決戦の終わり
ドラゴンとの戦いは熾烈を極めた。
あの空飛ぶ大怪獣は炎のブレスを毎回阻止されるのに業を煮やしたのか、やがて圧縮された空気を吐き出し始めた。さしずめ風のブレスと言ったところか。
炎に比べると溜めが短く、これはなかなか阻止できない。
屋根を飛び移るようにして追いかけてきたアイリスたち、あるいは街中に立つ聖職者たちが可能な限り阻止したものの、見えないものを全て撃ち落とすのは至難の業。多少街が破壊されても火事にさえならなければ再建は容易なのでむしろ多少は無視しても構わない。
ドラゴンが狙ったのは王城だ。
さすがに王の立つその場所への攻撃だけは防がないといけない。ブレスの出に合わせて顔を攻撃し、風の軌道を逸らしてやる。何発かが隣に立つ神殿を直撃したものの魔法のバリアが防いで大きな被害にはならなかった。
王の振るう光の刃もまた溜めが必要らしく連発はできなかったものの、やがて二発目、三発目が放たれて竜の身体に大きな傷を作っていく。
劣勢を察したドラゴンはなりふり構わず暴れ始める。
空中で姿勢を変えながら振るわれる四肢と尻尾。その巨体が動くだけで突風が生まれ、攻撃の全てをかわすのはかなりの集中力を要した。加えて放たれる風のブレスだ。狙いが付いていないので辺り構わず適当に破壊するだけだが、破壊された瓦礫に潰される人がいるかもしれない。
「この野郎、いい加減大人しくしやがれ!」
こうも暴れられるとさすがのケントもなかなか斧を振るえない。
このままでもそのうち倒せはするだろうが、それまでに被害が増えそうだ。
《地面に落とせればもうちょっと攻撃しやすくなるかな》
《あ、そうかもね。落ちた場所が凄いことになりそうだけど》
この大怪獣を空中で光の粒に変えるのはおそらく不可能。
ならば、と、レンはドラゴンにしがみついているケントに向けて叫んだ。
「翼を斬って下に落としましょう!」
「あ!? 斬るっても、さすがに俺も手いっぱいだぞ!?」
「大丈夫です、わたしがやります!」
歴戦の戦士は一瞬、思案するように黙ってから「わかった!」と答えた。
「落とすなら城の庭だ! 角度くらいはこっちで修正してやる!」
そうと決まれば話は早い。
《行くよ、フーリ》
《うん!》
風を纏い、最速で接近。
用いるのは憑依状態でないと使えないフーリの十八番。そこに三重魔法と過剰増幅を乗せて、
「ウインドスラッシュ!」
シールドはもう張られなかった。
巨大な風の刃がドラゴンの左翼に迫り、半ばあたりから見事に切り落とした。
咆哮。
レンへと首を振り向けるドラゴン。その口内から放たれる圧縮待機にぞくりと背が泡立つ。かわす余裕はない。残ったMPを総動員して、
「マジックシェル!」
「ウインドブラスト!」
風の魔法がブレスの勢いを殺し、魔法防壁がダメージを軽減。
車に跳ね飛ばされたような衝撃を覚えながら数メートルも吹き飛ばされ、それでもなんとか飛行能力を取り戻す。自分にヒールをかけながら戦況を確認すると、
「おらっ! もうちょっと向こうに落ちやがれ!」
ドラゴンの背に仁王立ちしたケントが大振りの一撃を叩きつけ、強引に落下軌道を変更していた。
さらに下から放たれたゴーレム母娘の魔力爆弾が次々と着弾。落下の衝撃を殺し対空距離を伸ばしていく。そこにアイリスたちの風魔法も加わって、
《あれ、ちょっと行き過ぎじゃない?》
《あ》
城の広い前庭に突っ込んだ巨体は勢いを殺しきれず城の建物に激突。
防御魔法との激しい争いを繰り広げた後、壁を大きく破壊しながらなんとか止まった。
うん、まあ、建物が倒壊したわけではないし許容範囲だろう。城の魔法使いたちは気が気じゃなかっただろうが、結果オーライである。
敵が落下したのを受けて騎士、兵士たちも勢いづき、剣や槍を握って殺到していく。とはいえ竜もまだ戦う力を失ってはいない。翼をもがれ落下のダメージを受けてもなお、一人でも多くの人を道連れにしようとするかのように爪や牙を振るう。
爪がかすっただけで兵士の鎧は大きく抉れ、衝撃が骨を破壊する。仲間に引きずられながら交代した彼らは即座に聖職者の治癒を受け始めた。
相変わらず背中にしがみついたままどっかんどっかん斧を叩きつけているケントの方が異常というか、うん、あれを参考にしてはいけない。
