思わぬ再会
結論から言うと、シオンの将来性は確かに凄まじいものの、レンが要らなくなるということはなさそうだった。
「よし。いいぞ、シオン」
「はい……っ!」
家の庭。
適当な棒にボロ布を巻きつけて作った即席の
直後、二人の前に生まれる小さな火線。
螺旋を描きながら飛んだそれは見事、的代わりである案山子に命中、表面を焦がすと共に布部分へ火をつけた。
妖狐のスキル「狐火」である。
放っておけばそのうち燃え上がって灰だけが残るだろうが、近所迷惑も考えレンが「ウォーター」で消火する。火の消えた的を見つめつつレンは頷いて、
「うん。落ち着いてやれば的には十分当たりそうだな。でも、威力がちょっと心元ないか」
「わたくしとしては十分に驚きなのですが、レンさまの魔法はもっと威力があるのですか?」
「レベルが全然違うから単純には比べられないけどな」
参考として火属性に変換したマナボルトを披露。
片腕でシオンを抱いたままもう一方の手から放った炎は濡れた案山子に命中、湿気を飛ばすと共に大きく燃え上がらせた。慌てて「ウォーター」を複数回かけ消火。
狐の姿となってしまったお嬢様は「すごい」と呟いた。
「魔法とはこれほどのものなのですね」
「シオンもレベルが上がればいろんなことができるようになるよ。使い方によっては生活にだって役に立つ」
「電子機器も使い方を誤れば人を傷つける。魔法も道具と同じで使い方次第、ということですね?」
「ああ。……なんか、シオンなら俺が教えるまでもなくすぐにいろいろ覚えられそうだな」
「いいえ。レンさまや皆さまが受け入れてくださって、わたくしはとても心強い思いです」
賢者が帰った後、レンたちはシオンの能力をさらに詳しく検証した。
そうしているうちにわかったのは、妖狐は「応用が利きやすい」という意味ではサキュバスに似ているものの、本質的には別物だということだ。
魔法攻撃力があまり高くないのは同様──というか、下手をすればサキュバスよりも低め。
魔法を二つ同時に使ったり、複数体の敵を狙ったりと便利なスキルが充実する一方でHPとMPがかなり低めに設定されている。
つまり、小さな身体が表す通りにか弱く、またMP管理の面でも扱いの難しい種族なのだ。
最初のスキルとして取った狐火はアイリスのファイアボルトに比べて消費MPも威力も控えめ。尻尾を増やすことで同時発動可能数を増やし、状況に応じて一発撃ったり二発撃ったり使い分けるのが基本的な運用プランだと思われる。
本当に尻尾がどんどん増えていくのかどうかはレベルを上げてみないとわからないが、
「でも、クラスメートが聖職者になってる中で一人だけ姿が変わるなんてな。せめてもう少し西洋風なら良かったのに」
「そうですね……。もしかすると、わたくしの父方の実家が大きな日本屋敷ですのでそちらの影響なのかもしれません」
「そうなのか。じゃあ、学校ではわりと肩身が狭かったり?」
「いえ、そこまでは。父は次男ですし、私自身は仏教徒というわけでもありません。クラスメートとは打ち解けていたつもりです」
しかし、召喚と種族変更によって事情が変わってしまった。
「レンさまは寂しくはありませんか?」
「俺の場合はフーリがいてくれたから、寂しいとかはなかったな。むしろ男子から変な目で見られるのが嫌だった」
「心中お察しいたします。……わたくしも、自分がサキュバスになったらと思うとぞっとします」
女子校育ちのお嬢様が男に言い寄られるのはきついだろう。そういう意味では可愛い動物に変わったのは良かったかもしれない。
一方で、他の少女たちがそういう目に遭う可能性は否定できない。
「できるならなんとかしてやりたいんだけどな……」
「レンさまが親切にしてくださるのは、ご自身の経験からですか?」
「ああ。たぶん、そうなのかな。女になってそこそこ経つし、同じ女としては放っておけないと思う」
「……本当にありがとうございます。皆さまがいなければ今頃、途方に暮れていたことと思います」
「俺たちが助けなくても他の誰かが助けてくれたよ。ここの人たちはみんないい人たちなんだ。元をたどれば日本人だしな」
シオンは「はい」と答えるとしばらく黙って、
「日本にはもう、帰れないのですね」
「今のところはな。帰る方法を探すためにも俺たちはダンジョンへ潜らないといけない」
攻略状況の進展に皆が一喜一憂する世界で、戦う気のない新参者は果たしてどう見られるか。
◇ ◇ ◇
シオンの能力を生で確認した後は家に入ってこの世界のことを色々と話した。
賢者から最低限の説明は行われていたものの、細かいところまでは行き届いていない。おいおい慣れていってもらえばいい、と省略された部分を質問されるまま、こちらが思いつくままに答えて「異世界に来た」という実感を強めてもらう。
平和な生活面の話をすることで気持ちを落ち着けてもらおうという狙いもある。
「では、生活のレベルは戦前の日本程度、ということになりそうですね」
