妖狐のダンジョンチャレンジ
「どうだった、シオン?」
探索自体は特に問題なく終了。
ボス以外の敵を倒し終わったところで帰還し、帰路へとつきながら尋ねた。
レンの腕に抱かれた少女は「……そうですね」と少し疲れたような声を出して、
「正直に申し上げますと、恐ろしいです。あの空間にはあまりにも濃く『死』が満ちていますから」
「……そうだな。あんなところ、本当は行かずに済む方がいいんだ」
「ですが、少し安心もしました。死体が残るのではなく光となって消えていく……これだけでもかなり救われた気分です」
死体も血も最後には消える。実際のところどういう仕組みなのかはわからないものの、見た目の印象としては「浄化」と呼んでも差し支えない。
ゲームの中の敵と同じ、ただの障害だと思えば生き物を殺す罪悪感は多少なりとも和らぐ。
シオンの感想に頷きを返して、
「帰って休もう。無理をさせて悪かったな」
「いいえ。わたくしはただ見ていただけですので」
初回である今日、レンたちはシオンに「戦うこと」を要求しなかった。
ただその場にいて、戦いの空気を実感してもらえればいい。その判断は間違っていなかっただろう。
戦い自体も危なげなく終わっている。レンの魔法、アイリスの矢、メイの振るうメイスがあれば負ける要素はほぼ存在しない。
とはいえ、初めての体験に精神的疲労は溜まっているはずだ。
異世界に来たばかりのシオンにはゆっくりと休んでもらいたい。
「シオンちゃん、昨夜の寝心地はどうだった?」
「はい。まだ身体には慣れておりませんが、寝床はとても快適でした」
「そっかそっか、よかった。もし不便なところがあったら言ってね。いろいろ工夫してみるから」
「なんでしたら私を湯たんぽとして使っていただいても構いません」
「ああ。メイの身体は温かいからな」
銀髪の美少女が表情を変えないまま「ひなたぼっこの成果です」と胸を張ると空気が和んだ。
「一階って言っても一気に攻略するとそこそこの収入になるよな。……あ、そういえばシオンの分の報酬はどうする? 渡しても自分じゃ使いづらいよな?」
「手の形からして細かい作業に向いていませんよね。レンさんかフーリさんに持っていてもらった方がいいんじゃないでしょうか」
「そうしよっか。シオンちゃん、ちゃんと金額は記録しておくから、使いたくなったら言ってね?」
「あの、衣食住を提供していただいているだけでわたくしは十分──」
「だーめ。仲間なんだから、そういうところで遠慮はなし」
家に戻るとマリアベルはもう戻ってきていた。
「お帰りなさい、みなさん。ダンジョンはどうでしたか?」
「一階のゴブリンならさすがにもう雑魚ですね。アイシャさんは帰ったんですか?」
「ええ。賢者様の家を出たところで別れました。もう一度生徒たちの家を周るそうです。……身体が心配ですが、放ってもおけないのでしょうね」
仕方ない、と言うように困ったように微笑む彼女。
「ああ、賢者様からは了承──といいますか賛成をいただきました。加えて『費用が足りないのであれば融資しても良い』と」
「本当ですか? あのおっさん、意外と気前がいいな」
「善意だけでなく都市計画の一環という意味もあるようです。家が増えるのは街の発展を考えてもメリットになりますからね」
むしろ費用なら出すから十分な家の数を用意しろ、というスタンスらしい。
なんにせよ申し出としてはありがたい。
必要になった時は遠慮なく頼らせてもらうことにする。
「じゃあ、明日にでもアイリスの家に行ってみるか。もしそれでOKが出れば大工のところに行ってだいたいの費用を聞いて、デザインと家賃の額を決めて……」
「本格的に話を出すのは家賃を決めてからの方がいいでしょうが、アイシャもそれとなく希望調査を行ってくれるそうです。それも参考になるかと」
「ありがたいね。……あはは。っていうか私たち、ほんと高校生らしくないことしてるなあ」
湖を作って山への道を作って、今度は住宅街だ。
賢者が同世代の代表扱いしてくるのも仕方ないのかもしれない。まあ、原因の何割かはその賢者がぽんぽん仕事を投げてくるせいなのだが。
「さて、シオン。さっきも言ったけど後は好きなように寛いでくれ。俺たちのダンジョン探索は週二回のペースだから『また明日行こう』とかはないし、別に次でさっそくゴブリンと戦わなくてもいい」
「本の読み聞かせなど必要でしたら申し付けてください」
「なにからなにまでありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