これならあともう一息か。
手こずらされたものの、街に大きな被害は出ていない。ドラゴン相手にこの結果なら十分に大勝利と言えるだろう──と。
『まずいな。敵の最後の悪あがきに城が耐えきれないかもしれん』
賢者からの魔法の伝言。
独り言みたいに言っているが「相談に付き合え」ということだろう。レンは地上に降りると賢者の傍に立った。
「最後の悪あがきって?」
「敗北を確信したドラゴンは自爆するのだ。体内に溜め込んだ炎のエネルギーに残る生命力を注ぎ込み、特大の爆弾となって辺り一帯を吹き飛ばす」
「そういうことは早く言おうよ!?」
「必ず自爆するとは限らなかった。それに、街への被害がどれほど出ようと所詮はかりそめの存在だ。我々が生きてさえいればそれでいい」
「……おっさんは本当にさあ」
要はHPが残っているのが問題らしい。今のドラゴンにメテオでも撃ち込めば自爆する余力は残らないだろうが、そんなことをしたら自爆されたのと大して変わらない被害が出る。
「レン。あの馬鹿をなんとか連れ戻してくれないか。奴が退避すれば後は範囲外まで皆を連れて行くだけだ」
「いや、ここまで来て街を壊されました、じゃ締まらないよ……!」
「だが、ならばどうする?」
「HPを削ればいいんなら一応手はあるよ。足りないかもだけど、やらないよりはマシだよね」
「でしたら、わたくしにも協力させてくださいませ」
降りてきたシオンが狐耳巫女姿に変身し、両手で何かを差し出してくる。
一見するとなんの変哲もない石だが、
「スキルで作り出した殺生石です」
周囲に永続的なダメージを与え続ける特殊アイテム。シオンの性質に影響を受けて神聖よりの属性になっているためモンスター以外には大きな影響がないものの、ほいほい使えるものではない。
設置型であるという点も使いづらさを後押ししているが、今なら。
「ドラゴンの体内に埋め込んでいただければ十全の効果を発揮するかと」
「なるほど。……ありがとう、シオン。わたしのやりたいことも一度、あいつに近づかないといけないし、ちょうどいいよ」
レンは石を受け取り、再び舞い上がった。
賢者は「まったく、無茶をする」と苦笑いするとレンに再び補助魔法をかけてくれた。
《レン、やるなら早くしないと》
《うん》
高速でドラゴンへと接近し、
「ケントさん! ひとつ大きな傷を作ってください!」
「ん? なんかよくわからんが、わかった!」
既にできていた切り傷に渾身の一撃が振るわれ、肉を通り越して骨が見えた。そこをめがけて急降下したレンは、手にした殺生石を深く埋め込んで、
「ヒール!」
適度に調整された治癒魔法が肉を再生、石を包むようにして保護させる。
「おいおい、なんでここで回復魔法なんか」
「いいんです、これで」
答えた直後、ドラゴンがまるで毒でも喰らったように苦しみだした。
ヒールをかけたのは再生能力で殺生石が体外に押し出されるのを防ぐため。そして、今度は両手でドラゴンの鱗を撫でて、
「
こんな時でもないと使う機会のない、サキュバスのスキルを起動した。
サキュバスのスキルを「離れていても使用可能」にするスキルと、対象へ命に関わるレベルのエナジードレインを行うスキル。
対象が弱っていなければいけないうえに接触の必要があり、そこまでしても即座にHPを刈り取れるわけではない。ただし、一度決まってしまえばどうあがいても「精気をすべて吸い取られて干からびる」他にない。
ある意味、サキュバスの奥義と言っていいそれは決まると同時に勢いよくドラゴンの豊富な生命力を吸い上げ始めた。
底を尽きかけていたMPがものすごい勢いで補充されていく感覚にレンは、ほう、と恍惚の息を漏らしてしまう。
「……おいおい」
その様子を傍で見ていたケントが呆然と口を開けて、
「お前な。今の表情、悪いサキュバスそのものだぞ」
「え、わたし、そんなに悪い顔してますか?」
「ああ。その辺の男どもがダース単位で狂ったからな。責任取れよ」
「取りませんよ!?」
レンは「取らない方が悪女っぽいな」とか言っているケントと一緒にその場を離れた。呪いめいた二重の必殺技にさすがのドラゴンも本格的にやばくなってきたらしく、暴れ方が殺すためというよりも苦しみを紛らわせるためになってきた。
