再び十一階へ
「すごい……! 森が見渡せます……!」
ハーフエルフの少女がレンの腕の中で感性を上げる。
今、二人は森の上空にいる。
メイにご褒美を渡した翌日。今度はアイリスの絵を手伝うために二人で外出することになった。図鑑では補完できない部分、森が上から見るとどうなっているのか把握して参考にしようという趣向だ。
森を飛ぶのは前にアイリスの妹たちと一緒にいたので勝手は掴めている。
飛ぶ、と言っても浮遊移動のスキルではスピードが出ないのであまり危険もない。
一番危ないのはお姫様抱っこした少女を落としてしまわないかということだ。さすがにアイリスは結構重い。
いや、少女は太っているどころかかなりスリムなのだが、それでも成人一人分の重みである。弓を引く関係上、実用的で引き締まった筋肉がついているのもあって、物語のように気軽な空中散歩とはいかない。
だからこそ、絶対に落としたりしないように細心の注意を払う。
「参考になりそうか?」
「はい! 湖から川が伸びるイメージが描けそうです!」
さすがに空中でスケッチはできないので、この光景は瞳に焼き付けてもらうことになる。
サキュバスになって落ちた筋力がレベルアップによって向上し、人間だった頃よりは上がった筋力を総動員してアイリスに付き合う。
森の奥、湖のあたりを浮いているため、近辺には人がほとんどいない。
スカートではなくパンツルックを選んでいるので下着を見られたりはしないものの、人の多いところだったら集中力を削がれていただろう。
「……今、レンさんと二人きりなんですよね」
アイリスの方も感じるものがあったのか、視線をレンに移してそんなことを言ってくる。
密着していると少女の体温、匂い、柔らかさをダイレクトに感じる。筋肉がついていると言ってもやっぱり女の子。男のそれとは全然違う。
夜のベッドで人肌の温もりを求めあうのともまた違った静かな雰囲気。
「俺たちと会ってからずっと頑張ってただろ。たまには気分転換もしないとな」
「大丈夫ですよ。レンさんたちのおかげで毎日が楽しいです。少しずつ、目標に向かって進めていますし」
「そっか。なら良かった」
アイリスの目標は両親を日本に帰すことである。
エルフである母親はともかく、人間である父親の方は既にそこそこの年齢だ。焦りは禁物とはいえ時間的余裕はあまりない。
攻略だけに専念するならレンたちのところ以外に良いパーティがあったかもしれない。
結果的にこの子から可能性を奪っていないか、と考えると少し不安になったりもする。
「日の出を見るってなったらけっこう長い道が必要だよな」
「はい。三十キロくらいは欲しいんじゃないかと」
「遠いな……。中学の時のマラソン大会は三キロだったぞ」
高いところからじゃないと本当の意味での日の出を見られないが、視点が高くなると遠くまで見渡せるので距離が必要になる。
あんまり遠くなっても管理しきれないし、かといって近すぎると都市計画に支障をきたしかねないので距離はなかなか難しい。まあ、三十キロも離れていれば山の動物が森まで来ることも多くはなさそうだ。
「長い川になるな。釣りとかもできるんじゃないか?」
「賢者さまは山葵を育てられないか、と言っていました」
メジャーな薬味だが、育てるには清流が必要となるためなかなか条件が厳しい。あれば食生活が豊かになるし是非欲しいところだ。
「あんまり責任を感じすぎるなよ。催促してくる奴がいたら俺たちからも抗議するし」
「はい。のんびりやりたいと思います。……だから、もう少しだけこうしていてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
二人はしばらく、二人だけでの空のひとときを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「さて。またここに戻ってきたわけだけど」
ダンジョン十一階。
出てくる敵の種類は一新されて、新たにオークが登場する。レンたちにとっては十階の敵よりむしろ戦いやすいくらいだったが、だからといって一概に難易度が下がったとも言いづらい。
先頭に立ったフーリが後方を振り返って、
「メイちゃんは金だらいとか頭に当たっても平気?」
「頭部への衝撃はあまり歓迎できません。思考は胸のコアで行っていますが、視界は瞳に頼っていますので行動が乱れます」
