新パーティ体制確立

「今日は結構頑張ったな」

「うん。うるさい奴らが一緒じゃないから気楽だったし、これだけ稼げば黒字だね」


 ダンジョンを出て家に到着したのは夕方頃だった。

 思ったよりも長居してしまったものの、おかげで一階はほぼ探索し終えた。

 モンスターからのドロップ品や宝箱内のアイテムを換金すれば当面の生活費になる。


「さ、アイリスちゃん。ようこそ、私たちの家へ」

「……はい」


 フーリが家の前で振り返って言えば、新しく仲間になった少女はどこか消沈した様子で答えた。

 家が小さいから気に入らない、というわけではなさそうだ。

 本格的にダンジョンへ潜る以上は仲間と一緒に暮らすべき、というのは本人及び両親とも話し合って決めたことだ。少女の家も森の傍の小屋なので規模や豪華さで言えば大差ない。


「疲れただろ。フーリが夕食を作ってくれるから、それまで休んだらどうかな?」

「レン。それより先にお風呂じゃない?」


 ひとまずリビングに招き入れて椅子に座らせながら言うと、アイリスは「違うんです」と首を振った。


「私、あまりお役に立てなかったので……」

「そうか?」

「めちゃくちゃ役に立ったよね?」


 二人して首を捻る。

 飛び道具役が増えたのでモンスターを仕留めやすくなったし、接近戦でナイフを振るってもらう場面もあった。

 狩った動物を自分で解体することもあるうえ、母親から料理も教わっているそうなのでフーリと協力して家事もしてもらえそうだ。


「でも、私の弓じゃゴブリンも倒せませんでした」

「そりゃあ簡単には死なないって。あんなのでも人型モンスターだし」


 しかも血の気の多いタイプだ。銃で心臓を打ち抜いたってすぐには倒れず、一撃くらいは浴びせに来るかもしれない。


「レンと協力すれば近づかれる前に数を減らせて便利だよね。私は飛び道具持ってないからなあ」

「ナイフ投げてもいいけど、万が一無くしたら赤字だもんな」


 長い耳のせいか聴覚も鋭いらしく小さな物音も拾っていた。

 案外、盗賊の素質もあるかもしれない。


「だから気にしないで。これからも一緒に頑張ろうね」

「っ。ありがとうございます……っ」


 瞳に涙を浮かべ始めたアイリスを見たレンたちは二人であたふたした。

 とりあえず風呂と食事の支度を始めることにしてそれぞれ動き出す。


「あの、レンさん。お手伝いします」

「いや、俺一人で大丈夫。魔法使うから水汲みとかいらないんだ」

「でしたらなおさらお役に立てると思います」


 家に据え付けの浴槽はしっかりした木製のもの。

 科学素材が手に入らないので昔ながらの方法になったらしいが、レンたちにとってはむしろ「旅館とかにしかない立派なやつ」だ。

 みんな日本人だけあって家具を作る方も使う方も風呂にはうるさいのである。

 アイリスは数回の魔法で何パーセントかが満たされた浴槽の前に立つと、なにやらキュルキュルと鳴き声を上げた。

 何もない空中から水が生まれ、どぱっと落ちる。

 生み出された量はレンの魔法よりも多い。


「今のって?」

「精霊魔法です。お母さんみたいに上手くはないんですけど、水のあるところならこれくらいはできます」

「さっきのは精霊に話しかけてたってことか」


 アイリスによると、この世界のものには全て精霊が宿っている。

 精霊魔法は彼らに協力を呼びかける術だ。水の精霊なら水を出せるし、火の精霊なら炎を飛ばしたりもできる。

 弱点はその精霊がいないと協力してもらえないこと。火や水のないところでその属性の魔法は使えない。

 もともとはアイリスの母のスキルで、それが遺伝したのだとか。


「俺が魔法で水を出せばアイリスが精霊と話せるのか。便利だな。……あれ? そうすると空気中の水分には精霊はいないのか?」

「その。お母さんは『いる』って言うんですけど、私には上手く感じ取れなくて」

「ああ。言葉で伝えられてもあんまり実感湧かないかもな」


 こっちには理科の教科書も朝の天気予報もない。目に見えて水があるのと比べて「ある」ことがわかりづらいのかもしれない。

 雑談を交えながらも協力して魔法を使うと、いつもの半分以下の時間で作業が終わった。

 最後に火の攻撃魔法を何発かぶち込んでやれば湯沸かしも完了である。


