戦いの成果

 戦いが終わった後、レンたちは城に招かれた。

 ミーティア以外はカタコトでしか喋れないのであんまり気は進まなかったのだが、こっそり帰れる雰囲気でもなかったので仕方なく了承。

 幸い、城の重要部分にはほぼ被害がなかったため話をするのに支障はなかった。


「人払いをしてもらえないかしら」


 詳しい話をするのならしかるべき人間のみの場で、とミーティアが要求すると当然の如く大反対を受けたものの、他でもない国王が了承。聖女や騎士団長など数名のみが貴賓用の応接室に集まってレンたちと向かい合うことになった。

 当然、レンたちに争う気はないのだが向こうにそれがわかるはずもなく。

 ミーティアが「世界の真実」を口にすれば混乱と警戒はさらに強まった。


「この世界が既に滅んでおり、我々は復元された仮初の存在だと……!?」

「ええ、そうよ。私はこのレンたちによってそこから救い出された存在。運よく彼らに見いだされた僅かな者だけが再び命を得て戦うことを許されるの」


 ヴァルハラに英雄を誘う戦乙女みたいに言われて妙なむず痒さを覚えている間に国王たちはなんとか衝撃から立ち直って、


「それが真実だという証拠はあるのか?」

「この子たちの強さをあなたたちの常識で説明できる?」

「………」


 ミーティアの言葉を信じるしかない──少なくともミーティアに嘘を言っているつもりがない、ということは受けいれてくれた。


「では、其方らが去れば我らはすぐさま消滅する、と?」

「そうよ。もちろん、それを認識する手段はないわ。生物は死ねば無に還る。そして、精巧に作り出された『世界』は本物と見分けがつかない」


 世界が五分前に作り出されたもので、記憶も記録も作り物でしかないとしても誰にも証明する手段はない。それと似たようなことだ。


「国王陛下。あなたとそちらの聖女様には『私と同じ』資格があるかもしれないわ。この世界の弔い合戦に参加してみる気はない? ……なんならその剣だけでも渡してくれると助かるのだけれど」

「……悪いが、すんなりと応じるわけにはいかんな」


 国王は首を振り、重々しい声で答えた。


「其方の話を頭から否定する事はできん。しかし、端から信じる事もできん。この生が仮初か真実か区別がつかないと言うのなら、我らにはやらねばならぬことがある」

「ええ。……ここに残り、民のために戦わねばなりません。一縷の可能性に縋って役目を放り出すなど愚か者のすることです」

「そうね。……私だってこの子たちに無理やり連れだされなかったら同じ決断をしたでしょう。かといって、あなたたちを捕らえて連れて行くこともできない」

「そのような仕打ちを受け、帰還の目がないと知れば、我はすぐさま命を絶つだろう。悪しき企みに利用される可能性とてないわけではない」


 厄介な話だ。

 彼らが来てくれればきっと大きな戦力アップになる。しかし、例えば立場が逆だったとして「はいそうですか」と相手の誘いに乗れるかと言ったら答えはノーだ。


『仕方ないかあ』

『だね。私たちぜったいうさんくさいし。話聞いてくれただけでありがたいよ』


 ドロップ品は現地人には見えないらしく普通に回収できた。

 戦勝パーティに参加する雰囲気でもないのでさっさと帰ろうか、とレンたちが考え始めた時、


「あの、皆さま。……よろしければ一人、連れて行っていただきたい者がいるのですが」

「え?」


 聖女が意を決したように口を開き、一人の巫女見習いの名を口にした。


「……ああ、誰かと思ったらあの時の子供じゃない」

「ひっ!?」

「安心しなさい。別に怒ってはいないわ。もう終わった話だしね」


 連れて来られた少女──エルとはレンたちも面識があった。その彼女はなんと、この騒動の中で聖女と同等の素質に目覚めたのだという。

 英雄候補。

 戦いが起こる前からミーティアに干渉してきたあたり彼女も「メインキャラ」の一人なのかもしれない。確証はないが可能性は十分にある。


「いいの? そんな人材、あなたたちにとっても貴重でしょう?」

「エルの人生はこれからです。この子はまだ責を背負う立場にはありませんから、必ずしもここにいる必要はありません」


 もっと言えばレンたちが来てドラゴンと戦わなければ力に目覚めなかったかもしれない。それどころか普通に死んでいた可能性も高い。


「ならば、一縷の望みに賭けて高みへと昇ってもらうべきかと」

「なるほど、ね。……私たちは構わないけれど、あなたはそれでいいの?」


 見下ろされた少女は一瞬、ぐっと言葉に詰まった後で「はい」と深く頷いた。


「聖女様のお話は難しくて半分もわかりませんでした。でも、みなさんが悪い人じゃないのはわかります。きっと嘘を言っていないのも。だから、他にもあのドラゴンみたいなのがいて、苦しんでいる人がいるなら助けたいです」

