【番外編】アイリス一家とレン
「いらっしゃいませ、みなさん!」
「今日はゆっくりしていってくださいねっ?」
森の片隅にある木造の小屋の戸を叩くとすぐ、金色の髪をした二人の少女が出迎えてくれた。
姉であるアイリス同様、母親の容姿を色濃く受け継ぐ愛らしい姉妹。十三歳の三女はアイリスの胸へ飛び込むように抱きつき、十七歳の次女はレンたちへ柔らかく微笑んでくれる。
妹を受け止めたアイリスもまた優しく笑って、
「ただいま、アイナ、アイシア。お父さんとお母さんも」
次女が
三女は森野
三人の母であるエルフの美女(印象としては美少女の方が適切だが)──アンナは娘とレン、フーリを穏やかに出迎えて、
「ようこそ。今日は皆さんでどうされたのですか?」
「私は湖の絵を描きに来たの。早めに完成図を決めたいから」
「私はアイリスちゃんの付き添いです」
湖のデザイン責任者になったアイリスは「責任重大です」と言いつつもやる気のようで、筆記用具とお弁当を持参している。いいところまで描けなかったら一日中でも粘る構えだ。
フーリの方はというと付き添いというのは口実で、湖のほとりで昼寝をするつもりらしい。まあ、寝ているだけでもアイリスとしては寂しくないだろうし、万が一何かあった時にも対処しやすい。
「俺はアイナたちに遊んでもらえないかと思って」
「本当!?」
途端、目を輝かせるアイナとアイシア。
初めて会った時からレンたちは二人に懐かれている。特にレンは肌の色が近いせいか会うたびに雑談や森の散策を求められていた。
ここに来る時はたいてい何かしらの用事がある時なので少し相手をしては「また今度」と濁していたのだが、暇がでてきた今こそ約束を果たすチャンスだと思った。
アンナはこれに「そうですか」と笑顔で頷いて、
「申し訳ありません、レンさん。娘たちのために」
「いえ。むしろ突然来て迷惑じゃないですか?」
「全然迷惑じゃないよ!」
「今日はいっぱい遊んでくれるんですよね?」
「ああ。少なくともアイリスが絵を描き終わるまではこっちにいるつもりだ」
「じゃあ晩ご飯も食べて行ったらいいよ!」
実年齢よりも幼く感じられるのはアイリスと同じだ。姉妹に左右から腕を取られたレンは小学校高学年くらいの子を相手にしている感覚になる。
もちろん、身体の方は歳相応なわけだが、柔らかい感触を受けても反応する器官はない。
これを見たアイリスは小さく頬を膨らませて、
「二人とも? 私の絵が完成しないって言いたいの?」
「まあまあアイリスちゃん。お休みなんだからのんびりやろうよ、ね?」
フーリに宥められて事なきを得る。妹たちが相手だと礼儀正しいアイリスも普段とは違う表情になるらしい。
レンはあらためて少女たちを見つめて、
「じゃあ、なにをしようか?」
「狩り!」
ふたつの声が同じ答えを示した。
狩りはある意味、釣り以上に地道な作業だ。
釣り糸と餌を垂らしてただ待つ、というわけにはいかない。森を歩いて気配や痕跡を探り、獲物の位置を特定しては静かに接近しなければならない。そして機会を得たら迷わずに仕留める。勘と経験も必要になるし思ったよりも体力を使う。
とはいえ、森で育った年頃の女の子たちにかかれば狩りも散歩感覚だ。
動きやすい服装にナイフと弓矢で武装したアイナとアイシアがレンを案内するように淀みない足取りで森を歩いていく。何気なく足を踏み出しているように見えるのに足音は最小限、かつ足元が見えているかのように障害物を避けている。
「大きな動物だとけっこう大変ですけど、野兎くらいなら簡単ですよ」
「うん。意外と人懐っこくて寄ってきたりするもんね」
「へえ、そうなのか」
レンは頷きつつ「話半分に聞いておこう」と自分に言い聞かせた。狩人の言う楽は一般人に適用したら「けっこう大変」に違いない。
実際、なるべく音を立てないように森を歩くだけでも一苦労。
ダンジョンでもある程度忍び足は経験しているものの、石の床と森の中では必要な技術が全く違った。しばらく四苦八苦してみた後、これは無理だと諦めて、
「ごめん、二人とも。ちょっとだけ止まってもらっていいかな?」
小休止を挟んでもらいステータスウィンドウを操作する。
残しておいたスキルポイントを使ってしまうことにした。獲得するスキルはもともと取ろうか悩んでいたもので、その名は『浮遊移動』。
翼の大きさが一定に達したところで現れたこのスキルは文字通り浮いた状態で移動するものだ。
取得して念じるとふわり、と身体が浮かび上がり、宙を滑るようにして移動できる。あまりスピードは出ないものの高さの調節も可能なようで、
「おお、楽しいなこれ」
「あ、レンお姉ちゃんずるい!」
「お母さんでもふわふわ浮くのはできないかもしれません」
「そうなの?」
「ゆっくり動くのは逆に難しいそうです」
どうやら風の精霊はせっかちらしい。
「わたしも! わたしも飛びたい!」
「ああ、俺につかまってくれれば一人なら運べるかな」
「……あの、レンさん。アイシアが満足したら私も飛んでみたいです」
恥ずかしそうに服をちょんと掴んでくるアイナは正直ものすごく可愛かった。
それから。
「ドレインボルト」
魔法の矢を撃ち込まれた野兎が「きゅう」とばかりに倒れると、少女たちが歓声を上げた。
「遠くから外傷もなく野兎を仕留めるなんて……!」
「レンお姉ちゃんすごい!」
低威力の代わりに生命力を直接奪う魔法が思わぬところで役に立った。
無傷で命を落とした獲物にアイナとアイシアは素早く歩み寄り、てきぱきと血抜きの作業を始める。その表情には「兎さんが可哀想!」などという色は微塵もなく、冷静で冷徹な狩人のそれだ。
「傷が少ないほうが肉も毛皮も利用しやすいですし、高く売れるんです」
「レンお姉ちゃん、狼とか鹿も一緒に狩ろうよ!」
「いや、残念だけど大きい動物だと一撃じゃ無理だと思う」
そう答えると二人は残念そうな顔をした。
「でも、レンさんがいれば少ない手数で狩れそうです」
「わたしでも毒なしで狼を倒せるかも!」
ハーフエルフの少女たちはなんというか逞しすぎである。
それから小型の動物を何匹か仕留めてはレンのストレージに放り込み、きりのいいところでお弁当を食べた。
レンのはフーリとアイリスのお手製、姉妹のはアンナの作ったものだ。
せっかくだからちょっと交換してみたところ、さすが、アンナの調理技術は若者には真似できない領域にあるのがわかった。
それはそれとしてフーリたちが十分腕が立つことと、食べ慣れた味が安心することも。
知らず笑顔になっているとアイナが呟くようにこんなことを口にしていた。
「私ももっと料理練習しようかな……」
結局、夜は三人で夕飯をご馳走になった。
獲れたてのままストレージで保存していた兎肉を含め料理は絶品。
思わずいつも以上に食が進んでしまい、女性陣から微笑ましく見守られてしまった(フーリは若干対抗意識を燃やしていた)。
にこにこしたままのアンナは澄んだ眼差しでレンを見つめて、
「レンさんならこの家に来ても問題なくやっていけそうですね」
アイリスとその父親が盛大にせき込んだ。
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