ボス戦と世界の欠片

「各階には必ずボスがいる。その階の雑魚よりかなり強いから注意した方がいいな」

「はい。一階のボスはどんな相手なんですか……?」

「ゴブリンソルジャー。今までのゴブリンより装備も動きも良いやつ。それに短剣持ちのゴブリンが二匹」


 一階の雑魚敵はゴブリン(ナイフ持ち)やゴブリン(こん棒持ち)など。

 人間に例えると一般市民が武器を持ったような相手だったが、ここで初めて兵士──戦うためのゴブリンが登場するわけだ。

 レンも初めて戦った時は雑魚と勝手が違うことに驚き、恐怖を覚えた。


「でも、ゴブリンはゴブリンだ。基本的な対処方法は変わらない」

「向こうは遠距離攻撃してこないから落ち着いて一体ずつ倒しちゃおう」

「わかりました」


 こんな会話を交わした後、入室したボス部屋は数メートル四方の正方形。

 奥まった場所に皮鎧と剣を持った比較的体格のいいゴブリンが一匹と、それを守るようにナイフ持ちのゴブリンが二匹。侵入者の姿を見た途端に奇声を上げて武器を構える。

 当然、彼らが対応を始める頃にはレンたちも動き始めていた。


「左から!」

「はい!」


 扉を開けたフーリが道を開けると同時、アイリスが左の一匹に向けて矢を放つ。肩に命中して僅かに動きが止まった。次の矢をつがえる間を埋めるようにレンが魔力の光線マナボルトを放って葬り去る。

 その間、短剣を構えたフーリは右のゴブリンへと接近して注意を惹いていた。

 ソルジャーも剣を構え、二対一に持ち込もうと動きを変え──遠距離攻撃への警戒が緩んだところに矢と魔法の連続攻撃。これも綺麗に命中したものの、


「倒れない!」

「さすがにボスだからな」


 怒って狙いを変えてくるソルジャー。殺意を向けられたアイリスは若干の動揺を見せながらも逃げることなく次の手を打った。

 キュルキュルという精霊語が響いたかと思うと、レンが左手に持っていた松明から炎が飛び出す。

 さらに、追いかけるように放たれる矢。駄目押しに二発目のマナボルトを叩き込めば、さすがのソルジャーも光の粒となって消滅した。


「……さ。これで後はあんただけね」

「ギ……!?」


 短剣で上手く敵の攻撃をさばいていたフーリが後方へ大きく跳躍。慌てて逃げようとするゴブリンだが、唯一の出入り口はレンとアイリスが塞いでいる。

 直後、戦いはあっさり終わった。


「勝てました!」

「ああ、お疲れ様。大丈夫だっただろ?」

「はい。落ち着いて戦えば大丈夫、っていう意味がわかりました」

「実際、パニックになると結構苦戦するんだよ、こいつら」


 レンたちの時は五人パーティだったが、組んで間もないせいで指揮系統が確立していなかった。

 雑魚から、いやボスからみたいな会話で時間を浪費した挙句、声のでかい奴の指示に従うことになったものの、今度は一匹のゴブリンに複数人が殺到して他を放置しそうになる始末。