「親しい人と二度と会えなくなっても?」

「私は孤児です。……もともと、家族はいません。それに戦争になったらみんな離れ離れになってしまうかもしれないから」


 ミーティアが振り返ってレンたちを見る。

 レンはみんなを振り返ってから頷きあい、ミーティアを見た。


「わかったわ。一緒に行きましょう、エル」


 少女──エルには聖女から急遽、聖女としての新たな名が授けられた。


「聖女エレオノール。神殿の長として命じます。竜討伐の英雄と共に異なる世界へと赴き、救世のためにその身を捧げなさい」

「かしこまりました、聖女様。重大なお役目、命に代えましても実行いたします」


 見た目からしてエルは十二歳くらいなのだが、ファンタジーの住人は幼くてもしっかりしているな、と、レンは自分の十二歳当時を思い出しながら感心した。



   ◇    ◇    ◇



「あの、ところで、その。ミーティア様? 意外の方はどうしてお喋りにならないのでしょうか?」

「ああ、こいつらこっちの言葉はほとんど喋れないのよ」


 レンたちは兵士・騎士たちから盛大に見送られながら都を去ることになった。

 可能なら宴に出席して欲しいとも言われたのだが、また急に冷たくなる現場を見ることになりそうだし、エルまでそうなって連れて帰れなくなったら大変である。

 丁重に辞退すると「せめてもの謝礼」として大量の金貨やら何やらを持たされた。


「ふむ。この物資がどうなるかは興味があるな。それと、いったいどの時点から我々は彼らから認識されなくなるのか? 空き家に入るところは目撃されるのか? だとすると、このエルにとっては壁の向こうに連れて行かれる感覚なのか?」

「おっさん。エルが怖がるから戻るまであんまり喋らないで欲しいな」

「むう、手厳しいな」


 下りの階段はやはり街の中の空き家だった。

 家の前に立ったエルは不思議そうに「あの、ここですか?」と首を傾げる。

(エレオノールだと長いので普段は引き続きエルと呼ぶことにした)


「そうよ。……ええと、そうね。念のためそこのサキュバスの手を握っていなさい。怖かったら目を瞑っていてもいいわ。痛くもなんともないし、死んだりしないから」

「え、あの、私、それならミーティアさんとが……」


 レンの見た目が怖いからか、言葉が通じるミーティアをちらちら見上げるエル。

 フーリがにやりと笑って、


『いいじゃない。手、繋いであげなよミーちゃん』

『あなたね。そうやってミーちゃんとか呼ぶから私の威厳がなくなるのよ』

『エルちゃんには聞こえてないから関係ありませーん。ほら、早く』

「……ああ、もう仕方ないわね」

「あっ! ありがとうございます!」


 なんだかんだ言ってちゃんと手を繋ぐあたり面倒見がいい。

 エルのことはミーティアに頼み、レンたちは空き家に入るなり辺りを見回す。あった。石碑だ。


「少女よ。あの石碑が見えるか?」

「え? ものすごく下手な言葉……あ、えっと、見えます」

「よし」


 満足そうに頷く賢者。彼のことはいったん無視してレンは石碑へと近寄った。その前に何か箱のようなものが置かれている。箱というか、石でできた台座?

 これはまさか、アレだろうか。

 似たような印象のものは見たことがある。神殿の地下に収められた特殊なアイテム。


「おっさん。これ、もしかして神器かな?」

「む。この階の攻略は初回ではない。前例から行くと手に入るはずはないのだが……見た目からして神器に違いないな」

「いいじゃねえか。もらえる物はもらっておこうぜ」


 豪快に言ったケントが神器をひょいっと持ち上げてストレージに収納する。


「ケインさまなら抱えたままでも神殿へ帰れそうですね……?」

「おう、いけると思うぜ」

「こいつはこういう面でも重宝するのだ。荷物持ちが必要ならこれからも呼びつけるといい」

「言いやがったな。なら、こいつもテレポートのために呼びつけていいぞ」


 エルが怖がる、とか言いながら思いっきり日本語で話してしまったが、こほん、と小さく咳払いをして石碑を見つめた。

 さすがに読解のほうはかなり習得している。


『異世界の子らよ。子供達と共に戦い続ける汝らに新たなる力の可能性を授けよう。ただし、力には大いなる代償が伴う』


 異世界の子ら、はおそらくレンたちのこと。

 子供達、は同じ子供でもアイリスたちのことだろう。

 新たなる力の可能性は、その解釈に従うとレンたちに向けたもの、ということになる。もしかしなくても神器がキーだろう。


「なるほどな。ネイティブ世代と共にクリアすることが条件か。……やはり、君達に頼んで正解だった」

「喜んでいいのかなあ……」


 神器の解明については帰ってからということにして、階段へと足を踏み入れる。

 心配していたエルにも普通に見えているらしく危なげなく足を運んでいる。賢者の話だと資格のない者はこの時点で消えているそうなので、資格者はレンたちのようなダンジョン攻略が同行していれば不可視の階段が見えるようになるらしい。


