決着

「揉め事は勘弁して欲しいものだな。他者を裁くなど気分の良いものではない」


 苦々しい色をした賢者の声が神殿内に響く。

 夜闇を払うように輝くのは複数名による魔法の明かり。

 街の中心に位置しており広さもあるこの場所には今、百名以上の人間が集まっている。

 ダンジョン攻略のためではなく、タクマたち『罪人』の処遇について話し合うためだ。

 参加者には今年の転移者──すなわちクラスメートが多く含まれている。なまじ顔見知りであるだけに彼らの視線は冷ややかだ。


「何余計な事してくれてるんだよ」

「本当最低。女の子をなんだと思ってるの?」


 タクマたち三人は文字通り手も足も出せない状態で中央付近に座らされている。

 口は塞がれていないものの、彼らが口にするのは言い訳や恨み言ばかりだった。


「お前らのせいだ。素直に言う事聞いてりゃこんな事にはならなかった」


 最も矛先を向けられることになったのは当事者の一方であるレンとフーリだ。

 マリアベルが仲間になってからまだ一日。だというのに、出勤した彼女が早く帰ってきたと思ったら「彼らが捕まりました」。

 さすがに驚いたものの、それは「早すぎる」という驚きであって、タクマたちがやらかした事については「まあ、それくらいはやるかもな」という感想だった。もちろん彼らも無関係ではないということで、アイリスやマリアベルと一緒にこの場にやってきた。

 傍には護衛というかタクマたちへの牽制として数名が立っており、危険はないと考えていいものの悪意を向けられるのはいい気分ではない。


「サキュバスの癖に」

「男と一緒に暮らすならそれくらい覚悟しておけよ」


 口々に投げかけられる身勝手な台詞に、隣にいるフーリの表情がどんどん曇っていく。

 彼女が何かを言う前にと、レンはタクマたちへ答えた。


「そうだな。お前らと組んだのは確かに間違ってた。同じ男ならこんな風になった俺の気持ちをわかってくれる、なんて考えたのが馬鹿だったんだ」

「ほら、やっぱりな。……おい、こいつも認めたぞ。自分が間違ってました、ってな!」


 得意げな大声が響き、


「少し黙ってもらおうか。……サイレンス」

「ぐ……っ!? っ! ~っ! っ、っ!?」


 本来は魔法封じか何かに用いるのだろう。賢者の魔法がうるさい輩を文字通り黙らせた。

 身嗜みもそこそこにやってきたという風体の痩せた男は軽く眼鏡を持ち上げながらため息をついた。


「急な生活の変化で心を病む者、力を得た事で増長する者は時折現れる。厳しく取り締まる事は人的リソースの問題で難しいし、先達が介入しすぎてしまう事には懸念もある。最低限の指導を行った上で個々人の意思を尊重してきたが……ままならないものだな」


 年長者の介入については「ネイティブ世代が得る世界の欠片」の件も影響しているだろう。

 パワーレベリングの弊害が明確に出た一例。あそこまで極端ではないにせよ、強者に牽引されてレベルだけ上がった者が独り立ちしてやっていけるかは難しいところだ。


「さて。君達の態度は目に余る。仲間に対する横暴な振る舞い。喧嘩別れした相手になおも付きまとう態度。年長者から窘められても顧みることなく、特定の性別や職業を下に見る。痛い目に遭ってなお反省していない。生半可な罰を与えたところで意味があるとは思えん。街の平和を維持する上では害でしかない」


 賢者はそこで「だが」と続けた。

 ここからの言葉はその場にいる全員に向けられたものだ。


「……諸君も知っての通り、ここは転移者とその子供たちが作った街だ。ここに来た時、我々のほとんどは子供だった。大人は同伴してきた教師程度のもので、多くの者は日本における法の知識もそれを行使する責任についても十分には把握していない」


 タクマたちが未熟だったのが事実なら、裁く側が成熟しきっていないのも事実。


「よって、この街に極刑は存在しない。それほどの罰を他者に与えるという判断はあまりにも重すぎるからだ」


 これには「手ぬるい」という声も上がった。

 タクマたちによる直接の被害者はレンたちであり、他は絡まれた娼館の女性たちくらいのものだが、他の者たちにとっても他人事ではない。彼らを野放しにされたら同じようなことが起こるかもしれない。むしろ、今は当事者でないからこそ強いことを言う。