 身体のでかい奴が射線を塞ぐせいでレンの魔法が撃てなくなるし、なんというかさんざんだった。


「でも、これくらい楽勝じゃないと次が困るよー」


 各ゴブリンの消滅場所に残るドロップ品を回収しながらフーリが笑う。


「二階は今のソルジャーがメインの雑魚だから」

「え!? ボスだった敵がたくさん出てくるんですか……!?」

「理不尽だよな。でもそういうところなんだ、ここは」


 二階の初戦はゴブリンソルジャー×2。ボス戦で苦戦するようなら下には行かず、もう少しレベル上げなり連携の練習をするべきだ、という教訓をここで学ぶことになる。


「まあ、今の調子なら二階もなんとかなるだろ。とりあえず今日は帰って休むか」

「そうね。記念に階段と石碑だけ見て帰りましょ」

「石碑、ですか?」


 二階への下り階段は部屋の奥にいつの間にか出現している。敵が全滅すると光と共に現れる仕様なのだが、話している間に光は見逃してしまった。

 ボスは復活しないのでもう一回見るには二階のボスを倒すしかないが──まあ、別にそれほど楽しみにするものでもない。むしろ何回も見ているとどうでもよくなってくる。


「石碑はほら、ソルジャーがいた位置の壁」

「あ……っ! これが古代文字で書かれたメッセージなんですね?」


 アイリスが駆け寄り、刻まれた文字を指でなぞるようにする。

 当然、これも日本語ではなく謎の異世界語(?)だ。

 大した意味はないようだがボス部屋には必ず設置されている。少女は感慨深げにほう、と息を吐き出して、


「もっと文字の勉強をしておけばよかったです」

「え、アイリスちゃん、これ読めるの?」

「はい。少しだけなら」

「凄いな。俺たちは『祝福』で翻訳してるだけなのに」


 街で使われているのは文字も含めて日本語(+アルファベット)なのである意味二か国語を学んでいるようなものだ。

 フーリが何かを思いついたように「そうだ」と声を上げて、


「ちゃんと読めてるか採点してあげよっか?」

「いいんですか? それじゃあ、お願いします」


 嫌がられるかと思ったらむしろ嬉しそうに頷いてくれる。微笑ましい光景にレンの気持ちも和んだ。

 たしか、一階の文言はこんな感じだった。


『最初の一歩が今、踏み出された。世界の欠片を使い、闇を払え。汝らは地を足で踏みしめることができるだろう』


 ゲームのTipsみたいだよな、とあらためて思っていると、


「あれ? ねえレン、これ私たちの時と違わない?」

「ん?」


 呼ばれて眺めた石碑には確かに違う文言が記されている。


『世界の子よ。汝の勇気を称賛する。願わくばその足を止めることなく進み続けて欲しい』


 どういうことだ、と首を傾げたのも束の間、後輩が口を開いて、


「賢者様が仰っていました。この世界で生まれた子がパーティにいると石碑の文章が変わるって」


 以前にダンジョンへ潜った「ネイティブ世代」からの情報らしい。


「アイリスちゃん以外にもいたんだ、そういう人」

「はい。一番年上だった人は私より七歳年上で、私たちの中で一番にダンジョンに潜り始めました。……何年も前に帰って来なくなってしまったんですけど」

「そうだったんだ……」


 ダンジョン内で全滅したパーティは死体すら回収されない。そのパーティと同じダンジョンに潜ることができないため、これはどうしようもない。

 彼の死以降、なるべく子供たちにダンジョン攻略をさせないようにしよう、という動きができた。

 お陰で死者は減ったものの、文言変化に関する研究は途中で終わってしまっている。

 湿っぽくなった雰囲気を吹き飛ばすようにアイリスは笑って、


「賢者様から石碑の写しを頼まれているんです。描いていってもいいですか?」

「ああ、もちろん」

「忘れないように訳も一緒に書いておこっか」


 アイリスが覚えたという古代文字も今までのパーティがこうやって石碑を写し、文字の配列パターンなどからこつこつと解析してきた結果を元にしている。

 研究の第一人者は件の「賢者様」だ。

 石碑の写しが終わるのを待ってから、レンたちはせっかくなので彼に会いに行くことにした。



   ◇    ◇    ◇



「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです。……ええと、賢者様」


 賢者の庵は街の中心部から離れた静かなエリアにあった。

 1LDKのアパートを思わせるような造りの部屋。連れはおらず一人暮らしらしい。本や紙束があちこちに散乱しており、いかにも男の部屋といった感じだ。


 脱いだ衣服が散乱している様子はないのが救いだが、代わりに換気が不十分なような。

 レンは部屋の空気に小さく眉をひそめた。

 同じ男として共感してもいいところ。フーリと一ヶ月以上、ここ数日はアイリスも加わったのもあって多少敏感になっているのかもしれない。

 なお、そのアイリスはというと、


「もう、賢者様! またお風呂をサボってるでしょう?」

「ああ。ついつい熱中してしまってな。すまない」

「だめじゃないですか。お母さんに言いつけますよ?」


 挨拶もそこそこに年上の男を注意し始めた。

 賢者と呼ばれる男──レンたちを転移直後に出迎えたあの男もまた、面倒くさそうにしながらも小言を受け入れている。

 フーリがきょとんと目を瞬いて、


「仲良いんだ?」

「あ……はい。賢者様はときどき家に訪ねて来てくださっていたので顔見知りなんです。私にも昔から良くしてくださっていたんですよ」

「君の母は唯一の純血エルフだ。何かあっては大変だからね」

「……賢者様のそういうところは嫌です」


 そう言うとハーフエルフの少女はレンの後ろに隠れてしまった。

 

