新人後輩パーティとシオンの成長

「それで、どうだった? あの子たちは頑張ってた?」

「ああ。素直だし一生懸命ないい子たちだったよ」


 レンたちのところへ「アドバイスが欲しい」とやってきた少女はぜんぶで四人だった。

 アイシャが言っていた見込みのありそうな子たちだ。

 ぴかぴかの装備(祝福と同時に与えられたもの)を纏った彼女たちはやる気十分らしく、できれば実地での指導を希望。

 レンは少し考えた末、メイと二人で少女たちを引率した。


 罠の可能性を全く考えなかったわけではない。

 ただ、相手はレベル1か2の素人。やろうと思えばレン一人でもあっさり全滅させられる。

 身体が丈夫なうえに冷静なメイを連れて行けば奇策もほぼ封じられるので危険はほぼない。

 そして結果的にはなにごともなく話が進んだ。


 パーティ構成は聖騎士パラディン退魔師エクソシスト弓使いアーチャー聖紋使いクレストマスター

 四人中三人が聖職者系。

 聖紋使いは最大MPを消費して自分・他者に半永久的な強化を与えるという特殊なクラス。そのため「回復を含む魔法を使えるのが前衛だけ」になる。

 ただ、意外とバランスは悪くない。戦闘中に回復をするというよりは速攻で戦いを終わらせてゆっくり傷を癒すスタイルが合っている。


『私、中学は外部の共学で、弓道部だったんです。高校ではアーチェリーを』


 弓使いの女の子は少し照れくさそうにそう語っていた。

 他の子たちも「見た目は少し怖いですけど……」と言いつつ、レンと普通に話をしてくれた。


『ここが聖書の記述と地続きの世界だとは思えません。そのうえ、本物の悪魔ではないというのなら怖がらなくてもいいと思いました』


 一緒に来てくれたメイが『ご主人様が乱暴をしようとしたら殴ってでも止めますので』と真顔で言ったのも効果があったかもしれない。

 丁寧に説明をしながらゆっくりとダンジョンを進み、戦闘のたびに軽い反省会を行う。

 危ない場面ではレンが防御魔法を飛ばして保護。

 勝てるからと言って油断してはいけないと言い聞かせながら、メンバーのMPが底を尽きかけた頃に探索を終了した。一階全体の半分は残念ながら回れなかったものの、今回の経験値でレベルアップもあったので次はもっとスムーズに探索をこなせるだろう。

 週二で同じだけの収入があれば週五で働くより大きな稼ぎになる。


 レンの話を聞いたフーリは「そっかそっか」と頷いて、


「メイちゃん。レンはちゃんと真面目にやってた?」

「もちろんです。監視は怠っていません」

「いや、信用ないな俺」

「だって。口説くならちゃんと口説かないと可哀想でしょ? 中途半端はだめだよ。レンはただでさええっちなんだから」


 普通にしているだけでえっちらしい。


「そんなにエロイか?」


 胸の下で腕組みしつつ首を傾げると、フーリが真顔で「うん」と答えた。


「ね、アイリスちゃん?」

「は、はい。その、少し」

「私は非常にいやらしいと思います」

「……わたくしも、レンさまの服装は煽情的かと。いえ、背中が開くのは仕方のないことなのですが」


 ついでにアイシャからも「あの子が手を出したくなるのもわかるわ」と太鼓判を押された。

 形勢不利とみたレンはこほんと咳ばらいをして、


「あの子たちはこれからもダンジョンに挑戦したいってさ」

「それは良かった。……でも、家がバラバラだと不都合がありそうね」

「ああ、そう思って引っ越しの手配をしてきました」


 女子は群れる生き物だ。

 レンたちのパーティは癖の強い人間が集まっているうえに境遇もバラバラなので「暇な時は各自好きなことをする」のが当たり前だが、同じタイミングで転移してきた仲間が一人だけ別行動を取っていれば「あの子感じ悪くない?」となってもおかしくない。