「だよねえ。じゃ、罠は一つずつ解除して行こっか」
実を言うと、十階までの罠であれば「メイを先行させて強引に踏み越える」という戦法が可能だった。
一部では「漢探知」などと呼ばれているらしいこの手法、人間がやったら自殺行為だが、素肌=装甲であるメイに関して言えばかなり合理的である。
針や通常の矢程度なら「かーん!」と弾いてしまうので時間短縮になる。変な癖がつくと良くないとは思いつつ、アイリスにとっても二週目、レンたちは三週目だったこともあってついついお世話になってきたが、十一階から追加される罠はフーリが言った通り「天井から金だらい」だ。
ギャグめいた見た目と裏腹に頭部への衝撃は普通に怖い。
「オークの攻撃はメイも気をつけろよ。まともに受け止めるんじゃなくて逸らすか避けた方がいい」
「心得ております。さすがに関節の強度には限界がありますので」
隊列はフーリ→メイ→アイリス&レン→マリアベルの順。
罠を解除しつつ進み、訪れた一戦目。太いこん棒を持ったオークの巨体にメイは軽く目を瞬いて、
「さすがにゴブリンとは威圧感が違いますね」
フーリと入れ替わるようにして先行、レンやアイリスの遠距離攻撃に追い越されつつ、二足歩行する豚のような魔物に肉薄する。
甲高い鳴き声に眉をひそめつつ、振り下ろされたこん棒をさっとかわして拳を敵の腹へと叩き込んだ。
「ピギッ!?」
「……手ごたえあり。ですが、倒すにはパワー不足ですか」
オークは悲鳴を上げ身を震わせたものの、吹き飛ぶこともなくメイを睨みつける。
体重は軽く百キロを超えているだろう。小柄なゴブリンとは違ってさすがにタフだ。
「メイ! いったん射線を開けてくれ!」
「失礼いたしました。ただちに」
少女が飛びのくと同時に矢+ファイアボルト+マナボルトを飛ばし、オークがかすかに怯んだところで再びメイが攻撃。
これをもう一度繰り返せば、さすがのオークも光の粒となって消滅した。
戦闘を終えたメイは軽く腕を振って損傷具合を確かめつつ呟くように、
「なるほど。このレベルの相手が雑魚とは、さすがにハードですね」
「的は大きいし、スピードは若干落ちてるから戦いやすいところもあるんだけどね」
フーリのナイフだと厚い肉のせいで心臓にも頸動脈にも深く届かなかったりして難儀する。
一戦ごとにリソースが目減りしていく上に戦闘時間もかなりかかる。
「では、攻略の長期化さえ覚悟すれば我々にとって戦いやすい相手ですね」
「うちにはレンがいるからね」
マリアベルにエナジードレインさせてもらいつつ全員にヒールをかけ、消耗を補いながら進んでいけばいい。
ある意味これが初めての「まともなダンジョン攻略」になるメイに手順をひとつひとつ確認させながらボス部屋の前までたどり着いたところで、
「よし。今日はここまでにしよう」
「このままボスを攻略しないのですね」
「HPは十分残ってても精神的には疲れただろ? 焦ってミスるより慎重に行った方がいい」
「了解しました」
なお、材質の変わった十一階の石はメイいわく「上の階のものより美味」とのことである。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
朝食の支度が済んで四人が食卓に集まったあたりで家のドアが乱暴にノックされた。
レンは仲間たちと顔を見合わせ、
「誰か来る予定はなかったよな?」
「うん。……タクマたちが今更怒鳴りこんできたりはしないだろうし、リーダーかな?」
「うーん。一応、俺が出るよ」
言って立ち上がると、フーリが「待った」と引き留めてくる。
「レン。自分が可愛い女の子なの忘れてるでしょ?」
「あ」
可愛くても一応男だった頃ならまだしも、今のレンでは凄みがまったくない。
ぶっちゃけ他の仲間がいくのと大差ないというか、変態相手の場合は逆効果な可能性さえある。
「私も行く。アイリスちゃんとメイちゃんはなにかあった時に裏口から逃げられるようにしておいて」
「わ、わかりました!」
「逃げて騒いで隣家を頼ればいいのですよね? お任せください」
短く打ち合わせを済ませ、フーリがストレージからナイフとベルトを取り出す間にもドアが再び叩かれて、
「おい! いないのか!?」
若い男──というか、少年の声。
リーダーではなさそうだと頷きあいつつ「今行くよ」と応えてドアを開ければ、見覚えのない相手がそこに立っていた。
来訪者は二人だ。