「そうなるかな? お魚がなかなか手に入りづらい代わりにお肉はそこそこ手に入ったりするし、色んなお料理のレシピ自体はあるからいろいろ違うところはあるけど」
「家電がなんにもないから最初のうちはけっこうきついと思う。でも、慣れればそこそこ快適だぞ」
すると、シオンはレンに抱かれた状態のまま何度か瞬きをして、
「この身体では操作もままなりませんので、いっそなにもないほうが気楽かもしれませんね」
「ほんと、人型していないのは不便だよねー。レンなんか最近、尻尾を便利遣いしてるのに」
「俺だって不便はあるんだぞ。仰向けで寝られないし着られる服が限られるし、椅子に寄りかかるのも気を遣うんだ」
「ふふっ。……レンさまがいてくださると、自分が一人ではない、という気がいたします」
しみじみとした呟き。
「とりあえず、シオンの席を用意しないとな。……椅子の上にクッションでも重ねるか?」
「んー、どうだろ? 無理にテーブルを使わない方が楽かも? 椅子を二つくっつけて、その上に食器を置けるようにするとか」
一番楽なのは「床に皿を置いて食事をしてもらう」なのはなんとなくわかる。ただ、自分たちがその立場だったとしたら「ペット扱いかよ」と憤るのは確実なので口には出さなかった。
ここで、静かに話を聞いていたメイが口を開いて、
「そもそも、シオンさんには椅子が高すぎるのでは?」
「あ、そうか。シオン、一人で上れそうか?」
「ええと……そうですね、一度、試してみたいと思います」
やってみた。
ぴょん、とジャンプして飛び乗るのは失敗。身体を上手く使えるようになればできるかもしれない、という感じ。
椅子の足を上手く使って上がるのも上手く行かなかった。人がよじ登るようにしようとすると変な体重がかかって椅子が傾きそうになる。
猫ならうまいことするする上っていきそうなものだが、あいにくそのコツを知る者は誰がいない。
失敗にしゅん、とするシオンにアイリスが助け舟を出した。
「上りたい時は私たちが抱き上げてあげましょう? だいたいの場合は近くに誰かがいるはずですし」
「ありがとございます、アイリスさま」
「いいえ、そんな。私、シオンさんとは仲良くしたいんです」
「アイリス。わかってると思うけどシオンを食べちゃだめだからな?」
「そ、そんなことしません! レンさん、私をなんだと思ってるんですか!」
半分冗談として釘を刺したらぷんぷん怒られてしまった。
半分、狩人の本能が暴走しないか心配していたのも事実なのだが。
「後は寝床だねー。ベッド自体は余ってるんだけど、やっぱり上るのが大変だよね? クッションとタオルか何かで小さいのを作った方がいいかな?」
「なんだか、猫やうさぎの寝床のようですね……」
だんだん実感が湧いてきたのかシオンが呆然と呟く。
「早くこの身体に慣れ、せめて人用の家具を使えるようになりたいです」
「頑張れシオン」
こればっかりは本人の努力次第だ。
人の形に新しい器官が生えたレンと違い身体の形自体が変わったのだから、違和感さえ消えれば逆に慣れやすいに違いない。
「……ん? 人間の生活っていうと……」
「どうしたの、レン?」
「いや、ちょっと懸念が思い浮かんだんだが、軽々しく口に出していいのかと思って」
仲間に耳うちの形で相談すれば、フーリとアイリスも「あー」と微妙な顔になった。
メイが真顔で頷いて、
「トイレですか。それは確かに難題──」
「こらメイ!」
「メイちゃん! そういうのはもうちょっと控えめに……!」
「トイレ……わ、わたくし、さすがにそこまでペットと同じ扱いは……!?」
「た、大変です! シオンさんが震えだしてしまいました!」
大騒ぎになった。
なお、動物というより妖怪だからか、シオンはそれから何日経ってもその手の行為が必要にならなかった。レンは仲間ができたことに感動しつつ、変な配慮が必要にならなかったことに心底ほっとした。
それはまた別のお話として、シオンが落ち着くのを待ってから、
「だ、大丈夫だよシオンちゃん。お風呂はレンが湧かせるから気軽に入れるの。汚れたら綺麗にすればいいからね?」
「フーリ、それフォローになってないぞ!?」
とりあえず、シオンには試しにリビングでクッションに乗って寝てみてもらうことにした。メイが一緒なので寂しくはないはずだ。
また、レンたちの清潔さについてはお嬢様から太鼓判が押されたことを付け加えておく。
◇ ◇ ◇
その日の夜、レンはフーリと共にベッドへ潜りながら話をした。
「でもシオンちゃん、本当に大変だよね。一人になりたい時もあるだろうし、お部屋があった方がいいよね?」
「そうだな……。メイにも結局部屋をあげられてないし、いっそ引っ越した方がいいかもな」
「わ、レンったら大胆」
年に一度、人がどばっと増えるため、街には空き家がたくさんある。
一クラス分は無茶としても「今よりもう少し広い家」くらいなら探せばあるはずだ。
「良い物件あるかなあ。……あ、いっそのこと建てちゃう?」
