いろいろ進行中
「森の近くに家を建てるなら、一緒に薬草園を作ってもいいかな?」
「私は果物の加工をしてるんだけど、工房をそっちに移してもいい?」
新しい住宅街建設の話は街にも広がり、街の中からも「移住したい」という声がいくつか挙がりはじめた。
森に近いという点を一部の職業の人たちが評価してくれたのだ。
「男子禁制ってひどくねえか? 森に近いなら木材の加工も捗るってのに」
「川と繋げたら製紙にももってこいなんだが」
男性の職人からも「女子専用じゃなければ工房を作るのに」という声がいくつか。ただまあ、こればっかりは当初の目的から外れてしまうので譲歩できない。お嬢様たちのサポートだけでなく、レンが男たちと距離を取ることも叶わなくなってしまう。
「でも、薬とか食べ物とかが近くで手に入ると便利だよね」
「森で好き勝手に狩りをされるのは困ってしまいますからね」
家だけでなく工房や店があればより街っぽくなる。
「ただ、上手く行きすぎて男が買いに来たりすると本末転倒なんだよな。どうするか」
「そういった場所は街の外周あるいは入り口付近に限定して、それより奥は立ち入り禁止としてはいかがでしょう?」
「メイさまはこういう時に頼りになるのですね」
それなりに居住希望者も集まってきたので話をより進めていくことにする。
大工に依頼するために具体的な家の見取り図を作成する段階だ。
着手を始める前の今なら各種要望を盛り込み放題。初期の参加メンバーだけの特権である。もちろんレンたち自身の家はいちばん凝ったものを用意させてもらう。
「部屋は俺、フーリ、アイリス、メイ、シオン専用のを用意するだろ。あと客間も二つくらい作っておくか」
「キッチンは今のより広くしたいな。またみんなで料理することとかあるとちょっと狭いんだよね」
「可能であれば書庫が欲しいです。本棚ひとつでは収まりきらなくなりそうですので」
「食糧庫も広いといいですね。なるべくいろいろな食材を長く保存しておけるように」
希望を募るとそれぞれのメンバーがいろいろとアイデアを出してくれた。
あまりにも変なものは却下するつもりだったが、意外と実用的なものが多かったためほとんどは採用である。
「シオンはなにかないか? 遠慮なく言っていいんだぞ」
「そうそう。もし気になるならこれから活躍してくれればいいんだから」
そう言うと、静かに話を聞いていた少女は狐耳をぴこぴこと動かして少し恥ずかしそうに答えた。
「でしたら、ベランダかなにかがあると……。その、この身体になってからお昼寝が無性に恋しいもので」
可愛い。
動物の可愛さというのは破壊力がものすごい。シオンの要望は満場一致で採用され、少女がひなたぼっこできるスペースが用意されることとなった。
「マリアさんはアイシャさんと一緒に別の家の方がいいですよね?」
「ええ。少し名残惜しいですが、みなさんと同じ家ですとアイシャが遠慮してしまいそうですので。と言っても近所に住むわけですから、遊びに行かせてくださいね」
「もちろん。むしろご飯だけ食べに来てくれてもいいですよ? ね、レン?」
「ああ、是非」
相談の結果、ダンジョン攻略にもこれまで通り参加してくれることに。
と言ってもしばらくはシオンと一緒に浅い階の攻略なので、無事再び二十一階にたどり着いてからパーティを再結成することにした。
新しい生活の準備でいろいろとやることもあるだろうからちょうどいい。
「新しい家ができるまでは一緒に娼館へ住むという手もあったのですが、さすがに外聞が悪いのですよね」
「生徒さんたちも訪ねづらくなってしまいますよね……」
「ええ。そろそろ本格的に経営から離れるべきかもしれません」
「そうするとオーナーは誰になるんですか?」
「経験豊富な娼婦の中から任命することになるでしょう。責任者になったら客を取ってはいけない、ということもありませんし」
まだまだ働きたいという子なら働けばいいし、ちょうどいいから一線を退きたいというのなら経験に専念してもらえるので一石二鳥だ。
「そういえば、引退後の住まいという話もありましたが、娼婦のみなさんは引退後になにをされるのでしょう?」
「一概にこう、ということはないかと。十分な資金を貯めておいてのんびりと暮らしてもいいですし、別の仕事を始めることもできます。中にはダンジョンへ挑む子もいるかもしれません」
