元仲間の処遇

「タクマたちの様子はどうですか?」

「真面目に働いてくれていますよ。今のところ暴れる様子もありません」


 昼過ぎに起きてきたマリアベルがフーリの淹れたお茶を手に微笑んで答える。


「ブラックリスト入りはなくなってしまいましたが、お客として来られないのであれば同じことですね」

「あはは。まさかあいつらが娼館あそこで働くことになるなんて思わなかったなあ」


 心底楽しそうに笑うフーリ。

 容赦なさ過ぎて若干可哀想になるものの、レンも同感である。


「転職アイテム三つ分はなかなか高い借りになったな」

「でも、あの人たちの借金になったんですよね?」


 と、これはアイリス。彼女も自分たちを脅かした相手にかける慈悲は持っていないようだ。


「当分はタダ働きだろうな、あいつら」

「三食家付き、週休二日ですから決して悪い条件ではありませんよ」


 タクマたちの件が解決してから二日が経った。

 三人にはレンの希望に従い転職用のアイテムが(無理やり)与えられ、元の職業から「娼婦」へと変わっている。


『な、なんだよこれ……!?』


 変わった直後の狼狽ぶりは正直いい気味だった。

 転職するとレベルは1に戻り、ステータスも大きく下がる。スキルは残るものの効果が減少。戦闘職なら多少時間をかければ元の水準まで戻れるだろうが、非戦闘系となるとかなり苦労する。


 ちなみにレンのサキュバスと違い、娼婦になっても性別までは変わらない。


 ただ、ステータスの減少によって筋力は落ちるし、クラス特性によって体格も僅かに補正された。

 運動能力が誇りであるタクマたちにはショックだろう。

 容姿も別に可愛くはならなかった。転職に伴い与えられた衣装が下着同然だったため、あまりの似合ってなさに何人かが噴き出す始末。

 もちろん、そんな姿で客の相手はできないので、仕事は荷物運びや部屋の掃除などの雑用である。

 暴れようにも他の従業員は女性ばかりだしみんなレベルが高い。

 自慢の筋力を奪われた上にアウェーな環境、しかも自分たちが一番の下っ端──という状態に、有無を言わさず働かされているらしい。


 なお、働けば働くだけ(効率は悪いが)経験値が入り、娼婦らしい技術や能力が身についていく。

 最終的には「自然と同性を喜ばせる所作が頭に思い浮かぶ」男の娘らしい。


「きっと、彼らももうレンさんには頭が上がらないでしょう」


 マリアベルが穏やかな美貌に笑みを浮かべた。


「魅了もある程度効いていますし、皆さんは店の子たちに大人気ですからね」

「街の女の子からも人気だよね、レン」

「妹たちも『また会いに来て欲しい』と言っていました」

「嬉しいけどさ。モテてるっていうより仲間扱いだよな、それ」


 タクマたちは「女の敵」でレンは「女の味方」。

 敵対的な相手よりは好意的な相手と付き合いたいと思うのは当然だ。


「いいじゃない。レンに彼氏取られるんじゃないかって心配してた子もわりと安心してたし」

「そんな予定は全くないからその子にはよろしく言っておいてくれ」

「うん。今はどっちかって言うと『彼女を取られるんじゃないか』って男子が心配してるっぽい」

「その予定もないっての」


 どこでどうやって浮気をしろというのか。一応、この街にも宿的なところはあるものの、やましい目的で借りたりしたらあっという間に噂が広がりそうである。


「俺だって女子から嫌われるより好かれた方がいいよ。これからどうしたって話す機会が増えるだろうし」

「レベル上げないとだもんねー」


 タクマたちとの一戦の後や魅了の魔眼を使った時にも経験値が入った。特に後者は難易度に比して経験値が高め。サキュバス的な行動を取ると実入りがいい、というのはある意味当たっていたのかもしれない。


「それともレンも転職する? 娼婦じゃなくてなんか別のに」

「あー、それもアリかもな」


 今のレンは「種族:サキュバス」「クラス:なし」という状態だ。

 種族とクラスはそれぞれ別個でレベルを持つが「種族:人間」と「クラス:なし」についてはレベルがない。その分、経験値がもう一方に集中して注がれるためレベルが上がりやすくなる。また、基礎ステータスも高くなりやすい。

