ひとまずの決着

「なんか最近よく来るな、おっさん」

「なに。今回は相談ではない、ただの報告だ」

「報告?」

「ああ。一応耳に入れておいた方がいいだろう、と思ってな」


 またもレンたちの家へとやってきた賢者は、出された茶を飲みつつわかるようなわからないようなことを言った。

 向かい合うように座ったレンは眉をひそめて、


「なにかあったのか?」

「ああ。新規転移者の一人が仲間を連れて陳情に来た。君の横暴が目に余る、とな」

「……ひょっとしてあの子か?」

「おそらく想像している通りだろうな」


 会合の時、レンに直接食って掛かってきた子だ。

 成り行き上、反対派のリーダーみたいなイメージになっていたが、的外れというわけでもなかったらしい。


「あの子がなんて?」

「サキュバスのレンは利己的かつ独善的な性格だ。女だけの街なんて聞こえのいいことを言って女を集め、淫らな行為に及ぼうとしている。しかも反対意見には耳を貸そうともしない。すぐに計画を止めさせて彼女の行動を制限してくれ……とか、そんなところだな」

「うわ。すごいな」

「行動力だけは目を瞠るものがあるな。方向性があまりにも惜しいが」


 面倒臭い話に「うわあ」と思ったレンは、賢者が顔をしかめながら言うのを見て目を瞬いた。


「お、わたしに話すのが一応ってことは、もう解決済みなのか?」

「わたし?」

「喋り方を直そうと特訓中なんだよ」


 ぶすっとして言うと「それはいい」と喜ばれた。


「一人称だけでは違和感は拭いきれまい。早めに口調全てを修正すべきだな」

「他人事だと思って好き勝手言いやがって」


 口調はレンにとって自分が男だった頃の名残である。

 これを変えてしまうと男だったことを忘れ、最初から女だったように違和感を覚えなくなってしまうのではないか。そんな風に思ってしまうのだ。

 まあ、今の自分が女の子だということは普段からことあるごとに味わっているし、この前思いっきり自覚させられたので今更なのだが。


「話を戻すと、彼女には丁重にお帰り願った。その主張は一顧だに値しない、とな」

「いいのか? もしかしたら向こうが正しいかもしれないぞ?」

「信用の問題だよ。君と彼女、双方の実績を考えれば答えは一つしかない」


 レンはこの一年、ダンジョンに潜って戦い続けてきた。

 街の人との交流もあったし、レベルだって上がった。湖や川はレンたちが関わったおかげで作られたものだし、一緒にダンジョンへ潜れるような仲のいいパーティや、ショウたちのような後輩までいる。