「よし。じゃあ俺はフーリの方を手伝ってくるから、アイリスは熱いうちに入ってくれ」

「いえ、私は最後で大丈夫です」

「気にしなくていいよ。俺は好きなだけ沸かしなおせるから」


 むしろ手が空いているうちに入ってくれた方が助かる。そう言うと申し訳なさそうにしながらも「わかりました」と了承してくれた。

 と、思ったら、バスルームを出て行こうとしたところで後ろから頬に触れられた。


「じゃあ、せめて私で魔力を回復してください」


 肌と肌の接触部からじわりと生命力が流れ込んでくる。

 けっこうMPを使ったので正直ありがたい。

 ただ、真後ろに美少女がいる状況は心臓に悪い。今、アイリスは皮鎧を脱いでおり服しか着ていない。エルフの血なのか、冒険の後とは思えないほどいい匂いもする。

 今日一日接してみて、二十歳と伝えられた時とはだいぶ印象が変わってきた。年上というよりむしろ人懐っこい親戚の子という感じだ。


「あの、アイリス? 軽々しく男に触れるのは良くないぞ」


 申し訳ないが「お父さんと風呂に入るのとか嫌じゃないか?」と引き合いに出させてもらう。

 すると少女は多少の間を置いてからこう答えた。


「お父さんは汗臭いし、裸を見られるのは恥ずかしいですけど……レンさんとなら平気だと思います」


 うん、この子を任されたのが自分たちで良かった。

 父親以外の異性とあまり接する機会がなかったのだろう。となればここは荒療治で、


「じゃあ、いっそ一緒に入るか」

「はい。じゃあ私、着替えを取って──」

「レンー? そういうことするなら私も混ぜて欲しいんだけどー?」

「うお」


 なんだか怖い顔をしたフーリが開けっ放しのドアの傍に立っていた。


「待て、違うからな? ああやって脅かせばさすがにわかってくれると思っただけで」

「本当? 今朝私にキスしてきたのに?」

「あれはお前から誘ってきたんだろ!?」


 アイリスには荒療治も無効だったので止めてくれてよかったのだが、この少女はやっぱり「あのネタ」を脅しに使うつもりらしい。

 不満をこめてにらみ合うと、アイリスが首を傾げて、


「……お二人は付き合ってるんですよね?」

「変なことを言わないでくれ」

「そうそう。こいつとはまだそういうんじゃないから」


 結局、後輩少女には一人で風呂に入ってもらった。



   ◇    ◇    ◇



 夕食の後、フーリ、レンの順で風呂に入った。

 風呂上がりのレンがリビングへ行くと少女二人は何やら談笑している様子。


「なんの話?」

「ああ、大した話じゃないよ。初めてのダンジョンでレンが床につまづいて盛大に転んだ時のことを──」

「お前……! そういうことするならお前が小麦粉被って大騒ぎした話もするぞ!?」

「あ、それは反則でしょ!?」


 放っておくと本当にろくなことをしない。

 お陰で打ち解けたようなのであまり強くも言えないが。

 レンは苦笑してアイリスの方を振り返って、


「サキュバスの翼って本当にコウモリみたいなんですね」


 背中へと向けられる少女の視線に気づいた。

 風呂上がりにローブは暑いので今は下着と服だけ。レンの服には背中に二箇所と尻のあたりに一箇所穴が開けられており、そこから翼と尻尾を外へ出している。

 人によっては明確に「変」と言ってきたりするのもローブを着ている理由なのだが、幸い、アイリスの態度は純粋に物珍しそうなもの。

 というか、アイリスは本物のコウモリを見たことがあるのか。


「あの、レンさん。ちょっと触ってみてもいいでしょうか?」

「ああ、うん。ちょっとくらいなら」

「ありがとうございます、それじゃあ……!」

「んっ」


 翼の裏が細い指で撫でられるとくすぐったいような感覚が走る。


「わ、すべすべしてる。羽毛じゃないんですね。表は……こっちの方が柔らかい?」

「あ、アイリス。それくらいにしてもらえると助かる」

「あっ、ごめんなさい! 痛かったですか……?」

「痛くはないけど、なんかくすぐられてるような気分なんだよな」


 フーリはそんな二人を見ながらニヤニヤしている。


「レンさん、翼や尻尾があるってどんな感覚なんですか?」

「んー……難しいけど、感覚的には耳に近いかな」


 背中についていることは普段から漠然と感じる。

 触られるとくすぐったいし意識すれば動かせるけれど、細かい動きとなると練習が要る。尻尾で物を掴むとかはまだ無理だ。

