【後日談・番外編】ささやかなエール

 宝石職人という職業について、最初は「自分にぴったりだ」と思った。

 裕福な家庭に育った彼女にとって「本物の宝石」付きのアクセサリーは決して手の届かないものではなかった。両親にねだって買ってもらったいくつかの品は宝物だったし、次の誕生日には新しいアクセサリーを買ってもらう約束になっていた。

 高価で煌びやかな宝石は自分のような者にこそふさわしい。

 異世界に連れて来られたせいで誕生日のプレゼントはもらえなくなった。お気に入りだったアクセサリーも、服も、もう身に着けられなくなってしまった。

 だったらせめて宝石に触れ、宝石を売ってお金持ちになるくらい許されるはずだ。


 ──あのレンとかいう奴に馬鹿にされた時は本当に怒りでいっぱいだったけれど。


 宝石加工の技術を覚え、金を稼ぐことが彼女の新たな目標になった。

 お金があればいろんな物が買える。生活に余裕ができたら良い装備を買ってダンジョンに潜ってみよう。あんな奴らにできるのだから自分にだってできるに違いない。

 決意を胸に雇い主にして師である男性に教えを乞い、職人としての一歩を踏み出した。


 挫折はあっという間にやってきた。


 職人の作業は思った以上に地味だった。

 切断や研磨には技術だけでなく力もいる。練習をしようにも高い物だから気軽には使えない。だから研磨をしながら師匠の作った品を見て勉強したり、デッサンをして立体的な造形について知識を深めることから始めさせられた。

 煌びやかな世界だなんてとんでもない。

 毎日、汚れてもいい服装で汗をかきながら格闘する日々。師匠は頭ごなしに叱るような人ではなかったが、泣き言や抗議という名の文句は決して聞き入れてくれなかった。サボれば容赦なく給料を減らされる。高い物を扱っている割に給料の額は決して高くなかった。


「宝石なんて買ってくれる人は限られる。モノが高いって事は失敗作一つで大きな損が出るって事でもある。商品を生み出せない見習いに高い給料は出せない」


 辞めます、と啖呵を切れば、


「好きにすればいい。ただ、生活費を得るあてがないのなら軽々しく口にしない事だ。……誰か、無償で施してくれる相手でもいるというのならそれもいいかもしれないが」


 冷や水を浴びせかけられたような気分だった。

 収入ならダンジョンへ行けば得られる。しかし、毎日の仕事(というか修行)でくたくたになっていてはとてもそんな気力はない。一人では危険だし、付き合ってくれそうなのは二人のクラスメートだけ。彼女たちもそれぞれの仕事で同じように疲れきっていた。

 助けてくれる人。そんな相手、いるわけがなかった。他のクラスメートからは白い目で見られて距離を取られていたし、家族も恋人もいない。男に媚びて守ってもらう? まさか、そんなのをプライドが許すはずがない。


 結局、彼女は宝石職人の修行を続けた。

 成果を実感し始めたのは一年を過ぎた頃。真面目に頑張ればその分だけレベルが上がる。スタミナや筋力は作業のしやすさに直結するし、スキルを取得すれば劇的に成果が上がった。給金も少しずつ上がり、少しは美味しいものも食べられるようになった。

 ダンジョンには行けずじまい。

 自分のクラスは戦闘に向いていないとよくわかってしまったからだ。戦いに使えるスキルも皆無ではないが、それを取るくらいなら加工向きのスキルを上げる方がいい。気づけば少しずつ、宝石と向き合うのも楽しくなってきていた。


