【番外編】休日の過ごし方
ダンジョンに潜るのは週に二回程度、という決まりは十階攻略で手こずってからも守り続けている。
リアルの人間は「宿屋で一泊すれば全回復」とはいかないからだ。
身体の疲れを取るには度合いに応じた休息時間が必要になる。もちろん魔法でも治せるが、心の疲れはヒールでは治らない。
相手がモンスターとはいえ、度重なる殺し合いは人の心を荒ませる。
転移者の中には一定数「どうしても殺しは無理」という者もいる。それに比べればレンたちは図太い方だが、人間らしいゆとりを忘れれば知らず知らずのうちに壊れていくだろう。
というわけで、ダンジョン攻略に積極的なレンたちも週に五日は休みである。
休みの日に何をするかはその時によって違う。
賢者をはじめとする知人に会いに行くこともあるし、一日中寝ていることもある。アイリスは定期的に家に帰ったりもしているし、フーリも買い物に出かけたりしている。
マリアベルに至っては余暇の時間を娼館での仕事に宛てているのでああ見えてかなり忙しい。
ではレンはといえば、
「……暇だな」
部屋でただごろごろしていることが圧倒的に多い。
名誉のために弁解するのであれば、異世界に娯楽が少ないことも大いに関係している。
ダンジョン攻略で得た収入で生活している以上はあまり散財もできない。女性向けの服は男性向けに比べて割高なので、サキュバスになってからは余計に節約が必要だ。
タクマたちなんかは暇さえあれば酒を飲んでいたが……酒とつまみを安いもので我慢したとしても金がいくら飛んでいくかわかったものではない。
レンのお気に入りは安いワインではなく蒸留酒。
比較的値の張るそれを週に一本までしか飲まないと決めており、大抵は夕飯あるいは寝る前に一杯分程度口にして終わりだ。
これでも十分な贅沢。
日本にいたらあと四年は酒が飲めなかったのだからむしろありがたく思うべきだ……と、話がだいぶ逸れたが、
「そろそろ、なんか本でも買うかな」
ブラにショーツだけの下着姿でベットに転がりつつ呟く。
最初は抵抗のあった「本格的な女子の下着」だが着てみると思ったよりも心地いい。
前に好んでいたキャミソールは背中部分に穴を開けないといけなかったうえ、固定されていないので激しく動くとずれやすかった。翼と干渉するのでレンとしては気になるポイントである。
その点、ブラなら背中が大きく空くしずれにくい。
フーリやアイリスのサイズを早くも上回りつつある胸をホールドしてくれるのも慣れてくると楽だ。
話を戻すと、この異世界でも本は意外と多く流通している。
人の記憶から本を作り出す職人がいるからだ。これによって純文学やライトノベル、マンガなどなど色々な本が再現されている。
連載中の作品の続きはこちらでは追えないため、年に一度、新しい転移者が来るのを心待ちにしている者もいる。転移して早々に「〇〇ってマンガ読んでた?」とか聞かれた方は大変困惑しただろうし、何年経っても続きが出ないマンガに絶望している者もいるが。
娯楽として需要が大きいため、新しい作品を提供すると金が支払われる。
レンも前に二つほど記憶を提供し、本人が憶えていない細部まで再現された本が書店に出回っている。
そこまでしておいてレン自身が本を持っていないのは「高いから」だ。本を作るには紙がいる。紙の原料である木は燃料にもなるし家や家具を作るのにも使う。いくらあっても構わないくらい需要があるので値段が安くならないのだ。
森の管理者であるアイリスの両親は責任重大であると同時に木の生産でかなり稼いでいるらしい。ああ見えてアイリスはかなりのお嬢様なのだ。
「買うなら何がいいかな」
単価が高いので長く楽しめる本がいい。
となるとマンガよりは小説。活字の類はそこまで得意ではないのだが、有名な推理小説とかならエンタメ性も高いし読めるだろう。
フーリは私物として少女マンガを何冊か持っている。いっそのこと借りてみてもいいかもしれない。サキュバス化によって感性が女子に寄っているかどうか確認するのにちょうどいい。
