転移者たちの事情
「まず、今回の転移者たちについて話しておきたい」
「なにかあったの?」
「あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった。ただ、やってきた者達が少々特殊だったというだけだ」
「具体的には?」
「女子しかいなかった。女子校だったのだ。それも宗教系の名門校──いわゆるお嬢様学校というやつだな」
これまでの転移者は男女同数であることがほとんどだった。
単純に、共学校・男女混合のクラスの割合が最も多いからだ。
同様の理由から名門校の生徒がやってきたこともこれまでにはなかった。
「じゃあ、シオンちゃんはお嬢様なんだ? ……あ、何歳なのか聞いてなかったよね?」
「わたくしは十五歳です。一年生ですので、皆さまよりも年下になると思います」
「俺とフーリも去年、一年生の時に召喚されたんだ。だから一歳差だな」
他愛ない学年の話に心が和む。
地方出身者が故郷の話題で盛り上がったりするように、レンたちにとっては「地球」「日本」がもう故郷なのだ。
お嬢様学校と聞いて興味が湧いたのか、フーリが「それでそれで?」と身を乗り出す。
「なんていう学校だったの?」
「はい。わたくしたちの学校は」
告げられた名前にレンは残念ながら聞き覚えがなかった。
学力的にも性別的にも進学先候補にならないのである意味当然だ。一方、フーリは名前くらいは聞いたことがあったようで「制服が可愛いんだよね」と口にする。
それで廊下の方から「懐かしい名前ですね」と声がした。
寝間着の上に一枚羽織った姿のマリアベルが立っていた。普段はきちっとしている彼女も寝起きはだいたいこんな感じである。この家には女子しかいないので問題はないのだが、
「おっさん、あんまりジロジロ見るなよ」
「私をなんだと思っているのだ」
「ふふっ。賢者様のことは信用していますので構いませんよ」
微笑みつつ自分の席へ腰かける彼女。
実際、寝間着と言っても肌の出ない上品な装いなので特別エロくはない。女性の普段人に見せない姿、というだけでロマンを感じてしまうタイプなら話は別だが。幸い、賢者はちらちら視線を送ったりすることもなく話に集中する構えだった。
初対面のシオンは小さくなってしまった身体をマリアベルに向けて、
「初めまして、シオンと申します。……あの、先ほどのお話ですが、もしかして我が校の?」
「ええ、別の高校に進んでしまいましたが、中等部まで在籍していました。まだ、中庭にはあの大きな
「元気に花を咲かせております。外部入学生に『実を踏まないように』と教えるのも伝統ですね」
「懐かしい。あの頃と変わっていませんね」
同じ学校ならではの会話がしばし交わされる。
「マリアさんの母校ですか。言われてみると二人とも上品ですもんね」
「マリアさんずるい。学校のあるあるネタなんて……レン、私たちも入学式の思い出話とかしよっか?」
「俺たちは同じクラスだったんだから話が別だろ」
話が逸れた。
マリアベルは取り分けてあった彼女の分の昼食を口に運びつつ「失礼しました」と話の先を促してくれる。
頷いて応えた賢者が再び口を開いて、
「知っている者がいるなら話は早い。かの学校は名門だけあって育ちのいい生徒が多いらしい。しかも生徒は女子だけだ。これまでの者達とは勝手が違う」
「あ、ゲームとかマンガもあんまり見たことなかったり?」
「さすがに今の時代、全く知らない者の方が稀だがな」
家との連絡用にスマホは必要になるし、その気になればアプリでゲームも読書もできる。古き良きファンタジー小説の中には名作として「読むべき本」扱いされていたりするので、最低限の知識くらいは少女たちも持ち合わせていたようだが、
「平和な世界で育ってきたご令嬢がある日突然『剣を取って戦え』と言われたとして、すんなりと応じられるかという話だ」
「なるほど。拒否されたのですね?」
「荒事への忌避感。生命を奪う事への抵抗。死の恐怖。理由と程度は様々だが、な」
中年男の顔に苦々しい表情が浮かんだ。
妻も子供もいない彼にとって若い女子はどちらかというと苦手な相手。ただでさえ話しづらい相手に嫌なことを強いなければならないのだから大変だったのは想像がつく。
彼としても若い少女たちに「いいから戦え」とも言えない。
「いいから家に帰してくれと泣く者もいた。……正直、ダンジョンの事は考えなくても良いからこの地で暮らす覚悟をしてくれ、と説得するのが精一杯だったよ」
「大変でしたね、賢者様……」
これはさすがに同情するしかない。
「で? 家への案内は終わったのか?」
「なんとかな。担任の女性が『せめてバラバラになるのは避けられないか』と食い下がってきたが、二、三十人が共同生活できる住居などさすがに用意がない」