「金足りるか? ……あー、建てることなんて考えたことなかったし、いくらかかるか全然わからないな」
寝る前の雑談とはいえ、なかなか魅力的な話である。
知識として得ておくだけでも悪くはないので近いうちに近所の大工にでも聞いてみようと思う。
「明日、ダンジョンに行く予定だったけど、昨日の今日で来てくれるかな」
「一階だし危なくはないと思うけど、こういうのは気持ちの問題だもんね……」
レンたちだってまともに戦えるようになるまでにはそれなりの葛藤があった。その点においては「敵なんだから倒すのが当たり前だろうが!」と平然と斧を振るっていたタクマが正直羨ましい。
時間を置くしかないと思いつつも心配しながら眠って、翌朝。
万全の態勢を敷くからダンジョンへ行ってみないか、と朝食の席で切り出すと、シオンは「かしこまりました」とはっきり答えた。
「早い方がいいのですよね? ご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、それはもちろん。……でも、大丈夫か? 無理はしなくてもいいんだぞ?」
「そうだよ。早い方がいいのは私たちの都合なんだから、シオンちゃんは気にしなくても大丈夫」
あっさりしすぎていて逆にレンたちの方が慌ててしまう。
これにもシオンは静かに「いいえ」と答える。
「なにもしなくてよい、と言われるよりも『こうしろ』と指示を受けている方が気が楽なのです。どうかお気になさらず、なんなりと命じてくださいませ」
「……もう。シオンちゃんはちょっといい子すぎるよ」
困ったように呟くフーリ。シオンはぺたん、と耳を伏せると「性分ですので」と小さく言った。
レンとしても心配ではあるものの、本人が「行く」と言っているのに行かせないのもおかしい。
「わかった。それじゃあ、今日は見学のつもりで行こう。俺たちにとっては慣れた場所だから戦いは任せてくれていい」
「はい、かしこまりました。よろしくお願いいたします」
と、話がまとまったところで家のドアが叩かれる音。
「レン、フーリ。いるだろう?」
「って、またおっさんかよ」
せっかくシオンがやる気になっているというのにいったいなんなのか。
若干苛立ちつつドアを開けると、意外なことに中年賢者は今日も人を連れていた。
転移時に着ていたものだろう清楚な服を纏う成人女性。背筋を伸ばした立ち姿はとても自然で、威圧感をまるで感じさせない。
「おはようございます、賢者さん。……こちらの方は?」
「客人だ。君達というよりはシオンにな」
ということは……と視線を向ければ、女性は微笑と共に挨拶をしてくれる。
「初めまして、シオンさんたちの担任をしております
「先生?」
アイシャと名乗った女性に驚きの声を上げたのは、アイリスに抱かれてやってきたシオンだ。
女教師はそんな教え子にも笑顔を向けると「遅くなってしまってごめんなさい」と眉を下げる。
「様子を見に来たの。慣れないことばかりで困っているでしょう? それから、シオンさんを受け入れてくださった皆さんにもお礼を言いたくて」
それでわざわざ来てくれたのか。
遅くなって、ということはもしかして他の生徒たちのところを周った後なのか。よく見ると表情に少し疲れが見える。
彼女だって異世界に来て困惑しているだろうに、休む時間さえ削ってみんなの世話をしていたのか。
「ありがとうございます、先生。ですが、わたくしはこうして元気にしております」
「シオン──シオンさんのことは俺たちでできる限り守ります。だから安心してください、アイシャさん──アイシャ先生?」
「好きなように呼んでいただいて大丈夫ですよ。……でも、そうですか。安心しました」
ほっと息を吐くアイシャ。
少し話しただけの印象でも「いい先生だな」とわかる。こういう人がいてくれるなら他の生徒も少しは安心だろう。
「じゃあ、用事ってシオンちゃんの様子を見るのと私たちへの挨拶? 中に入って少しお話してもらおっか、レン?」
「ああ、そうだな」
頷き、レンはアイシャを中に招き入れようとする。
すると、女教師は「いいえ、実は……」と言葉を濁した。
「先ほどお伝えした用事というのは別にあるのです」
「別、ですか?」
「ええ。こちらに住んでいるはずのある方に会いに来たのです。名前は──」
「……愛沙?」
「っ!?」
本名で呼ばれたアイシャがぱっと顔を上げ、家の中、私室の方向から顔を出した女性を見つめる。
「万梨阿っ!」
初対面のはず。にもかかわらず下の名前を口にした彼女は、一目見てわかる歓喜の表情を浮かべた。
まさか名前を教えたんじゃないだろうな……と賢者を睨むと、彼は「心外だ」とばかりに渋面を作った。
「学校名と年齢を聞いて、同じ学校出身の者がいると教えただけだ。マリアベルの名前を出してきたのは彼女の方……まあ、元々知り合いだったのであればピンと来ても不思議はあるまい」
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