 対する少女はついこの間転移してきたばかり、あれも嫌これも嫌と文句をつけるばかりで実績など積んでいない。

 賢者は肩をすくめて、


「極端な話、もし彼女の話が真実でも構わん。『魅了』のできる君なら相手も不幸にはならないだろうし、いっそ何人か指揮下に入ってしまえば楽になるかもしれん」

「それ、その子に言ったんじゃないだろうな?」

「他人のスキルについて口外するわけがなかろう。伏せるべき情報は伏せたさ」


 そこじゃない、とツッコミを入れてもあまり意味はなさそうだったので、レンはため息をつくだけで済ませた。

 冷たく突っぱねられた少女が少し可哀そうになってしまう。


「悪気があるわけじゃないだろうにな」

「何か手助けでもする気か?」

「いや。俺が話をしに行っても嫌だろうし、好きにしてもらうよ。向こうとしても俺が引っ越したら顔を合わせる機会も減ってちょうどいいだろ」

「うむ。まあ、さすがに家ができるまでには少々時間がかかるがな」


 本当に報告だけだったらしく、賢者は「では、また」とすぐに帰っていった。

 一件落着。

 かと思われた少女の件だが、残念なことにこの件はこれで終わらなかった。


『新住宅街建設反対』


 シオンや仲間たちと共にダンジョン三階へ向かおうとしたところ、そんな風に書かれたビラが街角に貼られているのを見た。

 でかでかとした見出しの下には、賢者から聞かされたのと同じような批判文句がつらつらと書かれている。


 どうやら、引っ込みがつかなくなって過激な手段に出てきたらしい。


 旗色が不利な以上、和解するには負けを認めないといけない。頭を下げるのはプライドが許さないとなれば、残る手段は徹底抗戦。

 なんとしてでも相手を潰して謝らせる、というわけだ。


「これ、誰が貼ったのか知ってますか?」


 とはいえ証拠はない。

 近所の人に尋ねてみると彼は「さあ」と首を振った。


「少なくとも許可は出してない。こういうのは正直、こっちの街にはあって欲しくないな」

「すみません。わたしが嫌われたのが原因みたいで」

「レンちゃんが気にする事じゃない。……っていうか、喋り方変えたんだな。そっちの方が可愛いよ」

「ありがとうございます」


 とりあえず笑顔でお礼を言った。

 可愛いと言われるのは嬉しいものの、男に鼻の下を伸ばされるのはあまり嬉しくない。

 最初に見つけた貼り紙は剥がされたものの、道中には同じものがいくつもあった。中には剥がされて地面に落ちているものもある。

 レンはそれを拾って、


「せっかく綺麗な街なのにゴミが増えるだろ」

「レン、それ燃やしちゃえば?」

「そうするか」


 落ちてた分ならセーフだろうと、ドレインボルトを炎属性化して火を付け、燃やした。燃えカスはとりあえずストレージに放り込んでおいてあとで庭の肥やしにでもすることに。

 アイリスが珍しく腹立たしげな表情を浮かべて、


「貴重な紙の無駄遣いです」

「どうやって紙を調達したのでしょうね。なけなしのお金を使ったのでしょうか」

「職業の斡旋も進んでいるようですから、日当を得てはいるのでしょうけれど……」


 ダンジョンへ行ってゴブリンを掃討しながらも、話題に上がるのは件の貼り紙のことだった。


「どうしよっか。殴りこんで抗議する?」

「そんなことしても解決しないだろ。向こうは話し合いをする気がないみたいだし」

「でも放っておいたら好き放題されるだけだよ?」


 元はと言えばレンたちがきついことを言ったせい、と考えると申し訳ないところではあるが、さすがにこれはやり過ぎである。

 放っておくと路上で演説とか始めかねない。


「……女子の喧嘩って面倒臭いんだよなあ」

「ご主人様。では、男子の喧嘩は面倒臭くはないのですか?」

「女子に比べたらさっぱりしてると思うぞ。陰口はだいたい聞こえるように言うし、なんなら直接文句言うし、通りすがりに睨んできたりとかそういうのが多い」


 基本的には本人vs本人の争いなので、最終的には「物理的な喧嘩をして勝てるかどうか」がキーポイントになる。

 勝てる気がしない、あるいは痛い思いをしてまで勝つ意味を感じない場合には「気が合わない相手」ということで交流を断って終わりだ。


「でも女子の喧嘩って派閥作ったり聞こえないところで悪口言ったり先生にちくったりとかそういうのだろ。まともな方法で解決する気がしない」

「ちょっとレン、ひどくない? 事実だけど」

「事実なのかよ」

「わたくしの経験から申し上げても否定はしづらいです……」


 お嬢様のシオンからも肯定されてしまった。

 もちろん、男子の中にも陰湿な者はいるだろうし、女子の中にも面と向かって文句を言って終わり、というさっぱりした者はいるだろう。

 ここで言っているのはレンたちの経験に基づく傾向の話であって、必ずしも正しいとは言い切れない。


「でも、私たちは悪くないですよね? 黙っているのは不本意です」


 森で狩りをして暮らしていたアイリスはどちらかというと体育会系、男子に似たところがあるようでそんな風に言う。

 帰ってその話をすると、日本にいた時間の長いアイシャも意見をくれた。


「正論は確かに力だけど、正しさを重視しない人間というのも残念ながら意外と多いの」


 口論というのはえてして「相手を言い負かした方の勝ち」になりやすい。

 詭弁だろうと言っていることが二転三転しようと、とにかく言葉を叩きつけて黙らせてしまう。反論があるなら口を開くはずなので、そうなれば相手の負けという理屈。

 相手の正論を「納得できない」と却下し続けるという方法もある。

 もちろん褒められた方法ではないものの、真っ当な人間ほど泥沼の争いを避けるもの。万が一、物理的な手段に訴えられた場合には「話し合いで解決できないのか」と正論を突きつけ優位に立てる。