「なるほど。人それぞれ、か」
この異世界自体、まだまだ新しい場所だ。
住人一人一人の生活が世界の在り方を少しずつ定めていく。
日本と違って不便なところではあるものの、自分たちの働きがダイレクトに反映されるのは少し楽しいとも思うレンだった。
◇ ◇ ◇
女だけの区画づくりがほぼ正式決定したことで、大工や石工、家具職人などは材料の加工・備蓄をスタートさせた。
家の見取り図が出来上がるまでには少し時間がかかるので着工はまだできないものの、職人たちにとってもいくつもの家を一気に建てるのはなかなかあることではない。早めに準備をしておくことに越したことはない。
代金については娼館から借りて何割かを前金として支払った。
大金なので借用書を書いたのだが、
「まさかこの歳で借金をすることになるとはな……」
「気にしなくて大丈夫だってば、レン。生活に困ったんじゃないんだから」
実際、事業のために銀行から融資を受けたようなものなので個人の借金とは少し違う。
それでも実際に書面と向き合うと気持ちは引き締まるもので、
「これからも頑張らないとな」
「いざとなったら自分たちでお金を返せるようにならないとですね……!」
「そうだな」
事業の副責任者のような立場になったアイリスも張り切っている。
契約に立ち会ったマリアベルは微笑んで、
「いざという時が来たとしても、レンさんならばお一人でも稼げるかと」
恐ろしい仮定の話をしてくれた。それはまあ、サキュバスのレンなら娼館でも売れっ子になれそうだが……是非とも遠慮したい。
「もっとレベルを上げてモンスターをたくさん狩らないとな」
あれから後輩たちの指導も定期的に行っている。
危ないから自分たちだけでは行かないように、と指示を出したところ、レンのところへ「一緒に行ってください」と頻繁に声がかかるようになったのだ。
レンとしても一度関わった以上、途中で放り出すよりはいい。
手出し口出しはできるだけ少なく。必要なアドバイスはするものの過保護になりすぎないよう気をつけながら、少女たちの攻略に同行した。
さすがにもう罠の可能性はないだろうと思ったが、それでもメイは「念のためです」とついてきてくれた。
表情が変わらないわりに愛嬌のある彼女は少女たちともあっさりと打ち解け、なんというか動物園のパンダとかよく顔を見る野良猫とかそんな感じのポジションを確立した。
もちろん、レンも別に疎外感を覚えるとかそんなことはない。
適度に雑談を交わしつつ、戦闘では「ドレインボルト」で役に立っているのかいないのかわからない支援をしつつMPを回復させ、ついでに自分のMP最大値を増やしたりしていた。
結果、みごと三回の探索で一階の攻略に成功。
初めて手に入れる世界の欠片に少女たちは飛び上がりそうなほど喜んでいた。
「これがたくさんあれば土地が作れるんですよね?」
「そうだけど、けっこう高く売れるぞ。生活費が欲しいなら売るのがおススメかな」
「へー。レンさんたちは売ったんですか?」
「あー。最初の方はな。途中からはとっておいて必要な時にぱーっと使うようにした」
レンたちのような使い方は少数派である。
土地を必要とするのは普通、生産者や店をやる人。なので欲しい人に提供して代わりにお金をもらう方が一般的なのである。
なんだかんだ必要になったので結果オーライというか、そうやって自分で使っているから次々に使い道が降ってくるというか。
「必ずこうしなくちゃいけない、ってものじゃない。無駄にするのは良くないけど、そうじゃないなら好きなように使えばいいんじゃないか?」
「そういうことなら……」
「使い道も思いつきませんし、売ってしまいましょうか?」
一階をクリアした少女たちはなにも知らない素人は卒業である。
まだまだ初心者ではあるものの、ダンジョンの歩き方はわかってきたと言っていい。ここから一歩ずつ手探りで進んで脱・初心者をして欲しいものだ。
ともあれ、もうしばらくレンの指導は続けることになる。
本人達から「ついてきて欲しい」と希望があったし、危なっかしい状態で一人立ちさせて全滅されたら目も当てられない。