「師匠。宝石の何割かは見た目の美しさではなく均一な形と透明度に拘っていますよね? これは何故なのでしょうか?」

「魔法使い、特に付与魔法使いが使うからだ。触媒にするには美しさよりも均一さが大事なんだとさ」

「貴重な宝石を魔法のために消費するんですか?」

「重要だぞ。マジックアイテムはダンジョン攻略に欠かせないし、生活を楽にしてくれるマジックアイテムだってある。それに、ここでは比較的楽に宝石を手に入れられるしな」


 一つはダンジョンからの産出。

 モンスターが落とす宝石はカットや研磨がされていない状態のものが多いため、職人が買い取って加工を施す。観賞用やアクセサリー用に加工された宝石を買ってくれる者は希少だがいないわけではない。数少ないベテラン女性探索者は金払いがいいため上客だ。

 もう一つは工房の地下に作られた宝石鉱。

 師匠が「世界の欠片」で作り出したものであり、各種の宝石が一度に取れる物理法則を無視した夢のような場所だ。生産スピードは工房に所属する職人の数と練度に応じて上がる仕組みになっており、僅か数年で新しい宝石が採取可能になる。


「ここ一年は宝石の生産スピードが僅かだが上がった。何故かわかるか?」

「私が来たから、ですか?」

「正解だ」


 まだまだ見習いの自分でも役に立っているのだ。そう思うと仕事にも身が入った。

 次の一年はあっという間。


「だいぶいい顔つきになってきたな」

「職人の顔だと?」

「それもあるが、来たばかりの頃のお前はひどい顔だったからな。恨みや不満を少しは忘れられたんじゃないか?」

「……そうですね」


 自分は選ばれた人間だと思っていた。

 クラスでも中心人物だったし、ここに来てからもそのつもりで振る舞った。しかし上手くはいかなかった。貶められたのだと憤りもしたが、今思えば単に、彼女が至らなかったのだろう。思慮も、上に立つ者としての素質も足りていなかった。


「こうして地味な作業を繰り返していると気持ちが落ち着きます」

「地味な作業ばかりじゃないだろ。宝石は人の目を楽しませる物でもある」

「はい、師匠」


 あのパーティ──レンたちに謝るべきだろうか。

 シオンとは知り合いだから、仲介してもらえば話はしやすい。彼女は悩んだ末にそれを断念した。敵意はほぼなくなったものの、今更謝るなんて気まずいし、顔を合わせるとまた変なことを言ってしまいそうな気がしたからだ。

 そんなある日。


「結婚指輪用の宝石を六つ、ですか?」

「ああ。全てレディースで頼みたい」


 街のリーダーである賢者が工房に来て妙な依頼をしてきた。

 結婚指輪は普通男女で一つずつだ。レディース二つなら少し前に請け負ったが、六つとはいったい……と思ってから「ああ」と理解した。

 女ばかりで共同体を作り、しかも恋愛関係がある奴らなんて他にいない。


「先日、レンが妊娠した。この街にとっても欠かせない人物だ。どうせなら盛大に祝ってやりたいと思ってな」

「それで指輪を。しかし、六つもプレゼントとは豪勢ですね」

「こちらから準備しなければ式を行わずに済ませそうなのでな」


 女同士な上に六人での式とか前代未聞にも程がある。結婚式をする前に妊娠してしまったこともあって「どうしよっか」で話が止まってしまっているらしい。そこはまあ、わからないでもない。

 異世界に来るまで男だった女が相手(女)の子を妊娠ってどういうことなのか。

 彼女が首を傾げているうちに師匠は依頼を承諾した。料金は前払いで支払われ、賢者は「では頼む」と平然と帰っていく。以前の一件から彼女としては苦手な相手になっていたので話さずに済んでほっとした。


「というわけだ。数が多いからお前にも手伝ってもらうぞ」

「私が? いいんですか?」

「不満か?」

「いいえ。嬉しいですけど……」


 言い淀むと、師匠は仕事に戻りながら彼女のほうを見ずに言った。


「言葉で伝えづらいなら、良い仕事で返したらどうだ」


 その言葉は小さな救いになった。


「私は、なにをすればいいでしょうか?」

「デザインを描いてみろ。俺も描くが、何しろ六点だからな。しかも全部レディースとなると心元ない。お前の方が良いアイデアが出るかもしれない」

「わかりました」


 そこからはしばらく睡眠時間を削る日々が続いた。デザイン画にあまり多くの時間はかけられない。加工の手間はスキルとステータスによってかなり短縮できるものの、加工した宝石を指輪にする作業は別の職人に委ねなければならない。