 そもそも、今はまだ尻尾も翼も短すぎる。


「レベルが上がる度にちょっとずつ大きくなってるんだよね、翼と尻尾それ

「あんまり嬉しくないけどな」


 翼が大きくなれば空を飛べたりするのかもしれないが、その頃には胸も膨らんでいそうだ。


「だんだん大きく……。レンさん、尻尾も触っちゃだめですか?」

「そっちは勘弁してくれ。翼以上にくすぐったい」


 尻尾を握られると怒る動物がいるように神経が多く繋がっているらしい。

 敏感な器官が後ろにあるせいで仰向けで寝づらいのが困りものだ。

 今は翼が小さいので横向きなら支障はないが、姿勢が安定しづらいので抱き枕を買おうか悩んでいる。

 抱き枕とか女みたいだとからかう奴らがいなくなった(フーリは「可愛い」とは言うが馬鹿にはしてこない)ことだし買ってしまってもいいだろうか。


「あ。レベルアップと言えば、なんか服が擦れて痛いんだよな」

「ああ、胸?」

「わかります。私も狩りの時とか気になってしまって、お母さんに相談しました」


 ついでに最近の悩みを打ち明けると、ぼかして言ったはずなのに女子二人はあっさり意味を理解した。


「男の人でもそういうのあるんですね」

「ないない。レンが特別なだけ」

「なんでフーリが答えるんだよ。まあ、こうなる前は全然平気だったけど」


 サキュバスになって華奢になったと同時に肌が滑らかで敏感になった。加えてレベルアップによる女性化(サキュバス化)が進行したことで成長期を迎えた女子に近い現象が起きているらしい。


「下着、女の子用のにした方がいいんじゃない?」

「集中の妨げになりますから放置しない方がいいかと」

「下着かあ」


 理屈はわかるが気は進まない。

 男として不自由なく生きてきたの今更可愛い下着をつけるとか恥ずかしすぎる。


「サキュバスから人間に転職したい……」

「できるんですか?」

「種族は職業じゃないからほいほい変えられないんだって。変えられる方法はこの三十年で二つか三つしか見つかってないとか」

「それは無理そうですね……」


 前に先人たちにも相談したが「やめておいた方がいい」と言われた。


『種族の変更についてはわからない点が多い。仮に人間になるアイテムが用意できたとして、この世界で言う「人間」が元の日本人と同じとは限らない。既に変わってしまった容姿がどの程度戻るかも未知数だ』


 そこまで言われては諦めざるをえなかった。


「仕方ない。明日にでも新しい下着を買いに行くか。……できるだけ地味なやつを」

「えー。どうせなら可愛いのにすればいいのに。ねえ、アイリスちゃん?」

「はい。レンさんなら似合うと思います」

「別に下着なんて誰に見せるわけでもないだろ」

「私たちが見るじゃない」


 見せるというか見られているというか。


「……わかったよ。そこまで言うなら選ぶの手伝ってくれ。むしろ選んでくれ」

「やった。じゃあアイリスちゃんも一緒に行こうね?」

「はい、是非。明日が楽しみです」


 翌日、レンは生き生きした様子の女子二人に引っ張られるようにして女性向けの下着を買い求めた。

 どうせならブラにしようと主張するフーリを「それだけは嫌だ」と説得し、結局戦利品はキャミソールタイプのシンプルなものとなった。

 店主が「これから大きくなる予定ならブラだと買い直しになるから」と賛成してくれたのが大きかったかもしれない。

 これならまあ、ちょっと形が違うだけで肌着みたいなものだろうとほっと息を吐いて、


「ねえ、レン。どうせだからショーツも買おうよ」

「それは嫌だ」


 さすがにそれはどう言い訳しても女装としか思えない。

 ただ、


「でも、身体にフィットした下着の方が動きやすくないですか?」


 というアイリスの意見には一理あると思ったので、これまで生活を共にしてきたトランクスからボクサーパンツに下着を切り替えることにした。

 結果、余計なことに煩わされることが減り、ダンジョン探索時の集中力が上がった。

 新しい下着の助けもあって二回目の探索は順調に進み、三人は十分な余力を残したまま一階の最奥、ボスの部屋へと足を踏み入れた。

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