 ならいっそ、最初からダンジョン攻略組だけで一緒に住んでしまった方がいい。

 幸い家はまだまだ空いているので、賢者に話をしたら一発でもう一軒貸してくれた。


「ついでに街ができたら引っ越しもしたいってさ」

「ほんと? やったね。なら、予定通りの大きさで作ってもいいかもね」

「だな」


 たった四人、家の数としては一軒分が増えただけだが、当初のターゲットから見向きもされない状況だけは避けることができた。

 賢者からもそれとなく「良くやった」とお褒めの言葉をもらったので働きとしては十分だろう。

 シオン以外にダンジョンへ潜る者もでてきたので、後はなるようになる。


「良かったな、シオン。これならたぶん無理に頼られたりしないぞ」

「はい。……本当にありがとうございます、みなさま」


 泣き声というか鳴き声というか、不思議な感じで小さく音を立てながら、シオンは感情を堪えるような調子で言った。

 制御しきれなかった耳や尻尾が揺れており可愛らしい。

 なんとなく手を伸ばして抱き上げると本人は「きゃっ!?」と可愛らしい悲鳴。フーリたちからは「ずるい」と文句を言われた。


「レンさん、シオンさんまで口説く気ですか?」

「口説くっていうか、シオンは抱き心地がいいからな。アイリスだって好きだろ、シオンの毛並み」

「す、好きですけど……なおさらずるいです!」


 わいわいやっていると、腕の中から「ペット扱いですね」と苦情がきた。


「悪い、つい。……人間扱いされないとか嫌だよな」

「いえ、その。嫌と言えば嫌ですが、どちらかというと『恥ずかしい』が強いかもしれません。この歳になると家族相手でも触れ合う機会はなかなかありませんから」

「ああ……抱き合うとかけっこう恥ずかしいもんな」


 そういう意味ではこの世界はゆるくて楽かもしれない。

 元いた日本ほど社会通念がガチガチではないので多少のスキンシップは許される。

 文面の発展は人の生活を豊かにするが、人と人との繋がりという意味では便利になり過ぎない方がいいのかもしれない。


「シオンも寂しくなったら好きに抱きついてきていいんだぞ?」

「いえ、それはさすがに……」


 と、言いつつ、子狐になった少女は無自覚にか、すりすりと頭を擦りつけてきた。



   ◇    ◇    ◇



 初心者をダンジョンへ引率した二日後には再び仲間たちとダンジョンへ。


「ほんとこの辺は懐かしいよねー」


 危険が生まれる前に排除するのが仕事で、一見楽しているように見える盗賊シーフのフーリが出てきた敵三体を次々急所狙いで沈めて見せると、シオンがレンの肩に乗ったまま「仕事人かなにかですか……?」と呟いた。


「うん。あのさ、シオンって時代劇とか戦国時代とか好きか?」

「? 人並みだと思いますけれど、なぜでしょうか?」

「いや、聞いてみただけ」


 無意識に和風な例えが出てくるあたり『種族:妖狐』は出るべくして出たのではないだろうか?