 これに賢者は重い頷きを返した。


「君達の意見ももっともだ。懲役のようなものを科すにせよ、監視する人手が必要になる。それもなかなかに大変でね」


 三食粗食を提供するだけでいいならそこまで手間もかからないが、納得せず収容された者というのはえてして脱走したがる。いっそ排除してしまった方が楽、という考えもある。


「そこでだ。被害者たちによる『私刑』を認めようと思うのだがどうだろうか」


 一瞬、場がしん、と静まり返った。


「あの」


 真っ先に手を上げたのは、レンたちの担任。大人ではあるものの、賢者と比べたら年齢は約半分。むしろ若手であるようにも見える。


「それは彼女たちに罰を与えさせる、ということでしょうか?」

「その通りだ」


 咎めるような響きにも賢者は怯まない。


「第三者が罪の重さを決めるのは難しい。だが、被害を受けた当事者であれば話は別だろう。どの程度の報復が妥当であるかは己の心に委ねれば良い」


 つまり、殺したければ殺しても構わない、と。

 ある意味では責任の回避。ただ、タクマたちの罪状を挙げたうえで「レンたちに委ねる」と判断しているわけで、その決定に従う覚悟と責任は当然、街の者たちも負う。


「さあ、どうする?」


 問いかけられたのはレンたちと、それから娼館の娘たちだ。

 恨みの軽い後者が先に口を開いて、


「姉さんに任せます」


 頷いたマリアベルが責任者として答える。


「こちらとしては彼らの半永久的ブラックリスト入り。および慰謝料の請求。以降、迷惑行為が確認できた際に我々の裁量で対処する権利をいただければそれで十分です」

「ふむ、それは問題なかろう」


 念のため投票という形で採決も行われたものの、当然のように賛成多数で可決。


「では、君たちはどうする?」

「……って言われてもなあ」


 困惑したように呟くフーリ。

 心情的には「は? 死ねば?」くらいの勢いではあるものの、だからと言って直接手を下せるほど覚悟は決まっていない。どうしてこんな奴のためにそこまで責任を負わないといけないのか、という感情はどうしてもある。