それから、シオンはリビングの端のほうに用意した寝床に移動して、なにをするでもなくぼうっとしていた。
遠慮しているのかと思い声をかけようかとも考えたものの、しばらくすると規則正しい寝息がかすかに聞こえてきた。
「……やっぱり疲れてたんだな」
「そりゃそうだよ。あれだけいろんなことがあったんだもん」
「俺たちの時とどっちが大変だっただろうな」
「あー……比べづらいね。私たちの場合はうるさいのが近くにいたけど自分のことは自分でできたし」
自分のことを自分で「できた」と考えるか「やらないといけなかった」と考えるかは個人次第だ。
しっかり者のシオンとしては他人の世話になるしかない状況はストレスが溜まるかもしれない。レンたちとしては将来的に戦力になってくれることを期待しているわけで、なにも無償で施しをしているわけではないのだが。
これからも無理をさせないように注意していこう。
夕方が近づいてきた午後の陽光に照らされながら丸まって眠る子狐を見つめ、レンたちは静かに頷きあった。
◇ ◇ ◇
「いくつか条件は出させてもらうことになるけど、それさえ呑んでもらえれば住宅街の建設は構わない」
翌日、レンはアイリスとシオンを連れて森へと赴いた。
初対面のシオンを紹介すると、目を輝かせたのはアイリスの妹たちだった。
「可愛い!」
狐は現状、この森には住んでいない。
二人は見たことのないふわふわもこもこの子狐に好奇心を抑えきれなかったようで、挨拶が終わるとすぐに「一緒に遊ぼう」とシオンを連れていってしまった。
連れていく、と言っても小屋の外からは出ない範囲。両親の目の届くところで大人しくじゃれていてくれるようなので危険はない。
シオンが「これはどうしたら」とでも言いたげに視線を送ってくるのに「よければ相手をしてやってくれ」と苦笑を返した。
なお、妹たちが印象よりもお姉さんなのは話がややこしくなるのでひとまず黙っておく。
妹たちとシオンが遊んでくれている間に事情を説明して相談をもちかけると、アイリスの両親──木こりである父とエルフである母は二、三、小声で話をした後で良好な返事をくれた。
「お父さん、条件って?」
「森を荒らさない事。森から少し離れた位置に建設する事。将来的に周囲を森で囲まれる可能性を了承する事。獣に襲われる可能性をあらかじめ覚悟する事。……こんなところかな。本格的に話を進める場合は細かい点を詰めた上で書面に纏めるよ」
「もし森の近くに建設するとしたらどれも当たり前の話だと思います。もちろん俺も、住む人にも納得させるようにします」
「ありがとう。……ああ、そうか。これも付け加えておいたほうがいいな」
レンの返答に深く頷いたうえで、アイリスの父は一つの条件を追加した。
「代表はレンさんとアイリスが務めてくれ。他の誰かが代表になってこちらの要望が通らなくなるのは困る」
アイリスと顔を見合わせ、同時に頷く。
「わかりました。俺とアイリスが代表になります」
「良かった。……なら、もう少し詳しい話もしてしまおうか」
言って、アイリスの父は一枚の地図を取り出してきた。
思ったよりもずっと精巧に作られた街の地図。わりと新しいものなのか、森から伸びる川までしっかりと描かれている。
「これってどうやって描いてるんですか?」
「レンさんのように飛べる人間が空から街を俯瞰し、その記憶を本づくりの要領でプリントするんだ。後は製図の得意な人に頼んで地図に起こしてもらえばいい」
街の中心部の測量ができていれば、サイズの比較から他の部分の大きさもおおよそ把握できる。
地図があると具体的なイメージもしやすい。
「規模はどのくらいになる予定なのかな?」
「俺たちパーティと今年の転移者、後は娼館のお姉さんたちが住めるだけの家があればとりあえず大丈夫なので──どうしても必要なのは最大で五十人分くらい、家の数だと多くて十軒くらいになると思います」
「賢者様からも期待されているんだろう? 来年以降の希望者もいるかもしれないし、街の人から移住希望者が出るかもしれない。倍の規模は想定しておいた方がいいだろう」
「百人分……って、街の一割に近いじゃないですか」
「うん、なかなか派手な計画だ」
とは言え、人口約千人だったのは去年の話。
あれから新たに生まれた子もいるし、新たな転移者によって三十人弱の人が増えている。この調子で人が増えることを考えると無茶な数字ではない。
「家の数は多くて二十。一軒あたりのサイズと家間の距離を決めればだいたいの規模が出せる。ここは大工さんと相談した方がいいかもしれないな」
「はい。数が決まればだいたいの費用もわかると思うので相談してみます。……必要なら欠片も集めないといけませんね」
「君たちなら十分足りるんじゃないか? かなりの数の欠片を持っているだろう?」
「ニ十階を攻略した時の欠片だけで百個以上あるので、確かにそうですね」
話がすんなりまとまってほっとする。
本当に大変なのはおそらくこれから──あっちこっちへ相談・確認をしては少しずつ話を進めていかないといけないのだが、出だしから頓挫しなかっただけでも収穫だ。
アイリスの妹たちも「レンさんたちが近くに住むんですか!?」と喜んでくれた。
「まだわからないけど、もし上手く行ったら前より遊びに来やすくなるかもな」
「ふふっ。……正直に言いますと、アイリスやレンさんの顔を見やすくなる、というのも了承したポイントなんですよ」
そこでアイリスの母がおっとりと教えてくれる。
「女の子はどうしても家を出ていくものでしょう? 親としては顔を見たいものなのですが、こちらから会いに行くのは気が引けてしまう……でも、近くに住んでいれば安心できますからね」
「あんまりそういう事は言わなくてもいいと思うんだが」
「あら、そうですか?」
夫からのやんわりとした苦情を妻は笑顔のままスルー。
ぶっちゃけ、結婚した娘に会いに行きづらいのはぶっちぎりで男親の方だと思うので、レンとしては少し同情してしまった。
なお、帰ってからこの話をフーリにしたところ「お父さん的にはレンこそ『自分から娘を奪う憎いやつ』だけどね」と言われ、愕然としたことを付け加えておく。
◇ ◇ ◇
「……狐火!」
空中に生み出された線状の炎がゴブリンを襲い、小さく悲鳴を上げさせる。
威力が足りていないため、敵が怯んだのはほんの一瞬。すぐに気を取り直して攻撃を加えてこようとするものの、メイの攻撃がすかさず直撃。
ゴブリンはあっけなくその命を散らして光の粒となって消滅した。
「よし。いいぞ、シオン。その調子だ」
「ありがとうございます。ですが、その。わたくしは役に立っているのでしょうか?」
あちこちに相談しに行ったりしているうちに数日が経って、あっという間にシオンとの二回目のダンジョン探索に。
本人の希望もあって今回はシオンも攻撃に参加することになり、今のところ数回の戦闘を順調にこなしている。
攻撃も当たっているし、魔法を使うたびに経験値も入っているので大健闘なのだが、当の少女は少し不安そうな様子だ。
確かに、ぶっちゃけメイなら狐火のダメージがあろうとなかろうとメイスで一撃なのだが。
「シオンちゃんは期待の新人だからねー。将来的に大活躍してもらうために少しずつ経験を積んで貰ってる感じ?」
「つまり、今のところは役に立っていないと」
「初心者のうちから大活躍されたら俺たちの立場がないだろ。この一年間、苦労を積み重ねてきたのはなんだったんだって」
そう言って説得するとシオンは「そうですね」と頷いてくれて、
「あの、ところで今の戦闘の後でファンファーレが聞こえたのですが、これでレベルアップをした……ということなのでしょうか?」
「わ、おめでとうございます!」
「2レベルになりましたか。これで尻尾の数を増やせますね」
リストを隅から隅まで眺めて見ても目玉としか思えないスキル「二尾」。
パーティ全員からわくわくするような視線を受けたシオンは「では……」とたどたどしい手つきでウィンドウを操作、件のスキルを取得した。
すると、ふさふさとした尻尾が光に包まれ──数が一本増えて戻ってくる。
見た目にもボリュームが増したこともあって「おお」と思わず感嘆。
「尻尾が増えました。……でも、これは少し邪魔な気もするのですが」
「慣れの問題じゃないか? それより、次の戦闘でパワーアップした成果を見せてくれ」
「は、はい」
というわけで試してもらったところ、見事、狐火を同時に二発飛ばすことに成功した。
二発とも同じ対象を狙うことももちろん可能。威力的に決定打にならないのは変わらないものの、
もちろん一発だけ撃つことも可能。
「いいな。俺も妖狐になりたくなってきた」
最大MPを増やすスキルを持ち越せたらものすごく強そうだが、残念なことに「妖狐になるアイテム」などという都合の良いものは流通していないどころか存在しているかどうかすらも不明である。
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