新しい計画
考えてみれば頷ける話だ。
神隠しの話は毎年ニュースになっている。学校やクラスはもちろん、捜索願が出されれば名前や顔写真も公開されるので知り合いなら当然気づく。そして「毎年日本から一クラスが召喚されている」という賢者の説明を聞けばピンと来る。
神隠しに遭った知り合いもこの世界に来ているのだ、と。
まあ、二人の場合はただの知り合いとは思えない。
お互いの顔を見た後はどちらからともかく駆け寄って抱きしめ合って涙していたので、鈍いレンでも「そういうことか」と事情は察せられた。
前にマリアベルから聞いた話。
女性の恋人がいたこと。高校で学校が別になったために世界さえ隔てて離れ離れになったこと。
「……お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、そんな」
二人が再会を喜び合う中、レンたちは「私はどうしたらいいのだ」という顔の賢者を追い払い、頃合いを見てアイシャを家の中へと招いた。
例によって余計なことを言いそうなメイの口をひとまず塞ぎ、
「アイシャさんがあの、前にマリアさんから聞いた……?」
「ええ。ここへ来る以前、私が交際していた子です。まさかこんな形で再び出会えるとは思いもしませんでした」
この三十年──いや、三十一年間、召喚されるのは決まって高校の一クラス。
相手も召喚されてくる可能性は通常、マリアベルの転移から二年以内にしか存在しない。教師として召喚に引っかかるというのはもはや奇跡だ。
ずいぶん時間が経ってしまった。しかも異世界での不便な生活を余儀なくされるのだとしても、会いたかった人に会えるのはいいことだ。
しみじみとこの奇跡を噛みしめていると、
「待って、万梨阿。交際していた、ってどういうこと?」
マリアベルの隣に座ってもらったアイシャが突然不満そうな声を上げた。
察したフーリが「あ」と口を開くも、経験不足なレンたちにはなにもできない。マリアベルは「何を言っているのかわからない」とでも言うように目を瞬いて。
「だって、ずっと昔の話でしょう? あなたを置いていってしまった私に『今も交際している』なんて言う資格は──」
「そんなの関係ない! 私はずっと待ってた! 教師になったのだって、あなたに会えるかもしれないって思ったから……!」
本当に、どうしていいのか見当もつかなかった。
涙ながらに睨み合う年上たちの間に慌てて割って入り「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」と強引に止めるのが精一杯。
しかしその甲斐あってか、元(?)恋人同士の喧嘩はいったん止まった。
呼吸を整えたアイシャは「ごめんなさい」と頭を下げて、
「こんなこと言うつもりじゃなかったの。……私だって、ずっと一人でいられたわけじゃない。寂しさから別に恋人を作ったこともあった」
「ええ。私だって同じ。……いいえ、もっとひどいでしょうね。男性も、女性も、一夜限りの関係だってあったもの」
マリアベルもまた自嘲気味に応じる。
昨日と同様、寝起きのせいで身支度が整っておらず、着替える時間もなかったので少し居心地も悪そうだ。どうせなら綺麗な自分を見てもらいたかっただろう。
「今は娼館の経営を手伝っているの。……賢者様からもう聞いた?」
「ええ。……大変だったんでしょう? 驚いたけど、責める気になんてならなかった」
「……ありがとう」
なんとか仲直りはできたようだ。
分かれ分かれになって過ごした年月は戻ってこない。それでも、また始めることはできるはずだ。
ぐすっと鼻を鳴らしたフーリがレンを見て、
「なんかいいね、こういうの」
「ああ。……でも、もし俺たちがそういう立場になったら、お前には幸せになっていて欲しいな」
「は? 私に他の男と付き合えってこと?」
「十年以上独り身とか寂しすぎるだろってことだよ」
こほん。
成人女性二人揃っての咳払いで我に返る。せっかく話がまとまったのにレンとフーリが言い争いを始めてどうするのか。
「本当によかったです、先生。おめでとうございます」
「ありがとう。……みんなが大変な時に不謹慎だと思うんだけど」
「良いのではないでしょうか? 恋愛に年齢は関係ない、と私の両親も言っていました」
「メイもたまにはいいこと言うな」
「ご主人様? 私は常に気の利いた会話を心がけているのですが」
この言葉にフーリとアイリスが吹き出し、場が和んだところで、
「あの、ちょうどいいので話を聞いてもらえませんか? みなさんがこの世界に馴染める方法について」