じたばたともがくだけで地面がえぐれ、城の外壁に被害が出てはいるものの、ブレスを吐かれたりする様子はない。
「死に際のドラゴンは爆発を起こす可能性があるわ。できるだけ離れておきなさい」
念のためミーティアに警告を行ってもらい、周囲の兵を退避させる。
爆発を防ぐための防御魔法も準備されたが、結果的には必要はなかった。レンが余りだしたMPを回復魔法に変えてあちこち癒して回っているうちにドラゴンはぐったり衰弱し、そのまま息を引き取っていったからだ。
「あ、死んだみたい」
「いや『死んだみたい』じゃないでしょ」
エナジードレインが止まったのでそれを報告したところフーリ(分離済み)にジト目でツッコまれた。
「ほんとにもう。そのスキル、私たちには絶対使わないでよね」
「使わないよ。使ったらフーリたちが死んじゃうし」
「死んじゃうから使わないでって言ってるの!」
ほどなくドラゴンの巨体は消滅。後に残された殺生石はケントの斧があと腐れなく破壊してくれた。
「悪しき竜はここに息絶えた。我々の勝利だ!」
国王が高らかに宣言すると、その場にいた兵士・騎士・魔術師・聖職者たちがいっせいに声を上げ、その勢いは次第に都全体へと広がっていった。
『歴史的勝利ね。この戦いで過去が変わればいいのに』
◆ ◆ ◆
ドラゴンは倒された。
その知らせをエルは負傷者の治療にあたっている最中に聞くことになった。
本当なら彼女が治療を任されるはずはなかった。何しろ回復魔法なんてろくに使えなかったのだ。なのにそんなことになったのは急に力が芽生えたから。
窓から見上げた神話の戦い。
悪魔めいた姿の女性と大きくなった見知らぬ獣。敵なのか味方なのかわからない謎の英雄達はしかし、ドラゴン以外を攻撃することはなく、ドラゴンの討伐に大きく貢献した。彼女達がいなければ都への被害はもっとずっと大きかっただろう。
それでも被害者がゼロとは言えない。
神殿にも外の聖職者だけでは治療しきれなかった者が運び込まれてきて、さらに慌ただしい雰囲気になった。
──私に、もっと力があったら。
みんなを助けてあげたい。歯がゆさから唇を噛みしめ心の底から思った時、今までとは比べ物にならない神聖魔法の力が溢れてきたのだ。
「エル。聖女の力が目覚めたそうですね」
「聖女様……!?」
戦いの後、事後処理も一段落してひと息ついた頃、エルに声をかけてくる女性がいた。
一目で神々しさを感じる美貌の聖職者。神殿が誇る聖女がただの見習いに向けて微笑んでいる。もともと気さくで心優しい人ではあるけれど、ドラゴンとの戦いで疲れているはずなのに。
「はい。でも、私には怪我の治療くらいしかできなくて……」
聖職者としての急激な成長。それは聖女としての覚醒だ。
今の聖女様もかつてそういう経験をしたと言われている。それに従うとエルは次代の聖女ということになるのだが、今はまだまったくピンと来ていない。
彼女はただ人を助けたかっただけで、偉くなりたいわけではないのだ。
すると聖女様は「それでいいのです」と優しく言って、
「あなたはまだ目覚めたばかり。あなたが活躍すべき戦いはこれから先にあります」
「先……?」
「ええ。……私は、竜殺しの英雄たちと言葉を交わしました。そこでさらなる災いについて聞かされたのです」
ドラゴンを倒してもまだ終わらない。
大陸全土、人の領域全てが魔の軍勢に淘汰される可能性があるという。そんなことになれば世界は闇に包まれ、いずれは滅んでしまうだろう。
「戦わなくてはなりません。魔の者たちと我々、どちらが生き残るか。そんな『戦争』がすぐそばまで迫っています」
「確かに、あちこちで魔物が暴れていますけど、でも」
「私も完全に信じられたわけではありません。ですが、あの者たちのような強者が突然現れたこと、それこそが『変化』の始まりなのだと思います」
「じゃあ、私もその戦争に……?」
戦争なんて怖い。
癒しの力は増したけれど、聖女様のように聖なる光で魔物を消し去るなんてできるだろうか。
すると聖女様は「いいえ」と首を振って、
「あなたにはもう一つの道があります。あの英雄たちと共に行く道です」
エルに思いがけない「道」を示してきた。
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