「ともかく。このまま行けるところまで行ってみるか」

「はい!」


 しっかりとしたシオンの返事を聞きつつ、レンは魔力過剰蓄積マナストレージのスキルを発動させた。


「あの、レンさま、なにを?」

「いや。肩にシオンが乗ってるだろ? MPがちょっとずつ回復してもったいないから減らしておこうかと」

「ここにいるとなんだか心地いいのはそういうことだったのですか……!?」


 エナジードレインさまさまである。

 まあ、いま本当にMPが必要なのはレンではなくシオンのほうなのだが。

 妖狐のスペック上、なにかで補ってやらないと魔法を撃てる回数があまりに心許ない。


「シオンちゃん、たしかまたレベル上がったんだよね?」

「ええ、レベル3になりました。スキルポイントはまだ取ってありますが……」

「難しいな。欲しいものがいろいろありすぎる」

「そうなのです……」


 なまじ尻尾の数=魔法の同時発動数という目玉スキルがある分、他にどんなスキルを取るかがとても悩ましい。思わず人のスキルだというのにあれこれ考えてしまうくらいだ。

 魔法攻撃力を上げて殲滅力を高めるのもいいし、少しでも最大MPを上げる手もある。

 そしてもちろん、二尾のスキル取得と同時に現れた「三尾」のスキルを取得する手も。


「レベル10で九発の狐火発射などとても夢があるのでは」

「さすがにそれならボスも死ぬな、たぶん」

「わたくしのMPも勢いよく減りそうなのですが」


 普通、MPは減ったら自然回復に任せるしかない。レンのようにあれこれ回復手段がある方がおかしい。


「んー。でも、せっかくだから長所を伸ばした方がいい気がするな」

「レンさんも長所を伸ばした結果ですもんね」

「そうなると、やはり尻尾の数を増やす方向でしょうか?」

「魔法攻撃力を上げるのもいいんじゃない?」


 攻撃力が上がれば少ない数の魔法で敵を倒せるようになる。

 結果的にMPの節約になるので最大MPを上げるより効率がいいかもしれない。


「MP量が欲しいなら俺みたいに魔操師マナコンダクターになるって手もあるぞ」

「あ、そういえば転職石余ってたっけ。使っちゃう、シオンちゃん?」

「1ポイント分のスキルに悩んでいるのに、職業がここから増えるのですか……!?」

「でも、どうせなら早めに転職したほうがお得だよ。ね、レン?」

「相乗効果でレベルアップが早くなることもあるからなー」


 まあ、レンの場合は特殊な例の可能性が(以下略)。

 ともあれ、シオンは少し考えてから「では、検討してみるだけでも」と答えた。

 転職石を渡してリストを確認してもらうと、けっこうな数のクラスが表示される。この場にいる面々──アイリスの弓使いなどもその中には含まれていた。

 ダンジョンの中だというのについついみんなで覗き込んでしまう。


「ですが、手を使う職業は相性が良くありませんね?」

「あー、人間用の武器は持てないもんね」


 そうなると多くの前衛系のクラスはもちろん、弓使いなどの後衛武器使いもシオンには合わない。

 物理戦闘がしたいならマリアベルの蹴術士のような素手戦闘系クラスか。

 妖狐のスキルリストには鋭い爪を生やすスキルもあったので、MPを使いたくない時は接近戦をするというのもアリだろう。


「シオンはどうしたい?」

「そうですね……。やはり、自分でも敵を倒せるようになりたいです。となると、素直に魔法の威力を上げるのが良いかと」

「うん、いいんじゃない?」

「だな」


 もちろんレンたちに異論はない。

 このままシオンがダンジョンに付き合ってくれれば十階でもう一個転職石が手に入るわけだし、使ってもらうのはまったく問題ない。

 方針を定めたうえでさらにリストを眺めることしばし、シオンはひとつのクラス名に手を伸ばした。


『仙術士』


 見たことのないクラスだ。

 概要を確認してみたところ、気の力を操ることでさまざまなことを可能にする──らしい。

 魔法自体よりも魔法の行使をサポートするタイプ、という意味では魔操師にも近いが、属性魔法の攻撃力を上げるなどアプローチの仕方は異なるようだ。


「それにしてみるか?」

「心惹かれるものはあります。……ですが、簡単に決めてしまっていいものでしょうか?」

「いいんじゃないか? 効率だけで決めるのも味気ないし、気に入ったクラスの方が愛着も湧くかもしれない。俺も最後はノリで決めたんだ」

「レンさまも、ですか?」

「信じられないか?」


 シオンはしばしレンを見つめたあと「いえ」と首を振った。


「仙術士にしようと思います」

「ああ、いいと思う」


 もちろん誰も反対しない。

 可愛い小さな手がウィンドウに触れ、決定ボタンを押す。シオンに「仙術士」クラスが追加され、新たなスキルポイントが1追加された。これはクラススキル用だ。

 序盤のスキルポイントは気軽に使ってしまっても問題ない。どうしても納得いかないならリセットストーンもある。

 シオンは少し考えたうえで「三尾」と「属性魔法攻撃力UP」のスキルを取得した。

 後者は単に魔法攻撃力を上げるスキルより効果が高い。妖狐にはマナボルトのような無属性魔法がなさそうなのでちょうどよかった。


「なんだか強くなったような気がします」

「うん、ぜったい強くなったよ、シオンちゃん」


 試しに次の戦闘で三重の狐火を披露してもらったところ、まだ一人でゴブリン撃破には至らなかったものの、レンがマナボルトを一発撃ちこめばそれで一匹が落ちた。


「やりました……!」

「おめでとうございます、シオンさん」

「お手柄ですね」


 残りのゴブリンはメイが叩き潰したわけだが、さすがのゴーレム娘もここで自分を誇ったりはしない。喜ぶシオンをみんなで囲んで祝った。

 勢いのまま二階のボスまで倒し、帰ってからは詳しいスキルの検証。

 例によってみんなでじーっと眺めてみたところ、なんとMP回復スキルを発見した。「え?」と驚きの声を上げてからあらためてスキル名を見て、また別の意味で驚愕。


『房中術』


 皆まで言わずとも使い方がわかってしまうスキル名である。

 狐の姿では表情の変化はわかりづらいものの、シオンは声までも上ずらせて「このスキルは取りませんので!」と宣言した。

 乙女として、こんなスキル目当てでクラスを選んだと思われては不本意らしい。


「まあね……。これをダンジョンで使うとかいくらレンでも無理でしょ」

「おいフーリ。確かに無理だけど、そこで俺を引き合いに出すな」

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