レンたちは賢者から聞いた話をアイシャにかいつまんで話した。
彼女もだいたいの話は聞いていたのだろう。シオンがダンジョンに潜って呼び水になる、という案も含めて真剣に聞いてくれ、その上で頷いてくれた。
「私も、日本に帰る方法がない以上は必要なことだと思う。シオンさんが協力してくれるのなら説得がとても楽になるんじゃないかな」
「愛沙──アイシャも説得をするつもりだったの?」
「もちろん。いざとなったら私もダンジョンへ同行するつもりだったし、誰も協力してくれないのなら一人で行くことも考えてた」
「さ、さすがにそれは無茶です!」
一人で行くとなったら賢者が誰かしら人を出してくれただろうが、それでもなかなかに厳しい。
「アイシャさんのクラスはなんだったんですか?」
「教師です」
自分の持っているスキルを他人に「教育」して与えることのできるクラスらしい。なんか凄そうだが、低レベルでは役に立たないうえに戦闘にはまるきり向いていない。
マリアベルが珍しく怖い顔をして「絶対無茶はしないで」とアイシャへ言った。
「……すみません、みなさん。私は今後、彼女と一緒に住むことも検討したいと思います。とても一人にはしておけません」
レンたちとしても「それはもちろん」と言うしかなかった。引っ越しを挟むとして、パーティから抜けてもらうかどうかは話し合って決めればいい。
ひとまず恋人たちの同棲については置いておいて、アイシャは再び「先生」の顔に戻った。
「懸念としては、やはり男性との距離感ね。慣れていない子が多いから、多少距離を取った生活環境を用意できればいいのだけれど」
「今ある家だと難しいかもしれませんね」
寮的なところを用意して希望者だけを受け入れられればだいぶ違うだろう。
ただ、既存の家は基本的に街の中心部からなるべく離れないように建てられる。
結婚して男性と暮らし始める女性も多いので「男が近所にいない区画」というのは現状存在しない。
「離れたところに土地を作って、そこに新しい家を建ててもらえばなんとかなるかもしれません」
「土地を作る……」
「それは、賢者様の説明にもあった『世界の欠片』を使う方法でしょうか?」
「そうです。郊外はまだ闇に覆われているので、そういう場所ならスペースも確保できますし誰もいません」
その分だけ不便なわけだが、この辺りは日本で田舎暮らしをするのと変わらない。利便性と平穏というのはどちらかを取るとどちらかが逃げていくものだ。
ただ、不便を覚悟するにせよ他に欠片とお金が必要になるわけで。
アイシャは「……難しいな」と思案顔で首をひねった。
「みんなに前向きになってもらうために安心できる家が欲しいけど、家を建てるためには稼がないといけない。あちらを立てるとこちらが立たない感じ」
「戦う気のある方は現状、本当にいないのですか?」
「全くいないわけではないけれど、戦ってもいいと思っている子と『他の子がやるなら一緒にやってもいい』という子がそれぞれ二人ずつくらいね」
「一パーティ作れるかどうかかー。バランスも考えると厳しいね」
初心者だけで一から攻略するとなると時間もかかるし、最初の頃は自分たちの生活費だけでいっぱいいっぱいだ。
かなりスムーズに戦ってこれたはずのレンたちで「新しい家を建てられるかな?」くらいの状態なので、新人が大きい家を作ろうと思ったらクラス一丸になったうえで半年~一年を見るべきだ。
フーリが「うーん」と腕を組んで、
「家かあ。なんか私たちと似たようなこと考えてるね、レン」
「サイズが違うけどな。土地だけなら俺たちでもなんとかなるけど……」
言ってから、レンは「土地はなんとかなるのか」と再認識した。
「フーリ。ひょっとして俺たちの家と一緒にしちゃおう、みたいなこと考えてるか?」
「そこまでは考えてなかったけど、それもありかも? 女の子専用住宅街みたいな」
「それ、俺が住んで大丈夫なのか?」
「レンがだめだったらマリアさんや、下手したらアイシャさんもだめじゃない?」
確かに、女性の身体なのに女性が恋愛対象になる、という意味ではレンもマリアベルも変わらない。
「土地を提供してもらえるだけでもとても助かるけど、いいの? あなたたちが苦労して貯めた財産なんでしょう?」
「や、めちゃくちゃ思い付きで喋ってたので大丈夫とは言いにくいですけど。そもそもそんなお金もないですし」
たぶん、もろもろ必要事項を挙げていったらうんざりしてくる系のプランだ。
それでもちょっと面白そうではある。
「住宅街かー。あれだよな、それって家を貸すってことだろ? ひょっとして家賃とか入ってくるのか?」