仲の良い者同士で数人ずつ、分かれて家に入ってもらうしかなかった。
アパート的な住居くらい用意しておけという話もあるが、同期の転移者をひとかたまりにしておくのにも良し悪しがある。
同じクラスでも、というか同じクラスだからこそ仲の悪い者の存在。
同期だけで群れてしまい街の住人と仲良くなれなくなる可能性。
ダンジョン攻略に積極的な者とそうでない者の間で争いが発生する懸念などを考えると、普通の家を複数用意する方が無難であり楽である。
「……そのような状況で『仲間に入れてください』とは言えず、わたくしはこの方を頼ることになりました」
「大変だったのですね……」
マリアベルがしみじみと目を細めた。
「あ、忘れてた。マリアさん。シオンには俺たちと生活してもらおうと思うんですけど、いいですよね?」
「ええ、もちろんです。よろしくお願いしますね、シオンさん」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします、マリアベルさま」
「マリアで構いませんよ」
先輩後輩の心温まるやりとりに和んだところで話の続きだ。
「でも、とりあえず住んでもらえたならそれでいいんじゃないか? そこからなにか問題が起きたのか?」
「これから起きるかもしれない、と言うべきだな。……このまま本当に『誰もダンジョンへ潜らなかったら』誰が彼女たちの生活費を工面する?」
「あ」
人が生きていくためには衣食住がいる。住居は無償提供してもらえるし、当面の食料くらいはレンたちの時も工面してくれた。
ただ、ずっと養われているだけ、というわけにはいかない。
レンたちの世代にもダンジョンに潜らない者はいるものの、みんな職人の手伝いをしたり荷物運びに精を出したりして金を稼いでいる。
では、お嬢様たちが同じようにできるかというと──怪しいものがある、と言わざるを得ない。少なくともアルバイト経験のある者はほぼいないだろう。
「金の問題はシビアだな……」
「ああ。ダンジョンに潜るのであればパーティは一蓮托生だ。お前たちのように生活費の共有も可能だろうが、果たして、家族でも恋人でもない者同士で限られた金銭を分配できるか」
少なくとも全員になにかしら稼ぐ手段を与えないと厳しそうである。
職人、商店、受け入れが可能なところを探して割り振るだけでも頭が痛くなりそうだ。
「職人系や農業系のクラスになった方はいなかったんですか?」
「ゼロではないが、希少だな。ちなみに今回は大半が聖職者系のクラスだった」
日常的に神に祈っていた人間と考えればさもありなんだが、
「ダンジョンに潜れば大活躍だぞそれ」
やりたいこととできることが一致しないというのは悲しい話である。
「んー……こっちだと医者ってそんなにたくさんはいらないんだろ?」
「魔法で治療するだけの医者なら間に合っている。割り振ることができて一人か二人を助手として、といったところか」
レンたちが病気らしい病気をしていないように身体自体が丈夫になっているし、パーティ内に怪我を治せる人間がなにかしらの形で在席している場合がほとんどだからだ。
本格的な医学、薬学をかじっている者がいれば話は別だが、転移者は教師を除いて高校生である。
「なんか大ごとになってきたな……なあ、シオンは『一緒にダンジョンへ潜って欲しい』って言ったらどう思う?」
「お世話になる以上、何もしないわけにはいかないと思っております。この身体では家事もできませんので、もし、わたくしの『スキル』がお役に立つのであれば喜んで」
「すごい。ありがとう、シオンちゃん。安心して。もちろん無理なんてさせないから。シオンちゃんのことは私たちが守るよ」
「ありがとございます、フーリさま」
さて。
ここまでの話から「他の生徒はダンジョン攻略を渋っていてお金がない」「シオンには戦える仲間がいて本人にも意欲がある」という構図になったわけだが。
「おい、おっさん。これじゃシオンが同級生からたかられるんじゃないのか?」
「私もそれを心配している」
もちろん、礼儀正しく育ってきたお嬢様がカツアゲ的なことをするわけがない。
おそらくは平和的な話し合いから始まるだろうが──自分の方が弱い立場なのを自覚している人間の口にする「困った時はお互い様」はなかなかに厄介だ。
極端な話「あなたが助けてくれないと私たち死ぬんだけど、見捨てるんだ? ふーん?」という話になる。
「いや、待て。俺たちの収入だけで一クラス分養うとか無理だからな?」
「もちろんそこまで宛てにする気はない。最悪、養うしかないとなった時には皆から少しずつ徴収することになるだろう」
町内会費か。
