱した岩の塊。サイズはちょっとした犬小屋程度。
ゲームだともっとでかいのがぽんぽん落ちてきたりもするが、
「衝撃が来るぞ。念のため注意しとけよ」
ケントからの忠告。
直撃した隕石はレンたちのいる地点にまで軽い衝撃をもたらした。光と熱が辺りの空気を温め、兵士の何人かが悲鳴と兜を脱ぎ捨てたが、マジックアイテムに守られたレンたちにはこの程度ではなんの影響も及ぼさない。
開栓したポーションを賢者の口に直接当てて飲ませる。レンとフーリから一本ずつを飲まされた賢者はさらにメテオを召喚。
咆哮。
ドラゴンの頭上に半透明のシールドが大きく展開され、隕石を受け止めた。
力を失った岩は小さく砕けながら地面へと落下していく。
「やっぱ直撃するのは最初の一発だけか。二発目からは魔法で防いできやがるな」
「いや、魔法も使うのあいつ……!?」
「防御魔法だけだけどな。いや、身体強化とかも使ってるのかもしれねえし、ブレスも魔法だったりすんのかもしれねえけど」
「構わん。HPだろうとMPだろうと消耗させられればそれでいい」
次々と空になっていくポーション。防がれ続ける隕石。到着し始めた魔術師隊と聖職者たちが衝撃波や熱波を魔法で防ぎ始める。
「じゃ、私たちもやろっか、メイ」
「ええ」
メイの母がストレージから二本の長い筒のようなものを取り出し、片方を娘に渡す。
筒と言うより砲と言うべきか。ゴーレムの母娘はそれを互いの背中に装着するとがしゃん、と、肩に担ぐようにして展開。
立膝をして体勢を安定させた二人は砲から勢いよく球体を射出し、ドラゴンへと直撃させる。
爆発。
「
「コストは通常ボムのさらに二倍ですが、威力は二倍以上です」
「もう本当に爆弾っていうか……」
「いっそプチメテオって呼んだ方が良い感じだよね」
この砲撃も二発目以降はシールドで防がれ始めたものの、展開範囲を広げたうえに頻繁にダメージを受けていればMPがどんどん削れていくはず。
周りの兵士たちも隕石と爆発の余波で被害を受けているにもかかわらず「すげえ」「なんだよこの威力」と大興奮。図らずも士気が上がっている。
そして。
レンとフーリの抱えていた瓶が全て空になったところで頃合いが来た。
「潮時だな。後はお前たちに任せるとしよう」
魔法陣を消した賢者は杖を下ろすと新しいMPポーションを取り出し、一気に飲み干す。その後に紡がれたのはありったけの補助魔法だ。
「では、アイリス、ミーティアさん」
「はいっ!」
「ええ」
風の精霊魔法で強化されたエルフの矢は通常の射程を大きく超えて飛び、ドラゴンの鱗へと傷を作った。
鬱陶しそうに怒りの声を上げるドラゴンだが、MPが心許ないのかダメージが小さいためかシールドは展開して来ない。
接近するにつれ、兵士たちの弓(ロングボウの他にクロスボウも含む)と魔術師隊のファイアーボールが加わってもそれは同じ。
矢や魔法で小さな傷が生まれてもそれらは端から少しずつ治癒されていく。
再生能力。
盛り過ぎなくらいの能力だが、だからこそのファンタジー最強生物の称号か。
「っし、俺達も行くぞ、レン、フーリ、シオン」
「え、もう行くのケントさん。まだみんな攻撃してるよ?」
「後ろまで回り込めば奴が盾になってくれるだろ。それに、壁を超えられる前の方が戦いやすい」
「ん、もう、しょうがないなあ」
精神体となったフーリがケントに同化し、彼のMPを使ってふわりと浮き上がる。戦士はMPを使わないのであるだけ飛行につぎ込める。ある意味、相性はいいのかもしれない。
「じゃあ、シオン。わたしたちも」
「はいっ」
レンとシオンもそれぞれ自分の方法で空へ。
動きだすとみるみるうちにドラゴンが近くなってくる。爬虫類特有の眼、人間くらい軽く丸のみできそうな口、軽く撫でられただけで骨折してしまいそうな手足。
威嚇の咆哮にぴりぴりと震える空気。
顔をしかめながら速度を上げたその時、大きく開いたドラゴンの口、その奥に輝きが見えた。
ブレス。
あれは撃たせる前に止めた方がいい。レンとシオンは同時に自らの魔法を起動。
「マジックアロー!」
「狐火!」
光の矢が全身を襲い、炎が次々と顔に着弾するとドラゴンは集中を乱されたのか口の輝きを消した。
代わりに両翼が大きく羽ばたき、ただそれだけで突風が巻き起こる。