 幾つも描いてはボツにし、これはと思ったものを師匠に見せる。改心の出来だと思ったものが次々ボツにされ、気落ちしながらも奮起してさらに描く。この繰り返し。

 そして。


「……できましたね」

「出来たな」


 最終的に彼女の案がまるまる採用されたのは一つだけだった。ただし、他の宝石にも部分的にアイデアが流用されている。

 レンの石は淡いブルーの中に虹色の輝く宝石──ウォーターオパール。

 希少な天然ものの中でも透明度が高く、角度によって見え方の大きく変わるとっておきの品をチョイス。最も綺麗に見せるため大胆なカットを施した上で丁寧に研磨して仕上げた。

 ほかの五人の石は紫サファイアで統一した。

 こちらも特別なお客様のためのとっておきを使い、一人一人違うカットを施した高級品。


 レンの色でもある紫を揃って身に着けることで少女たちの結束はより高まるだろう。そして、レンには複数人を守り愛する責任を忘れないように多色の宝石を。


「良い出来だ」


 出来上がった宝石を賢者も褒めてくれた。


「一時はどうなる事かと思ったが……案外、将来は良い職人になるかもしれんな」

「恐縮です」


 結局、結婚式は賢者たち大人主導で計画され、レンのお腹が大きくなり始めた頃に実施された。

 場所は神社ではなく神殿。

 神社の主であるシオンが花嫁役だということと、僻地では人が集まりにくいという判断からだ。その日はダンジョン探索が禁止され、花などで美しく飾り付けられた神殿で式が盛大に執り行われた。

 来場者は百名以上。

 一目見ようと立ち寄った者、バージンロード代わりに歩いた商店街に集った者を含めると街のほぼ全員になったかもしれない。彼女でさえ「いいから行くぞ」と師匠に引きずられるようにして見物に行ったくらいだ。


 純白のウェディングドレスに身を包んだ六人の花嫁。


「……ぜんぜん似合ってない」


 漆黒の翼を携えた紫紺の髪のサキュバスには白よりも黒のほうが似合っただろう。

 拗ねるような呟きが聞こえたわけではないはずだが──不意に、レンが彼女のほうを振り向いてにこりと笑った。

 ありがとう、と。

 唇の動きだけで語り掛けられた瞬間、彼女の頬を一筋の涙が伝った。


「なによ、それ」


 これでは完全に彼女の負けだ。

 格の違いを見せつけられた。


「そこまで言うなら、せいぜい幸せになりなさいよ」


 式の進行役は「真の異世界人」だという幼い少女、エルが務めた。

 全部見たわけではないが、巫女として育てられてきたという彼女は旅立ちに際して与えられたという大きな教典を抱えるようにしながら最後まで役目を務めあげたらしい。

 異世界式と日本式、西洋式がごちゃ混ぜになった結婚式。


「あなた方はこれからの生を共に歩み、共に悲しみ、共に喜び合い、いつか死が訪れるまで愛を全うすると誓いますか」

「誓います」


 街に大きく響き渡るような拍手の音。

 過去最速で五十階を制覇したというパーティの結婚式は過去最大の規模で執り行われ、笑顔で溢れたままに終わりを迎えた。

 後日、たまたま街で見かけた彼女たちの指には、しっかりと結婚指輪が嵌まっていた。

 日の光に照らされた宝石の輝きに彼女は思わず目を細め、


「ま、悪くないんじゃない?」


 職人としてより成長し、あの宝石たちよりももっと素晴らしい作品を作り上げてみせると心の中で固く誓った。

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