マリアベルからも「暇な時は読書をすることもあります」と前に聞いたことがある。あの女性がどんな本を読むのかは少し興味があった。
「こんな身体じゃなかったら運動するんだけど」
翼と尻尾のせいもあってレンの姿は非常に目立つ。
街を歩いているだけでみんなから注目されるのであまり一人で歩きまわりたくはない。レベルアップのたびに身体のバランスが変わってしまって感覚の掴み直しになるし。
「他になんかあるかな、休日の過ごし方」
こんな悩みが出てきたのも余裕ができた証拠だろう。
タクマたちといた頃はハードスケジュールだったので寝るのが最優先だったし、パーティを抜けてからもなんだかんだやることが多かった。
サキュバス化が完了したり収入が安定したりと落ち着いたので逆に暇を感じるようになったのだ。
レンは天井──ではなく部屋のドアを見つめながら(仰向けは翼のせいでやりづらいのだ)しばらく考えて、
「あの人にでも聞いてみるか」
フーリたちに選んでもらった外出着に着替えて外に出た。
異世界における大先輩にして一人暮らしをしている暇な男こと賢者はレンの来訪に「また来たのか?」などと文句を言いつつも部屋に入れてくれた。
女という存在を記号としてしか捉えていなさそうなぞんざいな扱いが有難い。
今日はフーリたちと一緒ではないし大した用件でもないので掃除はせず、そのまま椅子に座りこんで事情を説明する。
「というわけで、こういう時ってどうやって暇を潰すのがいいんだ?」
「ふむ。……古来からの伝統的な余暇の過ごし方ならある」
「へえ、それって?」
「性行為だ」
なるほど、こいつに聞いたのが間違いだった。
レンは「お邪魔しました」と立ち上がってそのまま帰ろうとして、
「待て。別に適当を言っているわけではない。かつての日本が子だくさんだったのには間違いなくその手の理由もある」
「……あー。そういやあの鬼退治するマンガの主人公も弟妹たくさんいたよな」
「無論、子供を労働力と見做していた側面もあるがな。だとすれば猶更この世界には合っているだろう?」
人手はいくらあってもいい、という話だ。
アイリスの家だって娘たちに狩りをさせているわけで、ダンジョンに潜らないにしても手伝って欲しいことは山ほどある。
理屈はわかった。わかったが、
「もうちょっとなんかないのか」
「蹴鞠でもしてみるか? けん玉や竹馬という手もあるな」
「いつの時代だよ」
「簡単な道具で、かつ一人でも遊べるものとなるとどうしてもそうなる。昔の子供は野山を駆け回り秘密基地を作って遊んだりもしていたのだぞ」
「うわ、三十年の世代差って凄いな」
下手すると親子以上も歳が離れているわけで、ある意味では当然か。
「二人用の遊戯で良いなら将棋や碁という手もあるな。酔狂な者が盤と駒、碁石を生産している」
「それ、実はあんたがやりたいだけだったりしないか?」
「それもある」
部屋の隅にはちゃっかり盤が置かれている。埃は被っていないのでたまに誰かと遊んでいるのだろう。
レンは「ありがとう、考えてみるよ」と言って手土産の干し肉を差し出した。不精な彼としては生鮮食品より嬉しいのか「悪いな」と笑みを浮かべて受け取ってくれる。
「せっかく肴をもらったし、少し飲んでいくか? いい酒があるのだ」
「止めておくよ。高い酒に慣れたら金がかかる。……っていうか飯も食わないと身体に悪いぞ」
「むう、アイリス達と同じような事を言わないでくれ」
去り際、賢者は「ああ、そうだ」とレンを呼び留めて、
「裁縫はどうだ? 縫物ができれば服が長もちするし、良い作品ができれば売れるぞ」
「裁縫か。悪くないかもな」
次の休みにフーリへ教えを乞うてみたところ、意外に筋が良かったらしく「せっかくだからもっと練習しなよ」と言われた。
自分の服を自分で繕えるようになるのは悪い話でもないので、以来レンは暇になると針と布でちくちくやるようになった。
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