「女の場合、泣いて情に訴えるという手段もあるわ」


 争いの中には当事者以外にはどうでもいいものも多い。

 面倒ごとを避けたい第三者は高確率で弱みを見せたほうを庇い、毅然として話し合いを望む人間を「加害者」として責める。

 人の心理を利用した「正しいかどうかに関係なく目的を達成するためのテクニック」だ。


「経験から言うと、育ちのいい子ほど暴力にからこそむしろこういうやり方が上手くなる」

「……お詳しいのですね、先生」

「女性社会で長く生きているとどうしてもね」


 あまり経験したくない類の出来事である。

 残念ながら現在進行形なわけだが。


「ですが、それでは八方塞がりなのでは?」


 正論で攻めても搦め手で行っても、相手がなりふり構っていない時点でレンたちが不利ということになる。

 どこか不満そうなメイの声にレンは「いや」と答えて、


「なら、無視しよう。別にわたしたちは悪いことをしてないし、直接なにかされたわけでもない。過剰反応しなくてもいいと思うんだ」


 ついでに言えば犯人が誰かもわかっていない。

 夜に見回りをして現行犯、なんていうのも面倒だし、そういうのは先人たちに任せたい。


「レン、それ実は面倒臭いだけじゃない?」

「それもある。けど、これなら向こうが『一方的に騒ぎ立てる迷惑なやつ』になるだろ。こういうのってけっこう効くんじゃないか?」

「あー、なるほどね」


 というわけで、普通にダンジョンを攻略した。

 シオンのレベルアップ方針はひとまず、妖狐からは独自のスキルを。仙術士からは魔法攻撃力を上げるスキルを取るということに。

 妖狐の四レベル目で、妖狐の単体魔法の対象数を+1するスキルを取ったシオンは瞬間的な火力をさらに上げた。対象数の拡大の方はMPを消費するものの、一回の狐火を二体に撃っても普通に二発撃つより多少MP効率が悪い程度。

(尻尾の効果による同時発動と違い、同じターゲットを狙うことはできないものの、両方を用いれば瞬間火力が飛躍的に高まる)

 実際に試してみたところ、二体のゴブリンへひと息で三発の狐火が叩き込まれる様はまさに圧巻。ぽんぽん撃ってるとあっさりMPが尽きるのが本当に残念である。

 というわけで三階も一気にクリアし、休みの日は新人たちの引率や住宅街建設のための作業に勤しんだ。


 自分たちの分の見取り図は早めに完成したので大工に渡し、準備と作業を進めてもらう。

 建設予定地はアイリスの母に立ち会ってもらいつつ欠片を使い、無事に確保。

 トラックがすれ違える程度の道を伸ばした先に広い土地があるような形。敷地の外周には獣避けの壁を建設して守る予定である。

 これならあとあと森に侵食されることになっても道と敷地だけは残るので生活は可能だ。

 道には石畳を敷いてもらう。

 土地を作ったので図面が出来上がった家から建設が可能だ。他の居住希望者の図面は相手の家に行ったり来てもらったりして相談して決める。

 将来誰かが使うかもしれない家については三パターンくらい図面を作ってそれで作ることにした。


 そして、そんな風にレンたちが慌ただしく動いている間に、件の少女についても動きがあって。


「納得いきません!」


 会合でも使った集会場に集められたのはレンたち、今年の転移者たち、それから街の中心人物たちと街の住人の代表数名。

 議題は街で繰り返される迷惑行動について。

 勝手に貼り紙をしたり家々を訪ねて話をしたり、さらには別の家に住んでいる元クラスメートたちにまであることないことを吹き込んだり。

 さすがに我慢できなくなった街の人から賢者に訴えが行き、こうして「止めてくれ」と正式に話し合いの場が持たれることになった。


「私は間違ったことなんて言ってません。その人は悪人です」

「ふむ。では、その根拠は?」

「今まで何度も訴えてきた通りです」


 話し合いはいっこうに進まなかった。

 少女たちが街側の要求を聞こうともしてくれなかったからだ。

 ため息をついた賢者は仕方なさそうに宣言。


「この際、訴えの正当性は置いておこう。問題は我々を動かすために君達が繰り返した迷惑行動だ。止める気がないと言うのであれば強制的に止めさせるしかない」

「ど、どういうことですか……!?」

「この街に専用の留置場はないのでな。君達それぞれの勤め先に住み込みでの雇用を依頼する。今後は雇用主の管理・監視のもとで仕事に勤しんでくれ」

「そ、それじゃプライベートがありません!」

「そのプライベートに余計な事ばかりしでかすのが原因だろう」


 街の住人、および少女の取り巻き以外の新規転移者からも反対意見はなし。

 アイシャでさえ「寛大なご処置、ありがとうとございます」と頭を下げたのを見て、少女は身を震わせた。


「どうして」

「君達には信用がないからだ。そして、レンたちには実績に裏打ちされた信用がある。彼女らを排除しろと言われてもそうするメリットがない」


 どうしても話を聞いて欲しいと言うのなら一年で二十階を攻略してみろ、と言われた少女は顔を上げ、レンの肩に乗るシオンを見た。


「なら、シオンさん。あなたも力を貸してください。あなたは強いのでしょう? だったら、他人の世話になる必要なんてありません。クラスメート同士、力を合わせて結果を出しましょう」


 誘いを受けたシオンはレンの顔を覗き込んで「どうしたらよいでしょうか?」と尋ねてきた。

 レンは微笑んで答える。


「シオンが自分で選べばいい。わたしたちに強制する権利はないしな。……でも」

「でも?」

「できればこれからも一緒に戦いたい。もうシオンのことは仲間だと思っているから」


 少女はこれに深く頷き、少女を見据えてはっきりと告げた。


「お断りします。わたくしはこれからもこの方々と共に在ります」


 こうして、反対派の中でも過激な一派が実質的に消滅。

 どうなることかと思われた今年の転移者たちもどうにかこうにか街に馴染んでいくことになった。

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