「こんな階段……こんなところにあるはずないのに。これが、神の世界への道なんですか?」

「神の世界って言うほどいいところかはわからないけれど、ね。下りなのは帰りだからで、深い意味はないから安心しなさい」


 ちなみに報酬としてもらった金貨その他は階段に入った途端に消えた。

 火事場泥棒や宝物庫荒らしをしても収入は増えないということだ。前に賢者たちがあれこれ試した時もこれは同じだったらしい。「正式に渡された物でも駄目か」と中年男は残念そうに呟いていた。


「そろそろね。出るわよ、エル。最後の一歩は注意しなさい」

「ふえっ? わ、わわわ、わ!?」

「だから言ったでしょう。仕方のない子ね」


 下りの一歩が急に上りになったことで転びかけたエルをミーティアが抱き留める。


「あはは、しょうがないよミーちゃん。これは初めてじゃぜったい転ぶってば」

「え? あれ? ここは……? どうしてみなさんの言葉がわかるんですか……!?」

「この世界ではお互いの言葉が翻訳されて伝わるのだ。……ようこそ、聖女エレオノール。悪意によって破壊された世界のなれの果て。そして、世界を再生しようとする者達の街へ」

「世界の、なれの果て……」


 神殿の端まで駆けていったエルはそこから街を見下ろし、さらには遠くにある『闇』を見据えて、


「神の世界でなければ、邪神の住まう闇の世界です」

「似たようなものかもしれませんね。あの闇を払い、世界を取り戻すのがわたくしたちの役割の一つです」

「………」


 呆然と黙り込むエル。

 普通に生きてきた十二歳の少女には理解が追いつかないだろう。賢者が珍しく配慮してくれたのか「テレポートを使おう」と言って、


「エルを連れて帰るといい。ただしレンとシオンは残ってくれ。神器の設置ついでに効果を調べておきたい」

「了解。じゃ、フーリ、ミーティア、アイリス。エルのことをお願い」

「うん、任せてー」

「レンさんも頑張ってください!」

「ご主人様。私を除いたのは何故なのでしょうか」

「いや、メイは張り切り過ぎないくらいのほうがいいかなって」

「心外です。命令していただければ賑やかしとして活躍する所存なのですが」

「……うん。メイも普通に頑張って」


 賢者のテレポートでフーリたちが送られた後、ケントに運んでもらって新たな神器を設置した。さすがにアイリスの母やメイの母もここに入る権利はあるらしく特に驚いた様子もなく、新しいそれを興味深そうにのぞき込んでいる。


「さて、それじゃさっさと調べてくれ」

「君は本当に他力本願だな」

「戦士に何を期待してるんだっての」


 調査は賢者とメイの母が活躍した。その結果は、


「この神器を使用可能なのは我々転移者のみ。効果は使用者に制約を与える代わりにさらなる力を与えるものだ」

「制約? なんだそりゃ?」

「複数の項目が存在し、自由に選ぶことができる。……子供達と共に戦い続けるつもりならばこれを使え、という事らしいな」


 やはり、神殿を作った側としては転移者からネイティブ世代への世代交代を想定しているということだ。

 そのうえで「子供たちに任せきりにせず自分たちが戦う」という強い意志を持つ者向けに救済措置を用意していた。


「賢者様。例えばどのような制約が存在するのですか?」

「寿命を縮める代わりに年数に応じた経験値を手に入れる。肉体年齢を五歳まで戻し、レベルを初期化する代わりに基礎ステータスにボーナスを得る、などだな。それから、最も効果の高いものとしては──」


 賢者の視線がレンに向けられて、


「現在の種族を固定化する代わりに『ネイティブ世代と同じ扱い』になる」

「賢者さま、それはまさか──」

「そうだ」


 重々しい声で事実が告げられる。


「わざわざこんな制約が設定されている理由は一つ。ダンジョンをクリアすれば転移者の種族は元に戻る。しかし、この制約を用いればたとえ帰ることができたとしても、家族に自分だと認識してもらえなくなるかもしれん」


 しかし、ネイティブ世代──アイリスたちと同じ立場になれれば確実に強くなれる。

 スキルポイントを用いることなく習熟によってスキルレベルを上昇させ、さらには鍛錬によって新しいスキルを習得することさえ可能だからだ。

 さすがに鈍化してきたレベルアップに変わって「修行」というパワーアップ手段を得られる。そうすれば帰還の可能性が大いに高まる。

 その代わり、制約を用いた者は大きなリスクを負うことになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る