「わっ」
「きゃっ!?」
「ご、ごめんシオン」
「いえ、大丈夫です! ですが……」
もろに吹き飛ばされてしまったレンは近くにいたシオンに衝突。幸い、羽毛の効果もあって二人とも怪我はなかったものの、
「レンさま、わたくしの背に乗ってください」
「でも」
「わたくしならば空中でも踏ん張りがききます。翼で竜に接近するのは困難かと」
「……ん、わかった。ありがとう」
ここは大人しく言うことを聞くことにした。
レンが背中にしがみつくと、シオンは大きく高度を落とし下から狐火を放ちながらドラゴンの後方へとまわりこんでいく。
一方、風自体を操って飛んでいるケント+フーリは比較的影響がなかったらしく、大きく横に回り込む形で移動していく。
そこへ風を切って振るわれる尻尾。
「うおっ、危ねえ!? フーリ、あれ思ったよりリーチあるから気をつけろよ!」
「わ、わたくしたちも気をつけましょう」
「う、うん」
ケントはともかく、レンたちだと一撃で気絶くらいはしかねない。
ドラゴンの後ろを取ったレンたちは尻尾が届かない距離を維持しながらマジックアローと狐火を連射。
そこへケントが追いついてきて、
「ちっ、もうすぐ壁に着いちまうな。さっさとぶった斬るとするか。お前ら、牽制を頼む!」
「はい!」
レンたちの魔法を追いかけるように最速で飛んでいくケント。
鞭のようにしなる尻尾をかわし、ドラゴンの背中へと肉薄すると巨大な斧を振るい──金属同士が衝突するような音を立てて硬い鱗がはじけ飛んだ。
刃が肉に食い込み、重油のように黒ずんだ血液が宙を舞う。ドラゴンの悲鳴。
壁の上の面々が退避していく中、ドラゴンは怒りに任せて腕を振るった。頑丈に築かれた城壁が玩具のブロックのようにバラバラになって崩れていく。瓦礫は都の内部にも落ちて建物の屋根を一部砕いた。
街に人の姿はない。
既に家の中へと隠れるか神殿などに避難したのだろう。もちろん、このドラゴン相手では家の中にいたところで安全とは言えないが、生身でいるよりは幾分かマシだ。
レンたちにできるのは、少しでも早くドラゴンを倒すこと。
「っと、暴れんなよトカゲ野郎! 上に乗っちまえばこっちのもんだ! フーリ、もう行ってもいいぞ!」
「いいの? 落ちたらさすがに大怪我するよ?」
「怪我が怖くて戦士なんてやってられるかよ! いいから行け!」
「わかった。じゃ、私も私にできることをするよ」
分離したフーリが非実体化状態のまま飛んできて、レンのところへ。
「シオンちゃん、レンは私が預かるよー」
「かしこまりました。では、わたくしたちでケントさまを援護いたしましょう」
久しぶりにフーリと溶けあうと、風の加護により身体が一気に軽くなった。これならドラゴンの羽ばたきにも負けはしない。
レンはシオンと目配せをしあい、時にはテレパシーで合図を出しあいながら飛び、それぞれ別々の方向から魔法を撃ち込んでいった。
「マナボルト!」
「狐火!」
次々と着弾する魔法。悲鳴を上げたドラゴンが大きく身をよじる。ケントは器用にしがみつきながら斧を振るい、敵の身体に傷をどんどん増やしていく。
直後。
下の街から眩い光が生まれたかと思うと、ドラゴンを直撃。熱ではなく清らかさを感じるその光の出所は、一目で神聖とわかる衣を纏った二十代後半の美女だった。その傍には数名の巫女が控え、いつでも魔法を使えるように備えている。
「すごいな。さすがに都にはああいう人もいるんだ」
「レンさま、お城の方からもなにかが来ます!」
「っ、と!」
閃光。
次いで飛んできたのは巨大な、光でできた刃だった。展開されたシールドを切り裂き首へ浅くない傷を作ったその攻撃の主は、城のバルコニーに立ち大振りな両手剣を構える国王。
『この国の国宝。陽光を受けることで魔力を蓄え、光の刃を成す伝説級の宝剣。まさかその一撃をこの目でみることになるとはね』
テレパシーによって届けられたミーティアの声には感嘆と畏怖の色があった。
レンは「まあ王様がすごい剣持ってたらビームくらい撃つよな」というゲーム脳を恥ずかしく思いながら、頼もしい援軍に負けないようさらなる攻撃に取り掛かった。
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