「値段にもよるけれど、それはもちろん支払うべきでしょう。本来なら私たちが建てるべきなのだし」
「家賃収入。本で読んだことがあります。不労所得、というやつですね?」
この歳で賃貸住宅のオーナーとは夢のような話だ。
ただの冗談のはずなのにやってみたくなってくる。
「できたらいいけど、いろいろ大変だろ。街から遠くなるってことは森からも本屋からも遠くなる」
アイリスやメイとしても不便なのではないかと口にしたところ、当のアイリスが可愛く首を傾げて、
「いっそ森の傍に作るのはどうですか? それなら用のない人は来ないと思います」
「森の管理者には伝手があるのですから利用しない手はありませんね。さすがです、アイリスさん」
「マジか。怖くないか、人の少ないところに住むって」
「いいえ? 獣を狩るのは得意ですし、一緒に住むのはいい人ばかりなんですよね? それに、一人じゃ手に負えない問題ならレンさんたちが助けてくれますから」
「……アイリス」
信頼されている。不覚にも少し泣きそうになってしまった。
ここで、話を聞いていたマリアベルが口を開いて、
「お金でしたら娼館からお貸ししましょうか? 私たちがレンさんたちへ融資し、みなさんは居住者から家賃として費用を回収、少しずつ返していただければ」
「え、大丈夫なんですか、それ?」
「問題ありません。もともとなにかの時のため──例えば、今いる娼婦たちが引退した時、先々の支援をするために貯めていた資金なのです。のんびりと暮らせる家ができれば願ってもないことなのですよ」
「え、あれ? なんか問題が解決したぞ?」
しかもわりとみんな賛成モードである。
買い物の不便についてもストレージがある以上、その気になれば買いだめが可能なわけで。ちょっと面倒なのはダンジョンへの行き来くらいか。
娼館からお金を借りられるのであればアイリスの両親に土地の相談をして、家の間取りや配置・デザインを決定、大工に依頼してしまえば建設に取り掛かれる。一年なんて待たずとも立派な家を用意することができてしまいそうだ。
ついでに自分たちの家を作ってしまうこともできるし、どさくさに紛れて豪華な家にすることもできる。マリアベルやアイシャが住む家もついでに建ててしまえば一石二鳥だ。
困ってしまうくらいに困るところがない。
レンはしばらく考えてからみんなを見て、尋ねた。
「とりあえず、
「賛成!」
なんと、誰からも異論は出なかった。
この後「それなら話は私が」とアイシャが引き受けてくれた。レンたちの側からも誰か行った方がいいので、これはマリアベルにお願いする。
残ったメンバーは予定通りダンジョン探索だ。さすがに一階を攻略するのにいまさらマリアベルの補助は必要ない。
「シオン、大丈夫か?」
「はい。あの……急にいろいろと決まりすぎて頭が追いつけていないのですが、こちらではいつもこのような感じなのですか?」
「さすがにいつもはこんなに大変じゃないよ。……大変じゃないよな? あれ、自信なくなってきたぞ?」
この一年でやったことを思い返してみると「だいだいこんなもん」と言っても嘘ではないかもしれない。
レンは目を細め、静かに子狐の少女を見つめ返した。
「大丈夫、そのうち慣れる」
「……わたくしがなにをすれば良いか、今後も指示をくださると大変助かります」
納得したというよりは諦められたような気がするが、ひとまず話はまとまった。
軽く準備を整え、レン、フーリ、アイリス、メイにシオンを加えた五人で出発。
昨夜も娼館に行っていたマリアベルには家で寝ていてもらうことにした。ニ十階を乗り越えたメンバーが今更一階で不覚を取ることもない。
慣れた道をシオンに紹介しながらゆっくりと歩き、神殿への階段を上った。
ちなみに子狐になった少女はレンの肩の上である。しがみついているだけでいいならそれほど難しくないらしく、定位置で大人しくしていてくれる。
「上って下りてがちょっと面倒なんだよな」
「レンが全員連れて飛べるようになれば上らなくてもいいんだけどね」
「さすがにそれは魔法使わないと無理だろ」
「アイリスさんが飛べるようになれば一人ずつ抱えて飛べるのでは?」
「飛行の魔法はまだまだ練習中です……」
軽口を叩きながらではあったものの、ひんやりとした階段へと足を踏み入れるとさすがにシオンも息を呑んでいた。
できるだけ安心させようと笑顔を向けつつ階段を下り、ダンジョンへと入った。
「……ここが」
「ああ。俺たちがこれから攻略していくことになる場所だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます