サキュバスと説明会
「狐火!」
二発の狐火が手近なゴブリンへと見事命中し、
「
基本7本×10倍×2発分、計140本の光の矢がブースト付きで降り注いで一階のボスパーティ全てを消し飛ばした。
後に残るのはドロップ品と石碑、下り階段だけ。
「おー。俺もなんだかんだ強くなったな」
「いえ、その、もはや災害というか悪魔めいた強さではないでしょうか……?」
「いやいや。このくらいじゃ全然足りないぞ。ニ十階のボスとか今の矢の数より多かったし」
「……百鬼夜行か何かですか」
呆然と呟く子狐の背を撫で、レンは「シオンもお疲れ」と言ってやる。
「よく頑張ってくれたな。MPがカラになるとなんとなく疲れた感じするだろ?」
「そうですね……。ですが、これくらいはさせていただかなければ」
さっきの狐火がシオンのMPで撃てる最後の魔法だった。
可能な限りの攻撃はしてもらったうえでボスを撃破したことになる。シオンはネイティブ世代ではないので欠片の数には影響しないはずだが、なにげに転移者を一人だけ追加して攻略し直すのは初めてである。
果たしてドロップ品はどうなるのか。
ドロップ品を回収するフーリとアイリスをしばし待って、
「うん、特に種類も数も変わらないねー」
「このダンジョン、優しいのか厳しいのかわかりませんね……」
ボスのレアドロップをたくさん回収する裏技、みたいなのは頑張れば使えそうである。
さすがに初心者の引率もシオンで打ち止めじゃないかと思いつつ、レンは頷いて言った。
「さて。それじゃ今日のところは帰るか」
◇ ◇ ◇
「あ、お帰りなさい。怪我は……なさそうね、よかった」
家に帰ると箒を手にした大人の女性がにっこりと微笑んで出迎えてくれる。
「ただいま戻りました、先生」
「もう、先生は止めてくれてもいいのに。こっちでは先生らしいことなんてほとんどしてないんだから」
シオンに挨拶をされた彼女──アイシャはそう言って苦笑する。
生徒たちの初期対応を終えた彼女は現在、マリアベルと同じ部屋で生活している。家の問題が進展するまでの仮ずまいという形だが、住まわせてもらう代わりにと不在の間の家事を買って出てくれており、生活面でもかなり助かっている。
(私室は今まで一人一部屋を使っていたが、もともと二人用の部屋なのでベッドは二つずつ置いてある)
シオンには普通に話しているのにレンたちだけ敬語なのも変な感じがする、ということで話し方は普通にしてもらった。
問題は、
「アイシャさん、本当にもっと休んでくれていいんですよ?」
「大丈夫。教師なんて残業当たり前の仕事なんだから。むしろ日本にいた頃より楽なくらい」
マリアベルに負けず劣らずの働き者だということか。
いや、適度にだらけることを知っているマリアベルよりもひどいかもしれない。今日だって生徒たちのところへ顔を出したうえで掃除と洗濯をしてくれており、ぼーっとしたり仮眠をとる時間なんてほとんどなかったはずである。
言っても聞いてくれないので、レンにできるのはせめて「ヒール」でHPを回復させてやることくらいだ。
恋人と一緒というのも精神的にはいい効果を挙げているようだが、夜型のマリアベルとは生活リズムが合わなくて苦労している様子。
「生徒さんたちの様子はどうでしたか?」
ひとまず荷物を置いて適宜着替えも済ませた後、アイシャから首尾を教えてもらう。
すると彼女はこくんと頷いた後、困ったような表情を浮かべた。
「生活には少しずつ慣れているみたい。分担して家事を片付けられるようになってきたし、異世界に来た事実も呑みめてきてる。ただ、住宅街への反応はあまり良くないかも」
「そうなんですか?」
少し意外な気もする。落ち着いた場所に女性だけの場所を作れば喜んでくれると思ったのだが。
「ええ。……その、隠しても仕方ないことだから率直に言うけれど、レンさんのことが信用できないという声がいくつかあるの」
「俺ですか」
「サキュバスって要するに悪魔みたいなものでしょう? しかも元男性ということで警戒されているみたい」
「あー……」
シオンやアイシャのように気にしない女性もいるが、気にする人がいるのも当然だ。
「この時代だし、頑なな信仰を持っている子なんてほとんどいないんだけどね。それでも『悪魔は信用できない』っていう考えは根強いみたい」
「まあ、逆にマンガとかゲームでも人を唆すイメージついてますしね」
怪しいやつを疑ってかかっておくのは自衛の基本だ。
一概に間違っているとは言いづらい。
「じゃあ、お金を稼ぐ目途の方はどうですか?」
「最初にもらったお金も厳しくなってくる頃だから、多くの子が働き口を見つけようという気にはなってきてる。ただ、希望職種の偏りがひどくて割り振るのが大変そう」
希望が多いのは服飾系や調理系。
学校でも嗜みとして教えているし、趣味として好んでいる生徒も多い。血なまぐさくなく心得のある分野なので人気が集まる。
ただ、この世界の職人は専用クラスに就いていてスキルで高速・大量生産できることが多いので、それほど多くの弟子・部下は必要ない。
余った分は服飾に必要になる綿花の栽培や食料にも革にもなる動物の飼育にまわってもらったり、別の仕事を選んでもらうしかない。そうなると人気職業に誰が就くかは公平に決めないと不満が出る。
「では、面接ですか?」
「それができればいいけど、むしろ必要なのは実技試験でしょう? 採用までに時間がかかってしまうから、少人数を仮採用して実際に働いてもらって、その中から本採用を決める方法にしようって」
仮採用の枠は本採用の枠よりは多めに設ける。
仮採用中も少しだがバイト代を日割りで出すことにして生徒たちの生活を助ける。
「そのうえで、どこに応募するかの優先順位は抽選」
「じゃあ、みんないっぱんにやった方がいいですよね? そうするともしかして……」
「うん。明日の会合でそれも決めさせてもらうつもり」
明日、レンたちは今年の転移者と顔合わせをすることになっている。
住宅街建設の説明会も兼ねた集まりだ。少女たちはあまり街には顔を出していないらしく、レンが顔を見たのはほんの数人、その少女たちも話しかけてはくれなかったので未だに話をしたことがあるのはシオン一人だけである。
とりあえずざっくりと──本当にざっくりとしたプランは立ったので、今度は当事者たちにそれを提示して話し合いや希望人数調査を行うつもりだ。
シオンからはダンジョン探索の感想も語ってもらう。
家賃の見積もりと合わせて説明すれば「じゃあダンジョン行こうかな」という生徒も出てくるかもしれない。
「でもさ。引っ越したいって子があんまりいないならあんまり私たちが頑張る必要もないよね?」
ひとまず方針がまとまったところで、フーリがどこかつまらなそうに言った。
「説明会、反対か?」
「そうじゃないけど、レンに意地悪言う子に優しくするのは反対。嫌ならバイトで稼ぎながらギリギリの生活すれば? って感じ」
これにはアイリスも「そうですね」と頷いて、
「狩人見習いを希望する方がいれば我が家としても歓迎なんですが……今のところはいないようですね。お肉もきのこも食べられるとても良い職業なのに」
当然のように苦労してきた側としては「なに甘えたこと言ってるの?」という感じらしい。
じゃあメイはどうか、と、視線を向けてみると、
「パンがないなら石を食べればいいのでは?」
「うん、お前はいつも通りだな」
石を食べて生きられるのはメイたちゴーレムだけである。
◇ ◇ ◇
会合の舞台となったのは街の中心部付近にある集会所だ。
だいたいの時間は指定したものの、異世界には時計がない。念のため早めに会場入りしたレンたちは、既に到着していたグループから驚きの声を上げられた。
「悪魔」
「悪魔です」
「……いや、俺は悪魔じゃなくてサキュバスなんだ」
後から来たグループもだいたい同じ反応。
何度も同じ訂正をするのは少々面倒で、ゆっくり来れば良かったかもしれない……と若干後悔した。
それはそれとして。
集まった少女たちはみな育ちの良さそうな雰囲気を纏っていた。戸惑いは感じられるものの粗暴な振る舞いはないし、席にもきちんとついてくれる。何人かはわざわざ制服を纏ってさえいた。
全員の視線が集まる中、レンは前に立って、
「今日は集まってくれてありがとう。俺はレン。今からだいたい一年前にここへ召喚されてきた」
自分と仲間たちの自己紹介の後、本題を切り出す。
「君たちが困っているって聞いて、俺たちは森の傍に新しい住宅街を作ろうと考えた。女しか住めない、今の街から離れた静かな街だ」
住宅の数や家賃など大まかな想定も話した。家賃はなるべく安い価格に設定し、移りやすいようにしてある。
説明を終えた後で「どうかな?」と尋ねると、一瞬場が静かになった後、
「やっぱり納得できません」
一人が硬い表情で意見を口にした。
「サキュバスというのはいやらしい行為をする悪魔でしょう? そのうえ、この人は元男性なんですよね? そんな人に『女だけの街』を作らせるなんて」
「不安なのはわかってる。でも、俺には変なことをする気なんてない。この通り今は女だし、サキュバスって言っても──」
「そうです」
「信用できません」
説明しようとした声はお嬢様たちの声にかき消されてしまう。
久しぶりに全員集まったことで日本にいた頃の感覚が戻ってきたのと共に団結することで意見が言いやすくなったのかもしれない。
「そもそも、こんな世界には来たくなかった」
「うちに帰りたい」
一人が言えば別の一人が言い、騒ぎは少しずつ大きくなっていく。
「別に家を作ってくれたからって」
「普通に暮らしていければよかったのに」
どうしたものかと困り、多少強引にでも流れを引き戻そうかと思った時、
「ねえ、ちょっと黙ってもらえる?」
隣に立ったフーリが低く冷たい声で集団に告げた。
一瞬で静かになるお嬢様たち。
最初に声を上げた少女が「な、なにを……」と口にするもフーリは退かず、
「愚痴は後にしてくれないかな? 今はレンが街を作ったら引っ越したいか引っ越したくないかの希望調査。それから意見や要望を言ってもらう時間」
「だ、だから、この人は信用できないと」
「うん。つまりレンにどうして欲しいってこと?」
めちゃくちゃ喧嘩腰である。慌てて「お、おいフーリ」と囁いたが反応なし。
「なら、責任者を変えてください」
「そっか。森の傍に建てるのが許可されたのはレンが責任者だからなんだ。別の人になったら場所は選び直しだね。これからの開発で街に呑み込まれるかもしれないけど仕方ないか。あと、私たちがいったん肩代わりするはずだった費用も出せないから、新しい責任者さんに交渉して」
「ど、どうしてそうなるんですか。その人を下ろせと言っただけですよね?」
「え? だってうちのリーダーが気に入らないなら私たちが手伝う義理ないし」
「……そんな」
少女は絶句したまま固まってしまった。
レンはフーリの肩に手を乗せ、一歩下がらせた。
「悪い。憎まれ役を押し付けて」
「……なに言ってんの。私が我慢できなくなっただけ」
視線を向け直すと、件の少女はきっ、と睨み返してくる。
「なんですか?」
「いや。フーリの言う通りだと思ってさ」
「え……?」
「別に住みたくないなら住まなくてもいい。それならそれで俺たちは必要な分だけ──二、三軒分の家を建てるだけだ」
もともと、レンの容姿の関係で街から離れたところに家が欲しかった。
仲間が増えてきたので引っ越すのにもちょうどいい。森の近くならアイリスの家にも寄りやすくてさらにお得だ。
これはぜんぶレンたちの都合である。
「もちろん住みたいっていう人は歓迎するし、『もっといいアイデアがある』っていうならぜひ言ってくれ。でも、なにもせずに文句だけ言うつもりの奴はどうでもいい。俺たちは今でも生活には困ってない。むしろ少しくら贅沢する余裕があるんだ」
「……なにそれ。自分たちさえ良ければいいってこと?」
「ああ。俺は自分と仲間、それから仲のいい人さえ幸せならそれで十分だ。全員を助けられるほどの余裕なんてない。まして、敵なんて一番どうでもいい」
「っ」
少女は唇を震わせて、
「なに、敵って。同じ人間でしょ?」
「俺のことを悪魔だと思ってるんじゃなかったのか? シオンが狐になるところを見てるのに、俺が元人間だって信じられないんだろ? 都合のいい時だけ人間扱いする気かよ」
「……ひどい」
勢いよく席を立った少女はそのまま集会場から出ていく。同じグループから二人が後を追いかけた。
後には静寂だけが残る。
怖がらせたうえに嫌われてしまったかもしれない。まあ、それならそれで仕方ないかと思いつつ、レンは気を取り直して続けた。
「もう一つ話があるんだ。少し前と昨日の二回、シオンと一緒にダンジョンへ行ってきた。その時の感想を君たちに聞いてほしい」
加えて街での一般的な仕事をした場合の初期賃金と、ダンジョンの一階を二度に分けて探索した場合の収入の比較。
結局、ほとんど質疑応答もできなかったものの、おそらく聞く耳だけは持ってもらえた。
これでよかったのだと思う。
無理強いする必要はない。選択肢を増やしてやることさえできれば十分役目は果たしているはずだ。
そして、会合も少しは効果があったのか。
翌日、レンたちの家には何人かの少女が「ダンジョン探索のアドバイスをして欲しい」とやってきた。
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