「……だがまあ、その、なんだ。何かいい方法がないかと思ってな」
「丸投げかよ」
「単純に職の紹介、仲介なら私に伝手がある。だから君達に求めているのは常識を打ち破る回答──ブレイクスルーだ。例えばこの際、二、三人ほど口説いてダンジョンに誘ってくれてもいい」
「俺はホストか結婚詐欺師か」
さすがに「魅了の魔眼」を併用してもあっさり女の子を口説けるほどの力はないはずだ。というか、あったとしてもそんな方法は取りたくない。
マリアベルが「そうですね……」と思案して、
「少数であれば娼館で引きとることもできますが、彼女たちの方が拒否するでしょうね」
「え、あの、マリアさまは娼館を運営していらっしゃるのですか……?」
「ああ、戦う力のない女性の受け皿としてな。働いている人たちとは俺も知り合いだけど、みんな元気に楽しくやってるよ」
「え、レンさまも娼館を利用なさって……?」
「ち、違う違う。従業員の人たちと友達になっただけだって」
危うくやばい誤解をされるところだった。
「でもまあ、そうだよな。ヒーラーが多いなら、なんとか探索に協力して欲しい。ヒーラーが欲しいパーティとかたぶんいくつもあるだろ」
「ならさ、本当に全員がダンジョン行きたくないのか確認するのが先じゃない? シオンちゃんみたいに『必要なら行く』って子もいるかもでしょ」
「そうですね。話の流れ上、あの場では言い出せなかった子もいるかもしれません」
探索する人間がシオン以外に二、三人でも出てくれば話はだいぶ変わる。
触発されて気が変わる者が出てくるかもしれないし、そうでなくとも別の手段で稼ごう、という機運は高まるはずだ。
賢者は「ふむ……」と思案して、
「説得、いや扇動を頼んでも良いか? 私からも話はしてみるが、同性かつ歳の近い君達からの方が話が通りやすいだろう」
「わかった。俺たちとしても無関係じゃないからな」
シオンを仲間に入れたことで関係者になったとも言えるが、そうでなくともマリアベルの母校だ。なんとかしてやりたい、と思った可能性は高い。
「申し訳ありません、レンさま。ご面倒をおかけいたします」
「気にするなって。それこそ困った時はお互い様だ。……でも、そうだな。そうするとシオンには一度、早めにダンジョンへ行ってもらった方がいいかもしれない」
行くつもりだ、と話すよりも行ってきた、と話す方が説得力がある。
体験談を伝えつつ「注意していれば命の危険はない」と伝えることでダンジョンへの忌避感をある程度減らすことができるだろう。
レンの腕の中の子狐はどこか神妙な顔つき(可愛い)でこくりと頷き、
「かしこまりました。覚悟を決めます」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ゆっくり慣れていきましょう」
アイリスが優しく声をかけ、メイが無表情のままに頷く。
「シオンさんは見るからに前衛ではありません。敵の攻撃はしっかりと私がガードしますのでご安心を」
「ガード……女性の方が前に立つのですね?」
「ああ、メイはこう見えてゴーレムだからな。力も防御力も下手な男よりずっとあるんだ」
「ゴーレム……」
五人中三人が異種族のパーティ。
実際、シオンが交ざるとしたらこれ以上の適任はいない。
「ところでシオンちゃんの『妖狐』ってどんな能力なの? スキル一覧見せてもらってもいい?」
「ええ、もちろんです」
「私も見せてもらったが、なかなかに興味深いぞ」
シオンは「行儀が悪いですが……」と言いつつレンの腕を抜け出してテーブルへ降り、器用に前足を使ってウィンドウを操作。
たどたどしい手つきなのは動きづらいだけでなく慣れない操作なのもあるだろうが、なんとかスキル一覧が表示された。
一同は集まってそれを覗き込み、
「あれ? なんだかレンさんのと似てますね?」
「だな」
基本的な魔法を他のスキルで多種多様に使いこなす、という意味ではだいたい同じだ。
もちろん細かいスキル構成は異なっている──例えば、サキュバスらしい名前のスキルが存在せず、代わりに妖狐っぽい名前のスキルが並んでいるが。
特に目を引いたのは未取得状態で表示されている「二尾」というスキル。
みんなの了解を得つつタップすると詳細が表示。そこには「同時行使可能な魔法数を+1する」とあった。
「同時に二つまでの魔法を使えるようになる……?」
「え、待って。これ二尾ってことは、たぶん九尾まであるよね?」
今見えている効果だけで考えても『
レンは小さくてもこもこした少女を拝み奉りたくなると同時に「もう俺いらないんじゃ?」という気分になった。
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