 ちなみにアイリスの母親はエルフで精霊使いだそうだ。


「転職すればレンさんがサキュバスになるのも遅らせられますね?」


 半妖精の少女が青い瞳を瞬かせるも、


「代わりにしばらく俺の戦力が下がる。もう『女になりたくない』って騒ぐのはやめたから、転職は慎重にやればいいと思う」


 もちろん、上手く転職すれば戦力アップに繋がる。

 魔法使い系になればバリエーションを増やせるし、戦士系を選んで足りない前衛を補ってもいい。魔法を使う関係上、手を空けたまま戦えるクラス──マリアベルと同じ蹴術師になるのもアリだ。

 悩ましいうえ、転職アイテムが手元にないのでしばらく悩んでおくことにする。

 すると、相棒(と呼んでもそろそろ差し支えないだろう)がにんまりと笑って、


「じゃあその暑苦しいローブも脱いじゃおうよ」

「お前、こういう時本当に楽しそうだよな」

「そりゃあ可愛い子に可愛い格好させるのは楽しいもん。ねえアイリスちゃん」

「はい! レンさんはもっと可愛くなった方がいいと思います」


 さらにはパーティ唯一の大人も止めるどころか同調して、


「レンさんの可愛くなった姿は是非見てみたいですね。……店の子たちが羨ましがりそうです」


 女ばかりの家はとても賑やかだ。

 しかし、そんなこの家がとても心地いい。タクマたちと生活を共にしていた頃よりもほど楽しいし充実している。

 これからも彼女たちと共に冒険を続けていきたい。

 ダンジョン攻略はまだ始まったばかり。いつか最下層にたどり着いて帰還の手がかりが見つかる日までレンたちは戦い続けなければならない。

 ある意味、ここからが本当の意味で冒険の始まりだ。



   ◇    ◇    ◇



「ところで、レンさん? サキュバスの身体というのは性欲的にどうなのでしょうか?」

「突然何を言い出すんですか、マリアさん」


 さらに数日が経って、レンたちはダンジョン三階の攻略を終えた。

 三階のボスはゴブリンウォーリア。両手斧を携え、攻撃力・HPに優れたこの敵をいつもの先制攻撃で下し、アイテムやお金、世界の欠片を入手。

 三階で手に入った欠片は六個。

 地下室の半分を氷で満たすためのおがくず代は二階で手に入れた欠片(四個)で「もう十分」と言われてしまったので、ひとまずこの六個は取っておくことにする。売ればそこそこの金になる上にストレージの容量も食わないのでへそくりのようなものだ。


『っていうかアイリスの分なんだから好きに使っていいんじゃないか?』

『確かに。売って可愛い服買うとか、美味しいもの食べるとかしてもいいんだよ、アイリスちゃん』

『そんな。レンさんたちがいなかったらダンジョンに潜れないんですから、これは共有の財産です』


 後輩がとても謙虚なので使い道はひとまず保留である。

 そのうち何か特別なことをしたくなった時──例えばアイリスの両親が森を求めたように──ぱーっと大量に使うのも良いかもしれない。

 他の戦利品でも十分収入にはなっているため、家でささやかな祝杯を挙げていたのだが……今日は娼館へ行かないということで食事に参加していたマリアベルがとんでもないことを言い出した。

