【番外編】転職の行方
「……うーん」
親指と人差し指でつまんだ小さなクリスタルをじっと見つめる。
椅子に浅く腰かけ、首の下あたりで背もたれに身を預ける姿勢は翼が大きくなってからの癖だ。もしくは食事中などでなければテーブルに腕を載せる。
このところそんな風にしていることが多いせいか、相棒も気になっているようで、
「まだ悩んでるの、レン?」
「ああ。やり直しがきかないと思うとな」
「あれでしょ。ゲームでも一個しかないアイテムとかなかなか使えないタイプ」
「ぐ」
図星である。
結局、それでやり直す羽目になってレベル上げをがんばり、今度は苦戦せずにクリアしてしまったりする。
さすがにリアルで回復アイテムをケチるような真似はしないが。
「選択肢が多いっていうのが余計にな」
「レンになら教えてあげる、っていう人も多いもんね」
転職石の仕様は少々特殊で、基本的には使用しようとすると本人に素養のある職業がリスト表示される。その中からひとつを選ぶことになるのだが、この時、知人や友人などの同意があればその人物と同じクラスに就くことができる。
例えばフーリの盗賊やアイリスの弓使い、マリアベルの蹴術師などだ。
タクマたちの半強制転職は娼婦のお姉さんが協力してくれたお陰。
レンの場合はアイリスの母・アンナの精霊使いや、元クラスメートの女子たちもお願いすれば協力してくれるのでそのへんも選択肢に入ってくる。
「石のおススメはだいたい魔法系なんだよね?」
「ああ。なんか娼婦とかもリストにあるけど」
「あー。サキュバスだもんね」
「サキュバスだからな」
さすがに非戦闘系のクラスは今回除外する。
大まかなプランとしては直接戦闘系か射撃系か魔法攻撃系か、あるいは支援魔法系か、といったところ。
レンたちのパーティは前衛が足りない──というかフーリが無理やり前衛を張っているだけで実質ゼロ、という状態であり、レンが前に出られればだいぶ楽になる。
ただ、攻略が進んでマリアベルが本格参戦すれば前衛不足は補える。殴り合いをしながら魔法を使うのは難しい、というのもある。
弓などの射撃武器なら白兵戦よりはマシだが、飛び道具はだいたい両手が塞がってしまう。
「私としてはレンとお揃いになれたら嬉しいんだけど」
「罠対策ならアイリスが頑張ってくれるだろ」
マリアベルも実際の経験からアドバイスしてくれたりするし、今からレンが盗賊になるのはもったいない。
「じゃあやっぱり魔法系じゃない?」
「だよな。そうすると後は具体的にどのクラスにするかなんだが……」
これがものすごく悩ましい。
魔法系と言っても結構種類があり、それぞれに長所が存在する。最もオーソドックスな魔法使いを選べば汎用性が増すし、回復系のクラスに就けば万一の時にフーリたちを癒しやすくなる。
するとフーリは後ろから身を乗り出してクリスタルをつんつんしながら、
「いっそノリで決めちゃいなよ。石さえあれば転職はできるんだし」
転職石はめったに手に入らない貴重品。十階毎のボスから一個ドロップするのが主な入手元というなかなかのレア度だが、逆に言うとニ十階をクリアすればもう一個手に入る。
「私はまだまだ転職しそうにないし、アイリスちゃんが正式にクラスを手に入れるのもいつになるかわからないでしょ? もう一個くらいレンが使っても大丈夫だよ」
「できれば無駄遣いはしたくないけど……まあ、それもそうか」
「そうそう」
にっこりと微笑むフーリ。
可愛らしい表情に和むと同時にキスでもしたくなってくるが、真面目な話の途中なのでぐっと我慢。
深く考え過ぎず決めていいのなら、今、レンが必要だと思う能力を重視してみるか。
レンがしたいことはフーリたち、仲間を守ること。魔法で色々できるサキュバスは各方面からのサポートにちょうどいい。
となると、
「よし、決めた」
しばらく考えてから、レンはようやく進路を一つに絞った。