「ドロップ品を売ればそれなりのお金にはなるし、あんまり焦らず攻略するのがいいかもな。別にクリアした階をもう一回攻略してもいいんだし、攻略にかける回数が増えるほどレベルが上がって戦いも楽になる」
早く最前線に到達して欲しい、と賢者は言うかもしれないが、あのおっさんのことは放っておけばいいのである。
神殿に戻るために階段を進みながら言うと、少女たちは神妙に頷いてから、
「レンさんって変わってますよね?」
「……え。俺、変わってるか?」
「はい、とっても」
「見た目は綺麗な女の人なのに、話し方は男性ですし」
元男だから当然なのだが、
「……そんなに変か?」
「はい、とっても」
もう一度確認したらもう一度念を押された。
さすがにそこまで言われるとヘコむ。前に別の子たちから言われていたのもあって、帰ってからつい愚痴を吐いてしまった。
すると、
「私はレンさんの話し方好きですけど……」
「そろそろ諦めて喋り方、変えた方がいいかもね」
「マジか」
自分でも「そうかもな」と思ってしまうので余計にヘコんだ。
「ご主人様。難しく考えずともよいのでは? 口調を変えたところで死ぬわけではありません」
「っても、習慣になってるからな。変えろって言われてもなかなか難しいぞ」
「年上の人には敬語使ってるじゃない。あれとおんなじだよ。立場と場面に合った話し方をしろってこと」
ふむ、と、レンは椅子の上のクッションの上に乗ったシオンを見てから、
「では、フーリの意見を採用して、いったん敬語で話すようにしてみましょうか」
「うん、ごめんレン。めちゃくちゃ違和感あるから敬語は勘弁して」
「うん、俺も言ってて違和感しかなかった」
やっぱり話し方を変えるのはなかなか難しい。
「まずは簡単なところから練習したらどうですか? 一人称を変えてみるとか」
「一人称か。わたし、って言えばいいのか? ……うわ、違和感凄いな」
「そのうち慣れるってば。ほら、練習」
「わたし。わたし。わたし」
しばらく「わたしと繰り返すマシーン」と化していたらアイシャやマリアベルにも見られて「なにこの変な生き物」みたいな顔をされた。
がっくりと肩を落としたレンを見てマリアベルはくすりと笑って、
「フーリさん。自分が女性だということをレンさんが自覚できる状態で練習していただいてはどうでしょう?」
「え、それって……もしかしてそういうこと?」
「ええ、そういうことです」
「なんだその不安になる会話」
ジト目になったレンに、フーリは「いいからいいから」と答えてアイリスに耳うち。
「アイリスちゃんも手伝ってくれる?」
「え、そんな……。でも、レンさんのためなら……」
「あの、レンさまになにをなさるのですか……?」
「シオンさんは知らない方がいいかと。夜は私と一緒に眠りましょう」
「は、はい」
夜ってなに、という顔をしつつも頷くシオン。それを見てレンもだいたいの話の流れを察した。
予想通り、その日の夜、レンのところにはフーリとアイリスの二人がやってきた。
「はい、レン。大人しくしてね」
「レンさん、訓練のためなので安心してくださいね」
「待て、なんだそのロープ!? 安心できる要素がぜんぜんないぞ!?」
レベルは高くても魔法職。ちゃんとした前衛ではないにせよ武器を扱うクラスに二人がかりで来られると(魔法を使ってガチで反撃でもしない限り)なす術はなく、レンはあっさりと服を脱がされてベッドに縛り付けられてしまった。
両サイドには少し恥ずかしそうにしつつも少しわくわくした様子の少女二人。
ある意味絶体絶命である。
「さ、レン。特訓だよ」
「わたし、って言えるようになってくださいね、レンさん」
「いや、これ縛る必要あったか?」
「縛らないと攻守逆転されちゃうじゃない」
特訓は痛くも苦しくもなかった。
というかむしろ心地いいものだったものの、だからこそ我慢も抵抗もできなかった。
マリアベルのアドバイス通り「女の子の自覚」をたっぷりとさせられながら繰り返し「わたし」と言い続けた結果、新しい一人称に一夜にしてだいぶ慣れることができたレンだった。
なお、フーリとアイリスには次の機会にそれぞれたっぷりとお返しをした。
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