一人はドアを叩いていたと思しき少年。革でできた軽めの装備に身を包み、腰には剣を差している。
もう一人は木製の杖を持ち、魔法使い風のローブに身を包んだ少年だ。この世界では貴重品である眼鏡をかけている。
どちらも年齢的には十三、四。
目が合うと、彼らは若干鼻白む様子を見せて、
「レンって人のパーティーの家で会ってるか?」
「会ってるけど、どちら様? 会ったことはないよな?」
「レンって人に会いに来たんだ。話があって」
ダンジョン探索者の家を訪れるなら早い時間の方がいい。これは以前、レンたちの担任が似たような時間にやってきたのと同じである。
だからそれはまあいいのだが、話というのは果たして。
……まあ、年齢からして転移者ではありえない。レンたちより遥かに強い心配はほぼないし、ネイティブ世代なら無碍にするのも可哀想だ。
「レンは俺だよ。朝食は食べたのか? どうせなら食べながら話を聞かせてくれ」
言って、家の中に招いてやる。
フーリも特に反対はせず「スープはちょっと余ってるし、パンもまだあったよね」とキッチンへと引っ込んでいく。
二人はレンの顔を見てしばらくぽかんとして、
「どうした?」
「いや、その。反則だろ、と思って」
「?」
なんだかよくわからないことを口走った後、おずおずと家の中へと入ってきた。
「なんかいい匂いがする」
「だから朝食の前だったんだって」
よく考えてみると椅子が足りない。とりあえず私室から持ってきて対応した。椅子は少し余分に用意しておいた方がいいかもしれない。
二人はもしかすると食べてきたのかもしれないが、食べ盛りの男子だ。「いただきます」と素直にスプーンを取った。
「で、何の用で来たんだ?」
「ああ。俺たちもここのパーティに入れて欲しいんだ」
「うちに?」
「あれじゃない。賢者さんが言ってた件。他の子にもダンジョン潜る許可を出すかもって」
「ああ、あれか」
賢者には「女子ならうちで預かってもいいけど、男子は別のところに頼む」と伝えてあったので、彼らは別のパーティを紹介されたのだろう。
「紹介されたパーティが納得いかなかったからうちに頼みに来たのか」
「ああ。不公平だろ、男だから入れてもらえないとか」
「確かに、言いたい気持ちはわかる」
何しろレンも元男だ。女子だからって優遇されていたら「おかしい」と思う。
「っても、あいつだって変なところは紹介しないだろ。そんなに嫌だったのか?」
「別に腕も、リーダーの性格も嫌じゃない。ただ……」
「ただ?」
「四人の先輩がみんな彼氏彼女持ち、っていうかパーティ内で付き合ってて気まずいんだよ!」
「あー」
どこのパーティだかわかった。おそらくレンたちの元クラスメートだ。
「えー、いいじゃない、それ。四人の関係はかんたんに崩れないから、人間関係で解散とかなさそうだし」
「それじゃ俺が彼女作れないだろ!」
「正直過ぎる」
ちなみに、さっきから喋っているのは剣持ってる方の少年である。
「そういやお前ら、名前は?」
「俺はショウ。こっちはケン」
「ど、どうも」
ぺこりと頭を下げてくれるケン。こっちはだいぶ大人しい性格らしい。
「ケンも彼女が欲しいのか?」
「……それは、まあ」
「で、女ばっかりのうちに入りたいと」
「だって美人が揃ってるって聞いたし。こっちの方が絶対楽しいじゃないか!」
「めちゃくちゃ否定しづらいな」
動機が「彼女欲しい」であってもやる気があるのはいいことである。
ただし、それを正直にレンたちへ伝えてしまうのはどうかと思う。
「でもお前らを入れて変なトラブルがあっても嫌だし」
「するわけないだろそんなこと。お互いの気持ちがちゃんと通じ合わなきゃ付き合うことにならない」
「お前ら意外に可愛いとこあるな」
タクマたちとは大違いである。
つい「可愛い」などと褒めてしまうと、年頃の少年たちは「嬉しいけどプライドが許さない」とでも言いたげな微妙な表情を浮かべた。
ショウはレンの顔をじっと見つめ──ようとして若干視線を逸らしながら、
「レンさんならわかるだろ。どうせいろいろ教えてもらうなら男より綺麗なお姉さんの方がいいって」
「めちゃくちゃわかる」
「レンー? いったいどっちの味方なわけ?」
ついつい同意したらフーリにジト目で睨まれた。
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