 危うく飲み物を噴き出しそうになったレンはなんとか口の中のものを飲み込んで、


賢者あいつじゃないんですからそういう冗談はやめてください」

「すみません。……ですが、困ってらっしゃるのではないかと思いまして」


 こてん、と首を傾げながら言われた。

 おっとりとしていて理知的な大人の女性。娼婦たちからも「姉さん」と慕われており、レンたちの家にも家賃としていくらかを入れてくれている。

 攻略にはできるだけ加わらない方針ながらもとても助かっているし尊敬もしているのだが、娼館経営に携わっているせいか、性的な話に積極的なところがある。

 あるいは同性故の気安さがレンにも適用されているからなのか。


「男性は機能的にもわけですから、我慢は身体にもよくありません。二、三日に一度は排出された方がよろしいかと」


 話の内容も妙に具体的である。

 これにフーリが「あー、そっか」とバツの悪そうな顔をして、


「レンの部屋っていつ行っても嫌なにおいがしないなー、って思ってたんだけど、もしかして我慢してた? 気にしなくてもいいのに」

「そうですよ。お父さんも私たちを森に行かせて家でお母さんと何かしてる時があるんです。お母さんも『男の人は仕方ない』んだって言ってました」

「うん。とりあえずアイリスはお父さんに一言言ってもいいんじゃないか」


 賢者が聞いたら「四人目も期待できそうだな」とか言いそうである。

 ともあれレンはマリアベルに向き直って、


「いや、本当にあんまり困ってないんですよ。不思議とそこまで切羽詰まらないというか。……さすがに露骨に迫られるといろいろ思うところはありますけど」

「そうですか。それは不思議ですね……? いえ、もしかすると男性的な性欲と女性的な性欲が拮抗、というか相殺されているのでしょうか?」


 どちらを相手にすべきか迷っている状態、と言い換えてもいい。


「確かにそれはあるかもしれません」


 というか、そろそろ女性的な方にバランスが傾いている気がする。

 最近、朝でも落ち着いて目覚められることが多くなった。


「……っていうか、せめて二人きりの時に相談させてくれませんか?」

「あら。そういったお誘いは他の女性に聞かせない方がいいのではありませんか?」

「ふーん? 私に『彼女できなかったら結婚してくれ』とか言っておいてそういうことするんだ?」

「えっ!? あの、フーリさん、いつの間にそんなことがあったんですか?」

「いや待て。フーリ、お前それ文言が変わってるだろ!? 確かに似たようなことは言ったけど! っていうかそう言う話じゃなくて、保険の先生に相談するような感じで!」


 騒いだ末「この家で隠し事をしても無駄」という結論になった。


「……ええと、つまりアレですよね? サキュバスなのに男を襲いたくならないのか、っていう」

「はい。レンさんの場合、サキュバスでありながら男性でもあるわけなので、だいぶ特殊な状況ではありますが……種族的な特性が今後強くなってくる可能性は考慮した方が良いかと」


 男の淫魔だから女が対象になるのか、これからも性欲が強くならないのか、それとも男を「美味しそう」と思うようになるのか。

 順番に想像してしまったレンは最後のところで慌てて首を振って、


「やっぱり、定期的に発散した方がいいんでしょうか」

「そうですね。あるいは『満足』と言うべきなのかもしれません」


 この世界におけるサキュバスがどのような存在なのかは未知数なところが多いものの、生物の三大欲求のうち二つ、すなわち「性欲」と「食欲」が直結した存在であると考えた場合、性欲を発散することはすなわち食欲を満たすことに繋がる。

 要するにエナジードレインである。

 ここまでの話をレンは自分なりに咀嚼し直して、


「……定期的にエナジードレインが必要、か」


 言ってから「なかなか過激なこと言ってるな」と気づいた。

 訂正しようと顔を上げたらアイリスが頬を染め、フーリがなんだか嬉しそうな顔をしていた。

 前者には謝る必要がありそうだが、後者はいろいろ誤解していそうなうえになんというか逞しすぎる。


「じゃあ、レン。今度から一緒に寝よっか?」

「えっと、あの。夜はなるべくお部屋に行かないようにしますので……!」

「レンさん。もし可能であれば空間にかけられる『サイレンス』のようなものを習得した方がよろしいかと。さすがにこちらの技術レベルでは防音はあまり利きませんので」

「いや、待ってください。これは誤解というか……いや、誤解でもないのか?」


 言っているうちによくわからなくなってきた。

 エナジードレインが必要なのは確かだが、果たしてどの程度の量をどの程度の頻度で吸うべきなのかがわからない。それによっては手を繋ぐ程度の接触では足りない可能性もあるし、そうすると広い範囲の身体的接触が有効な可能性はある。

 悩んでいるとフーリが肩に手を置いてきて、


「安心して。レンが無理やり変なことするタイプじゃないのは知ってるから。私たちで良ければ協力するよ。ね? アイリスちゃん?」

「えっ!? は、はいっ。私で良ければ!」

「ふふっ。レンさん、もちろん私も微力ながらお手伝いさせていただきます。必要であればいつでも仰ってくださいね?」

「……なんだこれ」


 純粋に男としてモテているわけではない。むしろ女同士の気安さに近い。仲のいい女子同士なら同じベッドで寝るくらいなくはない……かもしれないし、そう考えると男のプライドが若干傷つかないでもないのだが、可愛い女子からこうも親しげにされると「もうこれでいいんじゃないか?」という気がしてくる。

 なるほど、タクマたちもこれなら更生するかもしれないな……と益体も無いことを思いつつ、レンはとりあえずフーリたちにこう答えた。


「えーっと……そうだな。フーリだけに頼んでも大変かもしれないし、順番にお願いしてもいいかな?」


 ドレインする量を少しずつ増やしながら検証していこう、というつもりだったのが、思いのほか意味深な言い方になってしまった、と気づいたのは言い終わった後のことだった。

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