転職作業自体はほんの一瞬だ。
クリスタルを使いたいと念じ、表示されたクラス一覧から一つを選ぶ。後は最終確認にYesで答えればクリスタルが光の粒に変わってレンの身体へと吸い込まれていく。
クラスの変更に伴って変更された衣装はどこかエキゾチックな雰囲気も漂う布面積少なめのもの。ちなみに元の服は一時的にストレージへ移されただけでなくなったわけでない。
「へー。これが『
せっかくなので転職の儀式? はパーティメンバーみんなの見ている前にした。
真っ先に声を上げたのはフーリ。若干ズレている気もする疑問の声にレンは「さすがに男は別衣装じゃないか?」と答えた。
ちなみにレンの性別はサキュバス化に伴い、ステータス画面上も「女」になっている。
「でも、確かに魔法使い系にしては露出度高いよな」
「サキュバスの魅了と同様、肌の露出が関係しているのかもしれませんね」
「レンさんなら似合っているので大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」
マリアベルとアイリスからの反応に(若干苦笑気味の)笑顔で答える。
それからステータス画面を表示して、
「おお、やっぱりけっこうステータス下がったな」
「補正が結構効いてたんだね。その分はレベルを上げて補わなきゃ」
「ああ。便利なスキルがいろいろあるからな。期待してくれ」
魔操師はその名の通りマナの扱いに特化したクラスである。
魔法スキル自体よりも魔法をより効率的に運用するための補助的なスキルが充実している。
「一見すると地味ですが、便利な良いクラス選択ですね」
「ありがとうございます。俺にはこういう方が合っているんじゃないかと思って」
「レンさん、具体的にはどんな風に変わったんですか?」
転職前に軽い説明はしていたものの、レンも伝聞以上の情報はなかった。あらためてスキルリストを開きつつ「そうだな」と言って、
「方向性自体は今までとそんなに変わらないかな。ただ、MP効率を上げたり敵の弱点を突いたりしやすくなった」
ポイントの使い方次第だが、例えば前者の運用法としては最大MPを上げたり魔法の消費MPを削減したり、MPの自然回復速度を上げたりできる。
後者なら無属性魔法を他の属性に変換したりだ。
「MPは余分にかかるけど、マナボルトをファイアボルトにしたりできるぞ」
「それ、すごく便利です!」
ファイアボルトならアイリスが使えるので、使うならむしろライトニングボルトあたりだろうか。金属鎧を着たゴブリンなんかには雷の魔法が効果抜群だろう。
もちろん普通に魔法攻撃力を上げるスキルも(他の魔法職には劣るものの)存在しているし、夢がいろいろ広がってくる。
「俺としては最大MPを増やすスキルを真っ先に取りたいところだな」
「そこ? なんか地味そうな気がするけど」
「けっこう上がり幅がでかいんだよこれ。それに、俺のMPが多ければもっとさくさく進めるだろ」
エナジードレインで回復するMPは当然、レンの最大値ぶん以上は無駄になってしまう。
食事的な意味のドレインはMP満タンでも発生するので全くの無意味ではないものの、溢れてしまうと勿体ない。
「寝てる間にぐっと回復できたら便利だと思ったんだ」
「……ふーん。へー。なるほど」
「……そうなんですね、寝ている間に」
変なことを言ったつもりはなかったのだが、不思議なことにフーリとアイリスからの反応が鈍かった。
若干遅れて無難な返答をしてくる二人を見て「変だな?」と首を傾げると、マリアベルが、
「つまり、レンさんは私たちと一緒に寝るのを楽しみにしてくださっているのですね」
「っ!?」
レンは真っ赤になって硬直した。
あの時間が幸せなのも有難いと思うのも事実なのでなんとも返答がしづらかった。
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