 どうしよう、とばかりに向けられた視線をレンは見返して、それからタクマたちを振り返った。


「なあ、タクマ。お前らはどうしたら納得してくれる?」


 彼らの所業、および言動についてはマリアベルたちからも聞いた。

 生半可なことで反省するとは思えない。下手をすれば余計に恨みを買いそうだと思ったが、


「はっ。俺達に勝ったら考えてやるよ。どうせお前には無理だけどな」


 沈黙の魔法が解除されると案の定、挑発するような台詞が返ってきた。


「馬鹿じゃないの。どうして私たちがそんなことしなくちゃいけないわけ?」

「勝てばいいんだよ。偉そうな事を言って負けるのが怖いんだろうが」


 マリアベルに叩きのめされたというのにこの態度。年上はともかく、同格になら勝てるという判断か。上には上がいると理解しながらスタンスを改めないあたり筋金入り。

 確かに、これは一度叩きのめさないとわからないかもしれない。

 レンは少し考えてから答えた。


「わかった。なら、勝負しよう。それで納得するんだろ?」


 意外だったのか、タクマは目を丸くしてから喜色を浮かべた。


「勝った方が正しいって事だな?」

「そんなわけあるか。俺たちが勝ったら素直に『悪かった』って認めろっていうわけだ。負けても許すわけじゃない。嫌なら無抵抗のお前らに好き放題するぞ?」

「……卑怯者が」


 果たしてどっちが卑怯なのか。

 結局、タクマたちはこの条件を呑んだ。


「同じ人数での真剣勝負。殺しはなし、ってことでいいな?」

「ああ。っても、どうせフーリやそっちの女は戦わないんだろ?」


 水を向けられたフーリとアイリスは目を瞬いて、それから表情を引き締める。


「ううん、私も戦う。それならぶん殴っても嫌な気分にならないしね」

「私もです。レンさんたちだけに嫌な思いをさせられません」


 勝負は三対三ということになった。アイリスはダンジョン経験で言えばレンたちよりも初心者。先達が含まれていない以上、負ければ言い訳はきかない。

 向こうは前衛が三人。

 対するレンたちは後衛二人にシーフという変則的な構成だが、


「ねえ、レン。つい喧嘩買っちゃったけど、勝てるの?」

「ああ。いつも通りにやればたぶん」


 移動しながら囁いてきたフーリに同じく囁くようにして返す。


「たぶんって、そんな適当な」

「仕方ないだろ。あいつらと勝負するのは初めてだし、向こうだってレベル上がってるかもしれない」


 それでも勝算はある。

 ウィンドウを開き、残っていたスキルポイントを使う。唯一、それを確認したフーリは驚いたような顔をした。


「やる気なんだ」

「そりゃあな。……やるからには勝つ」


 勝負の場所に選ばれたのは一階のボス部屋だった。

 全員が攻略済みのため、部屋には何の障害もない。そこに立会人として賢者、それからマリアベルほか二名の大人。

 縛られたまま運ばれてきたタクマたちは部屋の一方にまとめて置かれ、レンたちはその反対側に立つ。

 立会人はなるべくじゃまにならない位置に退避し、


「では、縄を解いてもらおう」


 賢者の宣言により、立会人の一人──高レベルの戦士がまずはタクマの傍へしゃがみこんだ。

 はらり、と縄がほどけて、


「ストレージ!」


 勢いよく立ち上がったタクマが駆けてくる。開始の合図どころか仲間が自由になるのすら待たず、異空間から武器を取り出しつつの特攻。

 それだけに成功すれば大きな成果を挙げられただろうが、


「マジックアロー」


 あいにく、レンたちは既に警戒していた。

 三十本の光の矢が降り注ぎ、タクマだけでなく縛られたままの仲間にまで襲い掛かる。とばっちりを受けそうになった戦士には賢者の防御魔法が飛んだ。

 ゴブリンたちを怯ませた範囲魔法を前にタクマは、


「だからどうした……!」


 痛みに顔をしかめながらも前進を選択。実際、一発一発の威力はさほどでもないため、痛みを覚悟していさえすれば不可能ではない。

 ただし、


「ファイアボルト!」

「なっ!?」


 隙をついたアイリスの攻撃はタクマも予想外。飛んできた炎に足を止め、慌てた様子でかわす彼。

 そんな男の肩に本命──射られた本物の矢が突き刺さる。

 これも致命傷にならない。ただし、実体であるために動きを阻害し、さらに継続的な痛みを与えてくれる。


「くそっ、なんなんだよ、次から次へと!」


 悪態をつきつつも斧を構え直し、そのまま突っ込んで来ようとする彼に、


「マジックアロー」

「ファイアボルト」


 魔法と飛び道具の波状攻撃。

 最後は、辛くも接近に成功したタクマの首へぴたりとナイフが押し当てられて、


「……はい、降参しよっか?」


 ようやく縄を解かれた二人の少年たちも含め、全員が驚愕の表情と共に結果を受け止めた。






「どこが正々堂々だ。全然戦ってねえじゃねえか」


 再び縛られた少年たちはなおも悪態をつく。

 約束はどうしたのかと思いつつレンは顔をしかめて、


「お前ら、RPGでも魔法使いとか嫌いなタイプだろ」

「まあ、あの手のゲームでは魔法など『攻撃手段の一つ』でしかないからな。属性が違うだけでダメージを与えることには変わりない。飛び道具の有用性など信じていなかったのではないか」

「賢者さん、今時のゲームはちゃんと遠くから攻撃してくれるのもあるんですよ」

「なんだと」


 驚愕する賢者。

 三十年前でも火の弾を投げる髭の親父くらいはいたはずだが、まあ、それはともかく。


「で? 自分たちが悪かったって認めて『二度としない』って誓えるか」

「誰が誓うかそんな事」


 半ば予想していたことではあるが、全く話にならなかった。

 ため息。


「どうする、レン君?」

「仕方ない。これは使いたくなかったんだけどな……」


 言いながらレンはローブを脱ぎ捨てた。

 下にも服を着ているものの、男性から女性に変わりつつある危ういボディラインはよりはっきりと表れる。服から外に出した翼や尻尾も角度によっては見えるだろう。

 突然の行動にタクマたちは息を呑み、


「サキュバスらしくエロいことで言う事聞かせてくれるのかよ?」

「お前らみたいな雑魚にそんな勿体ないことするかよ」


 レンは彼らの前にしゃがみ込むとその瞳を覗き込んだ。

 スキル『魅了の魔眼』。

 サキュバスの初期スキルである『魅了』の発展形である。発動が任意でありMPの消費が必要、さらに視線を合わせる必要がある代わりに効果が高い。単に『魅了』をパワーアップさせる手もあったものの、レンはより確実なこちらを選んだ。


「いいから黙って負けを認めろ。そんなんじゃ女にモテないぞ」

「……お前に何がわかるんだよ」


 なおも口答えをしてくるタクマたちだが、その語調は明らかに弱くなった。

 どこか頬を染めて恥ずかしそうにさえしている。

 単純に魅了するだけだと攻撃的な好意を引っ張り出してしまう可能性があったが、先に負かしたことでうまい方向に誘導できたらしい。


「少なくともお前らよりはわかる。女ってのも色々大変なんだよ」

「俺は男だ、って言いながら何言ってやがる」

「女を馬鹿にしながら女とやるのに拘っておいて何言ってんだ」


 肩を竦め、


「真面目に頑張るなら少しは見直してやってもいいぞ」


 これにタクマ以外の二人が目の色を変えた。「本当か!?」と嬉しそうに言った彼らにタクマが低い声で「黙ってろ」と釘を刺し、


「絶対に認めないからな」

「駄目か。……なら仕方ない」


 レンは立ち上がって賢者を振り返った。


「あの。こいつらもサキュバスにする方法とかないですかね?」

「種族変更の手段は未だに数少ない。サキュバス化やそれに類するアイテムも見つかっていないが……女の苦労を味わって欲しいと言うのなら、職業変更アイテムでなんとかならないこともない」

「じゃあ、それをこいつらに使ってくれませんか?」


 どうしてもわからないのなら自分たちで味わってみればいいのだ。

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