「これは失敬」


 軽く頭を掻いてから(水でもぶっかけて洗ってやろうかと思った)、賢者は「立ち話もなんだから」と三人に座るよう勧めてきた。

 四人掛けのテーブル、および椅子は一人分のスペースを除いて物でいっぱいだったものの、賢者はそれらを雑に移動させて座れるようにする。

 背中にいるアイリスを振り返ると、少女は嫌そうにふるふると首を振った。


「俺とアイリスはこのまま立ってます」

「じゃ、私は遠慮なく座らせてもらおうっと」

「茶でも淹れようか?」

「あ、それはお構いなく」


 ストレージから酒瓶を取り出して抱えるフーリ。なんというか、これくらい図太い方がこの世界では生きやすいのだろう。

 あまり気にしないことにして四十代中盤の先輩に視線を戻した。


「さっきの純血がどうのってどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。この世界の存続を考えた場合、異種族の存在は多様性に繋がる。血は絶やすべきではないだろう?」

「元の世界には戻れないと思ってるってこと?」

「そこまでは言わない。ただ、我々の世代は間に合わないかもしれない。それに全員が帰還を希望するとも限らない」


 ローブがぎゅっと握られる。

 両親を帰したいと思っているアイリスからすれば気持ちのいい話ではない。

 ただ、賢者の言うことにも一理ある。

 もしダンジョンを攻略し終えて帰る方法が見つかったとして、それは「ここで生まれた人間」も一緒に帰れる方法なのか。

 召喚された者だけが戻れるとしたら──「ネイティブ世代」が生きていけるようにここを整えるのは必要なことなのかもしれない。

 言い方はわりと最悪だが。


「ねえ、賢者様って結婚はしてないの?」

「残念ながら独り身だ。私達の世代は生き残った者が少なくてね」

「賢者様たち最初の世代は『五英雄』と呼ばれて伝説になっています」


 由来は単純。五人しか生き残らなかったからだ。

 賢者様は懐かしむように目を細めて、


「私達の時は街などなかった。神殿の光が消えると今度は『闇に覆われた世界』が目に入ったものだ」


 比喩ではない。

 今でも街の外側へ目をやると、壁のように立ちはだかる『闇』を見ることができる。レンたちはまだ試していないが、闇の向こうへ行こうとすると不思議な力によって阻まれてしまうという。

 ゲームで言うところの侵入不可能区域。

 あるいは、無しか広がっていないために世界が「行くな」と警告してくれているのか。


「食べ物とかはどうしていたんですか?」

「荷物袋──今はストレージだったか。それにいくらか入っていただろう? 後はモンスターのドロップで賄うしかなかった」

「……そんなの、殺される前に餓え死にするだろ」

「実際、食料の奪い合いもあったさ」


 街も家もなく、攻略本もない。チュートリアルさえ不十分な中、喧嘩さえろくにしたことがないような高校生たちがダンジョンに放り込まれ、ゴブリンとの殺し合いをさせられた。

 凄惨すぎる「一年目」に胸が痛くなった。


「幸い、食料の心配は一階をクリアするまでだった。……君達も手に入れただろう? 世界の欠片を」

「うん」


 世界の欠片はボスがドロップするレアアイテムだ。

 回収していたフーリがストレージから取り出してころんころん、とテーブルに置く。金平糖のような形をした真っ白い宝石である。

 この石を世界の端にある『闇』にかざすと一定範囲が明るくなり、移動可能になる。文字通り「世界を作って」いるのだと推測されている。

 この時、土地の種類などを願うことである程度の操作も可能。

 ちなみに一個の宝石で払える闇は二メートル弱。


「最初に現れたのは一本のリンゴの木と小さな水場だった。我々がどれだけ飢えていたかわかるというものだ」

「それだけじゃすぐに足りなくなるんじゃ?」

「この世界の果樹は実のなるサイクルが早い。それに、ボスを倒せば楽になるとわかったからな」


 手に入る世界の欠片は階層とパーティ人数によって決まる。一階の場合は「初めてクリアした人数」と同じだけの欠片が手に入る。

 生き残っている人間が全員一階をクリアすれば食料も水も増やせるし、二階をクリアすればさらに増えるというわけだ。


「土地に余裕が出てくると『農夫』といった、戦闘に役立たないクラスの者が活躍するようになった。畑など対応する地形を作って世話をさせればアイテムが生み出せる」


 試行錯誤の連続はゲーム的だ。……命がかかっていなければ少し羨ましく思えたかもしれない。

 賢者はふっと息を吐いて話を区切ると「それで?」と話を振ってきた。


「その様子からしてアイリスと一階をクリアしたのだろう? 世界の欠片はいくつ手に入った?」

「あれ、二個?」


 テーブルの上には確かに二個の宝石。

 初回クリアはアイリス一人だから一個のはずなのだが。


「やはりな。この世界で生まれた子には、我々とは異なる特権が与えられているのだ」

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